プロローグ甲
よろしくお願い致します。
【アヤカシ戦記オンライン】というゲームがある。
プレイヤーは人間ではなく、【アヤカシ】という妖怪をモチーフにしたキャラクターで異世界へと降り立ち、NPCの【ヒューマン】に対しアクションを起こすことでレベルアップ、最強のアヤカシを目指せ!といったものだ。
このゲームの面白い所は、選んだ種族によってヒューマンに対するアクションに変化が生じる点だ。
例えば鬼ならば、ヒューマンの村を襲い、時に己を征伐に来る戦士団を迎え撃ち、倒したヒューマンを「喰う」ことでレベルアップする。
狐や狸ならば、道往くヒューマンの旅人を「化かす」ことでレベルアップする。
怨霊は、富豪などのヒューマンを「呪う」ことでレベルアップする。
珍しい所では、座敷童などのタイプはヒューマンの暮らしを「助ける」ことでレベルアップをする。
そこそこのグラフィックに、選べる種族の多様性、そして洋風ファンタジーに日本の妖怪の要素を取り入れたオンラインゲームとして、アヤカシ戦記オンラインはそこそこのプレイヤーを獲得した中堅オンラインゲームとなった。
「くっそ……どの【百鬼夜行】も狐妖・鬼・天狗オンリーばっかかよ………」
ディスプレイの前で思わず悪態をつく青年。百鬼夜行とは所謂ギルドのようなものだが、他のゲームよりもその束縛は緩く、普段はソロでプレイしてイベントがあれば誰かの百鬼夜行に加入……実質ギルドであり、臨時パーティーであるとも言える。
だが、今回のイベント【深紅の月の吸血鬼】のボス【吸血大公ドラキュラ】は凄まじい機動力に加え時間経過での三日月天頂時に発動する【串刺し月光】を回避する為に、どうしても素早さが必要になる。
そして、その条件をクリアする【天狗】にアタッカーとして重宝される攻撃型の【鬼】、そして天候を変化させる高位妖術【現世化かし・天】を習得できる【狐】の種族が攻略に適した種族と攻略班が結論を出した。
その為どの百鬼夜行もこの三種族を募集しており、他の種族は例え高いレベルを持って高威力の妖術を習得していたとしても、パーティーから弾かれてしまうのだった。
そして、【吸血大公ドラキュラ】に対しては全く意味のない狐系アヤカシと対をなす【現世化かし・地】を習得し、防御型の種族故に素早さを捨てている【狸】のアヤカシは言い方こそ悪いが論外なのである。
「前回のイベントが狸系必須だったからなぁ……その代償と考えれば仕方ないのかもしれんが……くっそー……」
前回のイベント【渓流に吼える魔人狼】ではフィールドを変化させる事の出来る狸系必須のイベントだっただけに今回は狐を優遇する、という事だろう。それはいい、このオンラインゲームはイベント毎に有利な種族が変わるのはよくあることだし、どれか一つの種族が最強という事もない。
……「とりあえずどのイベントにも絶対にいる」鬼だけは例外かもしれないが、それでも鬼は攻撃型か防御型かでほぼ別種族と言っても良いし、何より鬼は他の種族よりも強いのを代償に「ステータスの振り直しが出来ない」というデメリットがあるので鬼安定、とは言いづらい。
だが、彼にはどうしても、どうしても今回のイベントを逃すのを悔やんでしまう理由があったのだった。
その証拠に、ディスプレイの中で【盟友】登録を交わしたプレイヤー達との会話ログが流れていく。
『深月:ぬああああ花鳥風月の羽織ぃぃぃぃぃいいいいん!!!』
『ZASHIKING:こればっかりは残念としか言いようがないww』
『たらこ天狗:実は私手に入れました(小声)』
『深月:君の就職先が決まったよ、焼き鳥屋だ(ノ〆ಠิ益ಠิ)ノ :・’.::・>+○┏┛焼却炉┗┓』
『たらこ天狗:せ、せめて大手チェーン店のフライドチキンに!!フライドチキンに!!』
『ZASHIKING:フライドチキンへのこだわりwww』
『たらこ天狗:まぁ深月さん、前回の最高脅威報酬の【山紫水明のハイカラ】一式最速で揃えてたじゃないですかやだー』
『ZASHIKING:お陰さまで我々も最速組になれたしねー感謝感謝。』
『深月:たらこさん。』
『たらこ天狗:はーい?』
『深月:いくら出したら羽織譲って頂けます?』
『たらこ天狗:ちょっw』
『ZASHIKING:なりふり構わず過ぎwwwww』
そんなログを残しつつ、画面の中では盟友が集まる囲炉裏を囲むように明治時代の女学生を思わせる夜の渓流をモチーフにした服を着た「狸」の少女のキャラが膝と両手をついて土下座のポーズをとっており、その近くでは宙に浮遊する座布団の上で茶を飲む少年の「座敷童」と、一見しただけでは性別が分からない「烏天狗」が何故か踊っていた。
「うぬぬ……」
『深月:うぬぬ……』
PCのディスプレイの中の狸少女と同じ台詞を口から漏らすこの青年、当たり前だが男である。
彼の名は周防 三樹二十歳。いわゆる「ネットおかま」通称ネカマというやつだが、別に女になりきりたいとかそう言う訳ではなく、ただ単純に「野郎を着せ替えるよりも美少女を着せ替える方が楽しいから」という理由である。
そして、自分の名の漢字を変えただけのアバター深月はプレイヤーの趣味と情熱の結晶である。
三樹の思う「理想の女性像」を体現したと言っても良い深月は、茶に近い緑茶色の長髪を背中の中央当たりで一つに束ね、目は若干垂れ目で人なつっこさを感じさせる。背丈は割と高身長、体躯は程良い恵体。
そしてアバターを着飾らせる為だけに本気でイベントを攻略しに行った結果、前イベントボス【魔人猛狼ライカンスロープ】を最高レベルの脅威(難易度)で倒した際にドロップする明治初期の女学生をイメージした【山紫水明のハイカラ】一式を装備し、さらにわざわざ足装備だけを足袋+下駄(そもそも袴なので殆ど見えないにも関わらず、だ)に変えるという徹底ぶりである。
『深月:しかし諦めきれない。今回の【花鳥風月のハイカラ】の羽織装備は求めてたデザインドンピシャなんですよぉー……ううう……昨日ソロで行ったけどボコられましたし……』
『ZASHIKING:狸で最高脅威ソロ挑戦とか自殺wwww流石は「チャットログもキャラクターが喋ったと考えたら俺とか使う気にならない」とかのたまった深月ちゃん様ですわー情熱が桁違いですわーw』
『たらこ天狗:まぁまぁ、前回の恩もありますしドラキュラに挑むならお付き合いしますよー^^』
『深月:ヨシ行こうすぐ行こう今すぐ行こう!!攻略チャートは既に考えてありますし!!』
ちなみに、この攻略チャートを考えるのに、ここ数年で最も頭を使ったと三樹は自信を持って言える。
『ZASHIKING:その情熱をもう少しリアルに傾ければいいものを……』
『たらこ天狗:割と手間暇かかるドラキュラ戦の準備を速攻で完了してるその姿に説得力無いですよ(笑)』
『ZASHIKING:なんとなくこの流れは予想できてたんでwww温存してましたwwww』
『深月:なんか遠文来た。』
『ZASHIKING:狐帝さんからの一式揃えた記念の自慢に一票』
『たらこ天狗:私も。』
ログを読み流しつつ、受信した遠文を開くと……
『送り主:狐帝 さん
題名:一式揃えたったったったったwwwwwwww
本文:花鳥風月の羽織ダブったから装備強化で一つにまとめましたぁww
羽織がダブるもんだから一式揃えるのに苦労したよwwwwwそっちはどう????w』
分かっていたし、覚悟もしていたが、SS添付で送られて来たのにはムカついた。
『深月:はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんっっっ!!!!!!!』
『ZASHIKING:深月ちゃん様氏が壊れた!!』
『たらこ天狗:ちゃん様氏って愛称?敬称?』
『深月:あの狐は許さん、毛皮にして雑貨屋に二束三文で売り祓って殺る』
『ZASHIKING:変換ミスから殺意満ち溢れすぎぃ!!』
『たらこ天狗:というか確か【霧祓の剣】泥出した時、深月さん自慢遠文狐帝さんに送ってませんでした?』
『深月:それとこれとは別問題なの!!』
『ZASHIKING:酷い横暴を見たw』
【狐帝 さんが入室しました】
と、囲炉裏の四つ目の座布団に新たなアバターが現れる。
狐耳と尻尾を備えた伊達男という言葉が似合う吊り目の男性キャラクターが、三樹の求めていた花鳥風月の羽織の男性バージョンを装備して座布団の上に胡座で着席する。
『狐帝: 帝 王 の 帰 還 で あ る 』
『たらこ天狗:やっほ狐帝さん^^』
『深月:ええい見せびらかすな!そもそもアンタバリバリの前衛だからその羽織使わないじゃないですかぁ!』
『狐帝:後方援護担当の癖に最高レア度の業物ゲットした狸に言われたくないっすわー』
『ZASHIKING:あれ確率0.1%切ってるとか頭おかしい泥率でしたからねぇ……w(遠い目)』
『深月:交換できるなら今すぐ質屋に叩き込むわよ……』
後方援護タイプである深月にとっては完全に無用の長物であり、今も蔵の中で眠っている現在でも最強武器の一角とされる業物を思い出しつつ、道具整理を済ませる。
『ZASHIKING:じゃあ四人目来たんで野良で適当に一人集めてドラキュラ叩きに行きますかwww』
『狐帝:えっ、なにそれ聞いてない。』
『たらこ天狗:残念ながらあなたが来る前に決まってました……w』
『深月:オラさっさと行くわよ狐畜生。』
『ZASHIKING:口調ww』
『狐帝:狸畜生がwww』
『たらこ天狗:それだとZASHIKINGさん以外大体獣畜生に分類されそうなんですが……(笑)』
数分後、あるサーバーのイベントクエスト、野良アヤカシ募集一覧に「種族問わず、死亡上等、道具をドブに捨てる覚悟のある挑戦者求」と書かれた依頼書が張り出された。
大体更新は三日に一度、長くて一週間に一度くらいを予定しております。