そのいちよ。
**アクリナお嬢様と婚約者のエドワード様の場合**
最近気づいたのだけれど、わたしの周りの人って意地悪な人が多いと思うの。
16にもなって気づくのが遅いって?確かにそうかもしれないけど、これはわたしが鈍いからじゃなくてみんながいじめた後に優しくするから気づきにくかっただけだとおもの、きっと。
それを証明するために私のある一日を話すわね。そうね、・・・・・・婚約者であるエドワード様のお話がしたいわ。
とある有名な、でも一般人にはちょっとお高い喫茶店。ここはこの街で一番美味しい紅茶を入れてくれるからお散歩の時間や貴族のデートスポットとして有名なのよ。
そんなお店のテーブルにわたしと一緒に座っているのは社交界では知らない人がいないほどの有名人であり、またわたしの婚約者でもあるエドワード様。
エドワード様はわたしと同じで16歳。家柄もよくて顔もいいからたくさんの女の子から人気なのよ。よく「今日はエドワード様を見かけることが出来たわ!」とか「エドワード様の従兄弟の友達の弟の幼なじみのお茶会にお呼ばれしちゃった!あぁ、エドワード様ぁ・・・!」と言っているのを聞いたことがあるの。エドワード様はみんなから好かれているのね。
でもどうしてかわたしにだけはちょっと意地悪なの。
「こんにちは、エドワード様」
「こんにちは、ヒマワリのように馬鹿でかい顔のお姫さま」
わたしとエドワード様の会話はこのようなかんじで始まるのよ。
ちなみに前回は「雑草のようにあっけなく踏まれるのがオチなお姫さま」だったわね。ちょっと昇格したわ。
「噂どおりここの茶葉は独特なものを使っているんだな。すごく美味しいよ。目の前にいるのが君じゃなくてアネッサだったなら何度でも誘いたくなってしまうな」
それはつまり「わたしと一緒に飲む今のこの時間は最低だ」ということかしら。ひどいわ。
アネッサというのはわたしのお友達の女の子。さばさばした性格だけどとても可愛くて優しいから女の子にも人気なわたしのお友達よ。もちろんわたしにも優しくしてくれるわ。
それならアネッサとお茶をすればいいのに、どうしてわたしと飲んでいるのかしら?
今日エドワード様をここにお誘いしたのはわたしだけれど、別に断ってもよかったのに。はっきり言ってくれないなんてひどいわ。
「あ、そうだわ!今度はアネッサもお誘いして3人できましょう?そうしたらエドワード様も楽しくなると思うわ」
きっとエドワード様はアネッサが好きなのよ。
本当はアネッサを誘いたかったのだけれど、きっかけがつかめなかったのだわ。
わたしと婚約したのもアネッサの気をふり向かせるための作戦だったのね。この前読んだ本の男の子も好きな女の子に嫉妬してもらいたいがためにやっていたの。エドワード様もそうだったなんてびっくりだわ。
でもあらかじめ話してくれたら、いくらでもお手伝いしてあげたのに。
「・・・・・・は?それもしかして本気で言ってるの?頭の中は空っぽどころか変なものでも住ませてる?というかバカ?」
なのにエドワード様ったら額にシワをよせていつもみたく意地悪なことをいうの。仮にも婚約者なのに、ひどいわ。
それにアネッサとの仲をとりもってあげようとしているのに。
あ、もしかしてわたしという「婚約者」の存在を気にしているのかしら?
確かに今の状態で告白しても--嫉妬が目的ならもう果たしているのだからそろそろアネッサに告白するはずだわ。そしてわたしには別れ話をするのね--アネッサの方からしたら「アクリナという婚約者がいるのにわたし愛を告げるなんて!」と思ってしまうかもしれないわね。そうなったら大変だわ。
「エドワード様、心配しないで。今日はエドワード様に婚約解消について話そうと思っていたの」
「は?・・・・・・・・・・・・は、はあぁっ!?」
今日エドワード様をお呼びしたのはこの解消についてとわたし達の将来について考えを聞こうと思っていたの。なのにアネッサに対する想いを知った今では好都合だわ。ラッキーね。
「大丈夫よ。お別れしてもわたしはかまわないの。実はエドワード様のほかにもわたしと婚約をしたいと言ってくれる物好きな方がいるの。だからエドワード様がお別れを望んでアネッサとお付き合いする際、わたしのことを気にすることはないわ。だから安心して」
「待て。今すぐその口をとじて腹立たしい声を俺に聞かせるな」
わたしは言いつけどおり口をとじたわ。
返事は決まっているとはいえエドワード様にも考える時間というものがあるもの。
エドワード様は彼にしては珍しくも紅茶の入った飲みかけのティーカップを音をたてて置くと、わたしに早口でこう言ったわ。
「ふざけるなよ。ここまでこぎつけるのにどれだけ俺ががんばったと思う。ここまでくるのにどれほどのプライドを殴り捨てたか知りもしないで好き勝手ほざくなバカが。お前はバカなんだからバカらしくしてればいいのに変な知恵つけるな、このバカ。婚約破棄?そんなことできるわけがないだろう」
なにのエドワード様ったら考えるそぶりもないままいつもの悪態をついただけ。ひどいわ。
「エドワード様」
「黙れ。この紅茶をかけられたいか」
「いいえ、悪いとは思うけど黙らないわ。よく考えてみたらこの婚約はエドワード様のほうから望まれたので、わたしが断ることも・・・・・・」
最後まで話すことはできなかったわ。
だってエドワード様ったら本当にやったんだもの。ひどいわ。紅茶が冷めていてよかったけれど、ドレスは濡れちゃったし、周りの人もおもしろそうにみているわ。
そう、この婚約はどうしてかエドワード様のほうからのぞまれたの。
わたしの国は他の国と違って婚約は一方の言い分で解消できるという法律があるのよ。もちろん結婚はダメで婚約の場合のみに限るわ。なんでも昔、色々な女性に求婚された王様が「好きでない者となぜ結婚せねばならぬのだ」と発言したことがきっかけみたいなの。
つまり、わたしはエドワード様と婚約を解消することはできるのよ。
「あ・・・・・・・・・」
「もう、ひどいわエドワード様ったら。・・・・・・とにかく、今日はその話がしたくて会いたかったの。後はわたしが書類をやるだけだからエドワード様の手を煩わせることは何一つないわ。だから安心してほしいの!」
ずぶ濡れになったのは全然気にしてないわ。だってこの後すぐに迎えがくる予定だから、このみすぼらしい姿をみる人は少ないものね。それに新しい服を買うか洗って乾かしておけばいいだけだもの・・・・・・ヴェルハスには、かなり怒られるだろけど。
「アクリナ様、お迎えにあがりましたー」
「あら、ヴェルーナ。さすがね、本当に時間どおりだわ」
「当たり前ですっ。わたしが遅れたりなんかして、アクリナ様と婚約者なんかを二人きりにさせ続けるわけにはいきませんもの」
本人を前にして「なんか」扱いしたわ。でもエドワード様は呆然としてて聞いてないみたいだから安心ね。
それにしてもエドワード様はずっと呆けているけど、まだ紅茶をかけたことを気にしているのかしら。別にいいのに。
「それじゃあ、エドワード様。今までありがとうございました。エドワード様の恋人なんて、わたし本当に夢のような日々だったわ。どうかアネッサとお幸せにね」
わたしはまだ固まっているエドワード様をそのままにしてヴェルーナと一緒に家に帰ったわ。このままわたしが残っていてもエドワード様にとっては迷惑なだけだと思うの。それよりも早く書類を仕上げたいのだし、アネッサにもエドワード様のことを話さないといけないわね。
こうしてわたしとエドワード様はずっと円満、というのかよくわからないけれど、とにかくさっぱりとお別れをしたのよ。
それにしても今思えばエドワード様はずっとわたしには悪口しか言ってなかった気がするの。ひどいわ。
余談だけど次の日のお話よ。
エドワード様から数枚の謝罪文と何十着ものドレスと大量の恋文が届いたわ。謝罪文とドレスが送られてくるのはわかるわ。別に新しいのをくれなくてもよかったのに。
問題はこの恋文ね。宛名書きがあるのは一番上の手紙だけで残りは束になって送られたわ。とりあえず一枚目だけ開いて中を読んだけれど「俺が婚約したいのはお前だけだ」とか「狂おしいくらいに好きだ。気づいたらお前のことばかり考えてしまうんだ。このままではどうにかなってしまう」とか「どうしても素直に気持ちを伝えられない」とか「俺の本音を、この想いを伝えたい。だからどうか俺と会ってくれ」なんて書いてあったの。
エドワード様ったら恋文を渡す相手を間違えているわ。宛名はわたしになっているけど中身はアネッサへの手紙じゃないの。しかたがないからわたしがきちんと橋渡ししなくちゃね。
私はエドワード様にそのことを手紙で伝えると、その恋文を未開封のものつまり一枚目以外の残り全部をアネッサへと送ってあげたわ。
「アネッサが相手だから勝てるとは思わなかったけど、でもどうせ終わっちゃうならわたしの気持ちも伝えちゃえばよかったわね」
でも今思ってももう遅いわよね。
またエドワード様に会ったりしたら絶対他の人に誤解されちゃうから、もうエドワード様に会うのはやめた方がいいのかしら?