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捨てる人あれば拾う妖あり・前編

ミツキがロージス商会の食客となって二週間が過ぎた。新たに竜の鐘ドランベルを加えた事により、通商ルートの開拓は驚く程スムーズに進んで行った。


「色物リーダーでも実力は本物だったみたいね……」


「当然だろう。あれでも鉄鉱竜てっこうりゅうを討伐した実績持ちだ。」


聞けば鉄鉱竜とは甲殻、骨のみならず筋肉、果ては眼球にすら多く鉄分が含まれているがために、どこを攻撃しても硬質という厄介極まりない竜だそうだ。それを結成して三日で討伐し、その甲殻を加工して鐘を作ったことから竜の鐘ドランベル、だそうだ。


「なんで鐘?」


「なんでも「武器を叩き付けた時にいい音がしたから鐘にしてもいい音を出すだろう。」だそうだ……」


意味が分からない。

とはいえその実力は本物である訳で、本拠地にその鐘を吊るしてその後も快刀乱麻の快進撃で冒険者が取得し得る最高ランクSを最速で獲得したそうだ。


(まぁ強いって事ね、うん)


「で、話題を逸らしてたけどこれどーすんの?」


「……どうしようか。」


今現在、ミツキとアリュエは木の上で待機している状態だ。というのも、


「まぁ、横から出てきた草食動物が別のモンスター引き連れてくるなんて思いもしないわよねぇ。」


見下ろした先、木に爪を突き立て吼え続ける二頭の獣。一頭は二人の探していたハードラースベア(以前の個体よりも小さいが、これが通常のサイズである)で、もう一頭は巨大なイグアナのようなモンスターだ。特徴的なのは背中に毛の代わりに鉛筆程度の太さの刺が生えている事だ。

不思議な事に、二頭は争う事無くミツキ達に狙いを定めて木を揺らし続けている。ミツキ達からすれば残念極まりないが。


「あれはなんだったかな……見た事はあるんだが、名前が思い出せない。」


「珍しいわね。いつも私の疑問にすらすら答えてくれるのに。」


「あのモンスターは名前がややこしいんだ。発見した者が自分の名前を付けたのは知ってるんだが……ドリザレザリザだったか……ドドザルザリザルドだったか……」


「あーうん、それだけでややこしい名前なのは分かるわ。」


面倒なのでドカゲと呼ぶ事にするミツキ。


「飛び降りて後ろを取って倒す……というのは?」


「ハードラースベアだけなら良いんだが……あのドド…ドリ……?」


「あのドカゲがなんなの?」


「………もうそれでいいか、あのドカゲは背の棘を飛ばしてくる。飛び降りるタイミングを間違えればあれに串刺しにされるぞ。」


随分と攻撃的なトカゲだ。ミツキは改めてこちらを見る爬虫類特有のぎょろりと動く目を見つめる。


「何も言わずにやるとまた怒られちゃうから先に言うけど……私のこの羽織は結構頑丈でね?あの程度の棘なら貫通することはないの。」


「………つまり、アレの棘をあえて受ける、と?」


もう何度か共に商会からの依頼をこなしているが、アリュエはミツキが身体を張ろうとすると露骨に不機嫌になる。最も、アリュエに「ミツキは防御特化にステータス振ってるからあれくらい屁でもない」と説明しても理解しては貰えないだろう。


「私が頑丈なのはアリュエも知ってるでしょう?」


具体的にその頑丈さは油断して吹っ飛ばされる、突進と木にサンドされる、5メートル程度の崖で頭から落ちる、等々で証明されている。


「頑丈だから、自ら攻撃を受けるのは違う。」


「………正論ね。私だって別に好きで攻撃を受ける訳じゃないわ、でも私がドカゲを受け持って貴女がベアを上から急襲する。貴女の剣の腕なら無傷で倒せるでしょうし、私も大したダメージは受けない。これ以上の名案があって?」


「む………」


「なあーんてねっ、そんなご大層に考えなくても良いのよ。ちゃっちゃと片付ければ良いのよ。」


「……そうだな。」


スラリとアリュエが長剣を抜く。左右で刃の形が違う独特なフォルムのそれが木漏れ日を受けて銀の光を放つ。相当な業物らしく、叩き割る事に特化した刃は骨を砕き、切断に特化した刃は甲殻をいとも簡単に斬り裂く。


「相変わらずかっこいい剣ね。」


「君の持つ魔法のパイプほどではないさ。キセルだったか?」


「ええ、特別製って奴よ。」


大親分の金剛煙管を取り出しくるりと一度回してみせる。


「じゃ、さっさと終わらせましょ。」


「ああ。」


互いに頷き合い、動き始める。


「レッツゴー!」


先にミツキが飛び降り、羽織で体全体を隠すようにしてしゃがみこむ。そして背後に獲物が飛び降りた事を感知したドカゲが短く鳴いた瞬間、背中の棘がロケット花火よろしく射出される。その軌道に正確性は無く、数打ちゃ当たるということだろう。

何発かは脇へと逸れて行くが、その殆どはミツキへと命中する軌道だ。


「いたたっ!いたたたたたたい!!」


「大丈夫か!!」


「問題……なぁし!!」


刺さりはしなかったが、尖ったものがそれなりの速度で身体にぶつかったのだ。痛いものは痛い。それに一発顔にぶつかったが、それを言うとアリュエが四割増で過保護になるので言わないでおく。


(どうにもアリュエは過保護なのよねぇ。)


元々ミューラに対する態度には姉的な感じもあったが、それがミツキにも向けられているようなのだ。


(ま、今気にする事じゃないわね。)


「カモンドカゲ!!骨という骨を砕いて軟体動物にしてやるわ!!」



……………………


………………


…………


……



「こんなものか。」


「ごめんなさいねアリュエ、私刃物の扱いになれてないから……」


「構わないさ、私の方がミツキに世話になっているからな。」


アリュエが息絶えたハードラースベアとドカゲを解体して証拠となる爪や牙を集め終えたのを確認し、ミツキは感謝と謝罪をする。特にドカゲは顔が真っ平らに叩き潰されている為無事な牙を探すのは大変だっただろう。


「では帰るか。」


「ええ。」


想定外の闖入があったものの、結果的に予定よりも早く依頼を達成したのでサルフへと戻るアリュエとミツキ。


「しかし……ミツキの持つ服は凄いな。」


「そう?」


「どれだけ酷使しても斬りつけられても傷一つつかない服など聞いた事が無い。」


泥まみれから奇跡の復活を遂げたミツキの和装一式を見るアリュエ。


「仕組みは知らないけど特殊な素材と加工がされてるのよ。」


「ふむ……凄まじい技術だ、それも古代技術エンシェントなのか?」


「さぁ?」


「さぁ、ってミツキお前な……」


そう言われても、説明のしようがないのだから仕方が無い。何から得たのかは分かるがこれが何で出来ているかは流石に知らない。


「いいのよ、便利だし似合ってるでしょ?」


「まぁそれはそうだが……」


多少の妖気を犠牲にしてでも見た目重視にしたのだ。似合っていなかったらミツキは恐らく泣く。


「ほら、急ぎましょ。今日中にサルフに着かなくなっちゃう。」


「あ、そうだ。」


「どうしたの?」


馬上で目を見開いたアリュエはミツキに一言。


「思い出した、ドルドラドリザルドだ。」


「くっそどーでもいいわー」


後で調べたらドラドルドリザルドだった。


…………


……



黄昏時、二人はサルフへと帰還した。アリュエに気づいた住民が手を振ったり挨拶をしている。相変わらずの人気だとミツキは思うが、最近はミツキにも挨拶する者達がいる。


「おうミツキちゃん!最近貿易で新しい煙草が手に入ったんだ!どうだい?!」


「本当?今度買いに行くから在庫取っといてね!」


「ミツキぃ!一昨日のリベンジだ!勝負しやがれ!!」


「樽一個空けられるようになってから出直してきなさい!」


「ミツキちゃん!また参考にそれ見せてもらっても良いかしら?」


「ええ、でも明日で良い?」


最も、大体煙草屋と酒飲みと服飾デザイナーのうちのどれかである。

依頼でアリュエとどこかに行く以外は大体新しい煙草が無いか物色したり、酒豪のスキルが付いてるなら試してみようと大樽一つを空にしたり、戦う時はともかくプライベートな時は普通にファッションしたいと服屋を物色しているうちに出来た知り合い達だ。


「この前買ったのも飽きてきたし新しいのが来たってのは嬉しいわねー」


「なんというか、ミツキの交友関係は……その、おっさん臭いな。」


「失礼な!!」


中身は男だが一応まだ二十歳なミツキは外側の身体も含めおっさん臭いと言われた事に付いて憤慨するのだった。頬を膨らませ不機嫌になったミツキの様子にカラカラと笑うアリュエ。

美しく、強く、誰にでも分け隔てなく接するが故に民衆から絶大な人気を誇るロージス商会専属冒険者アリュエ。そして最近ロージス商会の食客としてアリュエと共に行動する不思議な格好をした獣人の少女ミツキ。いつしかロージスという大きな庭に咲く二輪の花と例えられた二人の、日常の光景だった。


「しっかし、Sランク冒険者を加えたからって仕事量が減った訳じゃなかったわねー。」


「とはいえ、彼らがいなければもっとかかっていただろうしな。ありがたいことだよ。」


「…………前から思ってたんだけど」


「どうした?」


「アリュエって竜の鐘嫌いじゃないの?」


話を聞く限り、アリュエは結構頻繁に勧誘を……それこそしつこいくらいに受けていたと聞く。てっきり彼らを嫌っているものだと思っていたが、彼らの事を話すアリュエに嫌悪感は無い。


「ん?暑苦……いや、しつこいとは思っていたが別に嫌ってはいないぞ?」


「暑苦しいとは思ってたのね……」


それに関しては同意だ。あの愉快な超人カルエルはこちらを見かけるたびに猛烈な勢いで接近してきて大声で挨拶するとそのまま去って行くのだ。嫌う、というほどではないがウザい、というのはミツキも同じだ。


「むしろ、同じ冒険者として尊敬すらしているよ。」


(うーんこの聖人アリュエ。)


惚れちまいそうだぜ!と心の中でサムズアップしつつ表面上は平静を保つ。ミューラに見られたら一発で看破されそうだが。ミツキは商会に向かう途中の屋台で串焼きの魚を買い、馬上で齧る。それにしても馬の扱いに慣れたものだとミツキは自分が跨がる白毛の馬の鬣を撫でる。

最初は馬を乗りこなす事が出来ずアリュエの後ろに乗るしかなかったのだが、今ではアリュエについて行く事くらいは出来る。ミツキの目標は民草に紛れてやんちゃする将軍様のように浜辺を爆走する事だ。


「私がもっと馬術上手になったら浜辺に行きましょうねハーレー。」


「ブルルッ」


音が凄そうな白馬の名(ミツキがつけたのではなく元々こういう名だった)を呼ぶと、ハーレーはそれに応えるように首を振る。不慣れなミツキに合わせてくれたり、ミツキが手綱を操らずともアリュエについて行ってくれたりする初心者に優しい馬である。


…………


……



「お疲れさまでした。」


「予想外の乱入はあったけど楽勝だったわよねアリュエ。」


「ええ、しかし生態系に変化が起きている可能性もあります。調査の必要があるかもしれません。」


「そうですか……第二ルートは竜の鐘の皆様のお陰で開通の目処は立ちました。第一ルートもアリュエ達のお陰でもう行けるものと思いましたが……一度、調査をしてみましょう。」


生態系が固定される事は無い。ミツキ達がそこで幅を利かせるモンスターを狩った以上、別のモンスターがそこに棲み着く可能性もある。全てが全て人間を狙う訳ではないそうだが、何が棲み着くかは決めようが無いのでこうして調査をする必要がある。もしも行商隊に危険が及ぶようなモンスターであればミツキ達の出番、という訳だ。


「ああそうだミツキさん、頼まれていたものが届いていましたよ。」


「本当?!」


「何を頼んだんだ?」


「棚。」


棚?と疑問符を浮かべるアリュエだったが、1の情報から100の答えを導きだすミューラがミツキの考えを推測で話す。


「この部屋には我々三人しかいませんから構いませんね?」


「ええ。」


「アリュエ。恐らくミツキさんは発注した棚に道具を入れ、それを例の能力で別の場所にしまおうとしてるのですよ。」


「正解。」


道具欄には生物でなければ大体の物が入る事はミツキや、チャットでZASHIKINGやたらこ天狗の協力で検証されている。その結果、サイズが大きい物や価値の高い物は1つ、2つしか持つ事が出来ず、最大所持数は99であることが分かった。

そしてここからが重要だ。道具欄に入れる物は「結果として一つ」であれば欄を一つしか使わない。つまり、今ミツキがしようとしているように大きな棚に物を詰め込んで「物が入った棚」として一つの道具アイテムとすれば、道具アイテム欄の大きな節約となる。

ただし、戦闘時に使う道具……主にゲーム産のアイテムは極力纏めないという意見は現在チャットにいる三人とも同意した。仮に棚に道具を入れた場合一度棚を出してその場で中を漁る必要があり、当たり前だが戦闘中にそんな事をするのは自殺と同義だ。


「相変わらず凄まじいわねー、説明する手間が省けるから楽で良いわ。」


「ふふ、お褒めに頂き光栄です。」


最初の頃はプライバシーを見抜かれないよう極力喋らないようにしよう、と思っていたミツキだったが、慣れとは恐ろしいもので最近では向こうが勝手に察してくれるから楽で良いな、と考えるようになっていた。


「ともかく、アリュエもミツキさんも最近はあまり休みが取れていなかったでしょう?三日程休暇を与えますのでゆっくり休んでくださいな。」


「……良いのですか?」


「ええ、予定に間に合わせる為の竜の鐘との契約でしたが、予想以上に彼らが活躍してくれたお陰でむしろこちらの用意が間に合っていないのですよ。」


ミューラによれば、モンスターを倒した帰路で別のモンスターを狩ってきたりするので凄まじい速度で通商ルートの安全が確保されているとか。


(実際に戦っている所を見た訳じゃないからいまいち竜の鐘の凄さが分からないわね……)


百聞はなんとやらと言う言葉もある、いつか彼らの戦い方を見てみたいと思うミツキだった。



………………


…………


……



ミューラから休暇を貰ったミツキは早速煙草屋へと来ていた。勿論新たに入荷した煙草が目当てである。

煙草屋にしては大きい店舗はバーも兼ねている。流石に酒目当てで来る客は酒場などには負けるが、煙草を楽しみつつ、という客が多いようだ。


「ハァイ」


「おっ!【煙姫】様のご来店だっ!」


「そのこっ恥ずかしい名前何とかならないの……?で、新しく入ったってのは?」


「こいつだ、南方からのニューフェイス、確か銘柄は【悪食】だ。」


「………どうなの、それ」


「名前こそアレだが、貿易船の奴らは南方で爆発的な人気だっつってたぜ。」


「へぇー」


最近頭が寂しくなってきたのが気になる煙草屋の主人から、ご丁寧に煙管に入れやすいように切り開かれた煙草を受け取ったミツキは煙草を煙管に詰めて吸い始める。


「………ふぅー…」


「………」


「………」


「………」


「………」


「見せ物じゃないわよ。」


「おいおい、最近来る客の半分は煙姫が目当てなんだから勘弁してくれよ!」


「そうそう、じゃなきゃんなおっさんのとこで酒飲んでねーよ!」


自分が一服している姿をじっと見つめられていては落ち着けないというものだ。とは言え、「あんたがウチを贔屓にしてくれるお陰で売り上げが上がった」とのことで煙草を格安で売ってくれるからには我慢するしか無いだろう。ロージス商会でも手に入れる事は出来るのだが、どういう繫がりがあるのかこの店はロージス商会よりも先に新作を仕入れている。幸い金は腐る程あるのでこうしてここに来ては新作を手に入れている訳だ。


「んー……一気に吸うならいいのかもしれないけど……私みたいにちびちび吸うには向いてないわ、これ。」


「そうか……」


「ていうかこれ味わうって煙草じゃないでしょ。とりあえず煙草が吸えれば良いって人向けじゃない?」


悪食の名前の通り、味も香りも気にせず煙草が吸いたいという人向けというのがミツキの感想だ。


(……地球にいた時は片手で数えられるくらいしか吸ってなかったのに随分タバコスキーになったなぁ……)


しんみりと思いつつお気に入りの銘柄の煙草を頼み、ついでに簡単な食事も注文する。


「ヘイマスター!いつものっ!」


「パエリアかい?相変わらずガッツリ食ってくなぁ煙姫は。」


「軽食よ軽食。」



……





「さ、て、と……何しようかしら。」


服屋に行く約束をしているが、今は行かない。行けばおそらく、今日一日が潰れること請け合いなしだからだ。


「散策でもして、何か面白いものでも探そうかしら。」


サルフは広く、まだミツキはロージス商会周辺しか見ていないのだから。


「こう、個人的には武器屋とか見てみたいしねー……ん?」


視界の隅に何かが映り込んだミツキはそちらに振り向く。建物と建物の隙間、所謂路地裏という場所で、日光が届かず朝方で晴天にも関わらずそこだけは夜のように暗い。


「んー………?」


そこには捨てられたゴミ以外何もない。だが、ミツキはそこに「火」を見た気がしたのだ。


「気の所為、かしらね……」


火事かと思ったが、煙も焦げ跡もない。見間違いだったのだろう、とミツキは散策に戻るのだった。




「あら。」


「貴女は……」


八百屋に並ぶ食材を見て、晩は野菜が食べたいなどと考えていたミツキは、ばったりと竜の鐘副リーダーであるヘレーネに遭遇した。

どうやら買い物中だったようで、彼女の持つ袋には食材が満載されていた。男性でも運ぶのに四苦八苦しそうな量だが、ヘレーネは苦もなく運んでいるように見える。


「随分と大荷物ね。」


「団員全員分の食材なので……」


「何日分よそれ。」


「二日です。」


何となく、誰が大食らいなのか分かるので納得してしまう。


「Sランクってなら人とか雇わないの?」


「Sランクといえど金持ち、というわけではないんです。」


そういうものなのだろうか。


「我々はまだSランクになって日が浅い上、他のSランクと比べても地力が弱いんです。

少数精鋭と言えば聞こえはいいかもしれませんが、実際はこれ以上人数が増えても捌ききれないだけなので……」


「他のSランク?」


「サルフには我々竜の鐘ドランベルの他に三つのSランク冒険者チームがあります。個人でのSランクはいませんが。」


(成る程……チームでSランクなのと個人でSランクがあるわけね。)


「サルフ最大規模の【波涛の主ダイダロス】。

数こそ波涛の主には劣るものの、その統率された動きはガルテ王国正規軍にも勝ると言われる【狼の咆哮ウルフロア】……彼らに比べればウチはまだまだ新米です。」


「ふーん……大変なのね。」


何度か会話する機会があり、道端で会っても幾つか会話をする程度には顔見知りだ。そもそもミツキとヘレーネはそこまで仲が良いわけではないが、基本的にミツキがヘレーネの愚痴を聞く形になっている。


「………大体カルエルもカルエルです。確かに強さも求心力も申し分ないですし、そのお陰で他のSランクに吸収される事もないのですが、事務から何まで全部私に振らなくても……」


「まぁまぁ、カリスマは人の上に立つ上では重要な要素よ。」


「そりゃあそうですが、突然「これをやろう!」と予定をぶち壊すんですよあの人……昨日だって最近起きている不審火を解決する!と飛び出して行きましたし……」


「不審火?」


ミツキの脳裏に、先ほど気の所為と判断した「火」が思い浮かぶ。


「最近誰もいない場所で、火種もないのに突然物が燃えるという事件が多発してるんですよ。

幸いここは港町、水には困らないのですぐ鎮火されてますが……」


「ふむ……放火魔かしら?」


「傍迷惑な話です。お陰でウチのリーダーは日夜街中を爆走してますよ。」





「おはよう諸君!安心してくれ、不審火の原因は私が突き止める!!ではっ!」


少し離れたところを爆走していったカルエルを眺めるミツキとヘレーネ。


「……あんな感じに?」


「……あんな感じに。」


今度胃薬でも贈ってあげようか、と思うミツキだった。



………………


…………


……



「疲れた……」


適当に散策した後、服屋を訪れたミツキだったが、予想通り日没まで捕まったのだった。


(本当あの情熱は何処から湧いて来るのかしら……)


店を出る際、「次来る時も絶対その服で来てね!!」と念押しをしてきた店主兼デザイナーの女性の輝く目を思い出しつつため息をつく。


(まぁ、あの人のデザインは良いのが多いし……天才と変人ってセットなのかも。)


そう自分を納得させつつ、商会へと戻っていたミツキは……


「っ!!」


「それ」に気づいた瞬間、跳ねるように駆け出しつつ装備欄を開いていた。


実戦以外でも暇な時に練習していただけあり、路地裏に飛び込んで数秒で「早着替え」を完了させたミツキは裾から襟にかけて段々と暗くなっていく黄昏色のコートをはためかせそれを追う。視線の先には、慌てて逃げる「火」の姿が。

暗闇に溶け込むような服装なのか、暗闇に包まれた路地裏を照らす「火」だけが見える逃走者を追うミツキ。


「家政婦じゃないけど見たわよ私は……っ!」


今度は気のせいではない。確かにミツキは木屑を集めて火をつけようとしていた現行犯を目撃した。


「待ちなさい放火魔…っ!」


【追跡者】の妖気スキルをフルに使った俊足でミツキは逃走者へと追いついていく。逃走者は迷路のような路地裏を縦横無尽に逃げ回るが、ミツキとの距離は段々と縮んでいくばかりだ。そして、遂にミツキの手の射程内に入る。


「つーかまーえ………」


「………っ!」


が、逃走者を掴もうとした手は虚しく空を切る。


「消え……っへぶ!?」








「ミツキ、帰ったのか……ってどうした?!」


「不審火の犯人を追っててゴミ山に突っ込んだのよ……」


「何!?」


「とりあえず風呂に入る………あと洗濯……」


逃走者を見失ったミツキは、勢いそのままに生ゴミの山に頭から突っ込んだのだった。

その顔は、怒りと悲しみと虚無と悔恨その他諸々が混ざり合った無表情だったとアリュエは語る。









『たらこ天狗:あ、ちょっと席外します。』


『ZASHIKING:おう。』


【深月 さんが入室しました】


『深月:ファッキン生ゴミビバ風呂』


『ZASHIKING:いきなりどうした』


『深月:ちょっと魂の叫び。ゴミはゴミ箱だろうクソが、湯船というものを考案した人に跪いてキスしたい』


『ZASHIKING:キレながら褒め称えるとは器用な真似を』


『たらこ天狗:これがNEKAMAの暗黒面……!?』


『ZASHIKING:おう戻ったか。』


『たらこ天狗:いやちょっとライオンもどきが肉を献上してきたので貰ってました。』


『ZASHIKING:何それ怖い』


『深月:【速報】たらこ天狗、生態系の頂点に【ジャングル大帝】』


『たらこ天狗:食物連鎖ですよ食物連鎖』


『ZASHIKING:たらこ天狗……たくましくなりやがって……』


『深月:顔が劇画チックになってそうね。』


『たらこ天狗:人里でエンジョイしてるお二人には分からんでしょうね、野生で生きるという事が。』


『深月:流石に分からんわー』


『ZASHIKING:砂漠って野生に含まれるのか?』


『たらこ天狗:さぁ?お肉美味しい』


『深月:焼きなさいよ。』


『たらこ天狗:なんで生で食べてるって分かったんですか!?』


『深月:!?』


『ZASHIKING:深月→焼きなさいよ(危ないからちゃんと焼け、という心配的な意味で発言)』


『ZASHIKING:たらこ天狗→焼きなさいよ(生で食べてるのは分かってるのよ、という看破的な意味に解釈)』


『ZASHIKING:日本語って難しい』


『たらこ天狗:いいじゃないですかー、アヤカシの身体なら耐えられるでしょう多分。』


『たらこ天狗:あのゴゴゴッドドドの言う通りならこの世界のアヤカシを助ける為に私ら送られたみたいですし』


『たらこ天狗:だから元々強いゲームキャラの身体で飛ばされてきたんでしょう?』


『深月:え?』


『ZASHIKING:は?』


『たらこ天狗:……ん?何か間違った事言いました?』


『深月:そうだ、色々ありすぎて忘れてた。そういやそんなこと言ってたわね』


『ZASHIKING:つまりあれか?この世界にはアヤカシがいて、それを助けるのが俺らがここに飛ばされた理由ってか?』


『たらこ天狗:いや、そうでしょう……てっきり皆知ってるものかと。』


『深月:すっかり忘れてたわ。』


『ZASHIKING:俺もだ。そうか……もしかしたらアヤカシを助けて行けばゴゴゴッドドドとコンタクトを取れたりとかするかもしれんな』


『たらこ天狗:しっかりしてくださいよ。アヤカシが妖怪と同義なら人里にいるお二人が一番遭遇確率高いんですよ』


『深月:そうなの?』


『たらこ天狗:そうです、妖怪は大体自然の脅威の具現化だったりもしますけど、人に関わる妖怪も多いんです。それにもし、アヤカシ戦記オンラインのアヤカシのシステムそのままだとし』


『たらこ天狗:文字数制限ががが。システムそのままだとしたらアヤカシはヒューマン、つまり人間に干渉する事で成長する訳ですし。』


『ZASHIKING:サバイバルしてる奴が一番考察してたってなんか複雑な気分だな……』


『たらこ天狗:考察くらいしかすることがないんですよ。最近は自力で家建ててますからね』


『深月:もうサバイバー天狗に改名しんあしよ』


『ZASHIKING:ん?』


『深月:のぼせた、むり』


【深月 さんが退室しました】


『ZASHIKING:そういえば風呂っつってたな』


『たらこ天狗:女としては風呂は唯一羨ましいと思えますね……』


『ZASHIKING:サバイバーはたいへんそづだおあsdhjfかJ』


『たらこ天狗:どうした!?』


『ZASHIKING:お前女だったの!!?』


『たらこ天狗:そりゃ言ってなかったですけどすごいショック!!』









「あっつー………」


風呂から出たミツキは、今だ冷たさを含む空気で火照った肌を冷ます。鏡があったのでなんとなく裸のままポージングしてみる。均整の取れたスタイルは一種の芸術品のようであり、元男のミツキならば興奮してもおかしくないのだろうが。


「なんていうか……自分の身体だと興奮しないって言うか……」


大きすぎず小さすぎず、若干大きい寄りの胸を自分で揉んでみてミツキは確信する。


この気分……これは賢者モードだ、と。


「見て惚れ惚れはするけどねー……」


虚しくなってきたので、さっさと着替えて眠る事にするのだった。

夜行性も低血圧も、あくまでも服による妖気スキルの影響であって、ミツキ本人は別に夜行性でも低血圧でもない。故に、手持ち以外の買った服で眠ればミツキは夜はぐっすり、朝はすっきり目覚められるのだった。

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