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廃レベルプレイヤー

「こうなるって分かってればもう少しアイテム入れたのに……」


アイテムを確認したミツキは、どうしようもないとは分かりつつもため息をつかずにはいられなかった。

現状所有する道具は、


回復兵糧丸・伍×5

回復兵糧丸・肆×10

回復兵糧丸・参×15

特上肉弁当×5

肉弁当×9

祀神霊水×1

万能苔飴×10

変化の葉×10

銘酒【くろがね】×5

刻煙草【火霧ひぎり】×20

刻煙草【煙龍えんりゅう】×15

刻煙草【覇辿はてん】×5

刻煙草【冥府めいふ】×1

箸入り空き箱×1



大親分の金剛煙管×1

御館様の水晶煙管×1

山紫水明の髪飾り×1

花鳥風月の簪×1

トワイライトコート×1

花鳥風月の羽織×1

山紫水明の袴×1

韋駄天スカート×1

破天荒の下駄×1

韋駄天ブーツ×1

月光の珠×1


空き 15



アヤカシ戦記オンラインでは武器などの装備も持ち物としてカウントされる。その代わり一つのアイテムは上限まで持ったとしてもストレージは一つしか使わない。こうなると分かっていればもう少し食べ物系のアイテムを増やしたのだが。


とりあえず食料は弁当が15個ある、ケチって行けば暫くは持ちこたえられるだろう。モンスターに教われ傷を受けたとしても度合いによるが相当な回数は兵糧丸で回復できるだろう。毒も苔飴で問題無し。本当にピンチになったら生命力体力妖力全てを完全回復する霊水が一つある。それ以外は戦闘時に使用する道具ばかりだ。

とはいえ、箸を入れた空き箱を一つの道具として認識したわけだから、組み合わせ次第ではもう少し詰める事が出来そうだ。


「そして最大の問題は………やっぱり木の茂みなのかな。」


満腹になった腹を撫でつつ、避けられぬであろうそれをどう済ませるかを考える。女性のやり方など知る筈も無いし………いや、そう言う光景を見た事は無いとは言えないが。主にピンクな映像で。


結局、その時が来たら考えるということにしてミツキは暗い森の中へ歩みを進める。何も見えないかと思ったが、目が慣れてきたのか薄ぼんやりとだが見えてきた。これならば進む事も出来るだろう。

そう判断したミツキは木の根に転ばないよう気をつけつつ森の中を進む。

人を見つけられれば重畳、そうでなくとも街道に出る事が出来れば人里にたどり着けるかもしれない。


「………にしても暗いな……いや、暗いわね。」


狸の妖怪になったからか、土と緑の匂いを強く感じながら暗い森の中をまっすぐ進んで行く。時折夜鳥の鳴き声が耳に届くが、その姿は見えない。何故か感覚が鋭敏になっているな、と小枝を避けながら歩いていて思い出す。

そういえば、妖気スキルを調整していた時に、ついでに発動できるから、と【夜行性】のスキルを発動していた筈だ。

だが、あのスキルは「天候:夜の時、ステータス上昇」なのだが……もしや、文字通りの意味で夜行性になっているのだろうか。それなら眠気が全く無いのも、目が慣れたというだけでは見えすぎている視界を始めとして感覚が鋭くなっているのも納得がいく。

だとしたら、少々気になる事がある。ミツキは装備欄から発動妖気スキルを確認する。


「発動してるのは……地形無視、ヘビースモーカー、力持ち、夜行性、酒豪、義理人情、鈍足だっけ。」


分かりやすい妖気スキルが多い、ヘビースモーカーと酒豪が発動してる時点でどうしようもなくオッサン臭いなぁ、と改めて思いつつ妖気を確認する。

力持ち、は分かりやすく力持ちだろう。とはいえ元の腕力がどれほどか分からないので後で試す事にする。

本来はステータスアップアイテムである【酒系道具】の効果を高めるのが酒豪、そして煙管使いなら必須とも言える秘煙の効果時間を延ばすヘビースモーカーの妖気スキル、これらは文字通りの意味になるのだろう。どちらも道具を消費するので試すつもりは無い。

義理人情は他プレイヤーに干渉する効果を高める妖気、ヘビースモーカーと合わせる事で後方援護として最上級の効果を発動できる。だが文字通りに受け取るなら義理堅い性格になったということだろう。

そして鈍足。これは妖気調整でどうしても外せなかったマイナス妖気スキルだ。スキルとしての意味も実際の意味も同じ、走るスピードが遅くなるというもの。

そして一番分からないのが地形無視だ。ゲーム内では毒沼などを踏んでも影響を受けない、というものだったが……ミツキは仮説を実証すべく一旦インベントリを閉じる。

そして、全力で森の中を駆け出した。


こうなる前も、そこまで運動が得意だった訳ではないが明らかに駆ける速度が遅い。これが鈍足の影響だろう。だが注目すべきはそこではない。

ただ前を見て木にぶつからないように走っているが、全く転ぶ気配がない。獣道ですら無い森の中を転ぶ事無く全速力で駆け抜ける事が出来ている。これが地形無視の恩恵だろうか。

だとすればありがたい、道無き道を歩くにせよ走るにせよ、平地と同じように行けるのは体力消費も少なく済む。


「よーし、このまま突っ走るんだから!!」






翌朝。

結論から言えば、人を見つける事も街道を見つける事も出来なかった。というか自分は完全に人がいない場所に落ちてきたらしい。

途中でそう結論づけたミツキは結局来た道を逆走し、なんとか川まで戻ってきていた。

女性の身体になったからか、まだそこまで腹は減っていない。昇る朝日に目を細めつつ、ミツキは方針を変える事にした。

どこに出るか分からない森を行くのではなく、川沿いに下って行く作戦だ。世界史が証明していた。文明というのは水源の近くに発生するものだ。途中で何かにぶつかる可能性はあるだろう。それに、昨日のうちに寝ていたらしいZASHIKINGをチャットアラームで叩き起こしてこの世界の文明レベルについて聞いておいた。

ZASHIKINGの話では、少なくとも科学というものは無いアヤカシ戦記オンラインの舞台となっている異世界とほぼ同じとのことだ。

ということは中世の頃をイメージすれば良いのだろう。


「じゃあ、行きましょうか。」


歩きながら考える。最初はここはゲームの中の世界なのでは、と考えていた。ゲームのキャラクターになっているのだからそう考えるのが自然だったからだ。だが、ZASHIKINGの話では、この世界にアヤカシというものは存在しないらしい。少なくとも、ZASHIKINGが今いるキャラバンの人達はアヤカシというものは聞いた事も、勿論見た事も無いそうだ。

ならば、全く別の場所にゲームのキャラで飛ばされたという事だろうか。仮説を立て、答え合わせをしようとしても肝心のゴゴゴッドドドへコンタクトを取る事が出来ないのだからどうしようもない。

ともかく、この世界は魔法とモンスターが闊歩する異世界。いつ襲われるのか分からないから念のために「大親分の金剛煙管」を出したのだが………


「………………ふぅーっ……」


煙管から口を離したミツキの口から煙が漏れる。河川敷の岩に腰を下ろしたミツキは一服中であった。

武器である煙管を出してから暫くして、どうしようもなく煙草を吸いたくなったのだ。最初はアイテムを減らすわけにはいかないと我慢していたのだが、一時間程でどうしようもなくなったので、仕方なく一番在庫のある刻煙草【火霧ひぎり】を一つ使って一服している訳だ。

プラス妖気スキルだと思っていたヘビースモーカーだが、実際はデメリットもあったようだ。

定期的に煙草を消費しなければいけないなら、早急に煙草を手に入れる必要がある。道具アイテム【刻煙草系】は銃にとっての弾丸のようなもの、無駄撃ちしていいものではないのだ。煙草が吸いたいならアイテムではなく普通の煙草で良いだろう。

とはいえ、無駄に消費するつもりも無いので秘煙を発動させて自分にスタミナ消費0の強化を付与しておいた。確か火霧なら2分間持続する筈だ、それをヘビースモーカーで1.5倍にするので三分間は疲れる事無く走る事が出来る。

ゲームでは秘煙を使う時は煙管を巨大化させる必要があったのだが、ここでは通常サイズのままでも秘煙が出せるようだ。最も、力持ちの妖気スキルがあるとはいえ、鈍器として叩き付ける大煙管で煙草を吸う気にはなれない。


「じゃあ、改めまして……!」


走り出す。決して速くはないが、減速する事無く川沿いに進んで行く。

昨夜は暗かったのであまり気にしていなかったが、太陽が照らしている今辺りを見渡してみれば、中々に良い場所だ。

レジャー地としては上等、キャンプとバーベキューセットでも持っていれば充分楽しむ事が出来るだろう。

適当に木と蔓を探して釣り竿でも作ってみようか、と考えていたが、よくよく考えたら餌が無いので断念する。

人里に着いたら魚を探そう、そう考えながら走っていると聴覚が何かを聞き捉えた。


「…………ん…?」


そういえば本来耳があった部分に何も無くなっているのは違和感あるな、などどうでも良い事を考えつつ、僅かに聞こえてきたそれをもう一度拾うべく耳を澄ませる。

鳥や風の音に混じって聞こえてくる、固い金属同士がぶつかり合うような音。それに、猛獣の咆哮が今耳を打った。これはもしかしなくても、誰かが襲われているのだろうか。

確証がある訳ではないが、行ってみる事にしたミツキは音のした方へと走り出す。


「ああもう、遅い!」









振り払われた爪を愛剣で弾く。それだけの動作で自分の身体は紙くずのように木に叩き付けられる。

意識が飛びかけるが、気絶すればそのままコイツの餌だ。愛剣を構え直し、眼前で唸るそれを睨め付ける。


「グルルルルルルルルルル………」


金属成分を多く含んでいるために、なまくら程度なら軽くへし折ることができる爪。同じく金属製分を含み、獲物の肉を容易く引きちぎる牙を備えたモンスター。

気性は獰猛且つ好戦的、空腹時には格上の相手にすら攻撃を仕掛ける「ハードラースベア」。平均よりも巨大な個体が間髪入れず迫っていた。


「くっ……!!」


背中の痛みを堪えつつ、真横へと転がる。直後、自分のいた位置に生えていた木が容易くへし折られる。


(なんだこの個体は……!通常個体の二倍はある!!)


確かに事前情報で、通常の個体よりも大きいとは聞いていたがいくらなんでも大きすぎる。突然変異と言ってもいいだろう。大きさこそ通常の二倍かもしれないがその膂力、凶暴性は二倍では収まりきらないだろう。

高密度の筋肉は肉の塊であるにも関わらず、全力で振り下ろした刃は容易く受け止められる。間合いを取ろうにも想定以上の瞬発力ですぐさま間合いを潰される。

逃げようにも、どうやら空腹時に遭遇してしまったらしく、向こうは自分から来てくれた餌を逃すつもりはないようだ。


(目くらまし……いや、下手な行動を起こしても意味は無い……!捨て身で攻撃する?全力で切っても傷一つつかなかった……捨て身で攻撃しても傷をつけられるかどうか……それにあの反応の速さ……半端な攻撃ではこちらの剣が当たる前に私がへし折られるな……)


絶体絶命。

致命的なダメージこそ無いが、打つ手が無い。ハードラースベアはこちらがなす術が無い事を見抜いているのか、余裕すら感じさせる動きでじりじりとこちらを追いつめて行く。獣だがその戦闘センスは本物のようで、迫る巨躯には一分の隙もない。

鎧こそ着込んでいるが、奴の爪の前では紙と大差ないだろう。何人かいれば撹乱して逃走も可能だったかもしれないが、一人でも対処できると慢心した昨日の自分をぶん殴ってやりたい。


(もはやここまでか………!)


生還する事は不可能。せめて己がこのハードラースベアと戦ったという証拠を残すべく、全霊の一太刀を浴びせんと身体に力を込める。と、その時だった。

今まさにトドメを刺すべく突進しようとしていたハードラースベアの動きが不自然に止まった。何かを察知したかのように一点を見つめ、鼻をひくつかせている。


(今なら逃げ………がはあっ……!!?」


捨て身の姿勢を解き、逃走しようとするも獲物が逃げないようにと振り払われたハードラースベアの一撃が直撃する。脇腹に衝撃が突き刺さり、決して軽くはない自分の体が勢い良く吹っ飛ばされる。


「かっはぁ………ごほっ!!」


激しい痛みに脇腹を抑えのたうち回る。着ていた鎧は容易く砕け、破片が脇腹に刺さっていた。唇を噛み締め破片を引き抜き、僅かでもハードラースベアから離れようと這いずって体を動かす。

顔を上げれば、ハードラースベアは全身の黒毛を逆立て威嚇をしている。だが、その矛先は自分には向けられていない。自分ではない何者かに向けられている。そしてハードラースベアの敵意を向けられているそれの姿は木の幹に隠れて見えない。だが、木の幹からはみ出している巨大な鎚のようなものから察するに人間、そして相当な剛力の持ち主だろう。


「き……気を、つけろ……!そいつは……格段に強い!!」


忠告を精一杯の声量で投げかけると、その人物はそれでこちらに気づいたのか、ひょっこりと木の陰からこちらへ顔を覗かせる。


「第一人間発見!」


その声は紛う事無く少女のもの。だが若干の低さを含んでいるためか、声の割に老練さを感じさせられた。

覗かせた顔は少女から女性に移り変わる途中のもの、年齢は二十より少し前程度だろうか?童顔なので若く見えるのかもしれないが。元の質がいいのかよく手入れされているのか、艶やかな長髪には三日月を模した髪飾りがつけられてあり、美人と呼ぶのに何の問題も無いだろう。

最初は人間かと思ったが、頭から生える耳とゆらりと揺れる丸い尻尾からして獣人だろう。表情は明るく、まるで探していたものを見つけたかのようだ。仮にもハードラースベアの目の前に立ってする表情ではない。


着ている服は見た事の無いものだ。防御力の欠片もなさそうな布で出来た衣装は美しい景色を模した刺繍がされており、スカートとズボンの中間のような奇妙なものを穿いている。その格好は旅人にせよ冒険者にせよこの場においてはあまりに場違いな格好と言えた。

そして、華奢なその女に似つかわしくない大きさの金槌、のようなもの。最初は大鎚かと思ったが、それにしてはあまりに細い。というよりも、形こそ妙だが棒というよりも筒ではないだろうか。


「に……逃げろ……!その程度では、無理だ……!」


「大丈夫大丈夫、イベボスよりは楽勝でしょ。」


「何を……!?」


その「イベボス」なるモンスターがどんなものなのかは知らないが、このハードラースベアを通常の個体と同じだと思っては手痛い反撃を食らう事になる。

例え勝手に乱入してきたにせよ、目の前で死なれては寝覚めが悪い。彼女を逃がすべく死力を尽くして身体を起こし見たものは






宙を舞うハードラースベアの巨体だった。







途中でスタミナ消費0が切れたので、一旦息を整えてから再び走り、音の出所に到着したミツキが見つけたのは地球ではあり得ない大きさの黒い熊だった。ぱっと見でも4メートルはありそうなその巨大熊は、全身の毛を逆立てながらこちらを睨み唸りを上げている。


先ほどまでは気づかなかったが、どうやらこの熊と戦っていた人がいたようだ。その証拠に、少し離れた所に砕けた鎧を着込んだ女性が倒れていた。遠目でも分かる、あれは美人だ。

何やら「ヤバいからやめとけ!」といった旨の警告を叫んでいるが、それを聞いた感想は「あ、言葉ちゃんと通じるんだよかった」だった。


(しっかし……意外と冷静でいられるものね。)


少なくとも、地球で熊なんかに遭遇したら腰を抜かすと思うのだが、不思議と恐怖といった感情が湧いてこないのだ。もしかしたらこの「深月ミツキ」の体が本当にゲーム内の体そのものだからかもしれない。

フィールド全体を薙ぎ払う炎を放つドラゴン。フィールドの端から端までを一秒で通過する衝撃波を放つ狼男。天から即死級のビームを振り下ろしてくる吸血鬼。

それらのラスボスと呼ぶに相応しいような敵と幾度となく戦ってきた深月にとっては、この程度のちょっとデカい熊など恐るるに足りないのだろう。

三樹ミツキだったら逃げるが、深月ミツキなら勝てる。だったら迷う事は無い。


中身が違っても外側は深月ミツキなのだから、キャラを操り楽々勝つのが廃人プレイヤーの役目だ。


「さぁ、来なさい熊公……!」


ぐるりと一度大煙管を振り回し、肩に担いで挑発のポーズ。あの熊が言葉を理解できるとは思えないが、こちらの態度で馬鹿にされているのは理解できたらしい。怒りに満ちた咆哮を上げ、猛スピードでこちらに突進してきた。


「あ、結構速……」


衝撃。

腹の中央に熊の鼻っ柱が突き刺さり、軽いミツキの体は弾丸のように吹っ飛ばされる。そして、細い若木を一本へし折ってようやく止まった。


「だ……大丈夫か………!!」


「げほっ!!割と痛くないわね……ノー問題!!」


「はぁ!?」


何故か女性に大層驚かれた。しかし頑丈な体だ、最近は確かめもしていなかったが確か最後に見た時にはレベルが四桁行ってた筈。それすらも一ヶ月くらい前なのだから、今のミツキのステータスはどれほどまで上がっているのだろうか。少なくとも熊の突進を受けてもちょっと息が詰まる程度だと言う事は今実証された。

今度は攻撃力の検証だ。

正直、生き物の命を奪うことに対して何も思わない訳ではないが、この熊は死ぬまで止まりそうも無いし、向こうで倒れている女性も心配だ。何より、ここは異世界。地球よりもよっぽど死が身近であるだろうし不殺で渡って行ける世の中とも思えない。

だったら、やるしかないだろう。後悔は後ですれば良いし、そもそも後悔は後でするものだ。そう結論づけたミツキはゲーム内でいつも深月がしていたように、大親分の金剛煙管の火皿を相手に突きつけるようにして構える。


「この体なら出来るんだから……いつも通りに!!」


「グゴァァァァァァァァァァァァァ!!!」


飛び込んできた熊を横っ飛びで回避。そしてすぐさま起き上がり、その後ろ足に煙管の金属部分、雁首を叩き付けた。


「グギャオオオオッ!!?」


ボキッとゴギャッが合体したような音を立てて熊の後ろ足がへし折れた。見るからに筋肉!!と主張の激しい後ろ足が今やあまりの威力に千切れかけている。

凄まじい威力だ。ミツキの元々のステータスにさらに力持ちの妖気スキルが加算されるとこれ程のパワーを出せるのか。

深月は体力、妖力、防御の三つを重点的に鍛えていたが、それで尚この威力という事は、攻撃に振っていたらどうなっていたのだろうか。

考えるのは後だ、と悲鳴を上げて暴れる熊に意識を戻す。のたうち暴れる熊の前へと移動し、大煙管を握る手に力を込める。


現実もゲームも、余程特殊なタイプか相当頑丈でない限り、弱点は頭部と決まっているのだ。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


気合いを込め、ゴルフクラブを振るうようにフルスイング。風を切って唸りを上げる煙管が丁度のタイミングで熊の顎に命中し、そのまま体ごとかち上げる。


「プギュッ」


戦闘時間は一分にも満たない。まさに瞬殺。熊の獰猛な姿からは想像もできない可愛らしい断末魔だったが、それ以上に大音量の首と顎がへし折れる二重奏の数秒後、力の抜けた巨体が地響きを立てながら地に倒れ臥した。その下顎は無惨に砕け散っており、それどころかあまりの衝撃に上の顎も粉砕されていた。

ゲームでは表現しきれない生々しさに顔を顰めるが、慣れるしかないと無理矢理自分を納得させて女性の元へと向かう。

大煙管を通常サイズに戻し、上半身を起こして唖然としている女性に駆け寄る。


「大丈夫?」


「あ、あぁ……問題、無い……」


「……怪我してる!」


どうやら鎧の欠片が脇腹に刺さっているようで、大量とまでは行かずとも出血していた。


「メニュー、道具アイテム欄。」


アイテム欄から回復兵糧丸・参を選択し、一つ取り出す。ダメージを回復するという効果がどこまで適用されるか分からないが、ダメージとはつまり傷の事だろう。手持ちの中では一番回復量の少ない兵糧丸だが、それでも結構な回復力なので問題ないだろう。

見た目は思っていたよりも小さい。BB弾程度の大きさだろうか。


「これ、薬だから飲んで。」


「え……?」


「あ、その前に舌噛まないようにしてね。」


「へ?」


女性の脇腹に刺さった破片を掴み、引き抜く。突然の事に目を見開いているが、もし刺さったままの状態で傷が塞がったりしたら目の当てようも無い。心を鬼にして破片を引き抜いて行く。

グロテスクな状態になっているがなんとか無表情を保ち、叫びすら痛みでキャンセルされてただ息を吐くだけの女性の口に回復兵糧丸・参を放り込む。


「はい飲んで飲んで一気一気。」


「〜〜〜〜〜〜〜!!!」


「大丈夫毒とかじゃないから、はいごっくん。」


なにかいやらしさを感じつつ、無理矢理回復兵糧丸・参を飲み込ませる。すると、瞬く間に出血が止まり、傷口が塞がる。それこそあまりの速さにミツキが少し引くくらいには。確かにゲーム内なら一瞬で体力の何割かを回復するアイテムだが、現実で再現するとこうなるのだろう。では、仮に欠損が生じてる場合はどうなるのだろうか。


「…………」


千切れ飛んだ腕が虫のように這いずりながら本体にくっつこうとする光景を想像し、若干気分が悪くなるミツキ。と、


「そこの方、さっきの薬は一体……」


「え?あー……そのー……今はもう失われた技術による秘伝の薬、的な?」


古代技術エンシェントの秘薬だと!?」


「エンシェント?」


適当に言ったつもりだったのだが、どうやら本当にそういったものが存在したらしい。アヤカシ戦記オンラインには古代文明的なものは無かったので、これでまた一つここがゲームの中ではない異世界だと言う確証を手に入れた。


古代技術エンシェントの秘薬……然るべき場所に出せば数千万、いや数億の価値があると言われる秘薬を……こ、こんなかすり傷に使ったというのか!?」


「ど、どう使うかは持ち主の勝手でしょ!それに……そう、あれは効果が小さい奴だからいいの!!」


嘘だが嘘ではない。回復兵糧丸・壱が存在するから効果が一番小さい兵糧丸ではないが、手持ちの中では一番効果が小さいものだ。


「………いや、失礼した。助けてもらった礼がまだだったな。私はアリュエ・トリュ……いや、アリュエだ。ロージス商会専属の冒険者をしている。」


「ミツキよ。えーと……旅人よ。」


「旅人?それにしては荷物の類いが無いようだが……それに、服装も旅をするのに適切には見えないが……」


どう誤摩化したものかと考えていたが、自分がこの世界に来て最初に遭った災難を利用する事にする。


「間抜けな話だけど、川に落ちちゃってね。荷物が流れてしまったの。あと服装はこれでも動きやすいのよ。」


「それは………災難だったな。だが、その補填はすぐにできそうだな。」


「え?」


疑問符を浮かべると、アリュエは仰向けに息絶えている熊を指差す。


「あれほどの大物だ、毛皮だけでも旅に必要なものは揃えられるだろうしな。アレを倒したのは君だ、だからアレの所有権は君にある。」


「いえ、別に私はそう言う理由で来た訳じゃ……」


「遠慮しなくともいい。私も依頼報酬で多少は懐が温まるからな。」


「いやそうじゃなくて!!」



……………………


………………


…………


……




「ははははは!成る程、道に迷っていたから人を捜していた、と!」


「そんなに笑わなくても……」


アリュエが荷物を置いた場所に向かいつつミツキが事情を話すと、自分が勘違いしていた事、ミツキが自分を助けた理由に声を上げて笑う。しばらく笑っていたアリュエだったが、荷物を見つけるとそれを背負い、ミツキの方へと振り向く。


「そうかそうか、なら丁度いい。爪、牙、皮も回収したし帰るところだ。ミツキも着いてくるだろう?」


「ええ、でも私結構奥地の村から出てきたばかりだから一般常識に疎くて……」


奥地どころか世界単位で別の場所から来たばかりだが、こう言っておけば無知を誤摩化す事が出来るだろう。


「そうか……よし、では基本的な事は私が教えよう。」


「助かるわ。」


広げれば絨毯として使えそうな熊……ハードラースベアというらしいそれの毛皮を風呂敷代わりにして、爪と牙を中に包んで背負う。そして歩きながらアリュエの話を聞く事にした。


「どこの出自かは知らないが……ここはファルタ大陸東部の「銀の牙森林帯」だ。」


「銀の牙?」


「なんでも大昔にここを根城にしていたモンスターが見事な銀色の牙を持っていたから、だそうだ。」


「ふーん。」


「で、今向かっているのが私が拠点としているガルテ王国最大の港町サルフだ。」


後で地図を見る必要があるものの、自分がそのファルタ大陸の東側にいる事は分かった。後は砂漠がある場所を探せば、ZASHIKINGのいる場所が割り出せるのではないだろうか。

何を目的として動けば良いのかは分からないが、とりあえず一緒に飛ばされた三人と合流することを当面の目標とするミツキ。


「とりあえず森を抜けた先の村で一泊、その後馬でサルフに帰還というスケジュールだ。」


「分かったわ。」


後でZASHIKINGに連絡しておくことを決意する。情報交換できる手段があるなら活用しない手は無いだろう。

矛盾を見つけましたので、修正しました

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