真面目な先輩がいるとサボリにくいです
精霊局の通常業務をこなしつつ、ショーのための話し合いを重ねて、悪役さんから稽古を受ける。
そんな日々。
帰宅する頃にはもうくたくただ。
「は〜。ベッドだ〜」
就寝の身支度をしたステラは、お気に入りのベッドに疲れた体をゆだねる。
布団の柔らかさとぬくもりは、いつだってステラを幸せにしてくれた。
だが最近は、寝ている時以外でも、なんとなく充実感がある。
(大変なはずなのに、このところ不思議と毎日が楽しいんだよね)
それは最近の仕事が楽しいからだ。
(やりがいがあるというか。自分の能力を再確認できるというか)
心地良い疲労感に任せて、ステラは目を閉じた。
明日の朝も、ステラにはやることがあるのだ。
精霊局の事務室では、何度もミーティングがくり返された。
「このショーの目的は三つです。精霊局の知名度向上。精霊術への理解を深める。娯楽作品として観客を楽しませる」
テラダさんは指を三本立てながら話した。
ちなみに、今は悪役さんは不在だ。
彼は冒険者でもあるのだ。今日はそちらの仕事をこなしている模様。あるいはどこかでダラけているか。
「やはり最初のつかみが重要じゃよ! ド派手で、注目を集めるようなものが良かろうな!」
オーガスト局長の単純すぎる意見に、テラダさんが静かにうなづく。
「同感です」
(ほへー、これはめずらしいかも)
「ほうほう! では、火花をバチバチ飛ばしたり、ぶわーっと火柱を燃え上がらせるのはどうかね? どう思うかね!?」
目を少年のように輝かせながら、局長がたたみかける。
(また過激なことを……)
どうせ慎重派なテラダさんの理屈めいた反論によって、却下されるのがオチだ。
ロートルディの街の精霊局での、いつものお決まりのパターンである。
「……最高です。局長!」
「じゃろ、じゃろ〜!」
「えっ!? ちょっと、良いんですかっ?」
あわてふためくステラ。
実際にステージの上に立つのはステラなのだ。
いくら局長が熟練の精霊術師だからといって、爆発や炎を身近で起こされてはたまらない。
「あっ、あの! こればかりは主張させてもらいますけどっ!」
引っこみ思案のステラとはいえ、ここは自分の意見をいうべきだ。断固として主張しておくべきだ。
死人に口なしというではないか。
「軽々しく火を使うのは反対です! 火ってすごく危ないし、怖いじゃないですか!」
「あー、うん。そうじゃね〜、熱いし危ないよ〜。……やっぱしダメかのう?」
オーガスト局長、ちょっとしょげる。
(ふう、危ないところだった。局長は唐突だけど諦めも早いから、助かったよ……)
しかしステラ渾身の自己主張は、テラダさんの思惑を動かすことはできなかった。
「危険なものだからこそ、ショーの題材として適していると考えていたのだが。もちろん安全対策は徹底するつもりだ」
「そんなー!? 堅実なテラダさんとは思えぬ発言ですよ!?」
「身近に存在している危険なものだからこそ、その仕組みや対策を紹介していく意味があるはず」
「そ、そうですけど……」
状況次第でコロッと考えを変えるオーガスト局長と違って、テラダさんが納得するだけの反論を用意するのは至難の技だ。
ステラのたどたどしい話術では、ほぼ不可能。
防火と消火も精霊局の仕事の範疇だ。
もっともロートルディの町では、大きな火事はまず起きない。
レンガ造りの建物が並び、石畳の広場や路地のある町は、火の精霊がお気に召す環境ではないからだ。
それでも年に何度かは、火精霊暴走災厄、通称火災が発生する。
オーガスト局長やテラダさんが現場に直行する姿をステラは何度か見ている。
原因は様々だ。
道具の誤作動、子供の火遊び。
魔法使い連合が実験に盛大に失敗したりとか。
「えー……、まあ、たしかに……? い、意義のあるショーになると思いますがー……、私としては異議があるといいますかー……」
テラダさんがコクリとうなづく。
「ああ。有意義な情報を発信していきたい」
「そ、そうですよね……」
火は刺激的だ。インパクトがある。人々の注目を引くにはうってつけ。
知名度に悩む精霊局としては有効活用しない手はない。
暴走した火に対処するという、精霊局の仕事の説明にもなる。
着火のメカニズムや消火方法を子供たちに教えるのは、意味のある活動だ。
「もっとも、実際にステージの上に立つのはステラとあの冒険者だ。何かの事情で火に対して強いトラウマがあるのなら、無理じいは出来ないが」
(くっ! しまった……! 先手で気遣われてしまうと、これ以上グチグチと不満をこねにくい!)
これがステラの性格を見抜いての作戦なのか、それとも武骨なテラダさんの純朴な心遣いなのか。
それを判断する術は、ステラにはない。
「い、いえ。特にそういう暗い過去はないんですけど。ただごく普通な反応として、熱かったり火傷するのは嫌だなーと」
「ああ、それなら……。こういった形で火精霊を登場させれば、その不安要因は取り除ける」
ステラがこぼした弱音の一つ一つにに、テラダさんは懇切丁寧な説明をしてくれた。
テラダさんが話し終えるたびに、ステラがごねる材料が着実に減らされていく。
「……さ、さすがですねぇ。安全対策はバッチリというわけですか……」
「その点は検討に検討を重ねてある」
彼はこともなげにいってのける。
「ステージの上でヒーローを火ダルマにしては、精霊局の信頼と印象を大幅に悪化させてしまうからな」
(非情っ!)
「ん〜? て、ことは……。何々? ワシの出番? 出番なのか?」
オーガスト局長が、テーブルの上にずずいっと身を乗り出した。
「そっかー! やはり火の精霊が必要なのじゃな! ふむ、良かろう」
局長の目が、キュピーンと光る。
「稀代の精霊術師たるワシの力に目を見張るが良いっ!! フハーッ、ハハハハッ!!」
高笑いするオーガスト局長をよそに、ステラたちは黙々と話していた。
「……火の制御を学ぶ前に、俺たちは局長をコントロールする方法を見つけなくては」
「……ですね」
「フハーッ、ハハハハッ!!」
翌日ステラが精霊局に顔を出した時には、すでにテラダさんは自分の席に着いて、大量の資料に目をとおしているところだった。
ロートルディの町で起きた過去の火災のデータを調べている。
(相変わらず几帳面というか、真面目だな〜)
黙々と資料を閲覧していたテラダさんが、かすかに首をかしげる。
「わからないな。この記録を見る限り、野外で衣服に引火してしまったケースが多いようだが……」
彼はけげんそうに眉根を寄せて、色素の濃い瞳を瞬かせる。
「どういう状況下で、これほど着衣着火が頻発するというんだ?」
その疑問に、ステラは別の疑問で応えた。
「東の国の人たちは、あまりお外でパーティとかしないんでしたっけ?」
文化や風習の違いというものだろうか。
こちらの国では友だち同士で集まって、野外で食事をする機会が多い。
大人のパーティではお酒も出る。酔って注意力や判断力が落ちたところで、調理用や照明用の火が衣服の袖などに燃え移る、というわけだ。
「国柄の違いだな。火災というと、家屋が燃えるイメージが強かった」
テラダさんは軽く目を閉じた。
故郷での記憶を思い返しているようだ。
「木で作られたお家が多いんですよね」
木造の他の部分には、紙やワラが用いられているとか。
非常によく燃えそうな家だ。
「石造りの家なら、火で焼け落ちる心配もないから安心だろうな」
「そうですね。石やレンガは燃えませんし」
コクコクとうなづいた後で、ステラは見落としがちな危険性を思い出した。
「あ、でも。そう思って油断していると、意外な落とし穴があるんですよね」
建物自体が石で出来ていたとしても、たいていの室内には木製の家具や紙や布などの可燃物が置かれている。
レンガの家なら絶対に火事が起こらないわけではないのだ。
そして耐熱性や気密性が高い住居では、時としてその性質が仇となる。
内部に熱がこもりやすく、温度が急激に上がっていく。
二階建て以上の場合、空気の流れにも気をつけなければならない。
熱や煙は上へと登っていく。
この時に煙を逃がすため、煙が充満した上の階では窓を開けたくなる。それが普通の人間の心理だ。
そうするとどうなるか?
建物が煙突化してしまうのである。
そういった状況を招かぬよう、火事に遭ったらドアを閉めながら逃げるように!
「と、いうようなことを小さい時から徹底的に教えこまれます」
「非常時のドアの開け閉めに関しては、俺の故郷だと少し事情が変わってくる」
(テラダさんの故郷というと……)
東国の島国は、地震大国なのだ。
もう信じられないぐらいの頻度で揺れる。
とても大きな揺れが、前置きもなく不意にくることもある。
(うう、想像しただけですっごく怖いよ〜……)
「火災の場合、ドアを閉めるのが有効的だ。しかし地震では、避難経路を確保するためにドアを開放しておくことが推奨される」
実際の災害時、パニックになった人々が、この二つを混同せずにいられるだろうか。
少なくともステラには、冷静に対処できる気がしない。
「特に厄介なのは、地震から火事へと発展する場合だな」
「それは……。世にも恐ろしい事態ですね」
考えただけでもゾッとしてしまう。
(ひい〜! だ、だけど、怖がってるだけじゃ何にもならないし……。それでもやっぱり地面が揺れるのって、怖いよーっ!)
あれこれと最悪の事態を想像しては、勝手に青ざめているステラ。
冷静なテラダさんは淡々とコメントする。
「まあ、各個人気をつけて生きていくしかない。それで、この国では着衣着火が多いんだったな」
「へ? あ、はい」
「なら、その危険性や対処法をショーの中で伝えていくような内容にしていこうか」
テラダさんの声や顔には、あまり感情が出ない。
だけど彼が秘めている熱意は、ちゃんと伝わってくる。
精霊局のことを広めたいという思いは、ステラも同じだ。
「……はいっ!」