表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

魔物逃暴

「………つまり、魔物の集団暴走。なんらかの原因で恐慌状態になった魔物達が種族を問わず暴走する現象ってことね。」


「ああ。それに警戒すべきは魔物達の暴走だけではない。暴走には必ず原因がある………環境を歪めるほどのモンスターだったりな。」


緊急で設けられた会議にて、ミューラの後ろに控えるミツキとアリュエは小声で魔物逃暴スタンピードについての説明を受ける。


「ふむ……聞いた感じ、相当ヤバそうね……原因を取り除いても解決にはならなそうだし……」


「そうだな……基本的には時間経過で魔物逃暴が終わるのを待つのが定石だが……今回は商会が雇った冒険者達がいる。彼らを見捨てれば商会の名に傷が付く。」


だからこそ……とアリュエとミツキは白熱する会議を眺める。


「このザマね。」


「流石に見捨てるわけにはいかないが……魔物逃暴に人員を割くのは文字通り人員の消費に等しいからな……どこも自分は最低限の「出費」で済ませたいのさ。」


言い方は悪いがその通りなのだろう。ミューラ以外の幹部達は誰も彼も人員供出の押し付け合いを先ほどからずっと繰り返している。また言葉の怒濤で圧倒するのかと思っていたが、ミューラは微笑を浮かべたまま、先程から沈黙を貫いている。だがミツキにも、当然アリュエにも何故ミューラが黙り込んでいるのかが分かる。


彼女は狙っているのだ。「必殺の瞬間」を。


「……そういう会長はどうなのですかな?元はと言えば会長の発案にて雇った者達。その責任を負うべきは貴女なのでは?」


来た。

背後に控えているが故にその表情を見ることはできないが、ミューラに話を振った幹部の一人の表情から分かる。今、ミューラが張り巡らせていた罠をあの幹部が踏み抜いたのだ。

ミューラの笑顔が悪魔の如き凄みを帯び、同じ商会に所属する部下であろうと結果的にミューラの「一人勝ち」の結末とすべく、その口が開かれる。


「ええ、全く持ってその通りですわ。今回の事態はここにいる全員の同意があったとはいえ、元を辿れば私の発案です故……分かりました。


今回の件は全て私がなんとかいたしましょう。」


その言葉に、幹部とその護衛含めほぼ全員が信じられないといった様子で目を見開く。


「い、いや……それはいくらなんでも……」


「お気になさることはありませんよシュリットさん。貴方の私有兵力は皆流行病に罹り、「歓楽街で」療養中なのでしょう?どうぞお大事に……」


最初に声をかけた男性の表情が凍り、周囲の幹部もそれ以上の発言を封殺される。


「無論、ある程度の「支援」はして頂くつもりですが……皆様お任せくださいな。」



…………


……



「ずいぶんあっさりと終わったわね会議。」


「あれ以上続ければもう三人は犠牲者が出ていただろうからな。」


あの後もプライベート暴露どころか隠すべき私有兵力保持ひみつまで暴露され、顔面蒼白になった最初の幹部ぎせいしゃの顔を思い出し、さっさとミューラに委ねた幹部は世渡り上手だな、と思っているとアリュエが口の端を歪めながらある事実を教えてくれる。


「ふふ……実はあのシュリット氏の言動はな……仕込みだ。」


「え。」


「内緒だぞ?」


既に二人が先遣として出発しているからこそ、アリュエはその秘密を話す。


「ミューラ様は各幹部の権益を自分の手中に収めようとしている。故に、協力者を「見せしめ」にすることで他の老獪な幹部達を従えているのさ。」


つまり、協力者にあえて地雷を踏み抜かせることで他の幹部を抑え、支援という名目で財産を毟り、段々とその力を削ぎ落としていく……と。


「え、なにそれミューラってもしかして世界征服とか企んでるの?」


「ふふ、あの方の心中を理解することは死地から生還するより困難だからな。」


「でしょうねー」


数年待てば皆ぽっくり逝きそうな面子の幹部達だったが、どうやらミューラは待つつもりはないようだ。


「先々代会長が幹部に押し切られ、権益を幹部達と割譲したが……そのせいで幹部達の発言権が増してしまった。下手に結束されれば会長の意見をねじ曲げるほどにな。一時は幹部全員が下克上狙いで危うくロージスの名が別のものになりかけたこともあったそうだ。」


「あらまぁ。」


今でこそミューラという絶対のトップが君臨しているが、相当危ない時期もあったらしい。


「商会長に就任したばかりのミューラ様を侮った幹部八人がプライバシーの全てを「他の商会」に流され破滅した事件は今でも語り種だ………「血の粛正」とな。」


「え、待って私いつから怪談聞いてたの?」


「実話だ。」


他の商会にあえて攻撃の種を蒔いて、商会内部の洗浄を図る。普通そんなこと考えても実行しないであろうに、それを行ったのは当時10歳の少女だというのだから驚きだ。


(シュミレーションゲームでもやらせたらRTAできそうね……)


「……少し無駄話が過ぎたかな。ミツキ、ミューラ様は実質私たち二人での救出を望んでいる。」


「救出だけだから別にその魔物逃暴スタンピードをどうこうしろ、とは言ってないのでしょう?」


「ああ。魔物逃暴の元凶への対処については既に他のSランクチームに通達が行っているはず。我々の任務は竜の鐘ドランベルを見つけ、避難させるだけだ。」


そもそも魔物逃暴はどうこうできるものではないしな、と言いながらアリュエは馬を急かす。


「最新型の馬車なんだっけ?」


「ああ。従来の馬車と比較しても20%の軽量化に成功しつつ耐久性も確保したものだそうだ。車輪も悪路に対応できる素材らしいし、今回のようなケースにはもってこいだな。」


今、二人が御者席に乗っている馬車はミツキが抱いていたレトロなイメージとは違い、どちらかと言えばミツキの知る自動車に近い姿形をしている。

車輪は木製ではなく分厚い何かの皮を使っているのか、金属にその茶色いゴム質の皮を巻いたタイヤのようなものだし、外観も箱型というよりは流線型だ。

軽量化に成功したと言う通り、まさにどんな道でも変わらぬ速さを求めた馬車なのだろう。


「動力も本物の馬力だしエコねー」


「なにがだ?」


「いーえなんでもー」


ミツキ達の作戦は、この馬車で竜の鐘を見つけ出し次第全員乗せ、魔物の大群が来る前に離脱するというものだ。


「でもさ、さっさと逃げるなら後続が来る意味はあるの?」


「魔物逃暴の厄介なところはだな、全ての魔物が逃走しているわけではなく、元凶以外にも逃走するモンスターを狙う肉食のモンスターも紛れていることなんだ。」


つまり


元凶→肉食モンスター→草食モンスター


の順番での壮大めいわくな追いかけっこということか。


「後続の者達は仮に私達が魔物逃暴からモンスターを引き連れてきてしまった場合、それらを排除する役目だ。人員は冒険者から募っている筈だし、それなりの実力者が集まるだろう。」


「ミューラは私有兵とかいないの?幹部とかは持ってたじゃない。」


「そこは商会長だからこそ、財力で人を雇う……即席で兵力を補充して権威を見せつける必要があるわけだ。そもそも商人が私有兵力を持つのはグレーラインなんだぞ?」


「………大変なのねぇ。」


政治的、というかこういった策謀的なものはミツキの苦手分野だ。故に「気にしない」方針で行くことにする。


「………ミツキ。」


「なに?」


「今回は戦う必要はない。分かってるな?」


その言葉は突っ走りがちなミツキを戒めるものか、心配するものか。どちらにも心当たりがあるならきっとどちらもなのだろう。


「ええ、さっさと拾ってさっさと帰る、でしょう?」


「………あぁ。では作戦の確認だ。竜の鐘を保護次第この街道に入る。出来ればこの最短ルートが望ましいが……」


………………


…………


……



そう二人で作戦の確認をしていたのが三十分程前。


「なーんで竜の鐘ドランベルを見つける前から追われてるのぉ?!」


「くっ……魔物逃暴スタンピードに合流するつもりだったモンスターにかち合ったんだ!速度を上げるから落ちるなよミツキ!!」


「りょうかぁーい!!」


アリュエは普段あまり使わない鞭を入れて馬を急かし、全力で申し訳程度に整備された街道を抜けていく。

砂礫を巻き上げながら疾走する馬車の背後、巻き上がる砂にも怯まず馬車を追う獣の一団が。


そのモンスターは草木に紛れる保護色になるのだろう灰色と若草色の体毛を持ったその獣は、ミツキの目には狼のようにもハイエナのようにも、猟犬のようにも見える。


「ミツキ!モンスターの数は!!」


「1、2、3………9匹!!てか何あれ?!」


「恐らくフォレストハウンドだ!厄介な……!!」


石かなにかを踏んだのか一瞬浮かび上がる馬車から転げ落ちないようにしつつ、迫る若草色の追跡者達をどうするか考えるミツキ。


「どうする?!流石にこんな状態じゃ戦えないわよ!!」


「……ミツキ!少しでいい、代わってくれ!!」


「へぇえ!?」


突然渡された手綱に反応する前に、アリュエがミツキと入れ替わるように馬車後方へと飛び出していく。振り返ろうにも手綱を無視するわけにはいかない。無論ミツキに御者としての経験などないが、先程までのアリュエの動きを見よう見まねでなんとか馬を操る。


「はいやーはいやー!」


特に意味のない掛け声を出しつつ、馬達もミツキが慣れていないことを察しているのか殆ど自動で街道を進んでくれている。ずいぶんと賢い馬だ、帰ったら人参をやろう。などと考えていると、背後から獣の悲鳴が断続して響き渡る。


「すまん、大丈夫か?」


十数秒後、アリュエが御者席に戻り手綱をミツキから受け取る。手綱を渡したミツキは後ろを振り返るが、そこにはフォレストハウンドの姿はない。


「どうやったの?」


「ナイフを投げて半数を減らしただけだ。ハウンド種は賢いからな、半数が行動不能になれば撤退する。」


「…………」


しれっと何でもないように言っているが、ガタガタと揺れ続ける馬車の、しかも箱形でない故に滑り落ちる危険のある馬車の上から大型犬サイズのモンスターにナイフを当てるということが如何に難易度が高いかなどミツキでも分かる。


「……ちなみにナイフは何本使ったの?」


「六本だ。一つ外してな……惜しいことをした。」


アリュエの姐さん一生ついていきやす!!そう心の中で思うミツキ。

想定外の襲撃者に対処しつつ、二人は竜の鐘ドランベルが向かった平原へと馬車を急がせるのだった。






銀の牙森林帯を西に抜けた先、普段は草食モンスターが暢気に草を食んでいたりする平原。そこは今、狂騒と振動が猛進する舞台となっていた。

森林を抜け、ミツキが感じたものは遥か遠方に舞う土煙と、まだモンスターの大群が見えていないのにも関わらず大地を揺らす振動。空は晴天、風が強い訳でもない草原帯にはえも言われぬ緊張感が漂っている。


「予想より早い……!!」


「え、そうなの!?」


「急ぐぞ!!」


とは言え、既にフルパワーで走り続けている馬をこれ以上急かすこともできない。ならばせめて馬を操るのに意識を割かなければならないアリュエの代わりに竜の鐘のメンバーを捜さんと辺りを見渡すが、それらしき姿は無い。


「……もう逃げたって可能性は?」


「それならいいが……最悪の場合、私達自身が魔物逃暴に巻き込まれないよう……竜の鐘発見の有無を問わずこの場を離脱しなければならない。」


「いてもいなくても制限時間が来たら終わりってことね……っ!」


迫り来る魔物の進撃タイムリミットに焦りを覚えるが、実はメンバー全員でかくれんぼでもしているのではと思う程に竜の鐘のりの字も見つからない。ミツキの焦燥をあざ笑うかのように、地を揺らす振動にモンスターの悲鳴や咆哮が混じり始める。


「竜の鐘はここで何しに来たんだっけ?!」


「プレインリザードの討伐だ!あれは平原を縄張りとしているから余程のことが無ければ森の中で戦うことも無いだろうが……!」


リザードというからにはトカゲだろう。それらしき影を探すが、地面から突き出した岩くらいしか見つからない。それでも懸命に目を凝らしていたミツキは、あることを思いつく。


「……ねぇ。」


「なんだ?!」


「今、私達……「竜の鐘ドランベルを追っている」と考えてもいいわよね……?」


「こんな時に何を……」


「いいから!!」


訝しげにしていたアリュエだが、こんな時にふざけるミツキでもないだろうとその問いに答える。


「ああ、探しているという表現が一番正しいが……竜の鐘の足跡そくせきを追っているとも言えるな。」


「よっし太鼓判!!」


その言葉こそが行動する為の許可証であると言わんばかりのミツキは装備欄を操作。一瞬の発光の後和装からコートへと切り替わる。


「追跡は十八番おはこよ!!」


自分で言い聞かせるだけではどうしても不安が残る。だからこそアリュエの保証を以てミツキはそのこじつけを「補強」する。竜の鐘ドランベルを追っているからこそ、追跡者の妖気スキルはその効力を十全に発揮する。妖気【追跡者】は対象を追う時にその脚力を上げ、俊足を与えるというものだ。だが、それだけではない。

もう一つ、ゲーム内において「敵Mobの位置を地図上に表示する」という内容の恩恵はこの世界では別の形となって付与される。


「後ろがうっさくて耳は絞りきれない……鼻は……獣じゃない、人の匂い………………見つけたっ!!!」


「何!?」


「アリュエあっちよ!交戦中みたい!!」


「見えるのか?!」


「ちょっとしたブースト中なのよー!」


画面に表示される地図の無いこの世界では、代わりとして「五感機能の向上」と言う形で追跡者としての技能がミツキに加えられる。今のミツキは、先程よりもより詳細に世界を感じ取っている。嗅覚と視覚が竜の鐘の存在を捉えると、聴覚と触覚も複数人と何かの怒号とそれらの間を流れる風の動きを掴む。

そして、その目の見る先には確かにトカゲのようなモンスターと戦う竜の鐘のメンバーがいた。何人かは見たことが無いが、今はそれを気にしている場合ではない。


「あっちあっち!見えた?!」


「………あれか?」


「それ岩!!その向こう!」


「………………あの豆粒みたいなのか!?よく見えたなミツキ。よし、行くぞ!!」


「オッケィ!もう少しがんばって!!」


今も全力で足を動かす馬達を激励すると、それに応えるかのように大きく嘶きさらに足を動かしていく。



…………


……



既にアリュエの目にも竜の鐘ドランベル達が見える距離まで接近した。向こうも気づいたようで何人かがこちらを見ている。


「ちょっと援護してくるね!」


「何ぃ?!待っ」


アリュエの制止も聞かず、ミツキは八艘跳びの妖気で馬車の屋根から跳躍、慣性も合わせて一気に竜の鐘達の戦闘に飛び込む。


「キィーーーーック!!」


空中での一回転を経た飛び蹴り。ミツキは改造人間ではないが、勢いがついた今なら十分な威力を発揮できる。


「ギュギィィ!!?」


半ば激突に近い蹴りを受けた岩のような表皮を持つ象ほどの大きさを持つトカゲ……プレインリザードは意識を向けていなかった背中にミツキの蹴りが直撃したことで絶叫を上げる。ミツキの履くブーツから骨を砕く感触が伝わり、その直後に未だ残る勢いがミツキの身体をさらに吹っ飛ばす。


「ありゃあー!?」


「へ?うおおおおお!?!?」


はたから見ればプレインリザードに当たってバウンドしたように見えるミツキは八艘跳びで跳躍した時ほどではないものの、宙を舞いそして


「へぶっ!!」


「わひゃあ!」


「兄ちゃん?!」


尻から竜の鐘のメンバーと思しきカルエルと比肩する程巨躯の男性の頭に激突した。


「いてて……尾てい骨が……あ、失礼。」


「い、いえ……」


ラッキースケベを続けるつもりはないので直ぐさま男性の顔から尻を退ける。心なしか幸せそうな顔だったのは、ミツキの中身が男だから理解出来るので罪には問わないことにする。


「あら………」


よく見てみれば、男性の頭には犬と思しき耳が生えている。アヤカシとも考えづらいので恐らく獣人なのだろう。


「貴女は……!!」


「今はあと!魔物逃暴スタンピードが来てるからさっさと逃げる!オッケー?!」


「助かりました……!!カルエル!ここを離脱します!!」


いち早く状況を理解していたヘレーネが、少し離れた場所でたった一人で別のプレインリザードと大立ち回りを演じているカルエルに声を掛ける。周囲を見れば今ミツキが背骨をへし折った個体、カルエルが戦っている個体以外にもざっと六頭以上のプレインリザードの死骸が転がっている。


(やっぱ強いのねー)


トカゲというよりも既に恐竜と呼んでも差し支えない爬虫類を目立ったダメージ無く倒している彼らは、間違いなくSランクの冒険者なのだろう。


「アリュエー!!」


「全く……!早速無茶をして……!!」


「ごめんごめん。」


ミツキは表面上こそ何でもないように振舞ってはいるが、内心では勢いだけで飛び出したことにビビっている。だが今求められるのは迅速な行動だ、アリュエも無論それを理解しているのでそれ以上何か言うことも無く、竜の鐘のメンバーに馬車に乗るよう促す。


「急げ!!」


振り返れば、既に暴走するモンスター達の最前列の姿が目を凝らさずとも見える位置まで来ている。


竜の鐘メンバーが全員馬車に搭乗し、ミツキとアリュエの二人が御者席に飛び乗ったところで馬たちに鞭が入る。そして






バキッ、という音と共に考えうる限り最悪の事態が発生した。

ガタン、と馬車が大きく揺れ、そして斜めに傾く。見れば左の車輪が前後両方共馬車から外れ転がっており、誰の目から見ても走行不能であることが見て取れた。


「……えーと、」


「……詰んだかもしれん。」


「うそぉぉぉ!?」


慌てて馬車から降りてきた竜の鐘メンバーも、その光景を見て絶句する。


「ど、どうすんの?!」


「……時間がない…っ!とにかく、馬車の上に乗れ!」


「その後は!?」


「神に祈るしかないでしょう……!」


ヘレーネがそう怒鳴り、カルエルが傾いた馬車を完全に倒して足場を確保する。アリュエの指示で横転した馬車の上にその場にいる全員が登るが、既に状況は絶望的と言って良いだろう。


「これは死んだか……」


誰が言ったかは分からなかったが、ミツキもその意見に賛成だ。


モンスター達の先頭と接触するまでもう50メートルもない上に、先頭のモンスターは何の嫌がらせか殆どが巨大かつ堅牢な口角を持つ大型モンスターばかりだ。しかも、それらの巨躯の背後には大小問わず大量のモンスター達が。

その様はまさに津波。生物の肉体で構築された怒涛がもう既に手遅れな位置まで迫っていた。


そして、誰も彼もが死を覚悟する中、ミツキが取った行動は祈ることでも、諦めることでも、泣き叫ぶことでもなかった。


「ああもう!恐怖で手が震えるもへったくれもねーっての!!」


「ミツキ!?」


馬車から飛び降りたミツキは、道具欄から変化の葉を一気に五枚取り出す。


「出し惜しみはしねーって決めたけど大損だよ畜生!」


現世騙し・地は発動まで時間がかかる。そして、そんな時間は既に残されていない。そして、今一番必要なのは迫るモンスターの津波を切り裂く剣ではない。


怒涛を阻む「タンク」だ。


「あんた達!生きて帰ったらなんか奢れよ!絶対だぞ!?」


口調を変えるのも忘れ涙目で背後に吠え、五枚の葉を一気に消費して変化の術を発動する。


狸系アヤカシが使うことのできる妖術【変化の術】。それはこの世界に於いて好きなものに変化する事が出来るが、制限が三つある。


一つは、発動中は妖力を消費し続けるという事。変化した対象の規模が大きい程、対象の実力ちからが剛強である程、時間経過で消費する妖力は大きくなっていく。

試してはいないが、ゲーム内のイベントボスを再現しようとすれば「深月ミツキ」のステータスを以ってしても二分と保たないだろう。


もう一つはある程度の情報がなければ変化は出来ない。

最低でも「名前」「姿形」「声」「種族」を把握していなければ変化は成功しない。そして、情報が多い程その変化は本物に迫る。


そして最後に一つ。それは、一枚の変化の葉で変身できるものの大きさには制限があるという事。少なくとも一枚の葉で変化できる大きさ以上の変化をしようとすると術は「不発」する。

変化する事なく、葉だけが煙となって消えてしまうのだ。そしてここからはミツキの推測だが、それは葉を複数使う事で大きさの制限を緩める事ができる。


変化の術を使って成功したのはミューラに変化した時だけだが、ミツキは不思議とこの推測に自信があった。精神こころは知らずとも肉体からだはそれを覚えているという事だろうか。


迫る魔物逃暴スタンピード、先頭の魔物の目に浮かぶのは恐怖と狂気。既に止まるという事を忘却したモンスター達は力が尽き果てるその時まで全てを踏み倒しながら走り続けるだろう。そして、その恐慌の前には人など障害物にすらならない。

だからこそミツキは己自身を壁とする為、足りない「大きさ」と「重さ」を騙し騙しで補うのだ。


「なるようになれーーーっ!!」


ミツキの手に載せらせた五枚の葉が一瞬の輝きと共に消費され、平原に突如として白煙が発生する。

突如視界を塞ぐ白の煙幕に驚くモンスター達だが、既に止まらない止まれない。速度を緩めれば後続に尻を突かれ、動きを止めればそのまま踏み潰されミンチとなる。だからこそモンスター達は煙の中へと飛び込み……


「グァァァァァァァァァァァォォォォォォォォォォォォオオオオオオゥンッッッッ!!!!」


大気を震わせる「それ」の咆哮と、強靭な肉体に弾かれた。







アリュエ達が白煙の中見たものは、自分達を馬車ごと包むように覆い被さった大きな「腹」だった。


「何だ……これは……!?」


いつも歯を見せる笑顔を絶やさない竜の鐘リーダーであるカルエルも、流石の事態に硬直してしまっている。だが、立っていられないほどの振動で竜の鐘のメンバーの一人、ミツキのヒップアタックを食らった獣人が馬車から転げ落ちたことで正気に戻る。


「とりあえず……これは、守られてるということで良いのでしょうか……?」


「恐らく………」


ヘレーネの推測に自信なく同意しつつ、アリュエの中ではパズルのピースが一つ一つ繋がっていく。


ここに来る前……ミューラに化けたミツキ。その時の「補填の目処が立った」という言葉。


先程の何か覚悟を決めたような態度に、五枚の葉。


そして、ミツキを中心に発生した白煙。その中から現れた巨大な何か。


「ミツキ、なのか……?」


モンスターの咆哮、悲鳴と共に何度も重なるように響く激突音。その度に小さく揺れる巨大な体躯。


原理は分からない。ただ、自分達が守られているということだけは痛いほど理解できた。






(いただだただたたたたたたたたた!!?)


ミツキが変化した姿は、馬を含めた馬車とアリュエ達を覆い隠せる程に巨大な白竜だった。


雲竜クラッド。

アヤカシ戦記オンラインに登場するNPCの一つで、設定では巨大な積乱雲の中に住み、世界中を気ままに旅する竜とされている。この雲竜クラッドは戦闘可能な敵Mobではなく特定の時間に、場所はランダムで出現し、アイテムを落しては去っていく存在だ。あと喋る。

出現場所は「運営が気分で決めている」とも「コンピューターでランダムに選出している」とも噂されているが、一定以上のランクの装備を強化するのに必要なアイテムがあるので、プレイヤー達が積乱雲を求めてゲームの世界を駆けずり回るのは風物詩とまで言われる。(初心者廃人を問わず出現エリアにいるプレイヤー達にアイテムを落とすので初心者プレイヤーでもアイテムを持っている者もいれば運悪く一度も遭遇できない廃人もいる)


咄嗟に「大きくて」「強そうで」「頑丈そうな」存在を思い浮かべ、この姿に変化した訳だが……尻尾をピンと伸ばせば70メートルは行くであろう巨躯は、馬車に覆い被さり間違っても腹の下にモンスターが入ってこないよう前脚でガードすることで魔物逃暴スタンピードの行軍からアリュエ達を守ることに成功していた。


ただ、


「グォォァァォウ!!?」


突如現れた巨大な障害物であってもモンスターの行軍は止まることなく、ミツキは現在進行形で全身に突進を食らい、時に踏みつけられ、終いには噛みつかれ引っ掻かれている。

確かに頑丈な白い甲殻は半端な爪牙を弾くが、同時に数十の突進を受ければ衝撃は身体を蝕む、眼に突進されれば痛い、重量級のモンスターに顔を踏まれれば息も詰まる。


思わず悲鳴を上げるが退くわけにはいかない。その場で踏ん張りもたげた首と前脚でバリケードを形成する。

魔物逃暴の三分の二が通過したところでミツキにとって因縁浅からぬブルタウロスの姿を確認した。どうやらブルタウロスは「逃げる」側だったようでその牛顔は恐怖に歪んでいたが、番いの内の一頭がミツキの左目に飛び膝蹴りをかましたのは絶対に忘れない。

あの牛ゴリラは自分の目に恨みでもあるのか、と憤慨するがその後ろを走っていた虎のようなモンスターに猫パンチ(追加効果:即死)を受けてゴリラの胴体だけになっていたので許す事にする。ミツキの頭から背中を伝って走り去っていったが、軽やかな動きでミツキへの負担も少なかったのであの虎のようなモンスターは良い奴だ、と勝手に高評価を与える。


それにしても、と思う。ミツキが見る限りではアリュエの言う通り、逃げるモンスター以外にもそれを仕留めようと追うモンスターもいる。だが、その追うモンスターの目にも恐怖が見て取れた。

魔物逃暴スタンピードにはそれを引き起こした「元凶」がいるとは聞いていたが、生態系の上位にいそうなモンスターですら恐怖を拭いきれてはいなかった。一体どんな存在が元凶なのだろうかと頭を上げ………



「それ」を見てしまった。








「………通り、過ぎたのか……?」


「音は……しねぇな。」


地響きは遠ざかり、沈黙が訪れる。巨大な何かの下で守られていたアリュエ達は、魔物逃暴が通過したのではと推測する。だが、自分たちを覆う巨大な存在は一向に退く気配がない。


「なんでどかねえんだ?」


竜の鐘のメンバー、ザムザが足の隙間から外に出ようとした瞬間だった。

凄まじい音と共に魔物逃暴ですら揺るがなかった巨躯が大きく震え、更に連続して何かが叩き付けられるような轟音を伴って巨躯を振動が揺らす。


「な、なんだ!?」


「これは……明確に攻撃を受けている?」


そして、限界が訪れる。


「ク、ォォォォ………」


弱々しい呻きと同時に巨躯が白煙に変わる。そして、鈍い音と共に小柄な影が地面に墜ちた。


「う、ぐ…………」


「ミツキ!!………な、」


地に倒れるミツキに駆け寄ったアリュエはその惨状に絶句する。


「かはっ………逃げて……」


全身から血を流し、特に顔の打撲痕が酷い有様のミツキは息も絶え絶えながらも、アリュエ達に逃げるよう言葉を紡ぐ。魔物逃暴スタンピードをその身一つで凌ぎきった少女の姿に、アリュエは己の不甲斐なさに唇を噛み千切らんばかりに噛み締める。だが、それには語弊がある。


ミツキがここまで消耗したのは魔物逃暴が原因ではない。出血なども少し切ったりしているだけで致命的なものではない。ミツキをここまで消耗させたのは……魔物逃暴の後に来た者、この一連の「元凶」にこそあるのだから。


「アリュエさん!逃げてください!!」


ヘレーネの叫びに、ようやくアリュエは白煙の中に立つ巨大な影に気づく。


「こいつ、は………!!」


慌ててミツキを担ぎその場からは慣れようとするが、次の瞬間白煙を切り破って地面に叩き付けられた「剛腕」の衝撃で、アリュエはミツキごと宙を舞うことになった。そして、その一撃により消えかけていた白煙が完全に晴れ、「それ」が姿を現す。



「カロロロロロロ………」


巨竜となったミツキ程ではないにしろ巨大な体躯は20メートルほどだろうか。全身を暗い紫の鱗で覆い、「空を飛ぶことを放棄した代わりにより強い攻撃力を得る腕」としての形に進化し、現在地に突き刺さった剛腕はあらゆるものを叩き潰すと言わんばかりに固く、重く、そして強靭であった。


滅紫の鱗に竜の貌。翼は他のドラゴンとは異なる進化の末変異、元々の前脚を中脚とすることで翼は全てを砕く前脚へと代わっている。

翼を持たない故にドラゴンの名を与えられずリザードの名を与えられたものの、その全ては並の竜を軽く凌駕するその六足の蜥蜴ドラゴンはこう呼ばれている。


亜竜種、フラクツアリザード。




第二級危険指定モンスターに指定される「動く災害」である。

気づいたらPV一万突破してました。ありがたい話です。

これからも宜しくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ