渓流桜と彼岸花
「…………………。」
無言で倒れるミツキは思う。「何故こうなった」と。全身を殴打され、力の入らない身体でミツキはそう考える。
きっかけはそう、息抜きにとアリュエに持ってきてもらったゴブリンの討伐依頼だった。アレが全ての原因だった。何故別のにしようと提案しなかったのか、何故アリュエを連れて行ってしまったのか。後悔先に立たず、いくら悔やんでも状況は変わらない。
「…………ねぇ。」
「なんだ?」
故に、ミツキは嘆願する。
「………………もう少し、手加減してくれないかしらね……」
「駄目だ。これもミツキの為、今の私は心を鬼にしているからな。」
「…………………。」
愛用の長剣を鞘に入れたまま肩に載せているアリュエ。現在、ミツキはアリュエと「特訓」しているのだった。
事の発端はゴブリンの群れに上位種、ゴブリンロードがいた事だった。
ゴブリンロードとは文字通りゴブリンの統率者。他のゴブリンとは違い、知能が発達しておりゴブリンに命令を下す事で簡単な戦術を駆使する。最も、戦術と言っても精々ゴブリンを二手に分けて奇襲を掛ける、程度のものだが場合によってはそれが致命傷になりうる事もある。
ゴブリンロードを発見したアリュエは奇襲の可能性を考え、テンションの高いミツキにゴブリンロードを任せ、自分は奇襲に備えていた。
結果として、途中背後から奇襲を掛けようとしたゴブリン共はアリュエに処理された。そして、決して少なくない数のゴブリンを処理し終わったアリュエが見たものは、ゴブリンロードにトドメを刺せずにむしろ翻弄されているミツキの姿だった。
(まぁそりゃ、確かにコマンド通りの動きしかしてないし、武術の経験なんて無いけどさ………)
「流石に驚いたぞ。あんな素人の動きでよく今まで生きていられたな……気づかなかった私も私だが。」
「ほら、私ってラッキーガールだから………いてて」
アリュエが気づかなかった訳は簡単だ。ミツキはアリュエと出会ってからそれなりの数のモンスターを倒してはいるが、それらはどれも攻撃を当てやすい大型のモンスターだったり、振れば当たるような大群ばかり。さらにミツキの膂力と言う分かりやすいインパクトによって技量の無さが隠れていたのだ。
「なんというかアレだな。ミツキの動きは単調過ぎる。というかバリエーションが少な過ぎる。」
(そら基本的にボタン二つ三つで行動してたんだし……)
そんな訳でミツキはアリュエと「特訓」をする事となり、カテゴリとしてはスパルタなアリュエは分かりやすく習うより慣れろ、つまり間合いを掴むまでミツキをめった打ちにしていたのだ。
「間合いを取るのは対人であろうと対モンスターであろうと重要な技能だ。」
「途中から割とガチで振ってたのに全部擦りもしなかったもんねぇ……いてて」
白状すると、一回だけ殺意を篭めて振り抜いたが擦りもしなかったりする。成る程確かにアリュエが一目置かれる訳だと評価をさらに上げつつ、ミツキは立ち上がり服についた土を払う。
「ふむ……少しあれかもしれんな。」
「なにが?」
「ミツキは一度長剣から基礎を学んだ方が良いかもしれん。」
「……そんなに酷いの?」
「とにかく動きが単純過ぎる。それなりに知能のあるモンスターなら簡単に動きが読まれるぞ。確かにあの煙管の魔法は非常に便利だが、武器としてはいささか大振り過ぎる。」
オブラートには包んでいるが、要は「長剣からやり直せ」ということだろう。数秒考え込んだミツキだが、よくよく考えれば別にこの武器で貫き通す義理も義務も無い訳で。
「…そうね、アリュエのお薦めに従おうかしら。」
「渋られると思ったんだが、意外だな。」
「うーん、別に私大煙管にこだわりがある訳じゃないし。」
これがゲーム内ならこだわりもあるかもしれないが、ここは現実でありこだわりだけでは生きていく事は出来ない。それにミツキの武器の腕前が低い事が分かった以上、どの武器を使ったところで大差はない。むしろ様々な武器を試す事で自分に合った武器を探すべきだろう。そう結論づけたミツキは特に渋る事もなくアリュエの意見に従うことにする。
「じゃあ今から武器を見に行くの?」
「そうだな……ふむ、三日後だな。」
「三日後?何かあるの?」
そうミツキが問えば、アリュエはにやりと笑いながらこう答えた。
「祭りだよ。」
………………
…………
……
「ふむ……簡単には見つからないわねー」
「かくれんぼ?」
「向こうは命がけなんだからさっさと出てきて欲しいんだけどねー」
特にやることもないミツキはプロメと共にサルフの大通りを歩いていた。数日程前からずっと「探し物」をしているのだが、中々見つからずにいるのだ。
「カテゴリ的に同じなんだしプロメなんかテレパシーと言うかシンパシー的なものは感じないの?」
「???」
「ああ、駄目みたいですねはい。」
古物商の露店に置かれた皿を持って眺めてみるがただの皿だ。竜と騎士の戦いの様子が描かれた大皿は芸術的だがミツキの趣味ではないし探しているものでもない。とはいえ何も買わずに冷やかしと思われるのも申し訳ないので、それなりにデザインが気に入った懐中時計を購入して露店を離れる。この世界では時計と言うものは相当高価なものだが、どうやらこの時計は中のからくりが壊れているのか針は1ミリたりとも動かない。故にこういっては失礼だが高級品があるとは思えない露店で売られていたのだろう。
「あ、店主さんお釣りはいらないから。」
「え、あ、ありがとうございました!」
最も、売られているものの中で一番高価だったのだが、文字通り腐る程金があるミツキとしては値段は些細な問題だ。金は使うものだ、市場に還元するのが一番だろうとミツキは豪遊……するつもりだったが、特にしたい事もないので結局ちまちまと使うしか無い。数日前、大きな袋一杯のコインを睨んでいたら通りがかったミューラから「多分来月にはそれの二倍くらいの利益がミツキさんに支払われますよ?」と言われた事が何年も前の事に感じる。女性用下着の開発はどうやら歴史に残る大発明だったようだ。
(いっそ何処かに隠して「探せぇい!この世の全てをそこに置いて来た!」とかやろうかしらね。)
(ミツキが)大後悔することになりそうだが。
「おなかま、いない?」
「んー、そうねー。やっぱり時勢的に私達が見つける前に消えちゃってるのかしらねぇ……」
二人が探しているもの、それはプロメと同じ種族。もっと言えばミツキと同じカテゴリの存在、アヤカシだった。
話はあの日、この世界に飛ばされた四人の最後の一人、狐帝がチャットに入った事で【ゴゴゴッドドド】が現れた時まで遡る。
『ゴゴゴッドドド:えと、まずみなさんをよんだりゆうからはなします。』
『ゴゴゴッドドド:たんとうちょくにゅうにいえば、このせかいでやっていただきたいことがあるからです。』
『ZASHIKING:やってほしいこと?』
『ゴゴゴッドドド:このせかいにはさまざまなしゅぞくがいきづいています。』
『ゴゴゴッドドド:ちきゅうてきにいえば、ふぁんたじーのせかいです。』
『たらこ天狗:知ってた』
『ZASHIKING:くそでけぇワームとかな。』
『たらこ天狗:ドラゴンを補食するライオンとかですね。』
『深月:巨大ボクシングトカゲとかね。』
『狐帝:あれ、俺だけイージーモードな世界に飛ばされたの?』
『たらこ天狗:お門違いって分かってるけど狐帝さんに殺意的な何かを抱きましたよ今。』
『深月:そういう運命だったと諦めなさいジャングル女帝。』
『たらこ天狗:くぁwせdrftgyふじこlp』
『狐帝:真面目な話だから黙れとか言うくせにコント始めるとか酷くない?』
『ZASHIKING:話を続けてくれ、バカ共は無視して良い。』
『ゴゴゴッドドド:あ、はい。』
『ゴゴゴッドドド:このせかいにはさまざまなしゅぞくがいます。じんるいやえるふ、おおよそふぁんたじーなしゅぞくはいるとおもってください。』
『ゴゴゴッドドド:そして、このせかいにも「あやかし」がそんざいしています。』
『ゴゴゴッドドド:ですが、あやかしはいまほろびのききにひんしています。』
『たらこ天狗:なんと』
『たらこ天狗:もしかして認知されないから存在が保てない的な?』
『ゴゴゴッドドド:かれらはみずからのそんざいをかくにんされないといきていくことができ』
『ゴゴゴッドドド:あ、そうです』
『ZASHIKING:お前……会話内容を先取りしてやんなよ……』
『狐帝:いるよねーこういうひと……www』
『たらこ天狗:ええええええ!?だってこれアヤカシ戦記オンラインの設定と同じでしょう!?』
『深月:そういえばそうだったような。まぁとりあえず謝りなさいよ、ゴゴゴッドドド泣いてるわよ。』
『たらこ天狗:何故に!?』
『ゴゴゴッドドド:ないてないです、つづけます。』
『たらこ天狗:なんかすいませんでした……』
『ゴゴゴッドドド:たらこてんぐさんのいうとおり、このせかいのあやかしたちもじぶんをしられ、おそれられることでそんざいをたもっています。』
『ゴゴゴッドドド:ですが、おそれられるたいしょう……つまりじんるいなどのぶんめいをもつしゅぞくからあやかしたちは「もんすたー」としてにんちされてしまっています。』
『深月:話が少しそれるけどこの世界って狩猟生活的な世界だと思ってたけど妖怪チックなモンスターもいるのね。獣とかしかいないと思ってた。』
『狐帝:レイスとかそういうゴースト系なら会った事あるな。てか現在進行形で取り憑かれてる。』
『ZASHIKING:どうせ女のゴーストなんだろ?狐白裘にすんぞ。』
『狐帝:その狐白袋(?)がなんだか知らないけど皮を剥ぐってニュアンスは理解できたふっしぎーw』
『たらこ天狗:あーはい続けてどうぞ。』
『ゴゴゴッドドド:あ、はい。』
『ゴゴゴッドドド:あやかしたちのさいだいのもんだいとして、あやかしというしゅぞくじたいがにんちされていないんです。』
『ゴゴゴッドドド:そのためにかれらはほとんどよわりきったじょうたいでもんすたーとまちがえられたままほろびつつあるのです。』
『狐帝:つまり認知されないから弱った状態で「あれ新種のモンスターじゃね?よしぶっころ」と狩られて滅びかけって認識でおk?』
『ゴゴゴッドドド:はい。』
『深月:あー、確かにそうかもね。実際例を保護したし。』
『ZASHIKING:マジで?』
『深月:うん。憑喪神的なのをね。』
『ゴゴゴッドドド:すごいです。さっそくですね。』
『深月:うん、私の心が汚いからってのは分かるけど煽られてる風にしか感じないわ……』
『狐帝:どす黒くなりすぎて黒曜石的な輝きを放ってんじゃねw』
『深月:よっしゃ死にたいんなら最初から言いなさいよ場所を教えろ墓を掘っておけ』
『狐帝:言いたい事を短文に纏めたからごっちゃごちゃになってるしwww』
『ゴゴゴッドドド:つづけていいですか?』
『たらこ天狗:ええんやで』
『ゴゴゴッドドド:なのでかんがえました。』
『ゴゴゴッドドド:てんせいしゃをまねき、ことなるしこうをもつかたがたにこのげんじょうをなんとかしてもらいたいと。』
『ゴゴゴッドドド:みなさんには、このせかいのあやかしをみちびくりーだーになってもらいたいのです』
『ZASHIKING:それに関してだが』
『ZASHIKING:ふざけんなくそったれが』
『ZASHIKING:確かにアヤカシを助ける、そりゃご大層な理由だ。だがな、こちとらいきなり拉致られたんだぞ。』
『ZASHIKING:俺だって他の奴だって、天涯孤独で知り合いが一人もいないってわけじゃねーんだぞ。』
『ZASHIKING:それをいきなり拉致してアヤカシを助けろってのは虫が良過ぎるんじゃねーのか?』
『ゴゴゴッドドド:えと、あの』
『狐帝:おちつけもちつけ』
『たらこ天狗:まぁZASHIKINGさんの言う事も一理ありますけどね。』
『深月:まぁ正論よね。で、私達は元の世界に元の状態で戻れたりできるのかしらね?』
『ゴゴゴッドドド:えと、かのうではあります。』
『深月:浦島太郎的な時間経過は無いのよね?戻ったら22世紀でした、とか嫌なんだけど』
『ゴゴゴッドドド:えと、だいじょうぶです』
『深月:だってさ。現実を受け入れなさいなZASHIKING。最年長なんだしさ。』
『ZASHIKING:分かった分かった。とはいえ聞く限りこの世界じゃ死亡率が高そうなんだが?』
『たらこ天狗:この中で一番生存率高い人が何ほざいてんですかね。』
『狐帝:ぶっちゃけ廃人スペックのゲームキャラなんだしよほどの敵じゃなきゃ生き残れね?』
『深月:防御特化の私でも割とオラオラ行けるし死亡率はそこまでだと思うんだけど。』
『ゴゴゴッドドド:ごめんなさい。さすがにひとつのしゅぞくだけをゆうぐうするわけにはいかないので、いのちのほしょうはできないです。』
『ZASHIKING:つまりこれ遠回しに死んでも責任は負えんって言われてるんだがそこんとこどうよお前ら』
『狐帝:ぶっちゃけると引き籠もり生活の10000倍は楽しい生活なので帰りたいとも思わん。流石に親に会えんのは若干寂し……くなくもない、が』
『深月:どんな場所でも適応できるのが特技なんで別にどうでも良い。それにこういう体験なんて本来小説の中にしか無いようなもんなんだし』
『深月:確かに親とか友人に会えないのは寂しいけど……戻れるって話だしねぇ。』
『たらこ天狗:でも聞いた感じコンビニ感覚で行き来はできなさそうですよね……私は戻らなくても問題ない感じなのでどうでもいいんですが。』
『ZASHIKING:思った以上に他の奴らが乗り気だったでござる。』
『狐帝:ぶっちゃけおっさん以外はこういうシチュに憧れる厨二患者だろうしな。』
『深月:年齢的に邪気眼なのよねー……』
『たらこ天狗:それは言ってはいけない。』
『ゴゴゴッドドド:えと、ということは』
『深月:私としてはやってもいい。』
『たらこ天狗:同じく』
『狐帝:みーとぅー大歓迎』
『ZASHIKING:あーくそ、俺だけ渋っても仕方ねーじゃねぇか。ふぁっきゅー多数決』
『ゴゴゴッドドド:みなさん、ほんとうにありがとうございます。』
『ゴゴゴッドドド:どうか、よろしくおねがいします。』
……
…………
………………
……………………
それ以降も幾つか質問をしたものの、そういう訳でミツキはアヤカシの滅びを止めるための第一歩として、プロメのような憑喪神を探しているのだが、これが見つからない。
(プロメを見つけた時も消えかけだったしね……)
その場から逃走していた為に知名度が低かったとはいえ、不審火という「派手な」行動を起こしても消滅を免れられなかったのだ。殆どの憑喪神はその存在を認知されないまま消滅してしまうのだろう。
「とはいえ、鬼とかが街中にホイホイいるはずもないしねぇ……」
「おに?」
「額……おでこからツノが生えててとっても怖いのよー、でも全体的に素早さが低いからデコイとか言われてるわねー」
「おでこでこい……おでこい?」
ミツキのツボにクリティカルヒットした。
「おデコイ……っ!ぷっ、ふふふははは、プロメ上手いっ、座布団一枚上げるわ………っ!」
「ごほーび?あぶらがいい。」
元がランタンである故か、プロメは油を好む。一度プロメが瓶に入った油を一気飲みした時はミツキも肝を冷やしたが、どうやら過剰に摂取しなければ問題はないようだ。プロメ曰く「火力が上がる」らしい。
よく分からないツボに入ったミツキがくつくつと笑っていると、後ろから声を掛けられた。
「あっ!ミツキの姐さん!!」
「ふくく……姐さん?」
振り返ればピコピコと揺れる犬耳、そしてまだ幼さを残す顔が目を輝かせてミツキを見ていた。ミツキは彼女に見覚えがある。確か竜の鐘の一員だ。確か名前は……
「ハ………ヒナ、だったかしら。」
「そうだよ!っていうか最初の「ハ」は何?!」
「気にしたら負け。」
人懐っこい犬に絡まれた時を思い出しつつも、ミツキはヒナが服の上から袖に腕を通さずに羽織っているそれに気づいた。
ミツキのそれと比べれば材質もデザインも優れているとは言い難いが、それは確かに……
「それ、羽織じゃない。」
「あ、気づいた?姐さんが着てるのがカッコよかったから私も買ったんだよ!」
この街は所謂「日本的な」文化は無く、衣服も殆ど洋服ばかりの筈なのだが、よくよく辺りを見回してみると、人混みの中にチラホラと羽織を着た女性がいることに気づく。
一体誰が羽織を作ったのか……と数秒考えるも、すぐに答えに辿り着いた。
「もしかして、それ西区の服飾店で買った?」
「うん!本当は……その、下着を買いに行ったんだけど、売り切れてて……代わりにこれを買ったんだよ!」
ミツキの脳裏にファッション神の文字とサムズアップする女店長の笑顔が浮かぶ。
(確かに「衣服を作る参考」として見せたこともあるけどさ……大量生産早すぎない?)
ついでで買えるということはオーダーメイドではなく、既にモノが大量に生産されているということ。ファッション神とやらに仕える者達は皆ああなのかと思いつつ、ミツキは先ほどから気になっていたことを問う。
「てかなんで姐さん?」
その問いに対してヒナは耳と尻尾をピンと立て、一層目を輝かせてこうのたまった。
「だってロージスの渓流桜でファッションの最先端ですごく強いんだもん!姐さんと呼ぶのは当然だよ!」
「んー、いろいろ聞きたいことが多すぎるからとりあえず一つずつ聞いていこうかな。」
大人の対応を、と喉までせり上がった質問の嵐をなんとか腹へと戻し……
「えと、何から答えればいいの?」
「全部よ。」
大人の対応は難しかった。
ヒナは緊張に喉を鳴らしつつ幼子を担いであやしている、目の前の自分とさほど歳が変わらないように見える少女に話しかける。
予てより勧誘していた「紫電」アリュエの所属するロージス商会に食客が来た、という噂は聞いていた。
仲間のザムザが軽くあしらわれたという事実からそれなりの実力者ということも。
それ以外では、彼女が獣人であることくらいしか知らなかったヒナだが、ヒナと兄の出身である西方では社会的地位が低い故に出歩くことを好まない自分たちとは対照的に、堂々と振舞うミツキ某は度胸があるのだな、と思う程度だった。
ヒナのミツキに対する評価が憧憬に変わったのはやはりあの件だ。
己を別の姿に変える変身魔法、味方を鼓舞するかのような魔法の煙、目の前の恐怖に一歩も引かない胆力。
同じ女性として堂々と振舞う彼女の姿は同じ獣人であることも相まってヒナに強い憧れを抱かせるに至ったのだ。
それからは、ミツキのことを色々と調べたりもした。
曰く「青薔薇を守護する渓流の桜」
曰く「羽振りも愛想も良い美人」
曰く「驚異的な跳躍で街を舞う女性」
曰く「煙草を吸ってる時が凄くエロい」
曰く「この下界に舞い降りたファッション神の使者」
曰く「紫電様との絡みがとても美しゅうございます」
曰く「むしろ一緒にいることが多い幼女の方が」
曰く「目の前でこれ↑言って笑顔で罵ってもらいたい」
後半は聞く人を間違えた感はあるが、彼女がこの街に来てからの短時間でこれだけの評価を受けるのはそれだけミツキが凄いということなのだろう。なにせ今まで「紫電」と呼ばれていたアリュエがミツキの「渓流桜」という名に合わせて雷花の名を持つ「彼岸花」と呼ばれ始めている事からその影響力が伺える。
そんな訳で、御伽噺のお姫様に憧れる幼子のように嬉々としてミツキと話すのだった。