表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/22

オーブの設置には注意が必要です

 コンペイトウのような女の子。

 目指すヒーロー像の方向性が決まってからは、順調に進んでいった。


 一人きりで待機している、精霊局の事務所。

 ステラはそこで、宣伝計画の資料に目をとおしていた。


 ステラが演じるヒーローの名前は、シャイニー・セレスタ。

 その概要はこうである。


 光の精霊と交流して、町の平和を守る精霊戦士なんだよ☆

 いつも優しくて、正義感のある、快活な女の子で、みんなのあこがれなんだ☆

 明るく社交的で、誰にでも親切! 困難にぶつかっても、あきらめたりはしないよ! 

 人をハッピーにする明るさと、困っている人の助けになる強さをかね備えているスーパーヒロインだ☆


「これは……、なんとまあコテコテにキャピキャピした……」

 

 テラダさんから渡された設定資料には、非の打ちどころのないパーフェクトな人格が書きつづられていた。

 軽薄な文章とは裏腹に、シャイニー・セレスタさんはとってもハイレベルな人格者なのである。

 精霊局を宣伝するための理想のヒロインなのだから、美点が多いのは当然なのだが。


「ちょっと私の性格とは正反対かも……」


 軽くへこむステラ。


 基本的に消極的で、ことなかれ主義。

 いつ誰にでも親切にふるまえるほど、心に余裕があるわけでもなし。


「人を元気にするような明るさと、頼れる強さか〜……。どっちも自信ないなー」


 そういうキャラを演じるだけで、実際にステラの性格を180度変える必要はない。


(ないんだけど……)


 それでも演じるためには、役の心を理解することが大切だと、ステラは思う。


「じゃあせめて、この役目から逃げないようにしよう! 苦手なこと、難しいことでも、あきらめないで挑戦するんだから!」


 ステラは自分のほっぺたをパシパシと叩いた。

 気合を充填。


「がんばるぞー!」




 仕立て屋には継続的に足を運んでいる。

 衣装を作るには、手間がかかるのだ。


「さあ。もうすんだわ。動いても平気よ」


 採寸を終えて、マーシャが声をかける。


「ふい〜」


 今日のマーシャは、生成りのブラウスと緑色のスカートというシンプルな服装だ。ポケットがいっぱいついた、実用的なエプロンもつけている。頭にはバンダナを巻いて、長い髪をおさえていた。

 ファッションテーマは、仕立て職人。といったところだろう。


「これから何度か仮縫いをして、微調整を重ねて、ようやく衣装の完成よ。作るのに時間がかかるけれど、絶対良いものにしたいわね!」


 職人の時のマーシャは、動きがキビキビしている。

 人形になっていた時の気だるいようすは、ちっともなかった。

 目の前にいるのは、自分の仕事に真剣にむき合っている、快活な少女だ。


「マーシャちゃん、やる気いっぱいだね」


「ステキな仕事をまかされたんですもの。自分の技術を証明する機会でもあるし。燃えて当然だわ」


 腕まくりをして、ガッツポーズまでする始末。


「あはは! すごい意気ごみ!」


 職業は違うけれど、ステラもマーシャも、ロートルディの町でがんばっている少女同士だ。

 共感する部分があったのだろう。

 引っこみ思案のステラと変り者のマーシャは、意外にもすぐに打ち解けた。


「うん。良いものにしようね!」


 ステラが右手を顔の高さまで上げる。

 すぐに意図を察したマーシャはキラキラした笑顔で、パシッとハイタッチをしてくれた。




 今は昼。

 ステラの仕事の時間はまだ先だ。

 それでもステラは精霊局にいた。


「……」


 普段は立ち入ることのない、空き部屋のドアを開けた。

 カギはかかっていない。不要となった品々が押しこめられた、物置のような空間だ。


「誰もいないよね?」


 人がやってくる場所ではないが、一応人影を確認する。

 大丈夫なようだ。


 ステラは部屋の片隅で、足を肩幅に開いて立った。

 そして気恥かしさを振り払い、一人で声を出し始めた。


「……あ……。あー、あー、あー♪」


 はじめは小さな声だったが、だんだんと大きな声になっていく。

 充分声が出てきたところで、ステラは早口言葉に挑戦する。


「ナマゴメ・ナマムギ・ナマタマゴ。ナマゴメ・ナマムギ・ナマタマゴ」


 数日前から、ステラはここで、声を出す練習をしていた。

 声なんて簡単に出せるものだと思ったら、大間違いだ。ハッキリと聞き取りやすい声を出すのは難しい。

 だからこうして、練習をしているというわけだ。


 ステラが住んでいる建物は音が伝わりやすく、たとえ真昼でも大きな声を出すのは気がひけた。

 ロートルディの町では、広場や街頭で堂々と歌を歌っている吟遊詩人たちもいるが、ステラにはそんな勇気はなかった。

 それに、彼らは自信を持って歌やパフォーマンスを披露しているのだ。

 ステラはまだ練習段階。まだ、人に見せられるレベルには到達していない。


「カエルピョコピョ……」


「何をしている」


「ひょひぃいっ!」


 ノドから奇声が飛び出した。


「……」


 ドア近くでたたずんでいる、背の高い人影。彼はステラとは対照的に、声一つ上げない。


「驚かせたたようですまないな。物音がしたので、見にきただけだ」


 表情を変えることなく、テラダさんは淡々と謝った。


「練習をしていたのか」


「え、あぅ。はい」


「そうか。邪魔したな」


「んえっ、そんにゃことないでう!」


 あわててしまって、しどろもどろだ。

 発声練習の成果、発揮できず。


「ごほん! いえ、そんなことないです」


 テラダさんはマジメな顔をして、沈黙している。

 もっとも、彼がふざけた顔をしている時など、ステラには想像がつかないが。


「正直な意見を聞きたい」


「はい。なんでしょう?」


「今回のこの企画、負担になってはいないだろうか」


「……うーん」


 目を閉じて、自分の正直な意見を心にたずねてみる。


「そうですね……。新しいことや苦手なことに挑戦するんですから、負担がゼロというわけにはいきません。でも、押しつぶされて、ぺちゃんこになってしまうほどの重さじゃないですよ!」


 テラダさんは少し驚いたらしい。

 あまり表情は変わらなかったが、まばたきの回数が増えたので、ステラには心情がわかった。


「んん……。これは意外な返事がもらえたな」


「意外って。どんな返事を予想してたんですか?」


「予想では……、やはり自分にはムリだ、と泣きつかれるケースを五パターン。明確にやめたいとはいわないが、そのような空気をただよわせてグチをこぼされるケースを三パターン。すでに重圧が限界にたっしていて、もう精霊局なんてやめてやる、とステラが大暴れするケースを一パターン。それぞれの状況に対する、説得の言葉まで考えていた」


 ステラはがっくりと肩を落とした。テラダさんの認識の中では、ずいぶんダメダメ少女だと思われているようだ。


「はあ……。私って、そんなに頼りなく見えるんでしょうか?」


 もっともこれまでのステラには、そう思われていても仕方がないところもあった。

 ステラがロートルディの町の精霊局に務めて間もない頃。良くも悪くもエネルギッシュな局長についていけず、たびたび弱音を吐いたものだ。ちょっと怒られただけで、ブルーな気持ちが一週間ぐらい長引くこともあった。

 だけどそれは昔の話。


「私だって、いつまでも気弱で臆病なままじゃないんですよ! 日々進歩しているのです」


 今ではミスをして局長にカミナリを落とされても、五分で復活できるほどたくましく成長したのだ。

 カミナリを落とす、というのはもののたとえで、実際に嵐の精霊を呼びよせるわけではない。

 本気で怒ったオーガスト局長なら、やりかねないが。


「やる気があるようで何より。それにしても……」


 テラダさんは、ステラが練習に使っていた部屋を眺めた。

 ものがごちゃごちゃ置かれていて、狭苦しい場所だった。


「ここはホコリっぽいな。後で片づけておく。練習にいそしんだ結果、ノドを痛めては、皮肉のきいた笑い話にしかならない」


 そういって、テラダさんはポケットからアメ玉を取り出した。

 和紙をねじった包み紙には、ステラには読めない東国風の文字が書かれている。


「ノドアメではないが、ないよりはマシだろう」


「くれるんですか? わあ、ありがとうございます!」


 めずらしいお菓子にドキドキしながら、ステラはアメを口に入れた。


「っ!?」


 瞬間、口の中に広がったのは、お菓子にあるまじき芳醇すぎる香り。


「は、はのっ? こ、こりは、いったい、なんの味れすか?」


「マツタケ。高級食材だ」


「おぅふあ……」


 問いつめたいことは山ほどあったが、うかつに口を動かせない。味覚と嗅覚を刺激してしまう。


「食材の味をそのまま再現。故郷を遠く離れた旅人の心に、懐かしの思い出の味がすっとしみわたります。……が、キャッチコピー。郷愁のキャンディーシリーズ、好評発売中だそうだ」


 テラダさんは再びポケットを探った。


「他に……トウフと、魚……、コンニャク味もあるが」


「ひえっ、遠慮しておきまふ!」


 一刻も早くこのアメを口の中から消し去りたい!

 ステラは涙目になりながら、ムダに上品で風味豊かなアメをどうにかこうにか食べきった。


 そんなステラの横で、テラダさんは黙々とアジのサシミ風味のキャンディーを堪能していた。




「……では。練習の邪魔をしてしまったな」


 立ち去ろうとしたテラダさんが、ふと足をとめた。


「新品の精霊のオーブが、工房から届いた」


「良かったです! これでまたあの道も明るく照らせます」


「ああ。今から設置し直してくる」


 街灯はとても高い。いくら背の高いテラダさんでも、オーブを取りつけるのは大変だ。

 ハシゴを使えば手が届くだろうが、それでも危ない作業に変わりはない。


「一人でですか? ヘルメットとかハシゴとか、必要なものを運ぶの手伝いますよ」


「……」


 テラダさんが再び何かを取り出すそぶりを見せたので、ステラは反射的に身構えた。


(まさか、手伝いの申し出のお礼に、またあのアメをくれる気なんじゃ……?)


 そんなステラの心配は無事にはずれた。


 テラダさんが上着の下から取り出したのは、杖だった。


「精霊術」


 飾り気のない武骨な杖を見せて、テラダさんはオーブの設置にむかった。


 テラダさんは大地とつながりのある精霊たちと波長が合う。

 街路樹の精霊に力を借りるのかもしれないし、大きな土のゴーレムを呼び出すのかもしれない。

 街灯は金属製の支柱でできているから、金属の精霊に働きかけるという方法もありそうだ。


「あれ?」


 ステラは妙なことに気がついた。

 普通の人が、高い街灯に取りつけられたオーブをはずすのは、不可能ではないがかなり苦労するはずだ。


(いったいどんな人が、なんのために、精霊のオーブを持っていったの?)


 そのことが引っかかって、その後のステラの練習はなかなか進まなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ