捨てる人あれば拾う妖あり・後編
「いないわねぇ……」
昨日のリベンジも兼ねて例の逃走者を探しているミツキは、トワイライトコートを纏いサルフの街並の見下ろす、屋根の上を跳躍して移動していた。
「ふむ……」
大通りを一飛びで飛び越え、眼下を見渡す。そもそもミツキは背格好しか見ていない故、どちらにせよ向こうが行動を起こすまではどうしようもないのだ。
「諸君おはよう!昨日は不審火は無かったが犯人が消えた訳ではない!なにかあったらすぐ私に言ってくれ!」
少なくともあのように叫びながら走り回る度胸はない。それに、なんとなくミツキは放火魔の正体が分かってきた。
「ええと、地図地図……」
昨日風呂から出た後、アリュエに事情を話しアリュエからミューラに話が伝わって行くと、今朝放火魔探しに行く直前に貰ったものだ。まだ市街で不審火は起きていると言ってもいつロージス商会が狙われるとも限らない上、市街にはロージス商会の傘下の店もある為既にロージスでも原因究明に動いていたのだ。
そして、ミツキが受け取ったのはサルフ全体の地図と今まで不審火が起きた場所をマークしたもの。商会は不審火のあった場所の付近の建物から関連性を見出そうとしていたようだが、恐らくそれは無駄な努力だろう。
「ええと、昨日の場所がここで……逃げた方向がこっちで……」
不審火の起きた場所は碌な法則性も無く、付近の建物に関連性がある訳でもない。唯一の共通点は、大通りに繋がる路地裏だという事だけ。
「人に紛れ込むため?被害を大きくするため?」
否。答えは「人に見てもらう為」だ。
「昨日たらこ天狗と話してなかったら気づかなかったわね……」
地図を確認し、推測から割り出した「候補」に丸をつけて行く。結果、三つの場所が丸で囲まれた。
「で、今のところ不審火が起きていない、且つ大通りに接し、前回見失った場所から一番近いところは……」
幾つかの候補の中から一つを選び、そこへ向かうことへする。
◆
それは、力の入らない身体に鞭打ちながら路地裏を歩いていた。
大層な理由があるわけではない。ただ、己がここにいると、自分はこれだけのことが出来るのだと、世界に対して証明したい。
ただそれだけの為に己の命を削ってきたが、誰もが自分の「結果」のみを見るばかりで、誰も自分に気づいてはくれなかった。
既に自分の終わりが近い。
昨日、「大きな力の塊」から逃げる時にエネルギーを使いすぎた。
自分が何で終わるとどうなるかは分からない。ただ、自分の中の器に入っていたものが尽きようとしているのはわかる。
覚束ない足取りで、何度も壁にぶつかりながらも、それは目的地へとたどり着く。
そして、最期に残った力を以って火を生み出そうとした瞬間。
「見つけたわよ。」
真上から届いた声と同時に昨日感じた大きな力の塊に取り押さえられ、路地裏の奥へと引っ張り込まれた。
◇
「不審火の正体見破ったり、ってね。」
三つ目の候補にて、ようやくそれを見つけたミツキは、興味深げにこの世界に来て初めて見る「同類」の姿を観察する。
「………」
取り押さえたそれは、幼い少女の形をしていた。だが、一目で人間ではないと分かる。
「今はトロ火だけど。」
昨晩ミツキが「火」と勘違いしたそれは、この少女の「髪」だったのだ。暗闇の中で煌々と輝くその姿は火に見間違えても仕方ないだろう。
最も、今はその光を失っており、所々黒ずんで思い出したように弱々しく赤く光るだけだった。
そして、抵抗する力がないことを確かめたミツキはうつ伏せに倒れる少女をひっくり返す。
「これの憑喪神、ってことかしら……それとも提灯おばけの親戚かしら?」
黒の襤褸に包まれた少女の首から鎖でぶら下がる年季を感じさせる古いカンテラ、抵抗することを放棄してでも後生大事に抱え込むそれがこの憑喪神の核ではないだろうか。
「そういえば作業になってたから忘れてたけど……」
アヤカシ戦記オンラインでは、しばらくヒューマンに関わらないでいると……つまり、放置していると存在が消える、即ちゲームオーバーになる。最も、ゲームならコンティニューで済むが。
アヤカシにとって忘却イコール死であるのならば、この少女の形をしたものも今、死にかけているのではなかろうか。
(………さて、助けろと言ってもどうしろってのかしらねー)
普通に考えればこの少女が妖力を回復する為にしようとしていたこと……つまり人の目につくよう派手に火事を起こせばいいのかもしれないが論外だ。
「ううむ………」
【深月 さんが入室しました】
『深月:エマージェンシーエマージェンシー』
『深月:エマージェンシーエマージェンシー』
【ZASHIKING さんが入室しました】
『深月:エマージェンシーエマージェンシー』
『ZASHIKING:なんだようるせーな』
『ZASHIKING:どうした』
『深月:幼女を元気(意味深)にするにはどうすればいい?』
『ZASHIKING:任せろ。』
『ZASHIKING:まず警察署……いや、憲兵の詰所にだな』
『深月:あなたと一緒にしないで』
【たらこ天狗 さんが入室しました】
『ZASHIKING:ロ、ロロロ、ロリコンちゃうわ!!』
『たらこ天狗:ネカマと年齢詐称がロリコンだった件について。私は女です。』
『深月:いや、真面目な話死にかけのアヤカシ助けたいんだけどどうすりゃいいのこれ』
『ZASHIKING:は?昨日今日でもう見つけたのか?』
『深月:いや、むしろ昨日探してたのが実はアヤカシだったというか』
『たらこ天狗:いっそ一度殺してからの蘇生でよくないですか?私は女です。』
『たらこ天狗:ほら、倒れた仲間を蘇生する感じで私は女です。』
『たらこ天狗:体力と妖気半分持ってかれますけど寝れば回復しますし私は女です。』
『深月:特徴的な語尾ですこと。』
『ZASHIKING:ネカマに女子力で負けてるもんなぁw』
『深月:お、草が生えた。』
『ZASHIKING:環境が安定してきたから心に余裕ができたんだよ』
『たらこ天狗:獣達の女王になった代償は女子力だったというのか……っ!?』
『深月:そら猛獣から生肉献上されるレディーとかないわーw』
『たらこ天狗:ちくしょおおおおおお!!』
『たらこ天狗:でもライオンもどきが持ってくるお肉おいしい』
『深月:焼きなさいよ』
『たらこ天狗:レアです』
『ZASHIKING:一歩文明人に近づいたな原始鳥。』
『たらこ天狗:人を始祖鳥みたいに言わないで!!』
『深月:始祖鳥wwwwwww』
『深月:あ』
『ZASHIKING:どうした』
『深月:見つけた幼女がぴくりとも動かなくなってる……』
『ZASHIKING:あ』
『たらこ天狗:あ』
「やばいやばいやばいやばい」
チャットに意識を向けていたせいで完全に少女から目を離していた。本当に限界間近だったらしく、既に髪から火の色は消え失せ、焦げ付きのような黒色になってしまっている。身体自体もぴくりとも動かず、半分消えかかっている状態だ。
「えーと、蘇生……ってどうやるのよ?!」
ゲーム内では手に妖力と体力を集め、それで倒れた仲間を殴るという少々荒っぽい動作で仲間を蘇生するのだが、その肝心の手に妖力と体力を集める方法が分からない。その間にも刻一刻と少女の命の終わりは迫っている。
「え、ええと……わ、私のこの手が真っ赤に燃える!勝利を掴めと轟き叫ぶ!!」
できた。
「できたーーーー!!」
そのイメージ通り、ミツキの右手は灼熱を纏い発熱した。なんとなく右手、発光、で思いついた事をやってみただけだったが、要はイメージが固まりさえすれば良いようだ。とはいえ、一度はやってみたかった必殺業ランキング上位を実現した事への感動に打ち震えている暇はない。
「ええと……起きろー!!」
流石に貫手のように突き刺す訳にも、頭を掴んで粉砕する訳にもいかない。だがゲーム内のように殴らなければならないのかもしれない。悩んだ末にミツキが選んだのは、もう抱える力も無いのか少女の手からこぼれ落ちようとしていたカンテラを割れない程度に調節しつつも強めの力で掴む事だった。
「ヒート…じゃない、生命力注入!!」
頭の中で考えるだけではなく、実際に言葉に出し形にする事は中々に効果的なようだ。右手に集まった光がカンテラへと注ぎ込まれて行き、消えかかっていた少女の身体が確たる存在を取り戻して行く。
「う………」
それと同時に、ミツキの身体にも異変が。身体から力が抜けて行く感覚。意識が半分無理矢理シャットアウトされ、右手以外の感覚が鈍くなっていく。
「まさか、マジで生命力半分を譲渡してる……?」
若干ぼやけた視界が、光を注がれ輝く少女のカンテラを捉える。既に少女の危機は脱しただろう。これ以上続ける必要は無いかもしれない。
だが、ミツキは蘇生を中断しない。それが何故なのか、ぼやけた思考でははっきりしなかったが、きっと「意地」だったのだろう。
「む、君は確かミツキさん!どうしたのかね?!」
「ナーイス……タイミーング……」
寒気と共に意識が遠のいて行く。視界がブラックアウトし、意識を失う直前に聞こえた暑苦しい声にか細い声を返し、そこでミツキは意識を落とした。
……
…………
………………
ミツキは時折、夢を見る。
それは親や友人、大学の教師とかそういうものではなく……アヤカシ戦記オンラインをプレイしている夢だ。
夢の中でまで何をしていると言いたいが、決まって同じ夢を見る。その度にミツキは……三樹はどうしようもない悔しさを抱く。
深月が出来ている事が今のミツキにできていないということが。深月なら楽に対処できる事で失敗したという事が。
ゲームの中で同じ状況になれば楽に対処できただろう事に失敗した時、ミツキはこの夢を見る。
それは深月に情けないと呆れられているようで、三樹に馬鹿にされているようで。
そう感じたときいつも思う。
自分は果たして深月と三樹、どちらなのだろうかと。
………………
…………
……
「………酷い目覚め。」
「起きたかミツキ!」
「うん………アリュエ、とりあえず拷問級の重さになってる毛布をどけて頂戴……」
塵も積もれば何とやら、身動き一つ取れない状態をなんとかしてほしいと頼むのがミツキが一番最初にした事だった。
「しかし大変だったのだぞ。カルエル殿が君を担ぎ込んできた時は何事かと。」
「あはは、ちょっとミスしちゃってね。」
「全く……目を離すと不安になると言う点では君は幼子と同じだな。」
「失礼な……あ、そうだ」
幼子で思い出したミツキはアリュエにそれを問う事にする。
「ねぇ、私が運び込まれてきたとき一緒に小さい女の子がいたりしなかった?」
「女の子?そういえばカルエル殿が君と一緒にもう一つ何か抱えていたな。」
「で、彼はどこに?」
「応接間だ。仮にも恩人なのでな。」
「了解」
「あ、ミツキ!!」
ベッドから飛び降りたミツキは、トワイライトコート装備で気絶しまったために自分を苛む頭痛に耐えながら応接間へと駆け出すのだった。
「………で、これはどういう状況?」
「………!」
「うむ!実際の所私は女児には好かれんようでね!!」
確かに、男児にとってはヒーローのような姿でも、女児に取っては巨人だろう。とはいえ、とりあえず状況を一言で説明するならば、ミツキは自信を持ってこの一言を挙げる。
事案。
である。もう少し詳しく説明するならば、カルエルが随分と元気を取り戻した少女と応接間で追いかけっこ、だろうか。本人は別に彼女にいかがわしいことをしよう、等とは微塵も考えていないのだろうが、歯を見せたナイスガイスマイルで幼い少女を追う姿は流石に擁護できない。カルエルが手に持っているキャンディーと思しき棒も状況が状況なので何とも言えない怪しさを放っていた。
「とりあえず座れ、抵抗は不審者と見なし攻撃を加える。」
「分かった!!」
「………!」
笑顔で追いかけてくる不審者の脅威から解放された少女は涙目でミツキの足にしがみつく。これは懐かれたのだろうか、それとも恐怖で思わずなのだろうか。とりあえず安心させる為に頭を撫でておく。
ほんのり朱色に発光する少女の髪は暖かく、触っている分にはこちらも気持ちのよいものだ。
「まぁ……とりあえず、助けてくれてありがとう。」
「礼には及ばないとも!」
相変わらずスーパーマンみたいな男だと思いつつ、ミツキは助けてくれた礼を言う。
「しかしその子は不思議な体質なのだな!髪の毛が発光するなど聞いたこともない!」
「やむにまれない事情があるのよ。」
「ふむ……いや、女性が隠そうとしていることを暴くのは最上級の失礼だとヘレーネに叱られたし、深く詮索するのはやめておこう!」
言っては台無しだ、とこの光景を見たらヘレーネはキレるだろう。
ミツキは懐から銀貨(小判ではなくこの国の通貨)を数枚取り出し、カルエルに渡す。
「いやいや、金をもらうほどの事でも」
「これはヘレーネの気苦労に対してよ。食材でも日頃の感謝でも良いから何か買ってあげなさい。」
これに毎日振り回されているヘレーネの気苦労に対し、同情を抱きつつささやかな応援をする事にしたミツキ。
最初は受け取る事を拒否していたカルエルだったが、押し切って無理矢理銀貨を握らせた。
「貴方なら無駄遣いもしないでしょう?ちょっと豪華な食材でも買ったらどうかしら。」
「それでは……ご好意っ!甘えさせてもらう!!」
「一々大げさなのよ……」
部屋を通り掛かった使用人のメイドに頼みカルエルを送ってもらった後、観念したように一つため息をついたミツキは覚悟を決めて振り向き、先程からカンテラ少女に手を振っていたミューラに笑顔を向ける。
「少しお話ししましょうかミューラ。」
「ええ、私もちょうどそんな気分でして。」
いざ尋常に、ラスボスへと挑む。
…………
……
「……では、もうしばらくの間ロージスの食客としていてくださる、ということで宜しいですね?「とある事情から路地裏で見つかったミツキさんの遠縁の従姉妹」さんもごゆるりとどうぞ。」
「エエ、ソウデスネロージスバンザイ」
雇用期間延長と、プライバシー漏出を代償にカンテラ少女については深くは追求しない、との約束を取り付けることに成功したミツキ。
確実にカンテラ少女が遠縁の従姉妹でないことは見抜かれているだろうし、ミツキが隠していたことや自分でさえ気づいていないことを見抜かれてもいるだろう。
とはいえ、ミューラは他者の秘密をベラベラと話すような人でも無し、仮に情報漏洩したとしてもまぁなんとかなるだろう、と自分を無理矢理納得させる。というか無理に隠す必要も無いのではないか?と思ってしまう。
「さて、家主の許可は得た訳だし、貴女はここにいていいワケだけど……貴女自身に確認を取って無かったわね。
結構乱暴なことしちゃったけど、貴女は私と一緒にいたい?」
「………!」
事後承諾だが、カルエルが去った後もミツキの膝の上でリラックスしていたのだから懐かれてはいるのだろう。
その証拠にミツキが問いかけたところ、少女は肯定の意思を全身で示すかのようにミツキの顔に抱きつく。カンテラが顔面に直撃して割と痛かったが何とか笑顔を保持しつつ少女をソファに座らせる。
「とはいえ、いるならいるで色々用意しなきゃね……とりあえず、貴女名前は?」
「………」
もしや喋れないのでは?そう思っていると、ミツキの耳に小さく細い声が届く。
「…プロメ」
「プロメ?……それが貴女の名前?」
「………。」
こくこく、と少女は頷き、カンテラの側面をミツキに見せる。
どうやらこの世界に来た時にいくらかの基礎知識は頭に入っているらしくこの世界での文章の読み書きに問題はない。
プロメが見せたカンテラの側面には、所謂メーカー名のようなものが刻印されており、その下に『プロメス025』と刻まれていた。
「商品名と番号ってことね。」
プロメsの個人だからプロメ、ということだろうか。
「……ふむ、私はミツキ。見ての通り狸系よ、ヨロシクねプロメ。」
「……うん。」
とりあえずまずやるべきことは一つ。
「見た所カンテラさえ無事なら火がついてるかついてないかは関係ないようね。なら今すぐお風呂!そして着替え!」
元からそういう色なのかと思ったが、よく見たら汚れ過ぎて真っ黒になっていたボロ切れを着ているだけの状態だったプロメをそのままにするワケにはいかない。
【深月 さんが入室しました】
『深月:幼女とお風呂ふひひ』
『深月:以上。』
【深月 さんが退室しました】
【ZASHIKING さんが入室しました】
『ZASHIKING:誰かあのネカマロリコンを捕まえろー!!』
【たらこ天狗 さんが入室しました】
『たらこ天狗:でも本音を言うと?』
『ZASHIKING:裏山C』
『たらこ天狗:やっぱりロリコンじゃないか(憤怒)』
『ZASHIKING:今の俺は見た目はショタだから合法!合法だから!』
『たらこ天狗:そういう考えな時点で既にアウトじゃないですかねぇ……』
洗えば洗うほど水が黒くなるプロメを洗浄すること一時間、ようやく人並みに綺麗になったプロメに、とりあえず探せば何でもあるロージス商会驚異のラインナップから服を見つけてプロメに着せる。
そしてある場所に向かいながらミツキはプロメに自分達がどういう存在であるかを簡単に説明していく。
「……まぁ、簡単に説明するとこんな感じね。分かった?」
なるべく分かりやすいようにしたミツキの説明を聞いたプロメは自分を指差し、
「…アヤカシ。」
「そう。」
そしてその後ミツキを指差し、
「アヤカシ?」
「イグザクトリー。」
「…驚かせると、レベルアップ?」
「そうそう。」
「燃やす?」
「それはダメ。」
どうやらミツキの生命力諸々を文字通り半分注入されたプロメは相当な力を得て知能なども成長したようで、幼い見た目の割に聡明だ。
単純に考えてミツキのステータスの内、体力と妖力の半分相当を得たわけなので、半端な相手ならば余裕で叩き潰せるのではないだろうか。
「良い?今の所この街にアヤカシは私と貴女の二人しかいないわ。もし問題を起こせばこの街全てが敵になってしまう。プロメもあの筋肉モリモリの大男に追いかけられたくないでしょう?」
「……それは、嫌。」
「そうねー、私も嫌だわ。でもあの男すごい強いらしいから出会っても喧嘩売っちゃダメよ?」
「…うん、逃げる。」
アヤカシが消滅する条件はヒューマンに干渉しない、つまりは忘れられること。
火という分かりやすいアクションを起こせるプロメですらこの様子では、他の憑喪神系のアヤカシは自己を記憶されることなく消滅していくのだろう。
ゴゴゴッドドドが言っていたという「アヤカシを助けてあげて」とはこう言ったアヤカシを救え、ということなのだろうか。
しかし、情報が少なすぎる。アヤカシを救え、とは具体的にどの程度までのラインなのか、何故自分達なのか、そしてそもそもゴゴゴッドドドとは何なのか。考える程に謎が増えていく現状にミツキの顔が曇る。
(こういう時はミューラの推理力が羨ましい)
「ミツキ……どうした、の?」
「ん?あー、ちょっとね。」
こちらの気分が沈んだのを察したのか、プロメを不安がらせてしまったようだ。
今の自分は保護者なのだからしっかりせねばと気を引き締め、ミツキはプロメを連れて行きつけの服屋を訪れるのだった。
「ハァイ店長」
「あらミツキちゃんいらっしゃい!今日はあの服じゃないのね、何用かしら?」
庶民から貴族まで、安物からオーダーメイドまで良品質を提供するのがモットーだと言うデザイナー兼店長の女性は忙しそうに店員に指示を飛ばしていたが、ミツキ達の来店に気づくと作業を止めてこちらへと来てくれた。
「この子の服を見繕って欲しいんだけど。」
「んー……?綺麗な髪ね、魔法の影響?」
「ん、そんなとこ。」
魔法の影響でこうなることはあるのかは知らないが、向こうがそう思ってくれるなら都合が良いとミツキは適当に肯定する。
「ん、ミツキちゃんはお得意様だしオーダーメイドも受け付けるけどどーする?」
「一番いいのを頼む、ってね。
とりあえず下着数枚と今すぐ着れるもの四着、オーダーメイドも三着ほど少し大きめでお願い。代金は現金一括で。」
「うーん、やっぱりミツキちゃんからはファッション神のご加護を感じるわぁー、服飾に手抜きをしない辺り。」
「そんな神様いるの?」
この店長、何やら「ファッション神」なるものを信奉しているらしいのだが、誰に聞いても知らないとのことなので恐らく民間信仰系の邪神の類だろう。
「あ、そうだ。例のアレ、昨日試作品が完成したから見てくれる?」
「……大まかなデザインとかを見せてまだ一週間よ?」
「ふふふ……アレを見た時、私の中で歴史が動いたと言っても過言ではない……アレを製作する前に私は持っていた下着を全て破り捨てたわ。
………ドロワーズというものがどれ程愚かしいものであるか気づき、新たな世界へと私は目覚めたのよ……」
ただ女性用下着の製作を依頼しただけなのだが。いつもは元々のゲームキャラが穿いていた下着で事足りるものの、プライベートでもそれ一つを使い続ける訳にもいかないので下着を探したのだが、なんとも言えないものばかりだったので無ければ作ればいいという結論の元設計図を描き製作を依頼したのだ。
この世界では女性が下に穿く下着には3つの選択肢がある。
一つ目はドロワーズ、貴族や富裕層はこれを履いているそうだが、ミツキは断固としてこれを拒否した。
二つ目は褌…というか布を股間に巻きつけているだけのもの、正直これでいいかと思ったが動く時に違和感があったので断念。
三つ目は空気、要は直接スカートやズボンを穿くわけだが色々アウトな気もするので却下。
そんな訳で高い服飾の技術を持つ店長に現代地球風の女性下着の製作を頼んでいたのだが、試作品にしても早すぎる完成だ。
と、ここでミツキはあることに気づく。
「………ん?昨日試作品が完成して、下着を全部破り捨てたってことは……」
思わずミツキは店長のロングスカートを見つめる。ミツキの視線に気づいた店長は穏やかな眼差しで一言。
「風ってこんなに気持ちいいものだったのね。」
「こ、こいつ……!!」
彼女が破り捨てたのはドロワーズではなく、きっと人類が最低限保持すべきプライドだったのだろう。
そんな人前では話せないようなことを話しつつも、店長はプロメの身体のサイズを測りメモ帳に書き留めつつ、店員に服を取ってくるよう命令を飛ばしている。
「んー、この子はあれね。大人しそうだけど以外とアグレッシブな子ね、ファッション神がそう告げているわ。見た目もだけど動きやすさが必要ね。エリー!八番じゃなくて十二番持って来て!!」
きびきびと動く姿は仕事のできる女性、と言える姿であり感嘆もするのだが、いかんせん脳内構造が謎過ぎる。
「エリー、そのままこの子の着せ替え手伝ってあげて。さ、ミツキは私が作り上げた神の下着のチェックよ!!」
「はいはい。プロメ、この人達は変だけど悪い人じゃないから大人しく従うのよ?」
「……ん。」
「私も変な人扱いなんですかぁ!?」
従業員のエリーが心外な!と憤っているが、ズボンを試着する男性の尻をガン見しているのは充分変だろう。
「とりあえず貴女のリクエストは可能な限り応えたわ。その……ゴム?ってのは別の素材で代用したけどね。
これがミツキ式女性用下着試作一号【カランカーシャ】。とりあえずミツキの希望した動きやすさを追求したものね。
で、こっちがミツキ式女性用下着試作二号【メルキュリー】。Tバック……これは流行る、確信を持って言えるわ。
そしてこれがミツキ式女性用下着試作三号【フィランフィティ】。私はこれを世に出すべきか今でも迷っている……これは戦争の火種になる、それほどのシロモノよ。」
「ちなみに上から名前の意味を教えてくれるかしら?」
「古い王国言語で「無垢」「誘惑」「啓発」ね。」
何気にカッコいいのが腹立つ所だ。とにかくミツキがすべきことは良き場所を褒め、悪い場所を指摘する事だ。
「まずカランカーシャね。これは完璧、今すぐ三つ……いえ、四つサイズを作って量産体勢に入ってもいいわ。製法売ったらお金になるんじゃない?ロージス商会なら取り扱ってくれそう。
次にメルキュリー。うん、こういうのもあるよと教えた私が馬鹿だったわ。前の布をもう少し大きくしなさい、アウトとかじゃなくてチェンジ。
最後にフィランフィティだけど……うん、オリジナルなのは分かるけど何故一番隠すべき場所と二番目に隠すべき場所をフルオープンにしてるのか釈明してもらえる?」
「人は何故隠す必要があるの?本来の姿を取り戻す事は「悪」ではないはずよ?」
「大事な部分だから隠して守るのよバカヤロー」
力持ちの妖気は無くなっているとは言え充分に力の強いミツキのデコピンが店長を吹き飛ばす。ゴロゴロと壁まで転がって行った店長だったが、壁にぶつかって止まると何でもなかったかのように立ち上がる。
「顔はコミュニケーションの門。ファッション神の加護のお陰で傷は付いていないようね。」
「何それ怖い。」
ファッション神恐るべし。
一度や百度のデコピンで治る頭でない事を理解したミツキは、方向を変える事にする。
「三号の封印を条件に新たに二つの設計図を渡すわ。」
「ッツァイッハァッッッ!!!」
表現のしづらい叫びと共に三号フィランフィティがゴミ箱に叩き込まれる。振り向く店長の顔は「はよ」と如実に物語っている。馬鹿と天才は紙一重とはよく言うが、真実は馬鹿と天才はハーフアンドハーフ、だろう。
「(さらばフィランフィティ……貴女は生まれてくる世界を間違えた)とりあえず子供用と紐パンね、大体こんな感じ。」
「素晴らしい……ミツキ、貴女の頭には神秘の星空が広がっているに違いないわ。」
「それ褒めてる?」
「最上級よ。」
「あら、可愛く仕上がったわね。」
「……ん」
成る程、黒いゴシックなコートに膝丈のスカート。店長だけでなく店員の審美眼も優れているのがこの店のよいところだ。
「ええ……店長は?」
「試作四号と五号を作ってもらってるわ。」
「あー、あの新型下着ですかー。個人的には二号が好きですねー」
「一号だけで良いわよ……代金は?」
「銀貨13枚ですけど……」
「あー、そこのフード付きの奴も頂戴。14枚でいい?」
「あ、それ込みだと15枚です。」
袋から銀貨を取り出し机の上に置く。枚数が一枚多かったが、チップという事でいいだろう。
「釣りはいらないわ。」
「ひゃっほう!臨時収入!!」
他の従業員達が羨ましそうな目でエリーを見ているが、こればかりは運としか言いようが無い。
数日後、ミツキの許に試作四号【フラウフラーレ(幼さ)】、試作五号【エルガンティガ(背伸び)】が届いた訳だが、どっちがどっちだったのかは言わなくても分かるだろう。
そしてその翌日、ロージス商会全面協力のもと革新的女性用下着【M・カランカーシャ】が発売され、服飾の歴史に革命が起きたという。ただ、その「M」の意味を知るのは、一部の人間だけだが。