紫の夢
8月10日(火) 天気(晴)
入院することになった、最近見つかった病気で、夢と現実が入れ替わってしまうというものらしい。医者の話だと日記をつけたりすると症状を軽減できるらしいので今日から日記を書くことにした
8月11日(水) 天気(曇)
入院2日目。今日は脳の検査のあと、家族と散歩に行った。親から今までの事も全て夢だと思うようになると聞いた。今までの出来事を思いだし、それが全て本当の思い出ではなくなると考えると、自分が自分ではなくなってしまう気がしてとても恐くなった。
8月12日(木) 天気(晴)
今日は友人が訪ねてきた、私が入院したと聞いてあわてて来たらしい。私は夢と現実が入れ替わる病気だということ、そして今までの思い出も、私にとってはただの夢になってしまうということを話した。すると彼は「お前なら大丈夫、俺も手伝ってやるから早く治せよ!」と元気づけてくれた。今夜は安心して眠れそうだ。
~紫のもやの中に居る、とても居心地が良くて、つい、うとうとしてしまう。私は眠りについた~
8月13日(金) 天気(雨)
夢を見た、とても気持ちの良い夢だった、だからこそ私は恐かった。きっと病気の初期症状なのだろう、ずっとそこに居たくなるような夢を見る、そしてだんだん現実から離れていく。私は恐くて、泣いた、雨さえも現実を洗い流していく夢に見えた。
~私は広い草原に立っていた、心地よい風が吹いている。少し歩くと川があって小さな魚が泳いでいる。振り返ると遠くで誰かが手を振っていた、思い出せないがとても懐かしい感じがした…~
8月15日(日) 天気(晴)
日記の日にちが飛んでいる、1日眠っていたようだ。夢の内容は、覚えている、前の夢と比べてとてもリアルな夢だった。そのせいか今日の家族や友人との会話は妙に現実味が無かった。とても眠いのでもう寝よう。
~「…釣れない」かれこれ3時間は釣りをしているのだが一向につれる気配がない。仕方ないので家に帰ると妻が昼食の準備をして待っていた「おかえりなさい、その顏だと釣れなかったみたいね」私が残念そうに頷きながら席につくと妻もむかいに座った
「「いただきます」」
二人で食事をとる~
8月23日(月) 天気()
ずいぶんと眠っていたようだ、まだ頭がぼんやりとしているが私は夢から覚め、現実へと帰ってこられた。しかし、かなり病気も進行しているようだ。昨日の事は思い出せず、見ていた夢の事はよく覚えている。でも、まだ大丈夫。自分は病気で入院しているとわかっている。
~夢の中に私が居た。夢の私は私を殺していた。殺したあと、私は何かから逃げた。私が私でなくなっていく感覚と共にやってくる現実感から・・・
気がつくと家に着いていた、疲れはてた私はそのまま眠りについてしまった~
"「私は病気なんかじゃない‼早く妻のところへ帰してくれ‼」そう叫ぶ私を見て母は嘆き、友は悲しんでいた。夢と現実との境目が消えた今、「私」も二人になっていた。一人は今医者に不満を言っている夢の中の私、そしてもう一人は今まさに消えようとしている現実の私だ。だが、その意識もあと少しで夢に飲み込まれてしまうだろう。どうか夢の中の私が現実の存在に気がつきますように"
~私が目を覚ますと妻が不安そうに私の顏を覗き込んでいた。
「ずいぶんうなされていたけれど大丈夫?」
「うん、大丈夫。少し嫌な夢を見ただけだから」
「そう…なら良いけど」
「じゃあ畑を見てくるよ」
畑に向かう途中、古びたノートを見つけた。拾って中を見てみると日記で、夢と現実が入れ替わる病気にかかったという人のものだった「大変な人も居るな」と思い読み進めた私は一つ、不自然なページを見つけた。そこには
"夢の中の私へ、あなたが現実だと思っている世界は夢の世界です。どうか目覚めて下さい。現実へ戻ってきて下さい。
消えてしまった現実の私より"
と書かれていた。頭がおかしくなりそうだ。夢と現実の記憶が入り乱れる。視界がぐるぐる回る。「…これのせいだ」私はノートを川に投げ捨てた。それと同時に私は気を失い、倒れた~
月 日() 天気()
記憶が無い、日記を書かなければいけないことは覚えているが他は全て忘れてしまった。泣きながら私の手を握る女性の事も、「目を覚ましたんだな!」と喜ぶ青年の事も、ここがどこかも分からない。その事で周りが悲しんでしまうのが何故か嫌で、思い出せない事が辛くて、私は一人にしてくれと頼んだ。そして今、これを書いているのだが眠くなってきてしまった。眠るのが無性に恐ろしいが眠気はどんどん強くなっていく。一眠りしてから続きを書こう。
~私はあのノートを捨てたことをとても後悔していた、大事なものを全て失ってしまった気がして。
しかし息子の笑顔を見るとそんな不安も消し飛んだ。
「おとうさん!見て!四つ葉のクローバーだよ‼」
「すごいな、きっと良いことあるぞ」
「うん!おかあさんにも見せてくる!」
大丈夫だ、私は何も失ってはいない。今の私は欲しいものを全て持っている。そう、全て~
"外を見ると雪が降っていた。鏡に映る自分の姿は年老いており、流れた年月の長さを物語っていた。今の私には今までの記憶も、夢の思い出も何もなかった。この雪は私の記憶のように真っ白で儚かった、全てを失い、白紙になってしまった私は少しの希望と共にもう一度眠る事にした。夢の中ならまだ生きているかもしれないと"
~夢から覚める、しかし何も無い。優しい妻も、元気な息子も、青々とした草原も、あるのは白いベッドと小さいテレビだけ。ベッドに横になるとすぐに眠りについた~
"しょせん夢は夢だった。妻も、息子も、この家も、消えることはない。夢に現実は壊せない。今日も平和にすごし、家族三人で眠る。"
~何かがおかしい、現実が存在しない。
"夢から覚めても夢を見る、どちらの世界も夢物語だった
~どちらが現実かなんてわかるはずが無かった
"夢から逃げるように僕は眠りにつく
~そして私は~
"そして僕は"
ー紫の夢をみる。
紫の霧のなか、僕は私と出会った。私は僕と一つになり、紫の夢から始まった悪夢は紫の霧に包まれ終わりを告げる。光を目指し僕は歩く。「あの光の向こうに本当の現実がある」私の直感がそう告げる。
そして目を覚ますと医者がこう言った。
「あなたの病気は夢と現実が入れ替わる病気です」
悪夢は終わらないー