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仕立て屋は物語をご所望のようです

「ヒーローショーをやります」


 精霊局の事務所に入るなり、開口一番ステラはそういった。


「……?」


 少しだけ不思議そうな顔をしたテラダさん。


「うむ! 良くぞいった!」


 局長は豪快な笑いを浮かべ、ピッと親指を立てた。


「昨日はあれだけ不服そうだったのに。どういう心境の変化だ?」


「んもー、テラダくん! せっかくステラがやる気を出したというのに、そうやって水をさすー」


「……」


 精霊局の壁には、ロートルディの町とその周辺地域を記した大きな地図が貼ってある。

 ステラは問題の地点を指でしめしながら発言した。


「街灯として設置していた精霊のオーブが複数、不自然に紛失していました。場所は遠ざかるトカゲ通りです」


 ステラは発見時の詳細な状態や、その他気づいた点を報告していく。

 つっかえることなくいえたのは、ずっと頭の中で復唱していたからだ。


 オーガスト局長はマジメな顔に戻った。


「遠ざかるトカゲ通りか。色眼鏡でものを見たくはないが……、悪質なイタズラの可能性が高いかもしれんな」


 眉間にシワを寄せて、考えこんでいる。


「窃盗という点もありますね。精霊のオーブは高価な品ですから」


「まあ、ワシのネクタイほどではないが、高いものだな。だが、まともな商人なら、精霊局のマークのついた品を買い取るわけがないんじゃが」


「マトモな商人なら、そうでしょう。ですが……」


 テラダさんが何をいいたいのか、ステラにもわかった。


(悪い人たちが、泥棒してるの? それとも、誰かがふざけて持っていったの?)


 今の段階では、犯人は誰なのかわからない。

 その目的だって不確かだ。


「盗品を売りさばいているといいたいのか。いずれにせよ、判断を下すには情報が足りん。安易な決めつけは、事実を見落としかねんよ」


 テラダさんは静かにうなづいた。


「そうですね。犯人の真意がつかめない以上、固定観念を持つのは短慮でした」


「そうそう。不届き者がどんな奴なのか、わからんからのう。胸倉をつかんで、鉄拳制裁することもできんわ」

 

(てっ、鉄拳制裁……)


 オーガスト局長。過激である。


「ええと、それで、あのっ」


 あわてふためいたところで、一度コホンと咳払い。


「そ、そういう事件があったので……。だから……、精霊局の役割をもっと大勢の人に理解してもらいたいって、そう思ったんです!」


 いい終えた時には、ステラの心臓はドックンドックンと緊張で爆発寸前になっていた。




 ステラの冒険の第一歩は、仕立て屋さんを見つけることだった。

 光の精霊戦士のコスチュームを作ってもらうためだ。

 それも、格安で。


(おかしいなあ)


 辺りをキョロキョロ見わたす。

 ステラは、ロートルディの四番目のストリート、呼び続けるヨツグミ通りにきていた。

 よほどひっそりとした店なのだろうか。

 仕事とシュミでロートルディの町を歩き回っているステラは、たいていの場所ならわかるのに。


(地図によると、あそこなんだけど……)


 テラダさんからわたされた地図と、実際の光景を見比べる。

 地図がしめした目的地。そこにあるのは小じんまりした建物で、看板も表札も出ていない。


(ここって、本当に仕立て屋さんなのかな?)


 近づいて、もっとよく様子を見てみる。

 レースのカーテンがかかった出窓には、人形がずらりとならべられていた。

 人形たちはこった衣装を身につけ、ミニチュア家具にかこまれて、それぞれポーズをとっている。

 精緻なリアルさと、幻想的な美が、対立することなく両立されていた。


「わあ! 可愛い!」


 ガラス窓に顔を近づけ、じっくりと観察する。

 ステラの心は人形たちの世界へと、すっかり入りこんでしまった。


 舞台はお城の舞踏会だ。

 優雅に踊る美女。

 貴族の若者と、その従者もいる。

 すみの方でささやき合う貴婦人たち。無表情な人形の顔が、イジワルそうに見えてくるから不思議だ。

 玉座に身をゆだね、可愛らしい王冠を頭にいだいているのは、王さまではない。エプロンドレスを身につけた、ごく平凡そうな幼い少女だ。

 そのそばには、鈴つきの帽子をかぶった道化師がひかえている。


 ステラは深く息を吐き出した。

 今まで無意識に呼吸をおさえていたらしい。


「物語の一ページを切り取って、ここに飾ったみたい」


 この道をとおりすぎたことは何度もあったが、出窓の人形たちをよく見たのははじめてだ。


(だって、いくらステキだからって、窓をジロジロとのぞきこむなんて、そんな不作法なこと……)


 はっと気づいて、ステラは窓から離れた。


「と、とりあえず中に入れてもらおう!」


 これで間違いだったり、誰も出ないようなら、一度精霊局に引き返すしかない。


(でも、几帳面なテラダさんが地図を書き間違えるとも思えないし……)


 そんなことを考えながら、呼び鈴を鳴らす。

 アンティーク調のオシャレなベルだった。


 カロコロという音色の後に、すき通った声が扉のむこうからやってきた。


「はい。いらっしゃいませ」


(いらっしゃいませ、ってことは、やっぱりここはお店なんだ)


 ステラがほっとしていると、中からドアが開いた。


「どんなご用かしら」


「ええと」


 思わず息をのむ。


 そこにいたのは、人形のような少女。


 着ている服は、黒いワンピースドレス。何十年もの時間をこえてきたような、クラシカルなデザインだ。

 くすんだ風合いの黒い生地の上に、細やかな白いレースが縫いつけられている。キレイだけれど、どことなくふりつもったホコリかクモの巣を連想させた。わざとそういう風に作ってあるのかもしれない。


 そして、彼女が手にしているのは……。

 ドクロだった。


「ひ……! ひぃやぁああーっ!」


 悲鳴を上げるステラの腕をつかんで、奇妙な少女はドアの中へと素早く引き入れた。




「……私はね、意思を持った人形なの。はじめは、ただの人形でしかなかったわ。けれど長い間、光のささない闇の中に閉じこめられて、何年もの夢とまどろみによって、心を持った」


 少女は胸のブローチをそっと押さえる。

 見るからに古風で上品なものだった。


「でもその心は、持ち主に置き去りにされた、さみしさと孤独しかしらない」


 長くてぱっちりしたまつ毛が、ふっとふせられた。


「それで私はずっと待っているの。どこかにいってしまった、持ち主が帰ってくる日を。何年も、何十年も。開くことのないオモチャ箱の中に、いつか光がさすのを待っている」


 そこまで話し終えて、少女はガイコツをぎゅっと抱きしめた。


「そ、そうなんだぁ……」


 本物の骨だと思ったのは、ステラのカン違いだった。

 こうしてよく見れば、作りものだとわかる。

 ドクロの形をしたポシェットだ。立体的に裁断されて、材質の質感も工夫されており、かなり本物らしくできてはいる。


「思い出に縛られる、悲しい人形の物語。長い孤独の時間」


 しゃらりと鎖の音がした。

 懐中時計を取り出して、悲劇の人形少女は満足げにほほ笑んだ。


 少女がしゃべりはじめてから、ゆうに十五分が経過していた。


「それが今日のファッションテーマよ」


「はあ……。ファッションテーマ……」


 この少女、本当は人形でもなんでもない。ごく普通の人間だ。


(年齢だって、きっと私とそう変わらないはずだよね)


 さっき語られたのは、架空のできごと。

 彼女が自分で作った服に与えた設定だ。

 あるいは、衣装を着ている間だけ、服が彼女に与えている物語、ともいえる。


「いくつものお洋服をまとい、いくつのも物語をつむぐ。私の名前はマーシャ。ここで仕立て屋を開いているわ」


 開いているというより、閉ざしていると表現した方がしっくりくる店構えだが。


「えっと……、私はステラだよ。この町の精霊局で働いている精霊術師で、光の精霊と仲が良いの」


「そう。それじゃあ、ステラ。あなたの物語を聞かせてちょうだい」


 マーシャの言葉に、ステラはきょとんとするばかり。


「物語って?」


「あらあら。ここは仕立て屋なのよ」


 困惑するステラに、マーシャはヒントを出してくれた。


「普通の服屋さんとの違いは何かしら」


 どう返事すれば、彼女は納得してくれるのか。

 ドギマギしながら、ステラは答えを探す。


「ふ、服を……、お客さんの服を作ってくれること? かな?」


「そうよ。もう完成している服じゃなくて、これから服を作り上げていく。あなただけの、特別な一着をね」


 優雅な手つきで、マーシャは紅茶のカップを手に取った。


「だから、どんな服を作りたいのか教えて」


「そのために物語が必要なの?」


 服を作るのに、物語が必要だなんて聞いたことがない。

 メインの色や生地の材質、どんな雰囲気にしたいか。といったことを客と職人とで話し合って決めていく。それが一般的な方法のはずだ。


(多分)


「私が作る服は、普段着じゃないわ。衣装なのよ」


 そう。精霊局のヒロインにぴったりな衣装を作ってもらうために、ステラはこの店にやってきたのだ。


「クッキーを作る時に、エプロンをはおっただけでも、気分が少し変わらない? お気に入りのパジャマを着ると、安心しない?」


 ステラはこくこくと素直にうなづいた。


「うん」


「人間は服を変えると、心も変わるの。普通の服だってそうなんだから、特別な衣装を着ると、人の気持ちはもっと大きく変わるものだわ」


 マーシャのいいたいことが、少しずつステラにもわかってきた。


「つまり……、どういうヒロインになりたいのか。それをイメージして、話すってこと?」


「そうよ。衣装を着て、どんな自分に変身したいのか。聞かせて」


 オシャレな仕立て屋マーシャは、にっこりとほほ笑んだ。

 本日のファッションテーマである孤独な人形少女の表情に、ほんの少しだけ職人としての顔が混ざりこんだ。

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