オーブの設置には注意が必要です
コンペイトウのような女の子。
目指すヒーロー像の方向性が決まってからは、順調に進んでいった。
一人きりで待機している、精霊局の事務所。
ステラはそこで、宣伝計画の資料に目をとおしていた。
ステラが演じるヒーローの名前は、シャイニー・セレスタ。
その概要はこうである。
光の精霊と交流して、町の平和を守る精霊戦士なんだよ☆
いつも優しくて、正義感のある、快活な女の子で、みんなのあこがれなんだ☆
明るく社交的で、誰にでも親切! 困難にぶつかっても、あきらめたりはしないよ!
人をハッピーにする明るさと、困っている人の助けになる強さをかね備えているスーパーヒロインだ☆
「これは……、なんとまあコテコテにキャピキャピした……」
テラダさんから渡された設定資料には、非の打ちどころのないパーフェクトな人格が書きつづられていた。
軽薄な文章とは裏腹に、シャイニー・セレスタさんはとってもハイレベルな人格者なのである。
精霊局を宣伝するための理想のヒロインなのだから、美点が多いのは当然なのだが。
「ちょっと私の性格とは正反対かも……」
軽くへこむステラ。
基本的に消極的で、ことなかれ主義。
いつ誰にでも親切にふるまえるほど、心に余裕があるわけでもなし。
「人を元気にするような明るさと、頼れる強さか〜……。どっちも自信ないなー」
そういうキャラを演じるだけで、実際にステラの性格を180度変える必要はない。
(ないんだけど……)
それでも演じるためには、役の心を理解することが大切だと、ステラは思う。
「じゃあせめて、この役目から逃げないようにしよう! 苦手なこと、難しいことでも、あきらめないで挑戦するんだから!」
ステラは自分のほっぺたをパシパシと叩いた。
気合を充填。
「がんばるぞー!」
仕立て屋には継続的に足を運んでいる。
衣装を作るには、手間がかかるのだ。
「さあ。もうすんだわ。動いても平気よ」
採寸を終えて、マーシャが声をかける。
「ふい〜」
今日のマーシャは、生成りのブラウスと緑色のスカートというシンプルな服装だ。ポケットがいっぱいついた、実用的なエプロンもつけている。頭にはバンダナを巻いて、長い髪をおさえていた。
ファッションテーマは、仕立て職人。といったところだろう。
「これから何度か仮縫いをして、微調整を重ねて、ようやく衣装の完成よ。作るのに時間がかかるけれど、絶対良いものにしたいわね!」
職人の時のマーシャは、動きがキビキビしている。
人形になっていた時の気だるいようすは、ちっともなかった。
目の前にいるのは、自分の仕事に真剣にむき合っている、快活な少女だ。
「マーシャちゃん、やる気いっぱいだね」
「ステキな仕事をまかされたんですもの。自分の技術を証明する機会でもあるし。燃えて当然だわ」
腕まくりをして、ガッツポーズまでする始末。
「あはは! すごい意気ごみ!」
職業は違うけれど、ステラもマーシャも、ロートルディの町でがんばっている少女同士だ。
共感する部分があったのだろう。
引っこみ思案のステラと変り者のマーシャは、意外にもすぐに打ち解けた。
「うん。良いものにしようね!」
ステラが右手を顔の高さまで上げる。
すぐに意図を察したマーシャはキラキラした笑顔で、パシッとハイタッチをしてくれた。
今は昼。
ステラの仕事の時間はまだ先だ。
それでもステラは精霊局にいた。
「……」
普段は立ち入ることのない、空き部屋のドアを開けた。
カギはかかっていない。不要となった品々が押しこめられた、物置のような空間だ。
「誰もいないよね?」
人がやってくる場所ではないが、一応人影を確認する。
大丈夫なようだ。
ステラは部屋の片隅で、足を肩幅に開いて立った。
そして気恥かしさを振り払い、一人で声を出し始めた。
「……あ……。あー、あー、あー♪」
はじめは小さな声だったが、だんだんと大きな声になっていく。
充分声が出てきたところで、ステラは早口言葉に挑戦する。
「ナマゴメ・ナマムギ・ナマタマゴ。ナマゴメ・ナマムギ・ナマタマゴ」
数日前から、ステラはここで、声を出す練習をしていた。
声なんて簡単に出せるものだと思ったら、大間違いだ。ハッキリと聞き取りやすい声を出すのは難しい。
だからこうして、練習をしているというわけだ。
ステラが住んでいる建物は音が伝わりやすく、たとえ真昼でも大きな声を出すのは気がひけた。
ロートルディの町では、広場や街頭で堂々と歌を歌っている吟遊詩人たちもいるが、ステラにはそんな勇気はなかった。
それに、彼らは自信を持って歌やパフォーマンスを披露しているのだ。
ステラはまだ練習段階。まだ、人に見せられるレベルには到達していない。
「カエルピョコピョ……」
「何をしている」
「ひょひぃいっ!」
ノドから奇声が飛び出した。
「……」
ドア近くでたたずんでいる、背の高い人影。彼はステラとは対照的に、声一つ上げない。
「驚かせたたようですまないな。物音がしたので、見にきただけだ」
表情を変えることなく、テラダさんは淡々と謝った。
「練習をしていたのか」
「え、あぅ。はい」
「そうか。邪魔したな」
「んえっ、そんにゃことないでう!」
あわててしまって、しどろもどろだ。
発声練習の成果、発揮できず。
「ごほん! いえ、そんなことないです」
テラダさんはマジメな顔をして、沈黙している。
もっとも、彼がふざけた顔をしている時など、ステラには想像がつかないが。
「正直な意見を聞きたい」
「はい。なんでしょう?」
「今回のこの企画、負担になってはいないだろうか」
「……うーん」
目を閉じて、自分の正直な意見を心にたずねてみる。
「そうですね……。新しいことや苦手なことに挑戦するんですから、負担がゼロというわけにはいきません。でも、押しつぶされて、ぺちゃんこになってしまうほどの重さじゃないですよ!」
テラダさんは少し驚いたらしい。
あまり表情は変わらなかったが、まばたきの回数が増えたので、ステラには心情がわかった。
「んん……。これは意外な返事がもらえたな」
「意外って。どんな返事を予想してたんですか?」
「予想では……、やはり自分にはムリだ、と泣きつかれるケースを五パターン。明確にやめたいとはいわないが、そのような空気をただよわせてグチをこぼされるケースを三パターン。すでに重圧が限界にたっしていて、もう精霊局なんてやめてやる、とステラが大暴れするケースを一パターン。それぞれの状況に対する、説得の言葉まで考えていた」
ステラはがっくりと肩を落とした。テラダさんの認識の中では、ずいぶんダメダメ少女だと思われているようだ。
「はあ……。私って、そんなに頼りなく見えるんでしょうか?」
もっともこれまでのステラには、そう思われていても仕方がないところもあった。
ステラがロートルディの町の精霊局に務めて間もない頃。良くも悪くもエネルギッシュな局長についていけず、たびたび弱音を吐いたものだ。ちょっと怒られただけで、ブルーな気持ちが一週間ぐらい長引くこともあった。
だけどそれは昔の話。
「私だって、いつまでも気弱で臆病なままじゃないんですよ! 日々進歩しているのです」
今ではミスをして局長にカミナリを落とされても、五分で復活できるほどたくましく成長したのだ。
カミナリを落とす、というのはもののたとえで、実際に嵐の精霊を呼びよせるわけではない。
本気で怒ったオーガスト局長なら、やりかねないが。
「やる気があるようで何より。それにしても……」
テラダさんは、ステラが練習に使っていた部屋を眺めた。
ものがごちゃごちゃ置かれていて、狭苦しい場所だった。
「ここはホコリっぽいな。後で片づけておく。練習にいそしんだ結果、ノドを痛めては、皮肉のきいた笑い話にしかならない」
そういって、テラダさんはポケットからアメ玉を取り出した。
和紙をねじった包み紙には、ステラには読めない東国風の文字が書かれている。
「ノドアメではないが、ないよりはマシだろう」
「くれるんですか? わあ、ありがとうございます!」
めずらしいお菓子にドキドキしながら、ステラはアメを口に入れた。
「っ!?」
瞬間、口の中に広がったのは、お菓子にあるまじき芳醇すぎる香り。
「は、はのっ? こ、こりは、いったい、なんの味れすか?」
「マツタケ。高級食材だ」
「おぅふあ……」
問いつめたいことは山ほどあったが、うかつに口を動かせない。味覚と嗅覚を刺激してしまう。
「食材の味をそのまま再現。故郷を遠く離れた旅人の心に、懐かしの思い出の味がすっとしみわたります。……が、キャッチコピー。郷愁のキャンディーシリーズ、好評発売中だそうだ」
テラダさんは再びポケットを探った。
「他に……トウフと、魚……、コンニャク味もあるが」
「ひえっ、遠慮しておきまふ!」
一刻も早くこのアメを口の中から消し去りたい!
ステラは涙目になりながら、ムダに上品で風味豊かなアメをどうにかこうにか食べきった。
そんなステラの横で、テラダさんは黙々とアジのサシミ風味のキャンディーを堪能していた。
「……では。練習の邪魔をしてしまったな」
立ち去ろうとしたテラダさんが、ふと足をとめた。
「新品の精霊のオーブが、工房から届いた」
「良かったです! これでまたあの道も明るく照らせます」
「ああ。今から設置し直してくる」
街灯はとても高い。いくら背の高いテラダさんでも、オーブを取りつけるのは大変だ。
ハシゴを使えば手が届くだろうが、それでも危ない作業に変わりはない。
「一人でですか? ヘルメットとかハシゴとか、必要なものを運ぶの手伝いますよ」
「……」
テラダさんが再び何かを取り出すそぶりを見せたので、ステラは反射的に身構えた。
(まさか、手伝いの申し出のお礼に、またあのアメをくれる気なんじゃ……?)
そんなステラの心配は無事にはずれた。
テラダさんが上着の下から取り出したのは、杖だった。
「精霊術」
飾り気のない武骨な杖を見せて、テラダさんはオーブの設置にむかった。
テラダさんは大地とつながりのある精霊たちと波長が合う。
街路樹の精霊に力を借りるのかもしれないし、大きな土のゴーレムを呼び出すのかもしれない。
街灯は金属製の支柱でできているから、金属の精霊に働きかけるという方法もありそうだ。
「あれ?」
ステラは妙なことに気がついた。
普通の人が、高い街灯に取りつけられたオーブをはずすのは、不可能ではないがかなり苦労するはずだ。
(いったいどんな人が、なんのために、精霊のオーブを持っていったの?)
そのことが引っかかって、その後のステラの練習はなかなか進まなかった。




