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廃レベルなネカマタヌキは今日も異世界を往く  作者: 逆月 戟也
プロローグ
3/16

プロローグ丙

「んなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」


口から出る声にエコーがかかる速度で落下して行く三樹ミツキ。じたばたともがくが、当然空を飛ぶ事は出来ない。しかも、月明かり以外殆ど光源が無い為に下に何があるのか全く分からない。


「ああああああああああああああああああああああああああ!!!」


今の三樹ミツキにできるのは、ジタバタもがきながら叫ぶ事だけだった。その間にも身体はどんどん高度を下げて行き………勢いよく水面に叩き付けられた。

高々度から叩き付けられれば水面もコンクリートの硬さを余裕で超えるという。三樹ミツキの意識は当然のように一瞬で途切れたのだった。




……………………………………


………………………………


………………ッ………


………ッ……ッ…


……ピッ……


…ピッ











「ん…………」


水の流れる音で目を覚ました三樹は、自分がまだ生きている事を確認する。そして立ち上がろうとした時、水が跳ねる音がしたので何事かと振り返ると、どうやら自分は下半身を水の中に浸かった状態で気絶していたであろう事に気づく。


「うえ……びしょ濡れ…………ん?」


違和感が三つ。

一つ目は着ている服装。確か自分は風呂に入ってジャージに着替えていた筈だ。だが今の格好はどうだ、時代錯誤な袴にこれは羽織だろうか?随分と良いデザインだが、はてどこかでこれを見たような。

二つ目は口から出た声。今出した声は裏声でもなんでもなかった筈、なのに何故こんな「女のような」高い声が口から出ているのか?

そして三つ目は……水面に映る自分の顔。自分の髪はこんなに長かったか?緑がかっていたか?そもそもこんな可愛らしい顔だったか?そんなわけあるか。


「なっ、ななな…………」


その顔に見覚えがある、その服は自分が追い求めていたものだ、そしてゆらりと揺れるずぶ濡れの尻尾で確信する。


「なんでぇーーーーーーーーーーーー!!?」


その姿は、まさしく三樹の理想の女性【深月】そのものであった。















深月は自分の身体を調べた!

あるはずのものが無かった!


「マジか……」


しばらく身体をまさぐっていたが、ある筈のものが無くなっており無い筈の山が誕生していたり……正真正銘この身体は女性のもの、それも自分がプレイしていたゲームのキャラクターそのものだ。

月明かりの薄暗い光源故にはっきりと見る事は出来ないが、特徴的な耳に尻尾、そして見下ろせば見える衣装はまさしく先ほどまで追い求め、勝ち得た花鳥風月の羽織に山紫水明のハイカラ一式だ。


しばらく呆然としていたが、とりあえず水面に決めポーズ。


「……うむ、流石は深月。」


ピッ


正に理想形だ。

とはいえ、まずは現状の整理をする事にする。


「まず、ここは俺の家じゃあない、断じて。」


ピッ


辺りを見回せば、どうやらどこかの河川のようだが……民家の明かりは無い。本当にどこかの山中だ。そもそも今自分に起こっている事も含めると、日本かどうかも怪しい。


「そして俺は今、深月ミツキになってしまっている。」


ピッピッピッ


この時点でもう理解不能な領域だ。夢だと思いたいが、びしょ濡れの服の感触が夢ではないと語りかけてくる。改めて自分の身体を確かめるが、記憶する限りの自分の腕よりも細く、自分の肩よりも華奢だ。

声はキャラメイクの時に三時間考えて決めた声優の声……よりももう少し低めの声だ。それでも充分少女らしい声だが、この見た目にしてはドスの効いている声と言える。


「いえ……とにかく、深月になった以上俺、なんて駄目ね。」


ピッピッピッピッ


ミツキ自身は女になりたい願望などは無いのだが、この容姿と声で……それも自分が手塩をかけて育てたキャラクターに俺口調で喋らせるのはどうしても嫌だった。幸い女口調は普段のプレイで慣れている。誰に言う訳でもなく口調を改めると、状況整理を再開する。

とりあえず、こんな状況になった発端には心当たりがある。あのゴゴゴッドドドとかいうプレイヤーだ。

突然意味の分からない事を言い出したかと思えばこうなっていたのだ、まず間違いなくあの憑喪神のプレイヤーが原因だろう。

なにをどうやれば人間を別の場所に瞬間移動させつつ肉体をゲームのキャラにする、なんて荒唐無稽なことをどうやったのかなど思いつきもしない。


(とりあえずこのままじゃあ遭難確実……)


食料or話の通じる誰か、それを見つけなければ飢え死にだ。イベント最速クリアのために鍛え上げた深月ミツキのボディは水面に叩き付けられても死なない頑丈さを持っているようだが、飢えは防御力無視のスリップダメージだからどうしようもない。


ピッピッピッピッピッピッピッピッ


「できれば果実的なものがあると嬉しい……あああ五月蝿い!」


先ほどから耳障りな程に鳴り響く音にミツキは心当たりがあった。それは道具アイテム欄などを開いている時にチャットで誰かが発言した時に鳴るアラームだ。それも、誰かが怒濤の勢いで発言されている時の。


「なんでチャットのアラームが……っわぁ!?」


そう呟いた瞬間、目の前に突如出現したそれに虚を突かれ体勢を崩したミツキは、再び川へとダイブする羽目に。

数秒程溺れていたが、なんとか川底に手をつき立ち上がる。乾きかけていた服が再びずぶ濡れになったが、今はそれを気にしている場合ではない。ミツキは顔に付いた水を拭うのも忘れて目の前のそれを凝視する。

それはミツキが見た事の無いもの、だがその形状は毎日のように見ていたもの。

非ハロゲン系難燃樹脂ではない、何か光のようなもので形成されたそれは紛う事無いPCのキーボード。そして、同時に日本語の文字列が高速でスクロールされていた。

それを目で追えば、見慣れた単語を発見し、ミツキはすぐさま自分の前に座標を固定した状態で宙に浮く光のキーボードに飛びつく。








『ZASHIKING:誰か応えろー!』


『ZASHIKING:気づけー!!』


『ZASHIKING:応答してくれー!!』


【深月 さんが入室しました】


『深月:応える!!』


『ZASHIKING:やっと一人!!ようやく通じた!!』


『ZASHIKING:一応聞くけど、今身の回りにあり得ない事態が起きてたりするか?』


『深月:去勢しました。』


『ZASHIKING:状況が状況だから笑えんな』


『深月:一体何が起きてるのこれ?』


『ZASHIKING:知るか、こっちは若返りだ』


『深月:やっぱりゲームのキャラになってどこかに飛ばされたって事かな?』


『ZASHIKING:だろうな。俺はものの見事に座敷童だ』


『深月:口調変わってるね^^』


『ZASHIKING:むしろネカマ貫いてるお前の余裕がおかしいんだよ変態め』


『ZASHIKING:こっちはこの身体で砂漠に放り出されたんだぞ』


『ZASHIKING:なんかの一団に出くわさなかったら死んでた』


『深月:こっちはパラシュート無しスカイダイビングなんだけど?』


『ZASHIKING:マジで?』


『深月:しかも川に落ちた。下手したら溺れ死んでたよ。』


『ZASHIKING:よく生きてたな……いや、むしろ当然なのか』


『深月:どういうこと?』




数分後、ZASHIKINGの話によれば、


・この身体は文字通りアヤカシ戦記オンラインのキャラクターそのものである。


・そしてキャラクターのステータスがそのまま引き継がれている。


・それどころか、ゲーム内での所謂メニュー画面、道具アイテム欄すら開ける、そして実際に使える。


・調べた限りでは自分たちがこうなる前、ドラキュラを倒した後の状態である。


・チャットやメニュー欄は、その名称を声に出して発音する事で目の前に出す事が出来る。



よく調べたものだと感心したが、驚くべき事にZASHIKINGの話では既にこうなってから丸一日経過しているらしい。つまり自分は丸一日川を流れていたようだ。




『深月:なるほど、だから川に叩き付けられても生きていたのね………』


『ZASHIKING:仮にも廃人のメインキャラだからな。それにゲームキャラの深月は防御振りのキャラ、』


『ZASHIKING:串刺し月光も高乱数で耐えるキャラなら水面に叩き付けられる程度じゃ死なない、と。』


『深月:ていうかこれ、余程の事じゃないと死なないんじゃ……』




本当にゲーム内での行動全部が出来るとしたら。

ミツキは、今までゲーム内でアクションの一つとしてやってきたフレーム回避や高い所からの飛び降りを思い出し、改めて自分の身体を見下ろす。尻尾と耳以外はどう見ても人間のものにしか見えない。




『ZASHIKING:だろうな、しかしドラキュラを倒した直後じゃなくて本当に良かった。』


『ZASHIKING:回復兵糧もお供えも全部使い切ってたからな。』


『ZASHIKING:途中でこれに気づいてなかったら今いる人達に見つかる前に死んでいた。』


『ZASHIKING:今安全な場所でチャットできるのもこの人達に拾ってもらえたからだ。』


『深月:私、人っ子どころか獣もいないようなレジャー地向けな山の中でチャットしてるんだけど』


『ZASHIKING:むしろ幸運だぞそれ。この世界はライオンなんか目じゃないヤバいのがうようよいるしな。』





やはりか、と何となく予感していたミツキは三たび自分の身体を見下ろす。

人間をゲームのキャラクターそのものへと変化させる、そんなことが地球で出来るだろうか。否、出来ない。

そんなことができるのならこの世から不細工は消滅している。全て夢ならそれまでだが、身体に纏わり付く布と水の感触が偽りでないのなら、もしこんなことが出来るとしたら、




『ZASHIKING:多分ここは……地球どころか太陽系ですら無い、異世界って奴だ。』


『深月:なんとなくそんな気はしてたわ。』


『ZASHIKING:もうすこしリアクションが欲しかったんだが、中二心ってこの状況にも対応できんのか?』


『深月:女体化なんてファンタジーかSFの特権なんだから予想はしてたし、あと一応成人してるからね私』


『ZASHIKING:取り乱した俺がおかしいみてーじゃねえか』


『深月:いや、まだ異世界チックなものを見てないから実感できてないってのもあるんだけどね。』


『ZASHIKING:見たら漏らすぞ、怪獣映画もびっくりだ。』


『深月:漏らしたの?』


……………


…………


……



『深月:ねぇ漏らしたの?』


【ZASHIKING さんが退室しました】


『深月:逃げた。』





どうやら、この事態は自分だけではなかったらしい。それが分かっただけでも少しだけ安心できた。そして、ZASHIKINGの話通りなら、少なくとも人間はいると分かった。それに道具欄が使える、というのも重要だ。

アヤカシ戦記オンラインではスタミナ回復アイテムとして【肉弁当】という道具がある。そしてこうなる直前まで妖気スキル調整をしていたミツキのアイテムストレージはしっかりと補充されている。


「メニュー。」


どういう仕掛けかは分からないが、目の前に現れた一覧を指でタッチし、道具欄から肉弁当を選択する。

すると、目の前のインベントリが消え、代わりに重箱が虚空から現れる。

それをキャッチし開いてみれば、空きっ腹を刺激する香りとともにタレがかけられた肉丼が現れる。


「いいねいいね……!」


いつの間にか手元に現れていた箸で米ごと肉を持ち上げ、口に運ぶ。


「うーん………美味しいけど……冷めてる。」


確かに、作られてから相当経っているのだから冷めるのは当然と言えば当然だが……何とも言えない気分になりつつ腹を満たすのだった。


満腹になったミツキは空になった重箱と箸を道具欄に戻し(やろうとしたらできた)、今後の行動の予定を立てる事にする。

行動の候補としては寝る場所を見つける、もしくは人を見つけるまで暗中行軍するか、だ。最初はとりあえず人を捜すつもりだったが、ZASHIKINGの話が本当ならこの暗闇の中進むのは危険行為だろう。狐系なら【狐火】の妖術スキルで辺りを照らす事も出来たかもしれないが、狸系にはそういった妖術は無い。


「と、なると寝る場所を探すべきかな……」


河川敷周辺に眠れそうな所は無いが、木の上ならばある程度太い枝の上でなら落ちないようにすれば眠れそうだ。最も、自分の寝相にもよるが。


「でもなぁ……このまま寝たらやばいよね……」


多少はマシになったとは言えずぶ濡れはずぶ濡れ、このまま寝るのは別の意味で危険だろう。というよりも現在進行形で身体は冷え始めている。火が欲しい所だが、アイテムにも火種は無い。さてどうしたものかと考えていたが、最終的な結論として暗中行軍を決行する事にした。

眠気があまり無い、というのもあったが仮にも深月ならば余程のモンスターが出てこないかぎりなんとかできるだろう、という判断だ。

ミツキはインベントリを再び開き、出発の前に自分の手持ちを改めて確認するのだった。

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