全員入室、そして
結論から言えば、誰一人欠けること無くミツキ達は生還した。
なんとか修理した馬車をなんとか宥めた馬達に牽かせ、なんとか帰還した訳だ。突然最新式の馬車が壊れたことをミューラに説明したところ、幹部の一人が「出張」したらしいが、そう言った権謀術数はミツキの管轄外なので気にしないことにした。
そんなわけでフラクツアリザードとの激闘から三日後の現在、ミツキは目の前に鎮座している大きな袋とにらめっこをしている訳だが、ドアがノックされたのでにらめっこを中断し扉を開ける。
「あら、アリュエ。」
「調子はどうだ?」
「まぁまぁよ。立ち話もアレだし部屋に入って。」
ミツキはアリュエを部屋に入れ、廊下を歩いていたメイドに紅茶を頼む。熱い視線を向けるメイドを見送ってから、自分も部屋に入りつつため息を一つつく。
「なんていうか………私の部屋ごちゃごちゃし過ぎじゃないかしら。」
「まぁ、否定は出来ないな。」
そう言いながらミツキは床に置かれている巨大な……中を覗けば金貨が詰まっている袋を蹴飛ばし、プロメが叩いて遊んでいるフラクツアリザードの拳殻を見る。拳殻はフラクツアリザード戦でのMVPとも言えるミツキのもの、と満場一致で決まった訳なのだが、結果が結果だけにどうも素直に喜べないのだ。
「なんていうかさー……あんだけ大見栄切っておいて最終的にやったことは逃げ回るだけだったから素直に喜べないと言うか……」
「だから何度も言っているがあれは決して恥ずべきことではないし、むしろ誇るべきことだぞ。あのフラクツアリザードから生還した、というだけでも並大抵のことではないのだからな。」
アリュエはそう言っているものの、ミツキとしては不完全燃焼なのだ。
あの後、凄まじい膂力を手にしたミツキはフラクツアリザードと正面切って激突……したのだが、やはり防御特化故かトドメを刺しきれず、戦局は底なしの泥沼となったのだ。
途中、外野でフラクツアリザードを観察していたアリュエが「フラクツアリザードは脱皮の為に飢餓状態にあるのではないだろうか、ならば餌を用意すれば注意を逸らせるのでは」など名推理をしたりしたものの、ミツキもフラクツアリザードも双方本当は今すぐ戦うのをやめたいが、相手をぶっ潰したいという欲求のせいで引くに引けずという状況が続き、最終的に根負けしたミツキが悔し紛れに全力で煽りながらフラクツアリザードの注意が逸れるであろう、他のモンスターをアリュエ達が狩って来るまで逃げ続けたのだ。
ネットスラングを連発しながら追いかけっこをする様は八時に全員集合する番組のBGMでも流せばお笑いとして放送できるだろう。
修理された馬車で逃げる直前、アリュエ達が狩ってきた大型モンスターに背に腹は代えられないと齧り付いていたフラクツアリザードの「てめーはいつか絶対潰す」と言わんばかりの眼差しは記憶に新しい。
フラクツアリザードも脱皮直後に暴れるのは本意ではなかったのか、ミツキ達を追って来るようなことは無かったし、後の調査で元の生息域に戻ったとの結論が出された。
フラクツアリザードが脱皮をする生物だった、と言う事実は生物学者達を大興奮させたそうだが学者ではないミツキには関係のない話だ。ミツキが手に入れた拳殻を求めて学者が押し寄せかけたりもしたが関係ないものは関係ない。
「私としては殆ど役立たずだった私達が自身に不満を抱くのなら分かるのだが、フラクツアリザードと戦い続けたミツキが不満を抱いているのが分からないんだが……」
「なんていうか……あれよ、あれ。本棚の一番上にある本が取れないようなもどかしさ的な……」
「すまないが、さっぱり分からない。」
とにかく、ミツキ的には不完全燃焼もいいところだったのだ。そして、追い討ちをかけるように金貨袋である。
一体何の金なのかと聞かれれば、ミツキが仲介した新世代女性用下着の売り上げのごく一部なのだが………ミツキからしてみれば「自分の為に下着を作らせてなんとなく雇い主に勧めたら金が湧いてきた」訳であり、不完全燃焼な気分のところに更に不完全燃焼な収入が入ってきたのだ。
結果、ここ数日ミツキは何とも言えない気持ち悪さに悶えることになり、終いにはプロメに「ミツキ、いもむし?」と何気にショックな一言を頂くに至った。
「なんていうかあれなのよ、言葉にできないモヤモヤ感が全身を駆け巡ってるのよ。例えるなら暗夜行路を行く旅人を照らす月明かりのような見えそうで見えないチラリズム………」
「私にはさっぱり理解できないな。ミツキは吟遊詩人になっても大成しそうだ。」
「ポエマーはなぁ……」
ああああああ………と机に突っ伏すミツキを微笑みながら見つめるアリュエ。
「なんというか……ミツキは変な奴だな。」
「ストレートに罵られて下手に煽られるよりショックなんだけど」
「ああいや、罵りとして言った訳ではなくてな。なんというか……ミツキは私達とは違う価値観と言うか、私達が悩むようなことを即決する割にどうでも良いことで延々と悩んでいるからな。」
アリュエの何の気のない、だがミツキにとっては自身の核心を突く一言に思わず硬直する。ミューラ相手だったならば速攻で見抜かれていただろうが、幸いなことにアリュエはミツキの硬直には気づかなかったようだ。
「………んー、まぁ私はワールドワイドな常識を持つグレイトな存在だからねー。」
「ははは、そんな友人を持てて私は誇るべきかな?」
「おー、誇れ誇れー。」
適当にお茶を濁していると、ドアがノックされメイドが紅茶を運んでくる。にこやかに礼を言うとメイドは今にも気絶しそうな顔で部屋を出て行った。まるでイケメンアイドルに会ったかのような反応にミツキは疑問符を浮かべる。
「……ああ、そう言えばミツキはあれから外出してなかったな。」
「もしかして遠回しにヒキニートって罵ってる?」
「マイナス思考ばかりする頭は叩けば治るか?」
「ワタシポジティーブ、ゲンキハツラツネー」
チャキッ、とアリュエの長剣が音を立てている辺り、恐らく素手で叩くつもりではなかったのだろう。一瞬で姿勢を正し、ぐんにゃりとしていた尻尾をピンと伸ばしてポジティブをアピールするミツキ。そのいかにもわざとらしい様子に思わずと言った様子で吹き出しつつも、アリュエは現在サルフを駆け回っている友人の評判を本人に告げる。
「美しき衣に気高い獣の美しさを兼ね備え、煙を纏い舞う様はまさしく雲上に咲く高嶺の花。大地を意のままに操り、その美貌には知性の輝きが内包されている……だがそれは彼女の一面に過ぎない。ひとたび戦場に降り立てば、かのフラクツアリザードと睨み合い、一歩も引かぬ女傑の一面を見せるだろう………」
「なにそのクッソ寒いポエム。」
「今サルフの街で噂になっているロージスの食客のことらしい。」
「へぇ、私以外に食客いるんだ。」
「いないぞ。」
「分かってたよ畜生!!」
再び机に突っ伏すミツキ。だが今度は早々に顔を上げ、木っ恥ずかしさと驚愕が混じった表情でアリュエに詰め寄る。
「なによその六割美化されたような寒気のするポエムは!!」
「まぁ吟遊詩人が酒場で歌う内容だしな、多少は脚色もされるさ。最も、大体合ってるような気もするが。」
「そう言う問題じゃなーーーーーい!!誰よ!んな鳥肌モンの話を吟遊詩人とかいうポエマーに流した奴は!!」
「はっはっは、竜の鐘がフラクツアリザードと戦って生還した、という報せが街を駆け巡り、竜の鐘のメンバー達がミツキのことを話したからかな。私のところにも話を聞きにきた吟遊詩人がいたりして結構楽しかった。」
「………!………!」
ミツキの体内で渦巻いていた何とも言えない感情が全て喉に集まり、盛大に何かを言おうとするも、それを形容する言葉が見つからず、結局二酸化炭素を吐き出しただけに終わる。そして、喉に溜まったミツキ史上最大の何とも言えない感情が爆発し、ミツキは力なく机に突っ伏すのだった。
「アリュエ………」
「なんだ?」
「なんか討伐系の依頼を見繕ってきてくれないかしら………このやり場の無い感情を発散したいの………」
「分かった。私も同行するがいいか?」
「いーよーぐりーんだよー……」
ミツキから発せられる噴火直前の火山のようなオーラを察知したのか、若干顔を引きつらせつつアリュエは部屋を出て行った。壁の一つでも殴りたいところだが、今のミツキが殴れば壁ドンどころか壁ズドドンの大惨事が起きそうなので何とか堪える。
やり場の無い感情のはけ口を探していたミツキだったが、ふと自分だけに聞こえるアラームが鳴る。その内容を確認し、チャットに丁度いい名前が表示されているのを確認し、ミツキはにやぁ……と笑みを浮かべるのだった。
【狐帝 さんが入室しました】
『狐帝:こんなんあったんかwwwwwww俺参上wwwwwwwwwwwww』
『狐帝:誰かいないのかーーーwwwwwwww』
【ZASHIKING さんが入室しました】
『ZASHIKING:やっと最後の一人か。随分と来るのが遅かったな。』
『狐帝:ZASHIKINGかー、まぁ気づかなかったってのもあるけど』
【深月 さんが入室しました】
【たらこ天狗 さんが入室しました】
『深月:よっしゃ狐畜生がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ私のフラストレーション発散の為の生け贄となれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!!!!!』
『狐帝:えっ』
『たらこ天狗:狐帝さんが遂に来た!って打とうとしたらなんか荒ぶってるでござるの巻』
『ZASHIKING:どうしたどうした』
『狐帝:ちょwwwww俺が何をしたwwwwww』
『深月:うるせーーーーーー!!こちとらポエムのネタで消化不良なバトルに金がうぼぁーなんだよおおおおおおおおお』
『狐帝:誰かあいつに精神科医を紹介してやってくれ』
『たらこ天狗:ちょっと何言ってるかわからないです』
『ZASHIKING:深月……あなた疲れてるのよ……』
『狐帝:確かにこの世界に来てから結構経ったけど予想以上にお前らが平常運転で僕びっくり』
『ZASHIKING:まぁ全員なんとか落ち着いてきたからな。つーかてめーは今まで何で出てこなかったんだよ。』
『狐帝:幻聴だと思って徹底的に無視してますたwwwwwwww』
『たらこ天狗:えっ>落ち着いてきた』
『狐帝:ログ見てクソワロwwwwwwwwwwジャングルにたらこwwwwwwwww海産系ジャングル大帝とかどこ需要だよwwwwwwwwww』
『たらこ天狗:おう狐畜生毛皮剥いで毛布にされたいんか』
『深月:毛皮はいらないけど剥ぐのは手伝うよ!』
『狐帝:助けてZASHIKING!!』
『ZASHIKING:なんかこのウザったいノリがすっげー懐かしく感じる………』
『狐帝:ジャングルたらことネカマを貫く勇者狸には負けない!』
『深月:おまえりあるであったらかくごしとけよ』
『たらこ天狗:しょくもつれんさのいしずえにしてやろうか』
『狐帝:暴力には勝てなかったよ………wwwwwwww』
『深月:ていうか今までナニしてたのよ』
『狐帝:ナニってカタカナにするのやめーや。意味深過ぎるだろうがwwwww』
『狐帝:なんつーか、テンプレな感じ。モンスターに襲われてる美少女助けてなんやかんやあって今学園通ってる。』
『たらこ天狗:ギャルゲ主人公とか刺されればいいのに』
『深月:アニマル乙女ゲーとか新しい試みだと思うけど?』
『たらこ天狗:選択肢が「喰う」か「喰われる」しかないじゃないですかやだー!!』
『ZASHIKING:こちとらR-18を徹底排除した幼稚園児プレイだぞ、甘えんな』
『たらこ天狗:中身おっさんに言われると怒りとか以前に殺意しか湧きませんわー』
『狐帝:ちょっとお前らの状況を三行で教えてくれよ。何言ってるかさっぱり分からんw』
『たらこ天狗:ジャングルスタート』
『たらこ天狗:生態系の頂点に』
『たらこ天狗:洞窟だって広義の家』
『ZASHIKING:砂漠スタート』
『ZASHIKING:行商キャラバンに拾われる』
『ZASHIKING:幼女可愛いです^^』
『深月:落下スタート』
『深月:くっ殺系美人と親友に』
『深月:幼女可愛いです^^』
『狐帝:お前ら全員本当に正気か?wwwwwwwwwwwwww』
『狐帝:言ってる意味がさっぱり理解できないwwwwwwwwww』
『狐帝:ジャングル大帝以外ロリコンじゃねーか!wwwwwwwwww』
『深月:私をZASHIKING扱いしないでよ!』
『ZASHIKING:喧嘩売ってんのか?お?』
『たらこ天狗:なんてことだ、ZASHIKINGってロリコンって意味だったんですか……』
『狐帝:英和辞典もびっくりな翻訳だなwwwwwwwwwww』
『狐帝:あー、っていうか話したいことが多過ぎて逆に何も言葉が出ねぇ。』
『深月:ギャルゲーの進行状況語られましてもねぇ……』
『狐帝:いやだから別にギャルゲーしてないからね!?青春してるだけだから!だから!www』
『ZASHIKING:青春か………もう色あせちまってるなぁ……』
『たらこ天狗:唐突なおっさんアピなんなんですかね。』
『深月:よくあることよ。親戚のおじさんの自慢話的なアレよ。』
『たらこ天狗:あー納得』
『狐帝:引き籠もりに親戚が集う場所に出ろとかハードル高過ぎなんですが』
『深月:あっ……(察し)』
『たらこ天狗:あっ……(察し)』
『ZASHIKING:あっ……(察し)』
『狐帝:泣くよ?』
『深月:お前の泣き顔が見れないのは残念だなぁ……文章だけなのが残念だなぁ……』
『狐帝:いやなんでそんな敵対心MAXなんだよwwwwww』
『深月:八つ当たり』
『狐帝:だれかこのキチ狸を止めろーーーーー!!wwwwwwww』
【ゴゴゴッドドド さんが入室しました】
『ZASHIKING:は』
『たらこ天狗:え』
『深月:ゔぇ』
『狐帝:え、なに、例の神様疑惑のあるキャラも来るの?すげーなwwwwwwwww』
「はぁぁぁぁぁぁ!!?」
思わず声を荒げたミツキ、いきなりのことにプロメが肩を震わせているが今のミツキはそれを気にして入られない。一瞬フリーズしていたが、次の瞬間には猛然と文字を叩き込み始める。
『ZASHIKING:てめーいきなり出てきてどういうつもりだ?』
『たらこ天狗:どういうことです?冗談?』
『深月:全員揃ったら出て来るつもりだったとか?』
『狐帝:え、なに、もしかしてラスボス登場的な感じ?』
『ゴゴゴッドドド:どうもこんにちは』
『ZASHIKING:オーケー、色々言いたいことはあるがとりあえず説明しろ。全部だ。何時間でも付き合ってやるからどういうつもりなのか、一体これは何なのか、全部だ。』
『ゴゴゴッドドド:はい、こんかいはそのつもりでここにきました。』
『たらこ天狗:状況が状況なだけにひらがなオンリーなのがイラッと来る。』
『ゴゴゴッドドド:ごめんなさい』
『狐帝:ジャングル大帝がお怒りじゃー!wwww』
『深月:狐帝、雰囲気を和らげようとするのはありがたいけどちょっと黙ってろ。マジで、頼むから』
『狐帝:はい。』
『ゴゴゴッドドド:えと、まずみなさんをよんだりゆうからはなします。』
「ミツキ、軽くゴブリンの討伐依頼で………どうした?」
ミツキが無茶をしたとしても十分自分がフォローできる依頼を受注してきたアリュエは、先程までとは打って変わった様子のミツキを目撃する。机に突っ伏し悶えていた彼女はどこへやら、今のミツキは清々しいまでの笑顔でくるくると独楽のように回転している。
「ふふふふははははははは!!やってやろうじゃない!ああそうとも、何も分からないよりは数倍マシ!薄々気づいてたけどやっぱり当事者になれるってのは良いね!!」
「ミ、ミツキ?」
思わず一歩後ずさった状態でアリュエが話しかけると、笑う独楽の動きがぴたりと止まり、笑顔のままアリュエに振り向く。
「ん、あー、ちょっと明確な目標が出来たから嬉しかっただけよ。うん。」
「そ、そうか……で、これなんかどうだ?」
「ふむふむ………ゴブリンかぁ………」
「どうした?」
アリュエの顔を見ながらミツキは思う。
(くっ殺…………)
「なんでもないわー、じゃあ行きましょうか。」
息抜きのつもりで頼んだのだが、場合によっては殲滅戦の用意をしないといけないな……等と物騒なことを考えつつ、ミツキはアリュエと共に出発の準備を開始する。
「んー、まぁ今日中に片付けてくるからいい子にしてるのよ?」
「わかった、いいこしてる。」
プロメの頭を撫で、自分はZASHIKINGではないと言い聞かせ、準備を整え。
「さぁ行きましょうアリュエ。」
「ん、ああ。」
アリュエの背を押し、馬屋へと向かう。
今まで「なんとなく」で行動していたミツキは、先程明確な目標を得たのだ。やはり人生……否、アヤカシ生に目標は必要だと再確認する。
「丁度この街なら「多そう」だし……」
「なにがだ?」
「こっちの話ー」
ミツキは歩きながら、ゴゴゴッドドドの言葉を思い出す。
『ゴゴゴッドドド:みなさんには、このせかいのあやかしをみちびくりーだーになってもらいたいのです』