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悪役がいなければ、ヒーローは存在できません

 オーガスト局長はカンカンだった。

 テラダさんはずっと黙っている。


「ホンットにすみません! ほら、インパクトのある第一印象が大切じゃないですか。まさか大泣きされるとは思わなかったんです。本当です!」


「お、大泣きはしてないっ!」


 ステラは反論する。

 チーンと鼻をかんでから。


 ガラクタの山の上に即席の玉座をかまえていた悪魔は、今は床の上で大人しくひかえていた。


(こうして見る分には、普通の人だよね)


 さっきからずっと、謝ったり、いいわけしたりしている。


(まったく情けない姿……。怖がって損したかも)


 もはや恐ろしさのかけらもなかった。




 彼がいったことは、事実であると同時にウソでもあった。

 この人はヒーローショーの悪役を演じる予定なのだ。

 お芝居の中ではステラの敵で、そのために精霊局が雇ったというわけである。


「ま、反省しちょるようだし? 今回は大目に見てやろうかの」


「ありがとうございます! 寛大な措置に感謝いたします」


 悪役さんは深々と頭をたれた。


「どうも。大変お騒がせしてしまって本当にすみませんでした」


 緋色の目が、オーガスト局長をチロリと眺める。

 トカゲが一瞬、舌をひらめかせたかのように。


「申し遅れました。私の名前はシャッヘル・ルッフェル・エラピックです。どうぞお好きな名でお呼びください。どれも似たようなものですから」


 悪役さんはとっても感じの良い笑顔で、オーガスト局長に自己紹介をした。


「私の職業は……なんといったら良いか……。そうですね、役者の卵とでもいいましょうか。小規模ですが、仲間たちと劇団を立ち上げて時々公演もしているんですよ! 精霊局さんからショーの出演の依頼があって、心底驚きました。感激のあまり、先ほどはつい調子に乗ってしまいましたが」


 少し困ったような苦笑を浮かべた顔が、ステラの方へと振りむいた。


「怖がらせてごめんね」


「い、いえ。私も、少し大げさに騒ぎすぎたかなって反省してますから」


 彼の髪は雪のように清潔感のある白で、目はルビーのようにキラキラと輝く赤だった。


(う〜ん。根はマジメな人なのかな?)


「役者の卵とな。夢を追う若者の姿は、すがすがしいのう! テラダくんも、なかなか有望な人材を見つけてくれたな!」


 感動しているオーガスト局長をよそに、テラダさんは冷めた目で一連のやり取りを見ていた。


「シャッヘル・ルッフェル・エラピック……。異国の言葉でシャベル・スプーン・耳かき、という意味。よくもまあくだらない偽名を考えつくものだ」


「えっ? ぎ、偽名?」


 偽名とはつまり、ウソの名前ということだ。


(ていうことは、この人……!!)


 ウソの自己紹介をしたのだ。


「おおっと。くだらないとは手厳しいねえ。即興にしては良い名だろ?」


「最後の名前まで韻を踏んでいたら、それなりに評価していたところだが」


「もしくは、五七五のリズムだったらお気に召したかな?」


 彼の髪はあやふやな白さに、目はあらゆる色素を捨て去った赤へと変わった。


 そしててんで悪びれない顔をして、テラダさんの前にやってきた。

 パシッと音を立てて両手を合わせて、深々としたおじぎ。

 はたから見れば、挨拶なのか柔軟体操なのかわからない。


「ああ、偉大なる大地の精霊術師どの! お会いできて、恐悦至極! 感謝感激、雨あられ! 踊るアホウに見るアホウ! 勝ってうれしい、はないちもんめ。負けて悔しい、はないちもんめ。あの子がほしい。あの子じゃわからん。相談しよう。そうしよう〜!」


 しゃべりながらも、クルクルと表情を変える。あまりにも見事に。

 本当はどんな顔をしているのか、本人だってわからないんじゃないかと、疑いたくなる百面相。


(やっぱりこの人、怖いかも……)


 何が潜んでいるのかわからない不気味な暗闇が、人の形をマネている。ついそんな風に感じてしまう。


(それに本性は絶対普通じゃないのに、演技としてなら普通の人のフリができるところも、すごく怖い……)


 テラダさんは怒りもひるみもせずに、そんな暗闇人間を見すえている。


「ロクでなしロビン通りの宿に滞在している冒険者。本籍、実名、年齢不詳。極度の騙しグセがあり、本人にとって利益にならない状況でも、無意味なウソをつくことが多い。一方、依頼の契約などは厳守する。冒険者たちの間では、ウソつきを意味する、真夜中に鳴くニワトリという不名誉な二つ名で通っている」


 テラダさんの口から、無機質な情報が連ねられる。

 言葉は、正体不明の暗黒人間を少しずつ照らし出していく。


 正体を暴かれても、真夜中に鳴くニワトリは平然としていた。

 ニタリと笑って、たったの一声。


「コッコッコッコ……! コケーッ、ケケケケッ!」


 ものすごく上手なニワトリの鳴き声。

 その瞬間、精霊局は田舎の鳥小屋になった。

 せわしない羽ばたきの音や、臭いまでも感じる瞬間だった。


(やっぱり、全然普通じゃないよ〜!)


 怖くて嫌な人。その印象は変わらなかったが、ステラの脳内では、もしかしたらかなりすごい人かもしれないという評価も上書きされた。


「さて、演技力が高いのはわかったが、コヤツに仕事を任せても大丈夫なのかね? とうてい信頼できる人間には思えんが」


 オーガスト局長の疑念は当然だ。

 うんうんと、ステラも横でうなづく。


「仕事はちゃんとこなすさ。それは偽りない」


 キリッとした真顔で答えた。

 その表情は、次の瞬間には崩れ去っていたが。


「現在、絶賛金欠中なんだにゃあ〜。前の依頼で、うだつの上がらない全ての冒険者の夢である一攫千金を実現したかと思いきや。残念無念! 途方もない巨額の富だと思ったものは、しょうもない虚実のゴミでした! 精霊局さーん。このかわいそうな冒険者を雇ってくださいよー」


 両手をすりすり。上目遣い。

 少しも可哀想には見えなかった。


(この人、絶対にふざけてる!)


 局長はテラダさんの顔を見上げた。

 小柄な局長は、首が苦しそうだ。

 全ては二人の身長さのせいである。


「君の意見を聞こう。本当に彼の力が必要なのかね?」


 悪役さんは、精霊局の面々のやり取りを観客気分で眺めているようだ。

 自分に関することが決められようとしているのに。


「そうですね……」


 テラダさんが口を開いた。

 局長とステラはその声に聞き入る。

 正体不明であまりにも不確かな存在のせいで、掻き乱された心。それを元の状態に戻すには、大地のようにしっかりした言葉が必要だった。


「結論からいえば、彼は必要です」


 一呼吸おいてから、テラダさんは続ける。


「キャラクターを作ることは、とてもたやすいことです。ですがキャラクターが動く舞台装置……、ストーリーを作るとなると難しくなります。起承転結の流れと全体の統合性を保ちつつ、観客を楽しませ続けなくては、すぐに忘れ去られます。そして重要なのはキャラクターに我々の目的にそった性質を付与し、役目を遂行させることです」


 シャイニー・セレスタというキャラに課せられた任務は、精霊局の宣伝だ。

 子供たちの憧れとなるような、理想の中だけに存在する完璧な少女。


「主役を魅力的に輝かせるには、影となる悪役が不可欠です」


「は〜い! そういうことです!」


 悪役さんはにんまりと笑った。

 その手には、悪役の設定集らしき資料がにぎられている。


 挑発を無視して、テラダさんは淡々と情報を局長に告げる。


「冒険者としての働きぶりもきちんと調べておきました。依頼の契約などは、律儀に守っているようです。一般人を騙して不正に利益を得た犯罪歴もありません。そういう意味では、優良な冒険者といえます」


「……優良な冒険者、のう」


「つまり、ただひたすら純粋にウソが大好きな困った人ってことですね」


 ステラがジーッとにらみつける。


「あ〜ら、ブサイクなお顔だこと! 流し目のお手本なら、こうだわよ」


 悪役さんは女の人のようにウフッと笑って、ウィンクを返した。

 彼が着ているだぼだぼの白いボロ服が、まるでドレスかワンピースに見えた。


「三流精霊術師ちゃんには、まだ名乗ってなかったわね」


 くねくねした動作から、一変。

 純白のマントがひるがえった。

 ふわふわとした動き。

 重力から解放され、浮かんでいるように見えた。


(ええっ!? そんなこと、ありえないよ!)


 彼の足は、たしかに地面についている。そのはずなのだ。

 そんなごく当然の真実が、ステラは急に信じられなくなる。


 少なくともこの場の誰もが、こう認識した。

 彼は宙に浮いている、と。


 悪役さんは、一瞬だけ袖で自分の顔を隠した。


「はぁいー。はじめまして、だね。こんにち、ふぁー」


 片手をひらひらと突き出す。ダボダボの袖が揺れる。


「ボォク、ダスト・トレイル〜。ひとぉりぼっちの旅人でゅす? 仲良くしよう、ねー。やっぱりやめたっ!」


 不気味な無邪気さ。矛盾と混沌の体現者。

 その髪は何よりも純粋な白さで、その目は生命の本質にせまる赤だった。

 彼の眼差しも、姿勢も、言葉も。

 ステラ一人に対してむけられている。


(ダスト・トレイルって……。ショーに登場する予定の、悪役キャラの名前だよね……)


「ボォクはルールがだぁい嫌いっ! 人のいうことなんて、聞かない、よー」


 小さい子みたいに、両腕をパタパタさせている。


「決まりに縛られるのは、まっぴらごめん! みんなもきっと、そうだよねー? なんでもー、かんでもー、バラバラのメチャクチャに変えちゃうぞ!」


 ステラは自分にいい聞かせた。


(この人は普通の人間! ロクでなしロビン通りに住んでいる、ウソつきで有名な冒険者! ……ってことは、頭ではわかっているはずなのに)


 彼がしゃべり動いている間だけ、そこには孤独で幼稚な悪役、ダスト・トレイルがたしかに存在していた。


「んっふー。それで君の名前は? 聞いたところでー、覚えておくかはー、別問題!」


 赤い視線は、真っ直ぐにステラを射抜いている。


「私は……」


 しゃれたいい回しも、特徴ある口調も思い浮かばなかった。

 それでもステラはただ一つ、はっきりと答えることはできた。


「私は、シャイニー・セレスタ! あなたとは、正反対の理想と目的を持って生きている。人と精霊の絆を結ぶ者よ!」

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