ステラはヒーローになるそうです
「精霊局の知名度が低いというのは、改善すべき問題かと」
ステラと局長の押し問答がようやく終結したところで、テラダさんがそういった。
武骨な手には、ほうじ茶の入った湯のみ。
ステラと局長の堂々巡りの議論の間に、のんびりお茶でも用意してきたのだろう。一人で。
(マ、マイペースこの上ない……)
「そうじゃろう、そうじゃろう! ワシも同じ考えだ」
苦労してステラが消し止めた、局長のやる気スイッチが再点火。
(なんてことをしてくれるんですかーっ!?)
「騎士団の立派なヨロイみたいに、精霊局でも見栄えのする制服を仕立てるというのはどうかね?」
オーガスト局長は、自慢げに胸をはった。
オシャレには、こだわりがあるのである。
今日の服は、温かみのある灰色地に、しぶくて落ち着いたオレンジのストライプが入っている。
紳士風の上品さを演出すると同時に、活発な印象もあたえる一着だ。
「う、うーん。制服ですかー」
制服ということは、みんな同じデザインの服を着るということだ。
ステラは精霊局の面々を見わたした。といっても、自分をふくめても三人しかいないのだが。
オーガスト局長は、小柄で小粋なおじいさん。
テラダさんは背が高くて、がっしりした体格だ。
そしてステラは十四歳の女の子。
(この全員に似合う制服って、ちょっと思いつかないな〜……)
ダサくなるのは目に見えている。
ステラは心の中で声が枯れるほどの「NO!」を叫ぶ。
けれど実際には違う。
曖昧な苦笑を浮かべながら、なりゆきを見守っているだけ。
局長の意見を熟考していたテラダさんが、口を開いた。
「制服やシンボルを目立たせれば、たしかに精霊局を印象づける効果があります。しかし制服を導入するだけでは、精霊局のアピールとしては弱いかと」
「そうですよね! 派手で目立つデザインって、一歩間違えると悪シュミな感じにもなっちゃいますし!」
すかさず便乗する。
ステラとしては、今よりもっとダサい服になっては嫌なので、制服は却下の流れに持っていく。
「質の高い制服を作るには、それなりの費用もかかります。人数が少ない分、量産ができません。かえって一着当たりの費用は割高になりますよ」
「うぐっ! ……テラダ君はいつも現実的じゃのう」
オーガスト局長は、次の案を出してきた。
「ならば、町中のニュースとなるような偉業を達成するのじゃ! この世界の真理に近づく大発見! 巨大な悪を打ちのめし、古代文明のナゾを解き明かし、八面六臂の大活躍!」
さすがにこれには、引っこみ思案ステラもツッコミ入れてしまう。
入れざるを得ない。
「もう! ムチャをいわないでくださいよ。それって案というより、絵空事じゃないですか」
「ダメかのう?」
「ダメというか……。不可能ですよ!」
三級精霊術師のステラには、無理難題。
実力が上のオーガスト局長やテラダさんにだって、そんな大活躍ができるとは思えない。
「大活躍……。良い発想だと思います」
「じゃろ、じゃろ〜!」
「ええっ?」
テラダさんらしからぬ発言に、ステラは耳を我が耳を疑った
いきなり泥沼にはまったような。
突然岩山がくずれたような。
まったく予想外のショックである。
「ど、ど、どうしちゃったんですか? テラダさん!」
冷静沈着で質実剛健なリアリスト。
暴走しがちなオーガスト局長に、ブレーキをかける歯止め役。
いつものクールなミスター・テラダは、いったいどこにいってしまったのか!?
「そんなビッグニュースなんて、都合良く起こりませんよ!」
ステラが反論すると、テラダさんはこうさらっといってのけた。
「だから自分たちの手で、都合の良いものを作り出す。事件を起こして、活躍する」
「そ、それって……。ウソじゃないですか!」
「そう。上質の虚構を作り上げる。それが精霊局の宣伝になる」
オーガスト局長が、ニヤッと笑う。
「芝居か」
「え? お芝居?」
「架空のヒーローに、精霊局をアピールしてもらう。着るのは本物の金属ヨロイではなく、舞台用の衣装。実際の事件ではなく、シナリオどおりのドラマをなぞる。全てはウソ。だが、現実的な方法だと思う」
たしかに、本物のドラゴン退治をなしとげるより、そのお芝居をする方が、よっぽど楽だ。
(それはそうだけど)
とはいっても、きちんとした出しものにするには、それなりに役者の努力がいるものだ。
ステラは町のお祭りで、何度か演劇を見たことがあった。
大勢の人に注目されながら、すらすらとセリフをしゃべり、仕草や表情まで役になりきる。
芝居の内容も面白かったが、ステラは役者たちの技術や度胸にも、ずいぶんと感心したものだ。
(私なら舞台に立つだけで、心臓発作を起こしそう。大勢の目の前で失敗……、しちゃうかもしれないのに。役者さんたちはよく平気でいられるな〜)
けれど、見る分には楽しいのだ。
「それって良いアイディアだと思います! 役者さんにたのんで、精霊局のヒーロー役を演じてもらうんですね!」
オーガスト局長とテラダさんが、じーっとステラを見つめた。
「?」
「光の精霊使いの少女か」
「へ?」
「本物の精霊術師が主人公……。充分な宣伝効果が期待できそうです」
「はい?」
「お! 良いことを思いついたぞ! 舞台演出に、本物の精霊術を使うんじゃ! 火と風なら、このワシにまかせておけいっ! フハーッ、ハハハハッ!!」
「なるほど……。精霊術を使えば、火薬や音響装置を使わずに済みますね。kろえなら、低予算でリアルな演出が可能になりますよ。ただ、場所によっては充分な安全対策が要求されそうですね」
「まあ、そういう細かいことは後回しでよかろ。それより、ヒーローというからには、いかした必殺技がほしいのう〜」
「主人公の名前と衣装も考えなくてはいけませんね」
「公募してみるか?」
「どうでしょう……。そもそも、今の段階では精霊局の知名度は低いですから……。こんな現状で、良い案が集まるかどうか」
「はりきって募集して、応募が一通もこんかったら、むなしさ百倍じゃのう」
なんだか、勝手にどんどん話が進んでいるもよう。
「万人受けする、オーソドックスな路線でいくか……。インパクト重視で、あえて奇抜なコンセプトにするか……」
テラダさんがノートを取り出し、局長との話し合いを書きとめはじめた。
ぼう然と会話の流れを追っていたいたステラの頭が、これは大変なことになったとようやく気づく。
「ちょ、ちょっとストップ! 待ってください! 私、正義のヒーローになんてなれません!」
オーガスト局長が不敵にほほ笑んだ。
「安心せい。お前自身がなれんでも、周りでそう仕立て上げてやるわい」
「し、仕立て上げるって……」
「心配はいらない。実際の英雄もそんなものだ」
テラダさんの言葉はちっとも気休めにはならないのだ。
自分が光らせた街灯に見守られ、ステラは家路にむかう。
街灯ごしに夜空を見上げる。
(今日ももうすぐ終わりだな〜)
今宵は新月。月が出ないので、明かりがなければ、夜道は真っ暗になってしまう。
レンガの家が建ちならぶ、ロートルディの町。
ステラが住んでいるのは、こじんまりとした共同住宅だ。
三階の小さな部屋は、屋根裏のヒミツ基地じみた楽しさがあった。
「ただいま」
返事をしてくれる人はいない。
この町で、ステラ一人で生活している。
暗かった部屋に、ぱっと明かりが灯る。
もちろんロウソクの火ではない。ランプでもない。精霊のオーブは高級品なので、ステラ個人では所有していない。
細い杖を持ったステラの周囲で、光の玉がふらふらと飛んでいる。
サイズはにぎったゲンコツと同じぐらい。
精霊のオーブに宿らせなくても、ステラは光精を直接呼び出し、自分のそばにとどまらせることもできるのだ!
……精霊術師を名乗る者なら、ほとんど誰でもできる基本的な術だ。
「はー、憂鬱……」
部屋は明るくなったものの、明日のことを思うと暗い気分のステラだった。
コートを脱いで壁にかけると、ベッドにもたれかかる。
小さめの省スペース設計だが、天蓋つきのベッドだ。ドーム状に張られた布には、天体の模様が描かれている。
この寝台が、数少ないステラの財産だった。
気晴らしのウィンドウショッピングのつもりが、デザインに一目ぼれ。
家具屋の店主のおばさんにたのんで、給料が貯まるまで取り置いてもらった思い出の品だ。
多少分不相応な出費でも、ベッドは気に入ったものがほしかった。
生活の中で嫌なことがあった時に、逃げこめる場所なのだから。
「嫌だなー。早く局長たちの気が変わってくれれば良いんだけど」
オーガスト局長は熱しやすく冷めやすい。いつもポンポン口に出す、とんでもないアイディアの数々は、けっきょくはその場かぎりの気まぐれにすぎない。
困ったのは、テラダさんまでもが精霊局ヒロイン計画に積極的なことだ。
このタッグが曲者なのだ。
局長の自由ほんぽうな発想を元に、テラダさんが実現可能なラインを見きわめ、黙々と準備を進めていく……。恐ろしいコンビだ。
「もちろん私だって、精霊局の宣伝には賛成するけど……」
光の玉は安物のサイドテーブルの上で低空飛行している。
ステラはからかうように、指でちょちょいとつつく。
「賛成はするけど……」
指がぴたりととまった。
「自分が正義のヒーローになるだなんて! それは嫌っ!」
大きくなったステラの声に、光の玉はおどろいて、ぴゅーんと逃げ去った。
(おっと……! いけない、いけない。夜は静かにしなくちゃね。反省)
ステラはあわてて口を押さえた。
今さらそんなことをしても、もう意味はないのだが。
賛成はするが、協力はしない。
それが自己中心的な考えだということは、ステラにもわかっている。
わかってはいるが。
「はあ……」
人前に立つ。それを考えただけで、緊張で手が汗ばむ。
世の中には、スターになりたくて、どんな努力だっておしまない人だっている。
もしできるのなら、そんな人と今の自分の立場を入れ替えてしまいたい。
(悩んでもしかたがない。もう寝ちゃおう)
寝つきを良くするため、ステラは眠りにつく前に、ミルク多めのホットココアを飲んだ。
それから、お気に入りの星空のベッドにもぐりこむ。
「ふわ〜」
冬の朝日は、どことなく幻想的だ。
お湯をわかしながら、ステラは窓からの景色をながめる。
「よっと」
三個セットになっている火精のカマド石を三角形に配置する。ステラはその上にヤカンを乗せた。
これがあれば、どこでも煮炊きができるすぐれものだ。火の精霊の方が人間に歩み寄って力を貸してくれるので、普通の人でも使える。値段もお手ごろで、一人暮らしの必需品といったところだ。
ただし火精のカマド石は、そう便利なことばかりではない。
作ったご飯を残したりすると、この精霊はとても機嫌を悪くする。
さらに乱雑に汚らしく使うと、精霊は怒って石から出ていってしまうらしい。辺り構わずに炎をまき散らしながら。
「……」
ステラはたいそう丁寧にカマド石をあつかった。
お湯がわいたら、ステラはホットココアとベーグルの朝食をとる。
「いただきまーす」
干し果物入りのベーグルに、クリームチーズをつけて食べる。
もう一つのゴマ入りのベーグルには、ハムとレタスをはさんだ。
最後にホットココアを飲めば、お腹も口も、幸せで満たされる。
「美味し〜い。これが新しい一日を迎える原動力だよ」
朝の身支度が済んだ頃には、ステラが呼び出した光の玉は部屋から消えていた。
街灯のオーブの光も、弱まっているだろう。
光の精霊たちが、死んでしまったわけではない。
姿が見えなくなっただけ。
明るい太陽の下では、淡い光は輝けないものだ。
朝の散歩はステラの日課。
石畳の道は日ざしを受けているが、まだひんやりとした冷気を残していた。
「今日も冷えるな〜」
体を温めるために、ステラは元気良く進んだ。
歩くと気分が良い。時にステキなお店を見つけたり、可愛い動物を見かけたりもする。
そして季節の移り変わりを肌で感じ取る。
自然と親しむのは、精霊術師にとって大切なことだ。
「……って、うわぁーっ!」
十番目のストリート、遠ざかるトカゲ通りにさしかかった時。
ステラの目に、悲しい光景が飛びこんできた。
「何、これ……。ひどい」
街灯に設置されたオーブが、数個なくなっていた。
遠ざかるトカゲ通りは、あまり治安の良い場所ではない。ロートルディの町の中でなら最悪だ。
だからこそ、街灯で夜道を明るくする必要がある。真っ暗な道はとても危険だ。
それなのに。
「こんなの、許せない!」
誰がなんのために、こんなことをしたのか。
ステラにはわからない。
夜道の明かりに、こんな悪質なイタズラをする者の心がわからない。
「……精霊局の役目を多くの人に伝えられたら。そして、理解してもらえたら。こんなこともなくなるのかな?」
本当のステラは、冒険に旅立つ勇気もなく、悪者をやっつける力もない。
弱虫で臆病で、情けない奴だ。
(私には強い力はないけれど、夜の町を安全に照らすことはできる!)
それだけはできる。
それだけは、なしとげたい。
「よし」
きゅっと小さな拳をにぎる。
こめられた思いは、怒りでも悔しさでもない。
「精霊局の正義のヒーローに、なってやるんだから」
決心だった。