ステラは自分の星を探しています
今日のファッションテーマを語るのに、マーシャは十五分間にわたってしゃべりまくった。
一方ステラはというと、三十分も考えて、少しも思いつかなかった。
「うーん……」
どんなヒロインになりたいか。
そもそも正義ってなんなのか。
全てが漠然としたイメージで、言葉にすることは不可能だ。
考えがまとまらず、ステラの頭の中はぐしゃぐしゃになる。
百色のクレヨンを使った抽象絵みたいに。それぞれの色が好き勝手なことを主張して、どの色の声に耳をかせば良いのかわからない。
「あなた、よく迷うのね」
「うっ!」
初対面のマーシャに、自分の欠点をズバリいい当てられた。
気まずさと恥ずかしさで、ステラの顔が赤くなる。
「うう、そうなの……。優柔不断っていうのかな。ハッキリ決めるのが苦手で、いつもあれこれ悩んじゃうんだよね」
「ものごとをじっくり検討するのも、大切よ。悩みや迷いから、新たな発見をすることもあるでしょう。慎重さに救われることも」
ここでマーシャは再び懐中時計を取り出した。
「だけど、人の世はせわしいものね。いつでも充分に考える時間があるとは限らない。早く早くと、決断をせかされる」
世の中をしりつくしたような口ぶりで、人間社会を批判する。本当はステラと同じぐらいの年齢の少女なのに。
(でも……、どことなーく説得力を感じてしまう)
ステラは、そんなマーシャをナマイキだとも、偉そうだとも思わなかった。
今日の彼女は、何十年も生きてきた不思議な人形の物語を背負っているから。
なんとなく、納得してしまうのだ。
「あなたには星が必要ね」
ミステリアスで気取った言葉も、黒いワンピース姿には似合っている。
「道に迷う旅人が夜空を見上げ、進む方向を決める星。迷いやすいあなたには、そんな星が必要でしょ」
「星?」
ステラはけっこう星が好きだ。星座にだってくわしい。
「旅人を守護する星のことかな?」
月や多くの星は、空の一ヶ所にとどまっているわけではない。正確には、地上にいる人々の目には動いて見える。
その中で旅の守護星は特別で、いつも北の空で輝いている。
「そう。あなただけのね」
抽象的な言葉だが、要するに指針を見つけるべきだといわれたのだ。
(指針ねえ……)
ふと、窓からさしこむ太陽の光に気づく。
「!」
日射しはだいぶ弱くなっていて、夕ぐれが迫っていることを告げていた。
「ああっと! そろそろ仕事にいかなきゃ!」
「せわしないわね」
「人間ですから〜っ!」
パタパタとあわただしく、支度を整える。
ぬいでいたコートに腕を通して、カバンを肩にかけた。
マーシャの店で、ずいぶん長くすごしていたらしい。
それだけ時間をかけたのに、衣装のデザインはまったく決まらなかった。
「ゴメンね、マーシャちゃん。どんなヒロインになりたいのか、私が少しもイメージできてなかったから」
「良いわ。待ってあげる。何日でも。今日の私は、持ち主の帰りを待つ人形だから」
マーシャは胸の前で手を組み、ゆったりとイスに身を預けた。
「その時がきたら、必ず迎えにきてくれるわよね」
「うん! 約束するよ!」
「そう。待っているから」
そうして、マーシャは目を閉じてしまった。
突然パタリと動きをとめて、本当に糸を切られた人形のようだった。
「本日の業務、完了!」
どうにかこうにか、ステラの仕事は間に合った。
太陽が完全に姿を隠す前に、町の全てのオーブに光を灯した。
「……」
消え去ってしまった、遠ざかるトカゲ通りの数個のオーブ以外は。
まだ新しいオーブは届いていない。
新しく設置したところで、また同じ被害が起こることだって考えられる。
「はあ……」
どうしたものかと、ステラはため息をつく。
(精霊局の宣伝。自分の理想のヒロイン像。それから、オーブへのイタズラ対策……)
あれやこれやに頭を悩ませながら、ステラは精霊局へとむかった。
「それで、衣装はどうしたんじゃ?」
興味津々といった顔で、オーガスト局長がたずねる。
「ええと……。私が迷ってしまって、まだデザイン案すら白紙の状態……です」
「なんと!」
「ううっ、ごめんなさい」
「ええいっ! さっさと! しゅぱっと! 風速17.2mのスピードで! 疾風怒濤のいきおいで決めてしまわんかーい!」
(そんなにせっかちなのは、オーガスト局長だけ!)
ちなみに風速17.2mは、台風の速度の最低ラインだ。
しかし、みんなで企画をしているのだから、ステラがグズグズ考えこんでいては、計画全体が遅れてしまうのも事実。
マーシャがいった通り、人の世界は時間にせき立てられている。
(困ったな……)
「……ステラ」
「うわっ、びっくりした!」
どしゃりと音を立て、うず高くつもれた資料の山が倒壊した。
その山の下から現れたのはゾンビではなかった。テラダさんだ。
ぶ厚い紙の束がステラへとさし出される。
「……これは……、役に立つだろうか……」
息も絶え絶えといったありさま。
大地のごとく屈強なテラダさんの身に、何が起こったのか。
「……過去五十年分の、正義のヒーローおよび変身キャラクターのコスチュームを……分類、解析、網羅……した資料だ……」
「お、お疲れさまです」
手わたされた資料は、ずしりと重たい。持っているだけで、それを編集した人の疲労が伝わってくる。
だから、こんなことをいうのは、とても気がひけるのだが。
「あの、マーシャちゃ……。仕立て屋の職人さんは、物語が必要だというんです。私がどんな人物を理想とするのか。それが一番しりたいようです」
「ふっ……」
テラダさん、笑う。その目は死んでいた。
「若輩の新参ゆえに賃金は良心的……。性格は変り者で偏屈だが、腕は良いというウワサだった……。若い職人に求められたのは、形ではなく理想……。既存のデザインをかき集めても、ムダだったか……」
そこまでつぶやいたところで、彼はぱたりと机に突っぷしてしまう。
「わーっ! ムダじゃないですよ! そんなことないです! 色んなコスチュームが見られて、とっても楽しいです!」
あわててフォローするも、それこそムダだった。
「だーかーらー。そんなに根をつめず、適度に息ぬきした方が良いって、ワシはいったのにー」
オーガスト局長が、テラダさんの撃沈をからかう。ヒゲを指に巻きつけて、くるんくるんさせている。
(まったく、この人は……)
いつもだったら、暴走しがちな局長を手堅い性格のテラダさんが止める、というのが、精霊局のパターンだ。
局長はここぞとばかりに、空回りしたテラダさんをおちょくっている。
(つくづく子供っぽいおじいさんなんだから)
机に倒れたまま、かすれた声でテラダさんの反論。
「……やるからには成功させたい……。それだけです……」
「ふむ。その気持ちはワシとて同じ」
局長は、ようやくふざけるのをストップした。
「物語のう。形ではなく理想とな。それもステラ自身の」
「はい。そうなんです」
「ここでワシが、退屈でありがたーい年寄りの話を披露したところで、それはあくまでワシのための物語。しかし……」
局長はテラダさんがまとめた資料を手に取った。
「古いものでも、ステラが新しい物語を作るための、ヒントや参考にはなるかもしれん」
ぶ厚い資料は、ていねいに机の上に置かれた。
「正義というのは、非常に不安定で移ろいやすい。誰かにとっては正しいことでも、別の誰かにとっては余計なお世話ということもある」
オーガスト局長の片手は、壁の時計をしめす。
「昔の正義と、今の正義と、未来の正義が、同じという保証もない」
ステラの視線は、目の前の老紳士にそそがれていた。
「同じ時間でも、場所によって正しいものが違うということもある」
局長、ここでちょっと間をためてから。
「そんなコロッコロ変わるモンを人生の指針になんぞ、できるかーいっ! 絶対的な正義なんぞ、ありゃせんわい!」
「ひえぇっ! い、いきなり怒鳴らないでください!」
「フハーッ、ハハハハッ!! ワシの人生に、道標も基盤もありゃせんわ。ゆくえを決めるのは、その場の風むきと、瞬間ごとの勢いじゃな。ふふん。ワシって、けっこう格好良い男じゃろ?」
(だいぶダメな人なのでは……)
「ワシのありがたい人生論は、これでおしまいじゃ。参考にしたまえ。輝ける若者よ!」
「局長がノリといきおいだけで生きている人、ってことがわかっただけじゃないですか!」
「フレキシブルな生き方といっておくれ。フレキシブルと。柔軟な発想や、臨機応変な対応という意味じゃよ」
「あれ……? そういう風にいわれると、なんだか良い意味に思えてきますね。不思議です」
局長はイタズラっぽく笑った。
「ほうれ。正しさなんて、すぐに変わるんじゃよ。コロコロと」
その後は、細々した事務仕事を片づけつつ、今後の精霊局宣伝作戦について、ステラと局長とで話し合った。
がんばりすぎてダウンしたテラダさんは、机にふしたまま仮眠をとっている。
局長から聞けば、徹夜で資料を編集したいたとのこと。
「そろそろ一息いれるかのう」
「あー、良いですね〜」
「テラダくんも何か口に入れるかい?」
「……食べます」
「それじゃ、三人分ですね」
精霊局でのオヤツタイムが、ステラは好きだ。
オーガスト局長は、コーヒー派。コーヒーにミルクと砂糖をたっぷり入れて、ほとんどカフェオレみたいにして飲むのが大好きなのだ。
ステラはココアが好物。そのほかには、フレーバーティーが気に入っている。アップルティーや、アールグレイがおなじみだろうか。
冬はほうじ茶、夏は麦茶を飲むのはテラダさんだ。
こうも三者三様に好みが違い、それぞれ細かいこだわりがあるので、自分の飲みものは自分でいれるのが精霊局のローカルルールだ。
だが、みんなでいっしょに休憩をする時は別である。
「私、用意してきまーす」
ステラが我先にと手をあげ、ウキウキした足どりで給湯室へむかう。
「ふんふふーん♪」
オヤツセットを用意する者には、ちょっとした特典がある。
自分好みのお菓子と飲みものをチョイスできるという役得だ。
「はーい。お待たせでーす」
お盆を手に、二人のところへ戻る。
木の実たっぷりのビスコッティをテーブルに置く。二度焼きによる、ザクザクとした固い食感が特徴だ。このビスコッティには、アーモンドと、ピーナッツ、クルミがふんだんに入っている。
飲みものは、ブラックコーヒー。ミルクと砂糖の量は、各自のお好みで。
ビスコッティとコーヒーは、相性バツグンの組み合わせなのだ。
「そういえば、前から疑問だったんですけど。精霊局で常備しているお砂糖って、ちょっと変わってますよね。かわいくてステキですけど」
スティックシュガーでも角砂糖でも、シロップでもなく。
広口のビンに入れられた小粒のコンペイトウ。
「何か理由があるんですか?」
「見た目が愉快じゃろ」
というのはオーガスト局長の意見。
「……砂糖はもともと日持ちのするものだが、その中でもコンペイトウは、長期保存が可能だ。アメ玉のように、夏場にベトベト溶けることもない」
といったのはテラダさん。
「糖分は、効率的なエネルギー源にもなる……」
そこでしゃべるのをやめて、テラダさんは数個のコンペイトウを口にふくむ。バリバリと音がした。そして口の中の甘さを洗い流すかのように、コーヒーをぐっと飲んだ。
「疲労時の体力補給にも良い。保管が楽で、手軽に栄養摂取ができるため、非常食に適している。だからこうして備蓄してある」
「君は本当に何かを貯めたり、何かに備えたりするのが好きじゃのう」
ビスコッティを軽くコーヒーにひたしながら、局長があきれ半分でひやかす。
「なるほど〜。可愛いだけじゃなくて、意外と優秀なお菓子なんですね」
普段は見た目で人を楽しませ、いざという時は命を救う糧になる。
(目指すのなら、そういうヒーローになりたいな)
ステラの心がぽうっと明るくなった。
日々の生活を快適にして、自然の猛威から町を守る。それは精霊局の根本的な使命でもある。
それに見た目の華やかさが備われば、精霊局にとって良い宣伝になりそうだ。
「コンペイトウみたいな女の子」
そうつぶやいてみる。
それだけで口の中にふわりと甘さが広がる気がした。
ステラは小さななスプーンで、コンペイトウをすくい出して、自分のカップへ、ちゃぽんと沈めた。
まっ白なコンペイトウが、コーヒーに溶けて、小さくなっていく。
マグカップの中に、束の間の星空ができあがった。