真偽のほどはともかく、彼はそう主張しています
数時間後。
オーブを取りつけにいったテラダさんが、精霊局へ戻ってきたようだ。
廊下に響く足音を聞きつけると同時に、ステラは部屋から飛び出す。
「テラダさん!」
ステラの見当どおり、そこには背の高い人影があった。
「ちょうど良い。話しておきたいことがあった」
相変わらずの淡々とした口ぶりで、テラダさんは状況を語る。
「オーブの設置は済ませた。ステラの仕事に支障はない。しかし、気になることが少し」
(気になることって……、なんだろう?)
不安になって、ステラは無意識に自分の手をきつくにぎりしめていた。
「遠ざかるトカゲ通りだったか……。オーブの紛失が起こった周辺で、おかしな気配を感じた」
「おかしな気配?」
「より正確に表現するなら、精霊たちがなんらかの異変を察知しているようだった」
考えごとをするように、テラダさんは軽く目を閉じる。
「この街の石や大地が、こんな風にさわぐのはめずらしい……」
「原因はなんなんでしょう?」
「具体的にはまだ判明していない。ただ、何か異質なものが、この町に入りこんだ。そう大地の精がいっていた」
「そう、ですか……」
ステラは服の上からぎゅっと胸を押さえた。
心臓が不安でザワザワしてくる。
「ふーむ」
オーガスト局長はヒゲをなでた。
「これは精霊局の腕の見せどころじゃな!」
不敵に笑って、局長は精霊術用の杖をビッとかまえる。
ゴージャスにしてダイナミック、そして上質のエレガントを加えた杖だった。
高級そうな素材が、惜し気もなく使われているのがわかる。
「ワシは風の精霊に、ロートルディの町の様子を調べてもらう」
局長が杖を軽く動かしただけで、部屋中にどっと風が巻き起った。
「うひゃあっ!」
目も開けていられない突風。
元気がありあまった風の精霊は、窓にドカーンと体当たりをして、町へ飛び出した。
ステラはほっとして目を開けた。
「うわ……」
壁の時計はかたむき、書類は散乱し、小物があっちこっちに移動していた。
とっさの判断で、机に宿っていた木の精霊にたのんだのだろう。
自分の机に置いてあるものだけは、しっかりと確保しているテラダさん。
「おお! 進歩したな、テラダくん! 君は長期視点で考えられる分、突発的な判断力に弱いという欠点があったが」
「……局長の行動パターンに慣れただけです」
局長のイスはクルクル回転している。けっこうなスピードで。
イスは悲鳴をあげていた。強風にあおられる風見鶏そっくりだ。
そのまま回りながらも局長は指示を出していく。
「テラダくんは土精からもっとくわしい情報が聞けないか、交信を試みてくれ」
「わかりました」
「ステラは……」
少しずつ回転が弱まっていき、ようやくイスはとまった。
「この屋の片づけをたのむ」
それから数日。
精霊局員たちの警戒ぶりに反して、怪しい出来事は何もなし。
設置し直したオーブが、再びなくなることもなく、いたって平和な日々が続く。
「はー。今日も異変なし、ですね」
「退屈じゃ……。さっさと曲者が姿を現してくれんかのう。そしたら、ワシがドバーンッ、ドカーンッと思うぞんぶん暴れられるのに!!」
オーガスト局長は、何やら物騒なことをぼやいている。
「土精たちからは、あれ以上の詳細な情報は得られませんでした」
異質なものが、ロートルディの町に入りこんだ。それが大地の精霊の報告だ。
「う〜ん。大地の精霊が異質だと感じるものって、いったいなんなんでしょう?」
土は何もかものみこんでしまう。
長い時間をかけて、あらゆるものが土に帰っていく。
そんな大地の精霊が、異質だと断言する存在。
(いったいどんなものなんだろう……)
「曲者の動きがない以上、こちらも打つ手がない。しばらくの間は、様子見じゃな」
誰がなんのために、オーブを取り外したのか。
テラダさんが感じた奇妙な気配はなんなのか。
けっきょく、どちらも宙ぶらりんでナゾのまま。
(うー……。このまま何事もなく終わってほしい気もするし。本当のことをすっきりと解明したい気もするなー)
ノドに小骨が引っかかったようなもどかしさ。
「……っていうことがあったから、何か怪しいものを見つけたら、精霊局に教えてね」
「ええ。わかったわ」
ここはマーシャの仕立て屋。今は衣装の仮縫いをしているところだ。
「ああっ! でもよく調べようとしすぎて、マーシャちゃんが危ない目にあったらどうしよう!?」
「ステラは心配性ね。とりあえず今は、じっとしていてもらえるかしら?」
「はーい」
チクチクと針が動き。
一針ごとに、布に形が与えられていく。
「なんだか、すごいね。マーシャちゃんって魔法使いみたい」
「あら。正真正銘の精霊術師さんが、何をおっしゃるのやら」
最初はステラの頭の中でさえ、漠然としたイメージでしかなかったもの。
まず紙の上におぼろげなイメージが描かれ、それを元にマーシャがきちんとした型紙を起こした。
頭の中だけに存在していた架空の少女、シャイニー・セレスタが、少しずつこの世界に作り出されていく。
その過程が、ステラには魔法のように映った。
もっとも、ステラはその魔法の仕上げを任されているのだが。
(責任重大なポジションだな〜……)
「見た目のバランスは良さそうね。着心地はどう? 今ならまだ、調整ができるけれど」
マーシャは真剣な眼差しで、ステラを見上げている。
自分の仕事に打ちこむ、若い職人の情熱を感じる目だった。
ステラもそれに応えて、いつもの自分の遠慮や曖昧さを捨てる。
「うん……。腕を上げた時に、少し生地が引っぱられる感じがする」
「わかったわ。確認するわね」
マーシャがこんなに一生懸命に仕立ててくれている、シャイニー・セレスタのコスチューム。
「マーシャちゃん。私、がんばるからね!」
ここ最近のステラは、一日の大半を精霊局ですごすようになっていた。
いつも通り練習用の小部屋にむかう。
あの小部屋はもはやステラの練習室と化している。
この間、テラダさんと二人で片づけたのだ。ジャマなガラクタは、部屋の半分側へ押しやられている。
「……あれ?」
部屋の様子は、昨日と何も変わらない。
それなのに、いつもと違う。
何かがおかしい。
「……」
ステラは無言でドアのそばまで後ずさりした。
ドアノブに軽く手をかける。すぐに廊下に逃げ出せるように。
カーテンが閉じられた部屋は、うす暗い。
周囲を警戒しつつ、杖を取り出す。
「光精!」
ステラの声に呼ばれ、小さな光の玉が浮かび上がった。
その光はあやふやフラフラぼんやりとして、頼りない。
「へえ。そんなので光の精霊なのか」
「誰っ?」
しらない人の声だった。
路地裏のノラネコがしゃべれたら、きっとこんな声を出すのだろう。
「キヒヒ……。俺にはホコリのかたまりに見えるぜ」
「バ、バカにしないで!」
足が震えている。
(……怖い)
でも、ここでステラが逃げ出したら、怪しい侵入者を放っておくことになる。
自分の身を守りつつ、精霊局の職員として最善の判断をしなくては。
「隠れてないで、姿を見せたら?」
ステラの舌は恐怖におびえることなく、勇敢に機能した。日々の発声練習の成果である。
だけど、肝心のステラの本音はといえば。
(も、ものすごく怖いものが正体を現したらどうしよう)
という不安でいっぱいだった。
(ぐちゃぐちゃのオバケがいきなり現れたりしたら、絶叫しして気絶しちゃうかも……)
なんて事態を想像する。
(ううん。やっぱりこの状況で一番怖いのは、オバケよりも……。悪意を持った人間、だよね……)
「隠れてなんかいないさ」
ナゾの声がいう。人をバカにした口調で。
聞いただけで、ニヤけた顔が浮かぶよう。
「俺の姿が見えないのは、お前がどうしようもなくアホだからだ。三流精霊術師のステラ」
「三流じゃなくて、三級精霊術師っ! ……あなたは誰なの? どうして私の名前をしっているの?」
みしりと、何かがきしむ音がした。
反射的に音のした方を見上げる。
高々と積み上げられたガラクタの山の上。
頭が天井につきそうなほど高い場所に、彼はいた。
玉座の代りに、壊れかけのロッキングチェアをご機嫌にゆらして。
ゆったりとした服から、細い脚がニョキリと突き出ていた。半分脱げかけのクツは、かろうじて爪先に引っかかっている。
その髪は不吉な白さで、その目は凶暴な赤。
「ようやく見つけたか」
笑いながら、ステラを見下ろしている。
「俺が何者か教えてやるよ。お前を苦しめにきたんだ」
気だるいハスキーボイスで、心から楽しげに語る。
「お前のちっぽけな勇気をくじき、努力をあざ笑い、全てを台なしにする。それが俺のお仕事ってわけ」
「お、お仕事……?」
「ヒャーッ、ハハハハッ! こいつぁ傑作だぜ!!」
突然の笑い声に、ステラはすくんだ。
「まだわからないのか? そうか、理解できないか! 俺はなぁ、雇われたんだよぉ!」
「だ、誰が……、そんなこと……。だって、私は……」
「精霊局だ」
ゆっくりと。
同じ言葉をくり返す。
ステラの脳みそに深々と、刻みこもうとするかのように。
「俺をここに呼んだのは、精霊局の連中だよ」