第8話
これでやっとクレアは苦しみから解放された。
永遠にも感じる程に長く冷たい夜が通り過ぎ、そしてまた二人の生活が始められる。
そう実感するレヴァンには、彼女が生きているという、ただそれだけのことが何よりも愛おしく感じた。
レヴァンのお礼の言葉を聞いてから、その様子を見ていた男は、今もまだベットで眠るクレアを眺め、ゆっくりとした口調で言った。
「でもなぁ少年、この子はもう、目を覚まさない」
レヴァンを再び地獄に叩き落とした男の目には絶望に歪む少年の顔が映る。
「な…何だよそれ」
レヴァンには分かっていた。
この怒りはこの男に向けるべきものではないことを
この状況のクレアを助けられるのは、この男しか居なかった。
もしもあのまま男に出会わず、運よく街に辿り着き、医者を連れてこられたとしても、クレアはきっと死んでいただろう。
しかし、それでも、男の〈こうなるのは分かっていた〉と言わんばかりの表情が、レヴァンに理不尽な、行き場の無い怒りを湧きあがらせる。
そして、レヴァンのその表情を見て、黙っていた男が口を開いた。
「まぁ落ち着けって、気持ちは分かるが、今その怒りに任せて俺を殴っても、この子が目を覚ます訳じゃない。」
「…お前には分かんのか?クレアが、どうしてこうなったのか」
「あぁ今から説明してやる。安心しろ時間ならたっぷりある」
少しの間男はレヴァンの興奮した様子を見て、なだめる様に話をした。
蝋燭に照らされた部屋の中、椅子に腰を掛け、向かい合う様にして座っているレヴァンと男、男の後ろには未だほとんど口を開いていないアレシアがトランクケースを持ったまま立っている。
そしてレヴァンの少し落ち着いた様子を見て男が真剣な表情で話を始めた。
「あの子の腕にあった痣、あれの正体だが、あれは呪いだ。」
「…呪い?」
「あぁそうだ。ただ、あの子に掛けられてたのは、人間が掛けられる様なレベルの低いもんじゃねぇーな、あれは悪魔に掛けられたもんだ。」
「悪魔にって、そんな話…」
「信じないか?だが事実だ。」
「……もし、それを信じたとして、なんであいつが呪いなんて掛けられる?あいつは恨まれるようなやつじゃない、それに、人間ならまだ分かるが、よりによって悪魔に呪われるなんて」
「まぁそうだなぁー、呪いってのは普通、一方的に掛けられるもんだが、あれの場合は少し違ってな、悪魔に呪われるには条件がある。」
「…その条件ってのは何だよ」
「悪魔に、願う事だ」
「悪魔に願う?クレアがそうしたってのか?」
「まぁそーなるな、悪魔は最初に願いを聞く。そしてその人間の命を対価にする。何を願ったかは知らんが、悪魔に願うのは愚かな事だ。願いが成就されることは無い、ただ願った人間が死ぬだけだ。」
「でも、その呪いってのはお前がさっき解いてくれたんじゃねぇーのか?」
「そうだ、呪いは解いた。だがな、悪魔に喰われた魂は戻ってこない、遅かったんだよ。」
「じゃあ…本当にこのまま…こいつは目を覚まさないのか…?」
「無くはない。一つだけ、この子が目を覚ます方法がある。」
「その方法ってのは…?」