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沼地の底より三本鋏

ミスを見つけたので修正しました。

ミツキは今、先導するアリュエと共に銀の牙森林帯の近くの湿地帯へと来ていた。

今回は、通商ルートの休息地点として予定している沼の主、マッドクロブというモンスターを狩るのが目的のようだ。


「小型のモンスターならば護衛にも対処可能だが、休息の度にマッドクロブに悩まされていては安全とは言い難いからな。」


とはアリュエの言だ。ミツキとしてはその辺りの事情はあまり考えないようにしている。

食客としてミューラが求めているのはモンスターを倒す戦力であり、方針に意見する発言力ではない。


「しかし甲殻類ね……」


「食用ではないぞ。過去に食おうとした奴がいたそうだが……到底噛み千切れるものではなかったそうだ。」


「そう………」


エビカニオオクワガタのがっかりがまだ抜け切っていないミツキは、期待していた分、大きく肩を落とすのだった。その様子に「食べるつもりだったのか……」と呆れるアリュエ。


「とりあえず今日はもう日も暮れる。夜挑むのは危険だから、ここらで夜営するとしよう。」


ミツキとアリュエは馬から降り、夜営の準備を始める。

道中アリュエから夜営の心得を聞いていたミツキはあらかじめ持って来ていた乾燥した枝を道具欄から取り出す。


「凄まじく便利だなそれは……」


虚空からバラバラと現れ続ける枝をミツキから受け取りつつ、焚き火の用意を進めるアリュエが荷物という概念を覆すそれにため息をつく。


「持てる数に限りがあるんだけどねー」


ちなみにこの「焚き火用木の枝」は99本持つことができた。

三十本ほど木の枝を出した後は、馬が逃げないように手綱を木にくくりつける。

道具欄に同じくしまっていた馬用の干し草の束を取り出すと、馬達は嬉しそうにいななき干し草を食み始めた。


「さ、私達もご飯にしましょう。」



………


……





「まさかこんな場所でマトモな食事が取れるとは思わなかったな……」


ふぁんひゃかんしゃひふぁふぁいしなさいふぉふぇーよねー


ミツキの道具欄に食料も入れていたお陰で、二人は一般的な冒険者達が食べる干し肉と黒パンよりも数ランク上の食事を摂ることができていた。とは言っても、潰れかけの黒パンがふわりとしたままの白パンになり荷物を圧迫することが無いので干し肉が若干大きくなった程度だが。


「ははは、そうだな。ミツキといると気を張り詰めていなくていいから楽で良い。」


「んぐ……なんかアレよねー、アリュエって凄くモテるでしょ。」


「………なんで分かった?」


そりゃあ、とミツキはアリュエを見る。

甲斐性があり、面倒見も良く、裏表の無い純粋にこちらの事を思ってくれているのだろう飾り気の無い笑顔を向けられれば大体の女性はコロっとオチるだろう。下手な男よりもイケメンしてるのだから。もちろんそれは男でも同様な訳で。


「あー、でもなんか執念深い女性に付き纏われてそう。目から光が消えてる感じの女の子に。」


「……もしやミツキもミューラ様と同じ才能を持っているのか?」


図星だったようだ。絵に描いたようなくっ殺系である、騎士だったら役満だ。少なくともゴブリンやオークには関わらせないようにしなければ……とミツキは決意を新たにする。


「んー、あの子みたいなのが何人もいたら世も末よ。私はちょっと経験が多いだけ。貴女みたいなタイプも何人か見たことあるだけよ(ゲームの中で)」


「ミューラ様はなぁ……決して悪い方ではないのだが……」


「でもあれ相手が狼狽してるの見て愉悦感じるタイプでしょ。」


「………肯定はしないでおく。」


つまり否定も出来ない、ということだ。


「まぁいいんじゃないかしら?世の中人と違うってだけで爪弾きにされる中、誰かに必要とされる地位を獲得してるんだもの。

それにちゃんとミューラのことを心配してくれる人がいるんだから。」


ニコリと笑い、ミツキは木の枝に干し肉を突き刺し炙り始める。


「ミツキと話していると不思議な感覚がするな……友人と話しているような……賢者と話しているような……いや、むしろ賢者の友人と話している、のかな?」


「私が賢者ならアリュエは英雄かしら?」


「ははは、違いない。」


談笑しながらもミツキは思う。

ここに来る途中、正確にはロージス商会からサルフの街を出るまでだが、アリュエは挨拶を投げかけられたり、声援を受けたりと道ゆく人々から大人気だった。


(あながちアリュエが英雄ってのは間違って無いのかもね……)



……………………


………………


…………


……



焚き火に枝を投げ込みながら、ミツキは夜の番をしていた。アリュエは焚き火を挟んだ対面で木にもたれかかり眠っている。


(しっかし暇ねぇ……)


散歩でもしたいところだが、一人ならともかくアリュエを放って散歩に出かけ、戻ったらアリュエ(肉)になってました、など洒落にならない。


そこから数分は焚き火の光を利用した影絵で遊んでいたが、それにも飽きたのでミツキはメニューからステータス……「深月ミツキ」のスペックを見て暇を潰すことにする。





深月

種族:狸系【大煙管】

レベル:1486

次レベルまで:334290

体力:59440

妖力:13650

攻撃:5800

防御:24280

敏捷:3300


発動妖気

・地形無視

・義理人情

・力持ち

・酒豪

・ヘビースモーカー

・夜行性

・鈍足


(最近見てなかったけどよくもまぁここまで熱中できたもんねー)


ミツキのレベルは現在1486、アヤカシ戦記オンラインは割とレベルを上げるのが簡単で二日程度パソコンにかじり付いていればレベル1からでも200くらいまでは行ける。しかし4桁ともなれば時間と金が必要になる。いつかは終わるのがオンラインゲームの宿命だというのに随分なハマりようだ。特に趣味がなかったのものめり込みに拍車を掛けたのだろう。

色々と有料コンテンツにも手を出していたし、客観的に見ても立派な廃人ゲーマーだったろう。


それが今では、文字通りの人生ライフワークになってしまってるわけだが。むしろ妖生かもしれない。


(そういえば向こうじゃ行方不明扱いなのかなー)


もうどうにもならないことを思いつつ、他のステータスを確認して行く。

種族の欄に【大煙管】という謎の単語が追加されているのだが、これには心当たりが無いので無視して各種パラメータの方を見る。

「深月」は味方や自分を秘煙で強化する後方援護型のキャラクターであるが故に、生き残る事を重要視している。なので体力、防御、そして妖術を発動する為の妖力に重点的にステータスを振っている。

廃レベルのキャラクターが防御特化したその耐久は凄まじく、最新のドラキュラを含むイベントボスの全体攻撃を高乱数で耐えきる程だ。

そしてそれは、ある程度強化が必要とは言え、この世界に於いても地面を溶かし焼き切るドラゴンのブレス、木々を紙のように斬り裂く衝撃波を放つ人狼の咆哮、そして多段ヒットする上に防御不能な吸血鬼の月光の槍。それ以下の攻撃では即死しないという事だ。


(タンクでもやりますかね……)


今回のマッドクロブとやらはミツキとアリュエの二人しか送らない……つまり、二人でなんとかできると判断されたモンスターな訳であり、少なくとも地形を歪める程の脅威度を持っている訳ではないだろう。それならばミツキでも充分壁役として機能できる。


(夜行性の妖気があるからぜんっぜん眠くならないわね……)


流石に寝ないのは健康に悪い気がするが、瞼が一向に落ちる気配がないのだ。


「………ふぅー…」


最も、先ほどから眠気覚ましニコチンを摂取しているせいかもしれないが。



……………………


………………


…………


……




「何故起こさんのだ!!」


湿気と泥臭さに包まれた爽やかな朝は、アリュエの叱咤から始まった。


「そう言われてもねぇ……眠気が全然なかったからいっそオールナイトしちゃおうかな?と……」


「そう言う問題ではない!いざという時に寝不足で動きが鈍った、では話にならんのだぞ……?」


心の底からこちらを心配しているのだろうアリュエに流石に申し訳ないミツキ。次からはちゃんと夜の番を交代する事を約束し、マッドクロブの棲む沼へと向かうのだった。



…………


……



「ここだ。」


「わぁ広い。」


マッドクロブとの戦闘で巻き添えを食らう危険性も考え、馬は少し離れた場所に繋いでおく。そうして二人はマッドクロブが住処にしているという沼へと到着した。

大湖沼と呼ぶに相応しいその沼は、水に溶け込んだ灰色の泥と蓮の葉によって水底を隠し、時折何かが通ったかのようにその表面を波立たせていた。


「で、どうやってそのマッドクロブを呼び出すの?まさか泳いで自分を餌代わりって訳じゃないでしょう?」


「ああ、マッドクロブを引きずり出す方法自体は簡単だ。それなりにデカい石を沼に投げ込めば良い。問題はマッドクロブが沼から出てこなかった場合、私達はマッドロブスに攻撃できない。」


「ふふふふふ……」


「どうした?」


突如不気味な笑みを浮かべたミツキに怪訝な表情を浮かべるアリュエ。当のミツキは口の端を歪めたまま歩みを進めて行き……水面に沈む事無く立った。


「………!!?」


「やっぱり文字通りの意味だったのね……立っている限り私に踏破できぬ場所は無いっ!!」


足装備である【破天荒の下駄】に幾つか調整を加えて発動する妖気スキル地形無視。ゲーム内では毒エリアなどの踏むとなんらかのダメージが発生する地形でもそれらを無視できる、というものであり、この世界では不安定な足場でもパフォーマンスに影響が出ないというもの……だと思っていたが、それは効果の一部にしか過ぎなかった。

そう、文字通り「地形無視」なのだ。流石に空は無理だったが、この下駄が接触できる限り……つまり、下駄の歯が接触できる部分ならば例えそれが壁であれ水の上であれミツキは立つ、歩く、走る、跳ぶことができるのだ。

最も、重力は流石に適応外のようで壁を歩くのは相当腹筋を鍛えなければ無理であり、なおかつ下駄の歯以外が立っている場所に触れた瞬間地形無視の効果は消失する。実際にロージス商会で一泊した時に試して壁から落ちたので実証済みだ。

最初にこの世界で川に落ちたのは足以外から水に接触したからだろう。


「さーて、じゃあちょっとマッドクロブ叩き起こして……」


「ミツキ下だ!!」


「え。」


アリュエの言葉を理解し真下を見た瞬間、ミツキは沼から勢いよく突き出された灰色の何かによって勢いよく宙を舞った。


「なあぁぁぁぁぁ………わぶっ!!」


「大丈夫か!」


着地に失敗したミツキは頭から泥へと突っ込み、腰まで埋まってようやく止まった。しかし沼故に更に身体は沈んで行き、ゴム製のマスクをつけた某一族の男のように足だけを沼から突き出す形となる。


「今助けて……くっ!!」


すぐさまミツキを引きずり出そうと駆け寄るアリュエだったが、二人の間に突っ込んできたそれによって救助を妨害される。


「ギチギチギチギチギチギチギチ………」


甲殻と甲殻がこすれ合う音をたてながら、それが両腕の大爪を突き出し威嚇する。

沼の中で保護色となる灰と茶色の混じり合った甲殻。その姿は蟹に海老の腹節を繋ぎ合わせ、クワガタの大顎を取り付けたような姿をしていた。その大きさは体長3メートル程だろうか、最後に見たのがハードラースベアの大物だった為か大きいというイメージを抱かないが、十分巨大と言えるだろう。

もし、ミツキがこれを見たならこう言うだろう。


「エビカニオオクワガタじゃないの……」


「ミツキ!大丈夫か!!」


「泥パックのお試し中よ、大した事無いわ。」


力持ちの妖気スキルにものを言わせて無理矢理沼から上半身を引き抜いたミツキ。その姿は下半身以外全て泥色というものであったが、灰色一色のその額には青筋が浮かんでいるのだろうことはアリュエにも理解できた。


「アリュエ、こいつの弱点とか分かる?!」


「マッドクロブは腹を縦に切り開けば死ぬ!!」


「そう……じゃあ足場があるそっちにいて!私がひっくり返してそっちに飛ばすから後よろしく!!」


「何?!」


恐らく、節足動物の中枢である脳神経節を斬り裂くという意味なのだろうが、打撃武器では時間がかかるだろう。それに、一人で背負い込むなと言われたばかりなので、ミツキはアシスト兼タンクに徹するとする。

大親分の金剛煙管を手元に取り出し、巨大化させる。秘煙は使わない、ミツキはこちらを追撃しようとするマッドクロブに自分から肉薄する。


(真正面から行ったら顎にチョンパされちゃうかしらねー……)


ベストな位置はマッドクロブの真横だろうか。だが、大きく広げられた鋏がミツキの移動範囲を狭めている。

ゲームなら回避の無敵時間で鋏をすり抜けたりするが、今それをやったとしても鋏にかち上げられてもう一度顔面ダイブだろう。他の方法を取るしか無い。

それにミツキとしては別の目的もある。この堅牢な甲殻ならばミツキのパワーを試す丁度いいテスト相手になるだろう。


「そこを退きなさい!!」


地形無視の恩恵をフル活用して全力疾走、さほど速くはないが向こうも接近してきているので接触の時はすぐに来た。

マッドクロブは突進の勢いのまま、ミツキを斬り裂かんと大顎を勢いよく閉じる。本来ならば泥に足を取られ、回避は間に合わない。だが、地形無視スキルによって安定した足場を得た事により十全な跳躍を成功させる。

鈍足の妖気スキルは走る速度が落ちるというもの。だが、跳躍力には影響は出ないようだ。


「あっぶな……!」


すぐ真下を掠めた大顎に冷や汗をかきつつも身体を大きく仰け反らせた後、大煙管を振り上げられつつあるマッドクロブの左鋏に叩き付けた。

激しい音と共に甲殻を砕かれながら鋏が沼に叩き付けられ、泥水の飛沫を上げる。その半分を沼に沈めたマッドクロブの鋏に着地し再度跳躍、顎と鋏の包囲網から脱出する。

下駄以外を水面に触れさせないよう気をつけながら着地(着水?)し、振り返る。


「ギギギギギギギギ!!」


「マジかっ!!」


攻撃に用いようとしていた大煙管を急遽身体の前に構え、マッドクロブ本体から千切れ飛ぶ勢いで振り回された左鋏を受け止める。だが、水上という場所であること+下駄の歯以外が接触すると効果解除という事実が踏ん張る事に対して抵抗を生んでしまう。

結果、防御ごと衝撃で吹き飛ばされたミツキは沼の中央へと吹っ飛ばされる。


「ミツキっ!!!」


「そこから動かない!!」


息は詰まったが、行動に支障はない。体力の一割も減ってはいないだろう。だが、このまま沼に落ちれば地形無視が発動する事無く本当の意味での着水をすることになるだろう。幸いな事に、マッドクロブが力任せに振り回した攻撃でホームラン軌道で吹き飛んだので着水まで数秒の猶予がある。


「深月ならできる……ミツキなら出来る……私なら出来るっ!!!」


己を叱咤し、ミツキは空中で無理矢理体勢を立て直す。二度後方宙返りを決めた後、最初に水に触れる部分を足へと変更する。そして、着地。


「っっっっっっ!!!」


本来ならば膝をつくなり手をつくなりして勢いを殺すべき所を足のみで……それも、下駄の歯以外を水につけないようにしながら耐える。

足の痺れに耐えつつも顔を上げれば、どうやらマッドクロブはより近くにいるアリュエにターゲットを変更したようだ。

すぐさま向かいたい所だが、この装備ではどうしても鈍足が足を引っ張ってしまう。


「廃人舐めんじゃないわよ……っ!!」






話は変わるが、三樹ミツキがプレイしていたゲームであり、深月ミツキの存在するゲームであったアヤカシ戦記オンライン。その上位ランカー、つまりは廃人と呼ばれるプレイヤー達の間では「必須」と言われるある技術がある。

ヒューマンに干渉してレベルを上げ、アヤカシに害をなすモンスターを倒すゲームである訳だが、中には複数のモンスターと同時に対決したり、特定条件で性質が間逆になるモンスターなども存在した。

そして、アヤカシ達が纏う装備も全ての攻撃に対して防御を発揮する訳ではなく、例えば火に弱い等の得手不得手が存在する。

だからこそ、廃人達の間では「早着替え」と言われる、戦闘中に装備を丸々一式別のものに変えてしまう技術がなければお話にならないとされていた。

これはキーボード操作ではなくゲームパッド(というよりもキーボード操作で最高脅威度のモンスターを倒そうとしたら文字通りキーボードを壊すくらいに酷使しなければ不可能という結論が出ていた)を必須とし、キャラクターを被弾しないように動かしつつ、メニュー欄を開き装備を変えるという二つの動作を同時にこなさなければならない。

無論、時にはイベント最速クリアの称号を得た事もあるミツキもその技術を習得している。最も、操るのはコントローラーではなく自分の指だが。


「メニュー!!」


メニュー欄を喚び出し、足はスタートダッシュを決める。最短で早着替えが出来るように並べ替えられた装備欄で足以外の装備を今着ているものとは別のものへと変えて行く。


・山紫水明の髪飾り→花鳥風月の簪


・花鳥風月の羽織→トワイライトコート


・山紫水明の羽織→韋駄天スカート


全てを変更し最後の決定を押した瞬間、ミツキの纏う和装が光となって別のものへと再構築される。

髪を飾っていた月を模した髪飾りは花のかんざしへ。夜空と月と花を模した羽織は黄昏の色に染まったコートへ、そして渓流を模した袴は空色のミニスカートと黒のスパッツへ。

和装からガラリと別の姿になったミツキは、先ほどとは比べ物にならない速度で水上を疾走する。


(花鳥風月の羽織の方の妖気スキル調整優先にして色々弄ったから何が発動してるのか分からなくて放っておいたまま忘れてたけど……っ!!)


一つだけ、確定で発動している妖気スキルがある。

敵モンスターを「追って」いる時のみ走る速度が上がるというその妖気の名は【追跡者】。


今の状況にピッタリ合致したその妖気は効果を余す所なく発揮し、鈍足の妖気を消したミツキの速度を更に引き上げる。


(本当に敵を追ってる時しか適用されないんだけど……今なら条件は!!)


「待ちなさいエビカニオオクワガタァァ!!」


鈍足発動時でもそれなりの速さだった走りが、追跡者の発動によって人間からすれば俊足と呼んで差し支えない速さで水を切りながらマッドクロブへと追い縋る。

マッドクロブもミツキの接近に気づいたようで身体をミツキの方へと向けようとするが、甲殻類故にその全身を動かさなくてはならない。ミツキの方へ身体を正面にするのに83°の回転が必要、しかしマッドクロブが30°回転した所でミツキは既にマッドクロブの懐へと飛び込んでいた。


「どぉぉぉぉぉぉぉぉっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!!」


装備を殆ど変えた事で力持ちの妖気も消えているだろう。それ故に裂帛の気合と共に全力で振りかぶった大煙管をマッドクロブの背甲と腹節の間……丁度海老と蟹の中間辺りの部位に野球のバッターよろしく叩き付けた。

メキメキと背中に比べれば硬度は落ちる腹甲に煙管の雁首がめり込む。やはり力持ちの妖気が無いとパワーは落ちるようだ。それでも廃スペックにものを言わせた膂力でマッドクロブの巨体が持ち上がって行く。


「たぁぁぁぁぁぁぁおぉぉぉぉぉぉぉぉれぇぇぇぇぇぇぇぇぇろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


そしてだめ押しの蹴りが決定打となり、マッドクロブはその腹を仰向けに曝す事になる。


「アリュエ!!」


「心得た!!」


暴れるマッドクロブの鋏の届かないギリギリの位置から駆け出したアリュエがマッドクロブの腹に飛び乗る。

そして数秒照準を定め、まっすぐ長剣を突き立てた。

決して柔らかい訳ではない腹甲に長剣はすとんと突き刺さる。そして、アリュエはより深く突き刺された長剣を掴み、尻尾まで一気に切り開く。


「ギュゴッ!ゴゲッ!!」


脳神経節を切り開かれたマッドクロブは一度大きく震えると、最期に小さく震え、そして二度と暴れる事は無かった。


「やったわね!」


「ああ………一応、その格好について聞いても?」


「見ての通り着替えよ。」


ミツキはその場でくるりと一回転し決めポーズ。


「似合ってるでしょう?」


「ああ、似合っているぞ………いやそうではなく、何故着替えたかを聞きたいんだが。」


「アレよ、泥水を吸って動きが遅くなっちゃったからね。こう、早着替えでチョイチョイっと。」


「む、まぁ理屈としては正しいか……まぁいいさ、これにてマッドクロブの討伐完了だ。証拠となるマッドクロブの素材を剥ぎ取るから手伝ってくれ。」


「はいはーい。」



………………


…………


……



「ふむ……」


マッドクロブを無事討伐したその夜、夜移動するのは危険との事で最初に夜営した場所でもう一晩過ごす事となったミツキとアリュエ。

「絶対に起こせよ?絶対だぞ!?」と起こしてほしいのか起こしてほしくないのか分からない念押しをしながら眠ったアリュエを視界の端に捉えつつ、ミツキは使っていなかった装備の確認をする。


「あー……すっごく妖気調整したい。」


その内容はというと、


・低血圧

・貧血

・追跡者

・目利き

・夜行性

・八艘跳び


数こそは揃っているが、マイナス妖気スキルが二つあるのだ。道理で頭痛がする訳だとミツキは納得する。

妖気【低血圧】は睡眠状態から復帰した時に全ステータスが半分になるというもので、文字通り低血圧も含むならミツキは両方の意味で朝に弱くなる。

妖気【貧血】はリスク持ちの妖気なのだが、ミツキにとってはマイナス妖気だ。これが発動していると常時ステータスが0.8倍になる。ただし、敵をある程度出血させる事でステータスを1.2倍に出来る、のだがミツキの武器は「打撃武器」である。そう、破砕でもしなければ血が出ないのだ。そして、文字通りの意味なら常時貧血という意味である。鉄分補給してもこのスキルがついている限りミツキは頭痛に悩まされ続ける事になるだろう。

妖気【目利き】は戦闘時ではなくレベル上げの時に使う妖気だ。NPCヒューマンの中からより多くの経験値を落とすキャラを識別する効果がある。文字通りの意味ならどうなるのかは分からない。

妖気【追跡者】は敵を視認した状態で追う時だけ俊敏が上がり、敵が姿を隠した場合でも位置が分かる、というものだ。恐らく文字通りの意味も同じで追跡時のみ効果が出るのだろう。

そして妖気【八艘跳び】。破天荒の下駄の代わりに韋駄天ブーツというものを装備する事で発動する。これは回避距離を伸ばす妖気だが……文字通りの意味なら凄まじいジャンプ力を備えたという事だろう。地形無視の効果が凄まじいので地味に感じるが十分な妖気だ。


夜行性の妖気は妖気発動の補助をする妖珠単品で発動するもの故に、今装備している月光の珠をつけている限り夜行性は発動し続けるだろう。


「こうなるなら……いいえ、」


こうなってしまった以上、これでやりくりしていくより他ないだろう。

第一、装備を戻そうにも……


「これ、だものねぇ……」


装備欄ではなく道具欄から花鳥風月の羽織を選択し、取り出す。

現れたのは、美しい意匠が無残に泥まみれになった羽織。

顔や髪は真水でまだマシなくらいには落とすことができたが、こればっかりはどうしようもない。


「戻ったら洗濯するしかないか……」


お気に入りの服が泥塗れになったのと、貧血の妖気の所為で益々気分が落ち込んで行くミツキであった。



……




翌朝。


「起きろミツキ、朝だぞ。」


「…………」


「ミツキ?」


「………………ぅぅ……」


「ど、どうした?……すごい顔だぞ。」


「ぅぅ……死にたぃぃ………」


「何を言っている?!」


貧血+低血圧のダブルパンチにより、壮絶な倦怠と苦痛に苛まれるミツキの辛い朝が始まる。







「ミューラ様。マッドクロブの討伐、無事完了致しました。」


半泣きのミツキをなんとか連れて帰還したアリュエは、一人商会に戻りミューラに達成の報告をしていた。


「それは何よりです。……ところで、ミツキさんはどうしたのです?姿が見当たりませんが。」


「何でも、「血が足りなくてこれ以上は本当無理」だそうで……組合の方に食事に。」


「食事でしたらウチでも出しますのに……」


「距離的な問題でしょうね。」


街の入り口からならば冒険者組合の方が距離的に近い。

顔を青ざめさせ今にも倒れそうになっていたが、仕方ないのかもしれない。

水の上に立つ、巨大なマッドクロブを一人でひっくり返す。あれ程の動きをすれば消耗が激しいのも納得だ。


(やはりミツキになんでも背負わせる訳にはいかんな……)


そう決意を新たにするアリュエだった。




「アリュエ、何か決心したの?顔が二割増しで引き締まってるわ。」


「ええ、まぁ……」


速攻で見抜かれた。









「〜〜〜〜♪」


最初に来た時よりも人が多い組合内にて。周囲の冒険者達がどよめいているがミツキは気にしない。

今ミツキの前にはジュワジュワと音を立てながら鉄板の上に鎮座する巨大な肉の塊がある。もちろん焼き加減はレア。フォークを刺せば肉汁よりも血が滴るほぼ生肉の焼き加減だ。


「一滴でも効果発動で助かったぁー」


サルフに辿り着くまでに八回は落馬しそうになる程度には身体に力の入らなかったミツキだが、今ならマッドクロブの甲殻も素手で叩き割れそうな程に気力体力は回復している。


他者から見れば、細い女性が自分の顔の三倍はある肉の塊をがっついている光景なのだが。


(体感…一滴一分くらいかしら。この量なら数時間は保ちそうだし……ちゃっちゃと洗濯しよう。)


ついでに部屋着なども仕入れるべきだろうか。

活性化した頭でこれからの予定を決めていると、見たことのある面子が組合内に入ってきた。

そしてデジャヴを感じさせるどよめき。

スーパーマンを筆頭に入ってきた面子は、偶然かそれとも探されていたのか、ミツキを見つけるとこちらへと近づいてきた。


「数日ぶりですね。」


「あー……銅鑼鐘ドラベルだっけ?」


竜の鐘ドランベルです。相席、宜しいですか?」


確かヘレーネだったかヘーレネだったか。アリュエを勧誘してい女性がミツキに話しかける。

どうやら、この女性がこの集団の交渉役のようだ。


「ええ、よくってよ」


どうやら、最初からミツキを探していたらしい。お礼参りだろうか、今のミツキは通常の1.5倍の速さで逃走できる。

いつでも逃走できる準備を整えつつ、同席を受け入れる。


「では失礼。」


ミツキの座るテーブルに竜の鐘のメンバーが着席して行く。

ミツキの真正面には一度も声を聞いたことのないスーパーマンが着席した。


「で?何の用かしら?態々私を探していたんでしょう?」


アリュエの事だろうか。少なくともミツキに竜の鐘をアリュエに会わせるつもりはない。

アリュエ本人が望んでいない以上、ミツキが無理強いする権利はない。


「あー……いえ、幾つか話したいことはありますが今からの話題はアリュエさんは関係の無いことでして……」


「ほう。」


何故か遠い目をする女性。彼女はスーパーマンに目配せをすると、何故か黙り込んでしまった。続きはスーパーマンが話すのか?とミツキが正面のスーパーマンに視線を向けると、彼は一度息を吸い込み……


「誠にっっっ!!!申し訳なかったっっっっ!!!!」


粉砕するつもりかと思う程の勢いで頭を机に叩きつけた。


「……………?」


思わず疑問符を浮かべながら女性を見るが、我関せずを貫き通すつもりなのか、何も答えてはくれなかった。


「え、ええと……どういう、ことで?」


「以前の件、ザムザが貴女に絡んだ件についてだっ!」


以前、自分に絡んだ、という点から自分が転ばせた男のことだろうか、と本人を見たが、睨み返されてしまう。

その間にも、ガンガン頭を机に叩きつけながらスーパーマンの話は続く。


「我々がアリュエ殿を勧誘している時にっ!貴女を不快にさせたことを深く!ふかぁぁく!!謝罪させていただきたいっっ!!」


ミツキは一つ息をつき……


先程よりも強い眼差しで女性に説明を求めた。



……




話を要約するとこうだ。


・アリュエを勧誘している最中にミツキが現れる


・途中でミツキはアリュエを連れて逃げ去ってしまう


・もしや、彼女には早急な用件があり、急いでいたのではなかろうか


・そして、自分達がアリュエ殿を引き止めていたことで彼女に迷惑がかかったのでは?


・謝罪せねば!!


………ということらしい。

それとついでに名前も教えてもらった。

この先程から頭で机を叩き割らんとする男は竜の鐘リーダーであるカルエルと言うそうだ。


「ええと……別に気にしてないのでその、お気になさらず。」


とりあえず、このまま机割りに挑戦させ続けると悪目立ちするばかりなので、やめさせる。


「……まぁ、そんな訳でしてウチのリーダーが貴女に謝罪したいとのことで探していたんです。」


「大変なのね。」


「慣れてます。」


竜の鐘の副リーダー(リーダーがアレなので、実質竜の鐘は彼女がリーダーな気もするが)であるヘレーネがそう説明する。

もっとお堅い人物かと思っていたが、話してみれば意外と話しやすい人物だった。


ザムザというのはあの時ミツキを獣畜生と言った男の名だ。先程からこちらを睨み続けているので話しかけてはいない。

その他にもメンバーはいるが、ここにいるのが全員というわけではないらしい。

なんでも人前に出るのが苦手なメンバーが二人、後は彼らの本拠で武器を仕入れたりする等の役割を持つメンバーが一人いるそうだ。


「………で、他の用件は?」


「……ええ、実は貴女をアリュエさんの知り合いと見込んで頼みがあるのです。」


「勧誘の取り次ぎならしないわよ。」


「いえ、それとは別件です。」


ヘレーネは懐から一通の手紙を取り出すとミツキに渡す。


「これは?」


「ロージス商会宛の手紙です。アリュエさんから商会長に渡された方が、「早い」と思いましたので。」


「早い?何が?」


「それは貴女に話す義務は無いことです。」


確かに、と納得するミツキ。態々封をしてある以上、内密な話なのだろう。それをミツキにいちいち説明する必要は確かに無い。


「つまりこれを渡せばいいのね?」


「ええ、頼まれていただけますか?」


「いいわよ。」


面倒なのでミューラに直接渡せばいいだろう。そんな訳でミツキは竜の鐘からの手紙を持って商会へと帰ったのだった。



…………


……




「成る程……流石は竜の鐘、耳が早いですね。」


商会に戻りミューラに手紙を渡すと、ミューラは封を開けてもいないというのにも関わらず、内容を理解したかのように頷いた。


「読まないの?」


「読まなくても予想はできます。大方自分達を売り込んで来たんでしょうし。」


「売り込んで?」


そう聞き返すと、ミューラは歩きながら話し始めた。


「えぇ、我が商会が新規ルートを開拓しているのは知っての通りですね?」


「ええ。」


現にミツキ達はその為にマッドクロブを倒したのだから。


「ですが……他にも依頼を出しているとは言え、まだ安全なルートは開拓できていないのが現状です。それに一つではなく幾つかルートを作る必要もあります。

故に、先日ロージス商会はある程度高ランクの冒険者に手伝っていただくことを決定しました。」


確かに。幾らミツキとアリュエが動こうとも二人では効率的に限界がある。

依頼を出したとしても、すぐにそれを受けてもらえる訳でもない。冒険者達とて命がけの仕事なのだ、報酬よりも命を大切にするだろう。


「つまりアリュエみたいに雇うってこと?」


「いえ、アリュエのように……言い方は悪いですが商会に縛られる雇われではなく、報酬として商会がその冒険者のスポンサーになるつもりです。」


つまりはアリュエのように衣食住を保証されるが依頼への拒否権の無い商会専属ではなく、必要に応じて商会からの依頼に応える代わりにある程度の支援を受けることができるということだろう、とミツキは何とか自分にも理解できるようにミューラの話を翻訳する。

いまいち違いが分からず割と理解が追いつかないが、恐らくこれでも噛み砕いて説明してくれているのだろう。


「あまり理解できていない、という顔ですね。」


一瞬で見抜かれた。


「要するにですね……アリュエは衣食住、装備等のバックアップを全面的に受ける代わりに如何なる依頼であれ遂行する義務があります。

それに対しこれは契約を結んだ冒険者へ優先的に依頼を回す、というだけです。無論拒否権もありますが、受けなければ切るだけですね。

後は商会を利用する際に優先的に品を回したりなど……特典も多いですよ?ミツキさんも如何です?」


「保留。」


ミューラ曰く「食客とは友人のようなもの、言葉遣いを無理に治す必要はありませんよ。あ、でも公の場では敬語でお願いしますね。」とのことなのでタメ口で話しているが、今の保留は流石にぶっきらぼう過ぎたかと彼女を見るが、ミューラは気にしていないようだ。


「ではまた別の機会に尋ねるとしましょう。

冒険者達からすれば依頼を達成するだけで強力なバックアップを得るわけですし、ランクA以上の冒険者達が挙って自分を売りに来るでしょう……公表されたら、ですが。」


「公表されたら?」


つまりまだロージス商会は冒険者の募集を公表していないということだろう。

ならば何故竜の鐘はその情報を知っていたのか……いや、


「そもそも別件なんじゃないの?」


「ふふ、そうだったら私はとんだ赤っ恥ですね。

聞けば竜の鐘には元ロージス商会の一員だった商人が在籍していると聞きます。

彼の交友関係を洗い出せば誰が「口を滑らせた」のかわかると思いますよ?」


その台詞に、思わず一歩距離を離すミツキ。ミューラの顔は笑顔のままだ、だからこそ彼女の心中は伺うことは出来ない。


「……翌朝海にロージスの商人が浮いてたとか嫌よ私。」


「……ぷっ、うふふふふふ!ミツキさん私でも流石にそんな事はしませんよふふふふ……!」


彼女の笑いのツボがいまいち分からないが、どうやらウケたようでくすくすと笑うミューラ。

ただ、ミツキには「流石に損な事はしませんよ」としか聞こえなかったのだが。


「ともかく、竜の鐘はサルフでも有名なチームです。

何せリーダーの【超人】カルエルを筆頭に【水鏡】【雷光】と個人でも高い戦闘力を誇るメンバーで構成されていますからね。

彼らがロージスと関係を結びたいというのは願ったり叶ったりですね。」


(やっぱりあいつスーパーマンなんじゃ……)


超人などという明らかにそれを連想させる二つ名に、机を叩き割らんと頭を振り下ろす男の姿を思い浮かべる。


「もしかしたらアリュエを勧誘しようとしていたのもこれが目的だったのかしら……いや、でもカルエル氏は少し…いえ、大分直情的な方と聞きますし……ふふ、あの魔法使いさんの考えかしら。」









「貴女本人が目の前にいなくても推理するのね……」


「ふふふ、半分趣味のようなものですから。」

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