第2話
その日の夜、雨が降った。
トタンで作られたレヴァン達の住む小屋はボツボツと耳障りな音を立てる。
眠りに付いていたレヴァンは呻き声の様な声に気が付き目を覚ました。
驚いて隣を見ると、
「うぅぅっ」
クレアがベットの上で苦しそうにもがいているのが見える。
「クレア!どうしたっ!?」
返事は無く、ただただ痛みに耐えるクレアは胸に手をあてて、小さい体を震わせている。
黒い痣がまるで生きているかの様に脈を打ち、クレアの体を蝕んでいた。
この一か月、痛みを訴える事は何度かあったが、こんなにも痛がる姿は初めての事で、レヴァンの頭には昨日のクレアの言葉がよぎった。
『私このまま死んじゃうのかな?』
「おい!クレアしっかりしろ!」
体を抱き起しながら声を掛ける、その時、体に触れたレヴァンんは恐怖した。
クレアの体は最早生きているのが不思議なほどに冷えきっていて、彼女に近づく死をレヴァンに悟らせた。
クレアは声に気が付き少し目を開き
「レヴァン…今まで迷惑ばかりかけてごめん…ね?」
不安に駆られたレヴァンは別れの挨拶にも聞こえるその言葉に声を荒げた。
「何ふざけた事言ってんだっ!」
「もう、ダメみたい…私レヴァンと一緒に暮らせて楽しかったよ」
レヴァンと同じように自分の死を悟ったクレアは、諦めたような笑顔でそう言った。
「何だよそれ、ふざけんなっ!俺と一緒に街に戻るんだろ?そこで二人で暮らそうって、お前がそう言ったんじゃねーか!」
クレアを腕に抱きながらレヴァンが叫ぶ。
幼い頃の二人が交わした約束、それだけが、レヴァンにとっては唯一の生きる意味だった。
10年前、戦争で両親を亡くし、家も友人も亡くし、行き場を無くした少年はD地区に流れ着いた。
食べ物を盗んでは隠れるように暮らした。
居場所などどこにもなく、まだ幼い少年にはそうすることでしか生きる事が出来なかった。
そんな生活を続けてきたある日、戦争や人を憎みながら、もう生きる意味などとっくに分からなくなってしまっていた少年は、一人の少女に出会う。
少女はよく笑っていた。
彼女も戦争で家族を亡くし、D地区に流れ着いた戦争孤児だった。
歳は同じか若いくらいでまだ幼く、これから過酷な人生が待っているというのに、こんな状況の中にいても、いつも笑顔でいる少女に少年はその理由を聞いた。
すると、少女は笑いながら言った。
『私はね、笑顔でいればきっといつか良いことがあるって、そう思うの。今はこんなんだけど、それでも、いつかみんなが、そうなれたら良いなって、だからあなたも笑って?レヴァン』
人を憎むことでしか生きられなくなっていた少年は、同じ境遇の中でも強く生きている少女に憧れに似た感情を懐いた。
いつしか二人は一緒に暮らすようになり、そしてクレアは時々、夢を語った。
『いつか街にもどって白くて大きな家を建てるの!庭にいっぱいのお花を育てて、そこで暮らすのが私の夢。…そうしたら、…レヴァンも一緒に来てくれる…?』
顔を覗き込むようにしてそう聞く
『…あぁ』
レヴァンが顔を反らして素っ気なくそう答えると
『約束だよ?』
そう口にしたクレアは、顔を少し赤く染めて照れたように笑っていた。
「約束…守れなくて…ごめんね……それと、ありがとう。レヴァンと出会えて…私幸せだった。」
その言葉の途中でクレアの目から涙が流れる。
一緒に暮らしてきた10年間、レヴァンは初めて彼女の涙を見た。
そして、絞り出した声と、止まっているのかと錯覚する程に弱くなっている鼓動を腕の中に感じながら、それでもレヴァンには諦めることなど出来る筈も無かった。
「待ってろ、お前だけは絶対に死なせない」