その聖女、苛烈
いざ死地へという身支度の最中に異世界へ誘拐(召喚)された人間とかいるかもしれない。と考えたら「そりゃ怒髪天も突くよね」と思った勢いでできました。盛り込む設定が完全に趣味に走っていながらソコにたどり着けないマイクオリティです。
ぽたりと雫が落ちた。
濡れた体を拭うための布を取ろうと伸ばした手は空を切り、自分の周りを包んでいた空気が変わったことを悟ると同時に舌打ちを零す。
周りと見回すより早くバサリと随分と吸水性の悪そうな布が降りかかってきた。
しゃらんと、布についた装飾品がぶつかり合う音が耳障りだ。
余計な装飾をつけるくらいならもう少しマシな機能性を付随するべきである。伝えて通ずるかは受け手の技量に寄るが。
「聖女さま」
下を向いたまま動かないこちらへ向けての言葉に、ざわりと感情を逆撫でされる。音が言葉と認識される。翻訳ツールが雑音を拾い集めて学習を開始したようだ。
――― 、いま「聖女様」と、言ったか?
胡乱気に顔を音の方向へ向ける。
皺と脂肪が寄った老年の男が立っていた。てらてらと光沢のある白い布を無駄に縫い合わせたような装い。体型は丸型。無駄に脂肪がいっぱいのようで、良いエネルギータンクになりそうだと視覚情報に演算機能が無駄に計算を始める。首謀者の一人なのか、それとも此方へ呼び寄せた本人だろうか?
老年の男へと目を合わせ、口を開く。
『私を元の場所へ戻せ』
要求は短く完結に、無駄な時間を生きるなど許されないのだ。
発した言葉がこちらの言語である為に、伝わらなかったようで取り囲む空気に困惑が浮かぶが知ったことか。
何がしか、意思を感じる手を向けられて身を引く。状況、周りに目だけで見回す。思考を走らせ確率の高い可能性を採用する。
「必要ない。言語は十分に把握した。」
「なんとっ?!」
ざわりと周りの空気が動揺を見せる。この程度でか、と眉間に皺がよった。
「再度要求する。私を須らく早急にもとの場所へ戻せ。」
「聖女様!どうかこの国をお救いください!」
ひれ伏すように大仰に言葉を継げる者ども。ビキリと額に青筋が浮かぶ。怒りは頂点を突破しているのだ。頭から被った布の間から覗く眼力は死ねといわんばかりの鋭さで言葉を発した者を睨む。
ひっと息を呑む音すら厭わしい。
懲りずに言葉を紡ごうとした男の呼吸すら止めたい思いのまま感情を吐き出した。
「知ったことかっ!己が力でできぬことを他力で願うくらいならばとっとと滅びてしまえ」
一喝の後、感情を削いだ静かな独白に空気が凍った。
「…随分と過激な聖女様のようだ。非礼は幾重にも詫びよう。されど、どうか力をお貸しいただけませんか?」
カツンと凍った空気を物ともせず上位者と思わしき男が前に立った。
髪の色は銀に光って見える紫。こちらも上等そうな光沢のある布に光の加減で浮かび上がる精緻な刺繍にかなりの位の高さを窺わせる。
「図太いな」
男の台詞に考える間もなく言葉を返す。
「そちらの事情を知って手を貸せば、貴様らは私を元の世界もとの時間へ還してくれるのか?」
「もちろんです」
「嘘だな」
間髪を入れずに頷いた男の言葉に一切の真実を関知できない。故に此方も即答で断ずる。
さすがに男も顔を強張らせた。
「貴様の地位が宰相、もしくは知略戦術部隊の長としてもお話にならんな。ゲノムからの再調整を・・・言っても無駄か」
「貴女は神が御遣わした聖女様でございましょう?」
凍結から再生した老年の男が酸欠のように喘いで言った。
ふんっとその様を鼻で笑う。
「神なぞ知らんし、いらん。偶像を崇めたてて生き延びられるほど私の生きる世界は生易しいものではない。こちとら優秀な人材を、此処最近、腹立たしいことに誘拐されまくってほとほと迷惑している。いい加減にしてくれないか?」
銀紫の男は怪訝な顔をした。その表情に偽りはないようだ。
「聖女様」
そうして莫迦の一つ覚えのように繰り返す老年・・・むしろ老害か。壊れた機械よりタチが悪い。
感情の高ぶりにふわりと空気が揺れる。火に油しか注がない連中にもう十分だろうと理性が本能の箍を緩めようとするその絶妙な瞬間―――
ぱんっと乾いた音が響いた。
「お話が平行線なようなんで、やったら、ひとつ、ここいらへんで双方落ち着きましょやぁ」
独特の訛りのある口調で痩身の男が割って入ってきた。伸びっぱなしの赤茶けた髪を雑に後ろにまとめて、鼻先まで伸びた髪が目元を完全に隠している。身長は180は越えているようだ。腰に帯剣している周囲を固めている武装兵の一人と判断できる。
リーダー格らしき立場の男がギョッとしているようなので、この発言は完全に痩身の男のスタンドプレーか。
乾いた音は男が打った手の音だったようで、今はその手のひらをすり合わせている。
口元は楽しげに弧を描いている。
「ライゼン・フェムジルトッ貴様、たかだか近衛兵の分際で無礼であるぞ!」
「あー、はいはい、さいですねぇ。無礼は真にごもっとも、処罰は後ほどいくらでも食らいますよって今は堪忍したってや」
茶化すように軽い言葉に上司の男の短く刈り上げられた髪が感情に煽られて逆立つ。
「貴様っ!なんだその口の利き方はっ!?」
「キングス団長。俺、真っ裸の女つるし上げる為に騎士になんぞなったんちゃうんよ」
上司に向けられた表情は前髪に隠れて判然としないものの、その言葉にはこの場に対する不快感を明確に示していた。
「なっ?!」
少し冷静に周りを見回してみれば、女一人を複数で取り囲んで入る状況ははっきりいって大人気ない。しかも突然現れた相手にろくな説明もなく、いい年をした大人が「助けてくれ」など、恥しかない。プライドはないのかと、これが仕える国の姿ならばどうして幻滅しないと思えるのか。
赤茶の髪の騎士の言うことは至極真っ当である。
「まともなヤツもいたのか」
ある意味出鼻を挫かれた、他称聖女は頭からすっぽりと被っていた外套を中から胸元を押さえることで首を振って外した。
水を含んだ黒髪が細い束状に2,3本頬に滑り落ちる。肌の色は多少青白くはあるが白皙と証するよりは健康的な肌色をしている。
「湯浴みの最中か出たところ、っちゅー感じやな。もっぺん温もって、着るもんやな」
他称聖女を上から下まで見、顎に手を添えて呟く騎士--ライゼン。
「おい、お前」
まじまじとライゼンを見返した他称聖女様は目線で「来い」と言わんばかりにして、さらに追撃として顎をしゃくって問答無用とした。
「・・・、・・・」
ライゼンはその乱暴の仕草に一瞬呆気にとられ、機を取り直して直ぐに上司であるキングスへと顔を向けた。顔を向けられた団長は、表情筋をピクピクと痙攣させながらもチラっとさらに偉い地位にいるであろう贅肉達磨と銀紫の優男へ目を向ける。
呆然としている達磨はそのまま動けず、かわって額に青筋を浮かべている優男はしぶしぶと頷きをみせた。ソレを目に確認してからライゼンは他称聖女の前へと立つ。
「・・・騎士、だと?」
「ええ、まあ、はい」
目の前に立ったライゼンを今度は他称聖女がじろじろと上から下まで眺め、呟いた。
話しかけたというよりは完全な独り言の口調だったが、眺め回された騎士は居心地悪そうに身じろぎしてから頷いた。
「似合わんな」
一通り眺め回して他称聖女はばっさりと言い捨てた。
「・・・それは、どうも、、すみません?」
固まった空気はさっきから解凍される端から凍っている気がする。戸惑うというよりはどう答えていいのか心底困った風にライゼンは謝罪を口に乗せつつ首を傾げるしかない。
「コレはお前か?」
「あ、それは俺やありません」
自分に掛けられた外套を示唆して問う言葉に騎士はきっぱりと首を振って否定した。では誰が?という言葉にしない問いかけにライゼンは申し訳無さそうに首を振るだけに留める。知らないのか、いえないのか判断材料が少なすぎる。眉間に皺を寄せた他称聖女に
「ええと、とりあえず無礼を承知で一つよろしいでしょうか?」
誤魔化すというよりは少し切羽詰った感じで騎士は他称聖女に伺いを立てる。
「聞こう」
「適うのであれば、湯浴みと身づくろいを整えさせていただけませんか?」
「・・・とっとともとの場所へ送り返せという要求は言うだけ無駄か」
更に深い溝を刻んだ他称聖女に、騎士は前髪で隠れた視線をつかの間何処へとなくさ迷わせてから恐る恐ると身を屈め顔を差し出して言った。
「・・・ええっと、その、なんやったら一発殴っときますか?」
「なんだそれは?」
ライゼンの意味不明な行動に、他称聖女は胡乱気に問い返す。
「や、ちょっとしたガス抜き?といいますか。自分にはその、どうすることもできませんよって、そんで、まあ、憂さ晴らしの足しにならんかな?と」
「はあ・・・なんなんだお前は」
「一応この国の近衛騎士?しとります。下っ端な方ねんけど」
「下っ端か、随分と肝が据わった下っ端がいたものだ」
他称聖女の呆れた言葉と首を振る仕草にライゼンは姿勢を戻す。伝えるべきを伝え答えを待つ姿に他称聖女は周囲にもう一度目を配った。
「お前が運べ」
そうして出た結論は短い。
「よろしいんで?」
「許す」
許可を得た騎士は「ほなら、失礼して」と断りを入れて他称聖女に触れる。壊れ物を扱うような丁寧な仕草で背中を支え、両膝を掬い横抱きに抱き上げた。歩き出した後ろにぞろぞろとした付き従う気配に腕の中の機嫌が急降下するのを感じる。
「ぞろぞろとしたのが好かん」
ぼそりと呟かれた言葉にライゼンは扉の前で立ち止まる。
「せやったら、世話をする侍女を一名。御指名いただけますか?」
「お前の・・・いや、其処の隅にいる女。アレが良い」
他称聖女を抱き上げたまま振り返り、周囲に立つ者達が見えるように右から左へと踵を軸にして動く。指名をライゼンに投げようとして目に留まった年端もない少女を指差せばライゼンはこくりと頷いた。
「承りました。アーロ」
もはや上司に伺いを立てることもなく、騎士は己の意思で侍女の名を呼ぶ。
「”アーロ”、か。・・・”ラ・ナデーィル”?」
「”ツェスト”です。」
近くへ控えた侍女に他称聖女は言葉をかけた。侍女は丁寧に礼をして問いかけに対して答えた。
「そうか、よろしく頼む」
「ヤー・マム」
不思議なやり取りに周囲は怪訝に眉を寄せたが、双方の意思疎通が完了したと見取ったライゼンは歩き出した。
両手の塞がったライゼンの為というよりはその腕の主のために侍女は前に進み扉を開けた。
「聖女様っ」
「夢が見たいなら勝手に寝ていろ。どうせ見るのは悪夢しかないがな」
なおも悲愴な声を上げてみせる者たちへ一瞥もせずに拒絶の言葉を投げ捨て三人はその場から立ち去った。
他称聖女の戦場は宇宙です。スペオペです。誘拐(召喚)先は剣と魔法のファンタジー。最近は近代兵器ファンタジー世界でヒャッハー設定も増えてきましたし、銀○伝風世界とつなげてもイケるんじゃないか・・・なんて思いつきでした。
宇宙空間でリヴァイアサンさんが人類の敵してますなので「サイズからして話にならんわ」とかどうでもいい啖呵切らせたかった(力不足)