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その職業の根底はなんですか?


「はー……。格好良くなりたいな」


「藪から棒に何をいうんでしょうかね、この小娘は」


 道端の屋台で買った小魚のフライをかじりながら、悪役さんが投げやりなツッコミを返した。


「いやー。私も立派な精霊術師として名を上げていきたいなー、と考えているんだよ」


 別の屋台で買ったクレープを持ちながら、ステラはモニョモニョと答える。


「立派な精霊術師ねえ。んなこと俺にいわれてもな。ジイさんとかテラダにでも相談しろよ。アイツらは精霊に関しての専門家じゃねえか」


 もっともな意見である。

 実に堅実な発想だ。

 とても悪役さんの発言とは思えない。


「えーっと。もっと短期間で華々しくステップアップできるようなものが望ましく……」


「……」


 悪役さんは黙ったまま、これみよがしに珍妙な顔をしてみせた。

 そういう時は何をいってもバッサリ切られるだけなのだと、これまでの経験でわかっていたステラだが、今日ばかりはそれでもなお食い下がってみる。


「ちょっと考えてみたんだけど。精霊術師って冒険の役に立たないかな」


「役に立たない! 以上」


 悪役さんは空になった紙袋をクシャッとにぎりつぶした。

 ゴミを無造作にポケットに突っこんで、そのままステラとの立ち話を切り上げて去ろうとする。


「待ってよー!」


「うっとうしいわ!」


 悪役さんは振りむきざまに袖を閃かせる。

 目にも追えないその動き。

 気づけば、ステラは痛恨のチョップを額に叩きこまれていた。


「あうっ! うう。痛いなー、もう……」


「てかお前、少し前まで目立つのは嫌だとか抜かしてただろうが」


「うー……、だって。ミーティアに格好良いところを見せたいんだよー」


 ステラが隕石の精霊と親しくなってしばらくたった。

 ミーティアとすごすうちに、少しずつステラの中に不安や焦りが産まれてきた。

 三級精霊術師のパートナーとしては、ミーティアはあまりにも強く、また希少な存在だ。

 そんなミーティアにふさわしい精霊術師になろうと、ステラは無理な背伸びをしようとしていた。


「だいたい、お前な。一般的な冒険者の仕事って、どういうものか理解してるのかよ?」


「ん? 町の外に出て、遺跡や洞窟に隠されたお宝を探したりするんじゃないの? 冒険者って」


 恐れをしらぬアウトローたちが一攫千金を夢見る無頼な職業。

 というのがステラがぼんやりと思い描いている冒険者像だ。


 悪役さんは苦々しげな表情を見せた。


「そういう依頼もないこともないが……。条件の良い仕事はなかなか回ってこない。競争率も高いしな」


「そっか。じゃあ、うだつの上がらない冒険者は、どんな仕事をするんだろう?」


 ステラがウワサに聞いた話では、下っ端冒険者は延々と町外れの森で薬草を採取したり、畑を荒らすゴブリンをひたすら退治し続けるものらしい。


(どれだけ必死に薬草を探したり、ゴブリンをやっつけたところで、精霊術師として格が上がる気がしないなー。間近でゴブリンと遭遇したこともないんだけど)


「……とにかく。冒険者の仕事を真似て有名になろうだなんて、ヴァカげた考えは改めるこった。お前にゃ絶対無理だから」


 そういって、嘲るように手をひらひらと動かした。

 長い袖がテロテロと揺れる。


「ちょっ! バ、バカだの、無理だのってひどい言い草! 冒険者として活躍してる精霊術師もいるのに! 私はダメだって勝手に決めつけないでっ」


 吐き出そうと準備していた不平は、ノドの奥でつっかえて、それきり二度と出てくることはなかった。

 目の前にいる冒険者から返ってきたのは、侮蔑をはらんだ視線と冷笑だったから。


 気圧されたステラは、立ちすくむ。


 白い装束の冒険者は口を開いた。

 その口調は相手を突き放すようでもあり、同時に胸ぐらをつかんで引き寄せるようでもあった。


「気まぐれで自由を好む冒険者が、わざわざ冒険者ギルドなんていう面倒臭い組織を立ち上げている理由がわかるか?」


 わからない。

 ステラはその問いに答えることはできない。


 冒険者ギルドは未知の世界だが、精霊術師が作った組織のことならわかっている。

 精霊局が設立されたのは、精霊術師のためだ。

 精霊と交信する性質を持った者は、時として精霊と人との板挟みとなり、他の人間たちから忌まれることもあった。

 そんな精霊術師が、人間社会に溶けこむための居場所が精霊局だ。


(だから冒険者ギルドも、そんな感じでできたんじゃないのかな?)


「ギルドの登録は、最低限の保証を得るためだ」


「保証?」


 ステラは首をかしげる。

 命しらずの冒険者らしからぬ、安全志向の単語だ。


「まあ、お墨付きってやつだな。あるていどの腕っ節があるってことと、契約の取り決めを順守するっていう信用をギルドに承認してもらうんだ。コイツは一応それなりに仕事ができる奴ですよー、っていう」


 そして冷たくいい放つ。


「冒険者にとって、足を引っぱる仲間は味方じゃない。ソイツは依頼の遂行を阻害し、場合によってはメンバーの命さえも危険にさらしかねない。そんな奴はもはや味方とはいえない。敵だ」

 

 そこまでいって、悪役さんはロートルディの通りを歩いていく群衆をしばし眺めた。

 とっても幸せそうというわけでもなく、かといって悲痛な面持ちというわけでもない。

 誰もが気怠い平凡を肩に背負って、黙々と歩いて流れていく。そんな雑踏が流れる。


「……そう」


 赤眼の視線が、チラッとステラにむけられた。


「そう! だって因果なこの商売! 生と死は常に隣り合わせ! 冒険者にとって、それは賭けのコインの表と裏」


 重苦しい雰囲気ははじけて、いつものふざけた語りがはじまった。

 悪役さんの舌は流暢に回る。


「人間が単独でこなせる依頼ってのは限られてる。日々の飯代を稼ぐためにゃ、いくら孤高を気取る冒険者さまとて、頭数そろえて結束しなくちゃあならない。見事、気も合う息も合う最高の相棒と巡り会えりゃあ、これ幸い。だがそんな相手はまず見つからぬ。しょうが泣く泣く気の合わなくて息も合わない赤の他人と、金のためにはる共同戦線。はい、それが普通の冒険者の仕事風景ってなもんだ」


「そうなんだ」


 彼は茶化して話しているが、ステラが漠然と思い描いていたよりもずっと大変な仕事のようだ。


(軽い気持ちで冒険者になってみたいなんて、軽率な考えだったな。悪役さん、それで少し怒ったのかも)


「あの仕事は、楽しかったな」


 悪役さんがポツリと口にした言葉。

 何を指しているのかは、ステラにもすぐにわかった。


「拘束時間が長い割にトータルの収入はイマイチだったが、たまにはああいうのどかな仕事も悪かないね。命を取った取られたの世界じゃなくてさ」


 しみじみとつぶやく悪役さんの姿に、ステラは共感すると同時に異質さを感じた。

 この人は根からの冒険者だ。普通に生活している町の人とは、違う感性を持っている。

 悪役さんだって町の中にある当たり前の平穏にホッとする気持ちを持っているけれど、彼の本質的な居場所は温かな人の町ではないのだろう。彼の心はきっと、荒涼と殺伐とした世界にある。それがこの人の居場所なのだ。


「また精霊局のヒーローショーを再開できると良いね」


 悪役さんは、ニッと笑って快活にこういった。


「その時まで、俺が路地裏でくたばってなけりゃな!」


 冒険者のブラックジョークに、ステラは曖昧な笑みを返すだけだった。




 悪役さんの指摘に従って、ステラは精霊の専門家に相談を持ちかけることにした。

 精霊局で仕事が暇な時を見計らい、先輩精霊術師に声をかける。


「すみません。最近、精霊術師として悩んでるんです。ちょっと相談に乗ってもらえませんか?」


 歳相応以上の落ち着きオーラをまとった青年が、机からくるりと振り返る。


「なんだ」


 やはり先輩として頼りになるのはテラダさんだ。

 オーガスト局長は天才肌の人だから、相談したところでしがない凡人精霊術師のステラが実行できるようなアドバイスはこない。

 その点、テラダさんなら客観的かつ地に足のついた回答を期待できるのだ。


「もっと精霊術師としての実力を身につけたいんです。だって、今の私なんかじゃ、ミーティアには……、強い力を持つ精霊にはふさわしくないって気がして」


 テラダさんは少し黙ってから、予想外のことをつぶやいた。


「それはずいぶんと尊大な考えだな」


「えっ……。尊大、ですか?」


 悩みを打ち明けたのに、そんなことをいわれるなんて、ステラは思ってもみなかった。

 しかも尊大だとは。


(ええー!? そんな偉そうにした覚えはないんだけどなー……)


 ステラが困惑しているのを見ると、テラダさんは話を続けた。


「あの隕石の精霊に、関心を寄せるのはわかる。その一方で、他の精霊との関係をないがしろにしてはいないか? ミーティア……と名づけたあの精霊には、今のお前はふさわしくないという。ならば、これまで共にいた名前もつかないほど非力な精霊たちなら、今のままの実力で充分だ。そういう意味合いにも解釈が可能だ。もっとも、それもつきつめれば俺の主観的な認識にすぎないが」


 怒るでも責めるでもなく、あくまでも淡々とした口調。

 特に感情をこめているわけでもなく、ただ思考を素直にいい表していく。

 これがテラダさんの通常時のしゃべり方だ。


 でも、心に刺さる。


(尊大、か)


「ステラの心の悩みは、俺には解決策が見つからない。ただ、いつまでも見習いの三級でいたくないというのなら、具体的な方法を指南することはできる。どうする?」


 ステラは黙ってうつむいた。


(……痛いところを突かれたな)


 向上心があるのは、一般的には素晴らしいことだとされている。

 ステラの仕事が、例えば仕立て屋や料理人だったのなら、向上心は称賛されこそすれ否定はされなかっただろう。

 けれどステラは精霊術師なのだ。


(精霊術師の本分は、精霊と人間の間に良好な関係を結ぶこと)


 集中力や判断力も大切だが、最も重要視されるのは精霊との交信を円滑におこなうこと。

 すなわち精霊術師とは、コミュニケーション能力ありきの仕事なのだ。


(うう。認めたくないけど、私ってたしかに尊大になってたのかも……。特定の精霊だけをヒイキしたり、その子から良く見られたいからって無理な背伸びをするのって、なんか嫌な感じの精霊術師だよね)


「……」


 ステラが意気消沈していると、テラダさんはいつもの無表情のまま、机の引き出しから何かを取り出した。

 そしてそれをポンッとステラに手渡した。

 渡されたのは、分厚い書物だ。ズシリと重たい。紙の集合体のくせに重々しいプレッシャーすら放っている。


「えーと……。これは?」


「二級試験のテキストだ。この本を活用して、さらなる高みを目指すと良い」


「うええっ!? いやっ、やっぱり私は背伸びすることなく今のままでいようと思うんですよねー!」


 テラダさんは少しだけ怪訝な顔をした。


「さっき具体的な方法を指南しようかと確認したら、うなずかなかったか?」


「あれはうつむいたんです!!」


 精霊術師は精霊とのコミュニケーションを生業とする職業だが、かといって精霊術師同士がいつでも正確なコミュニケーションができるというわけではないのである。

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