あなたが異世界で最強になれない7つの理由
青年が異世界に転生してから、十数年の時が経っていた。生まれ変わったら凄い力を手に入れて、誰もが羨むほどの活躍を夢見ていたが、実際には何てことのない平穏な日々が続くだけだった。
そんな彼が、転生前と同じ年齢になった日の朝、一人の女性が訪ねてきた。
「初めまして。私は能力ナビゲーター、あなたに新たな能力を与える者です」
「能力ナビゲーター? 何かスキルをくれるのか?」
「はい。私どもは異世界に転生されたのにも関わらず、希望していたスキルを得られなかった方に、新たなスキルを提供することを生業としています。あなた様の願望を耳にしましたので、こうしてお伺いさせて頂きました」
女性は、にこやかに笑う。
「確かに、そういう願望を持ってるけど、タダでスキルがもらえるわけ?」
「今、所有しているスキルとの交換になります」
「俺、スキルなんて持ってないんだけど……」
「いえ、持たれています。気づかれていないということは、あなた様にとってはさして重要ではない、取るに足らないスキルなのかもしれませんね」
青年は考えた。あることにも気づかないスキルなんか捨てて、誰もが羨むような超スキルをもらって活躍しよう。最強の名をほしいままにし、モテモテになって美女をはべらせようと。
「よし、わかった。俺に新しいスキルをくれ! 最強のスキルを!」
「確認させていただきますが、どのような“最強”をお望みで?」
「やっぱ、最強って言ったら、圧倒的な攻撃力だよな」
「かしこまりました。では、どんな物でも一太刀で切断できる剣を呼び出すスキルは如何でしょう?」
「わかった、それをくれ」
女性が青年に手をかざすと、彼の体の中から光が飛び出た代わりに、彼女の体から浮かび上がった光が入っていった。
「もう終わったのか?」
「はい。『剣よ、来い!』と叫べば、最強の剣を呼び出すことが出来ます」
「剣よ、来い!」
さっそく青年が叫ぶと、目の前に黒光りする長剣が現れた。
「よし! ちょっと、これで山賊辺りを退治して、女の子でも救ってくるぜ」
黒い剣を手にした青年は、勢いよく家を飛び出すと、戦う相手を求めて走っていった。
しばらくすると、青年はボロボロになって帰ってきた。
「あら、どうされました?」
「最強の剣があっても、当たんなきゃ意味ねぇ……」
「勿論です。転生前に剣術を習われていたから、剣を所望したのではないのですか?」
「剣術どころか、運動すらロクにしてねぇ~よ。つーか、刃物持った相手なんか、怖くて戦えるか。刺されたら痛いじゃ済まないんだぜ?」
青年は刃物を突き付けられた瞬間を思い出し、ブルブルと身を震わせた。
「では、他のスキルにされますか?」
「ああ、そうだな。こうなったら、どんな攻撃も効かない無敵の防御力をくれ」
「かしこまりました。では、何をもってしても触れることすら叶わない、体に傷一つ付けられないバリアを展開するスキルは如何でしょう?」
「わかった、それをくれ」
女性が青年に手をかざすと、彼の体の中から光が飛び出た代わりに、彼女の体から浮かび上がった光が入っていった。
「もう終わったのか?」
「はい。『障壁展開!』と叫べば、バリアで体を覆うことが出来ます」
「よし! さっきの山賊のところにいって、女の子でも救ってくるぜ」
再び勢いよく家を飛び出すと、青年は山賊のところに走っていった。
しばらくすると、青年は全裸になって帰ってきた。
「あら、どうされました?」
「発動したら、素っ裸になったじゃねぇ~か……」
「勿論です。何をもってしても触れることすら叶わない、体に傷一つ付けられないバリアと申した通り、着ている服ですら弾くバリアになります」
「体が傷つかなくても、心が傷ついちまうだろ!」
青年はタンスから出した服に着替えながら愚痴った。
「では、他のスキルにされますか?」
「ああ、そうだな。こうなったら、どんな攻撃も避けられるスキルをくれ」
「かしこまりました。では、音速で動けるスキルは如何でしょう?」
「わかった、それをくれ」
女性が青年に手をかざすと、彼の体の中から光が飛び出た代わりに、彼女の体から浮かび上がった光が入っていった。
「もう終わったのか?」
「はい。『超絶加速!』と叫べば、音速まで加速することが出来ます」
「よし! 今度こそ、さっきの山賊のところで、女の子でも救ってくるぜ」
再び勢いよく家を飛び出すと、青年は山賊のところに走っていった。
しばらくすると、青年はボロボロになって帰ってきた。
「あら、どうされました?」
「ハァ……ハァ……スキルを使ったら、一瞬で体がガタガタだ……。危うく、失神しそうになった」
「当然です。速く動けば、それだけ体に負荷がかかりますから、音速まで加速したら普通の人間は無事では済まないでしょう」
「先に言えよ……ハァ……ハァ……」
青年は怒鳴りたがったが、呼吸を整えるので精一杯だった。
「では、他のスキルにされますか?」
「ああ、そうだな。こうなったら、遠くから相手を一網打尽にする最強の魔法っぽいスキルをくれ」
「かしこまりました。では、巨大な火炎を召喚スキルは如何でしょう?」
「わかった、それをくれ」
女性が青年に手をかざすと、彼の体の中から光が飛び出た代わりに、彼女の体から浮かび上がった光が入っていった。
「もう終わったのか?」
「はい。『爆炎招来!』と叫べば、大きな火炎を相手に落とすことが出来ます」
「よし! 次こそは必ず山賊を打ちのめして、女の子でも救ってくるぜ」
再び勢いよく家を飛び出すと、青年は山賊のところに走っていった。
しばらくすると、青年は真っ青な顔で帰ってきた。
「あら、どうされました?」
「山火事になったじゃねぇ~か……」
「当然です。大きな炎を落とせば、火事になるのは必然というもの。使うからには、どうやって消すのかを考慮に入れてください」
「今さら言われても……。どうすんだよ、何人か焼け死ぬかもしれないぞ」
青年は自分がしてしまったことの恐ろしさに打ち震えた。
「では、他のスキルにされますか?」
「ああ、そうだな。山火事を消すようなスキルをくれ」
「かしこまりました。では、吹雪を起こすスキルは如何でしょう?」
「わかった、それをくれ」
女性が青年に手をかざすと、彼の体の中から光が飛び出た代わりに、彼女の体から浮かび上がった光が入っていった。
「もう終わったのか?」
「はい。『暴雪乱舞!』と叫べば、強い吹雪が巻き起こります」
「よし! これで山火事を鎮火して、女の子でも救ってくるぜ」
再び勢いよく家を飛び出すと、青年は火事現場に走っていった。
しばらくすると、青年は暗い面持ちで帰ってきた。
「あら、どうされました?」
「火は消えたけど、酷い火傷をしてる奴がたくさんいるし……。雪に埋もれたまま発見が遅れれば、凍傷になるかも……」
「当然です。誰かを攻撃するというのは、そういう事態になるということ」
「こんな風になるなんて思わなかったんだ……。何とか、助けられないのか? 自分が人の生き死にを左右することをしたかと思うと、もう怖くて怖くて……」
青年は自分がしたことの大きさに打ちひしがれた。
「では、他のスキルにされますか?」
「ああ、そうだな。どんな傷でも治すスキルをくれ」
「かしこまりました。では、どんな病や怪我でも治すスキルは如何でしょう?」
「わかった、それをくれ」
女性が青年に手をかざすと、彼の体の中から光が飛び出た代わりに、彼女の体から浮かび上がった光が入っていった。
「もう終わったのか?」
「はい。治したい相手に手をかざし、『元気溌剌!』と叫べば、たちどころに怪我や病気が治るでしょう」
「よし! これで色んな人を救ってくるぜ」
再び勢いよく家を飛び出すと、青年は自分が燃やした場所へと走っていった。
しばらくして、青年は慌てて帰ってきたかと思うと、急いで玄関のドアを閉めた。
「あら、どうされました?」
「火傷は治せたし、持病を患っていたヤツの病気も治せた……。だけど、そしたら今度は自分の病気も治せと、街中のヤツが迫ってきて……」
「当然です。タダで即座に病や怪我を治してくれる人がいたら、誰しもが抱えている苦しみから逃れたいと思うもの。今さら、お金を取ると言ったところで、さっきの人はタダで治してくれたのにと、文句のひとつも言われることでしょう」
「数人なら治してやってもいいけど、次から次へと来られたら、さすがにうんざりだ……」
大きなため息をつく青年をよそに、彼の家のドアを幾人もの住人が叩いて言う。
「お願いです! この子の怪我を治してください」
「うちの婆さんの病気もお願いします!」
「隣街にいる知り合いが、不治の病に苦しんでるんですよ! あんたしか助けられないんだ!」
青年は耳を塞ごうとしたが、目の前にいる女性を見てひらめいた。この状況を何とかするスキルがあれば、と。
「この状況を打開するスキルをくれ」
「残念ながら、そのスキルを与えることはできません」
「どうして?」
「なぜなら、あなたが交換してもいいと差し出したスキルだからです」
「俺が持っていたスキル?」
「はい。厄介事に巻き込まれない、“平穏”という名のスキルです」
青年は今になって、それがどんなに大事だったのか気づいた。