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不幸が蜜の味とは限りません

 薄明の朝は、部屋の空気も冷え切っている。

 ベッドの上で温かな毛布にくるまる少女が一人。


「寒いよ〜」


 もぞもぞしながら、不平をこぼす。

 そんな抵抗も、長くは続かない。


「うーん。でも起きなきゃ」


 非情な現実と時間が、ステラを温かな寝床から追い出すのだ。


 今日の朝食のメニューはホットケーキだ。飲みものはホットココア。野菜と鶏肉の入ったスープもある。

 ステラは二人分の食事を用意する。


「ミーティア! 朝ご飯ができたよ。いっしょに食べよう」


 誰もいないように見える部屋にむかってステラが声をかけると、闇が凝固して歪な人の形を作っていく。

 ミーティア。隕石の精霊だ。

 見た目は不気味で無機質な印象だが、内面は良くも悪くも純粋である。


『ホットケーキ ガ アル 生活。トテモ シアワセ……』


 リボン状の腕で器用にフォークを持ちながら、しみじみとつぶやく。

 凛とした硬質な表情は崩さないまま、精霊は一心不乱にホットケーキを口に運ぶ。


「……」


 無邪気なこの挙動からは想像できないが、ミーティアは強い力を持っている。

 本来なら、ステラの実力とは釣り合わない精霊だ。

 ミーティアといっしょにすごせるのは、いくつもの偶然の要因が重なった結果でしかない。


「ご飯、美味しい?」


『ンー……』


 ミーティアは考えこんだ。


『マダ オイシイ ッテ コト、ワカラナイ』


 そういいながらも、一心不乱にホットケーキをたいらげていく。

 外見だけなら充分大人びている異形の精霊が、今は童子のようなあどけなさを見せていた。

 それは可愛らしいとか微笑ましいということもできたけれど、どことなく悲哀を感じさせた。


 もっともそれは単にステラがそう感じただけのことだ。

 当のミーティア本人は一向に気にする様子はない。


『シロップ モット ホシイ』


「あっ。はい、どうぞ。意外と甘党なんだなー」


 メープルシロップの入ったビンを手渡すと、ミーティアは惜しげもなくホットケーキにかけた。

 そこには一切の躊躇も遠慮もないっ!! 


「あーっ! そっ、そんなにたくさん使うなんて……。それ、けっこう高いやつ!」


『?』


 不思議そうな顔をして、ミーティアが首をかしげる。

 おそらくミーティアは金銭の価値をわかっていない。

 長年一人きりで存在してきた精霊には、不要な知識だ。


「うう……。なんでもないよ。気にせず召し上がれ〜……」


『ハイ』


 悔やんでも仕方がないことだ。

 一度ビンから出してしまったメープルシロップを元に戻すことはできない。

 昔の人がいったように、覆水盆に返らずなのである。


「でも次からは、一気にダバーするのはやめてね」


『ハーイ』




 朝食が済んだら、散歩をするのがステラの日課だ。


「ミーティアもいっしょにくる?」


 部屋のドアの前で、コートを着こみながらステラが尋ねる。

 この質問を投げかけるのは、これが七回目。


『……イカナイ。ココ ニ イル』


 ミーティアがそれを断るのも、これで七回目だった。


「そっか。わかった」


 前にミーティアは騒ぎを起こして、ロートルディの町のあちらこちらに真っ黒なシミを残した。

 その汚れはステラたちが一生懸命掃除して、どうにかこうにか元の状態にまで戻した。

 しかし痕跡が消えても、ミーティアが騒動を起こしたという事実は変わらない。

 そのことを気にしてか、町の修復を終えてからミーティアはずっとステラの部屋に居着いている。


『ステラ ハ……』


 ミーティアの声で、ステラはドアを閉めかけていた手を止める。

 耳をすまして、次の言葉を待った。


『イツモ 出カケル』


 ステラはいつも出かける。

 まさしくそのとおりなのだが、どういった気持ちがこめられている発言なのかは不明だ。

 追求してみようにも、闇をまとった隕石の精霊はすでに部屋の隅の暗闇に溶けこんでしまっていた。


(それはいったいどういう意味だったんでしょーか)


 釈然としない思いをかかえつつ、やっぱりステラは外に出かけるのだった。




(我ながら、変わりばえのしない生活だよなー)


 テクテクと歩きながら、自分の生活を省みる。

 ステラの暮らしは平凡で、毎日が似たようなことの繰り返しだ。

 少し前までこの時間は、体力作りのためにランニングをしてた。でも、もうその練習は必要なくなった。


「……」


 血沸き肉踊る冒険もなければ、研究にいそしむ魔法使いのような情念もなく、精霊局の面々はただひたすらに町の人が日々の生活を当たり前に送るための業務をこなすだけの毎日だ。

 ここ最近ステラが非日常を実感したのは、ヒーローショーでシャイニー・セレスタを演じていた時と、暴走するミーティアと対面した時ぐらいのものだ。

 その二つにひとまずの終止符がうたれた今、ステラは日々押し寄せるありきたりな日常に流されるだけになっていた。


(もちろんその流れに逆らうような、気概も意地もないんだけど)


 小路から大通りへと出た。

 雑踏に逆らうこともなく、ステラもすぐに人ごみの一部と化す。


(何か私の良いところを……。どうせなら、特別でステキな私をミーティアに見せたいな)


 無表情で道を歩く無個性の集団に同化しながら、ステラは非凡を望んでいた。


(つまらない私なんかじゃなくて)




 散歩の途中で、ステラは町の本屋をのぞく。

 昔、書物は非常に貴重なものだった。古代の伝説では、記録を司る神(神、つまりは偉大な精霊)パピィ=リュースだけがこの世の全ての出来事を記した書物を持っていたという。

 しかし、ある町の職人が質の良い紙を量産する方法を考え出し、ある町の魔法使いが文字を複製する方法を編み出したことで、本は庶民にも手の届くものとなった。

 そうして出版されていく本は膨大で、伝説のパピィ=リュースの書物ほどではないけれど、この世の様々な知識や思いを文字にして残している。


 普段ステラが読むのは、レシピなどの実用書や、趣味の星について特集された本だ。

 でも、料理コーナーもホビーコーナーも専門書コーナーも今はスルー。

 ステラがむかうのは、児童書が置いてある一角だ。


(小さい子やその保護者ばかりだ。なんか、軽く場違い感が……。ちょっと恥ずかしいかも)


 多少の居心地の悪さを感じたが、すぐにその思いを消し去った。

 ステラの見た目はまだ幼さが残っているし、年齢的にも子供の範疇だ。

 それに、幼児向けの本を大人が読んではいけないという決まりもない。


(まあ……。ミーティアへのプレゼントだしね)


 あの精霊は言葉を見つけたいといっていた。

 そんなミーティアに、本を贈るのはなかなか良い考えに思えた。

 いきなり難しい文字に挑戦するのはハードなので、まずは字の学習も兼ねて子供の本を、というわけだ。


(んーと。どの本が良いかな)


 売り場をさまよいながら、贈り物を吟味する。

 プレゼントを選ぶのは楽しい一時だ。少しだけ特別な気持ちになれる。


(絵本が良いかな。あまり文字がいっぱいだと、読むのも疲れちゃうだろうし)


 一冊の本が目にとまった。

 表紙に描かれているのは二匹の動物だ。黒い羊と純白のヤギ。どちらもふわふわとした毛並みをしている。デフォルメの具合も秀逸で、崩しすぎずリアルすぎずの画風の匙加減がなんとも絶妙だ。


(あ、可愛いなー!)


 それでステラはホイホイと、表紙の絵につられてその本を買った。

 装飾がかった文字で書かれたタイトルには、あまり注意を払わなかった。

 絵本のタイトルは、『嫌われブラックシープと殴られスケープゴート』。ドロドロとした人生の暗部をファンシーな動物の姿にのせて描いた迷作絵本だ。




 その事実にステラが気づくのは、家に帰ってミーティアに本を渡してしまってからのことだった。


『コレ、クレル? ウレシイ……。トテモ』


「あー……。う……、うんっ!」


 今さらプレゼントの変更などできない状況。

 苦笑いでお茶を濁す。


『ステラ! ヨンデ! オハナシ!』


 こんなにもキラキラとした瞳をミーティアからむけられると、とうてい断ることなんてできないステラだった。


「えーと、じゃあ……。よ、読むよー」


『楽シミ!』


 ステラは読んだ。

 人生の悲喜交々を。


 実の両親からも愛されずに、社会の倫理や道徳も学ぶことなく育っていく、不気味な黒羊。

 アルコール依存症の父親から暴力を振るわれ続ける子供時代をすごし、どこか心が欠けたまま大人になった白ヤギ。


 物語の中で、二匹が出会う。互いに容赦なく傷つけ合い、それぞれが抱える心の闇は膨れ上がっていく……。


(こ、ここからどんな展開が起きれば、ハッピーエンドになるんだろう)


 ページをめくるステラの危惧を無視するかのように、物語は破滅の道へと進む。

 二匹がむかえた結末は、一欠片の救いもないものだった。


「……おしまい」


 一冊の絵本を読み終えただけで、重い徒労感がステラを襲う。


(こ、こんな暗い絵本、買うんじゃなかった……)


『ステラ』


 ミーティアが口を開く。


『コレ ハ、オハナシ?』


「? えーと、一応はこれでも絵本ということになっているけど」


 ミーティアは考えごとのポーズをした。

 触手のような腕をくにゃっと曲げて、腕組みをする。

 言葉が上手く通じなかったので、何か別のいい方を探しているようだ。


『ココ ニ 書イテアル コト、スベテ 偽リ?』


 ミーティアはさらに言葉をつけ加えた。


『誰カラ モ、愛サレナイ ノハ……。理由モ ナク、傷ツケラレル ノハ……。コノ 世界 デ、本当 ニ アル?』


 ようやくステラにも、ミーティアの質問がつかめてきた。


「そうだね……」


 陰鬱な絵本の表紙をパタンと閉じながら、ステラは答えた。


「そういうことも、この世界にはあるよ」


『ソウ……』


(よりによって、どうしてこんな本を買っちゃったんだ。プレゼントなんだから、内容をよく確かめれば良かった……)


 激しく後悔するステラ。

 その横でミーティアは、『嫌われブラックシープと殴られスケープゴート』のページを何度も何度もめくっていた。


「まさか、その本が気に入ったの!?」


『ウン』


「はー……。そうですか」


 予想外の返事に、ステラはのけぞる。


『黒 ノ 羊……。白 ノ ヤギ……。ヒトリボッチ ナ トコロ、気ニ イッタ。ワタシ ト イッショ!』


「……」


 またしても予想外の発言に、一瞬ステラは言葉を失いそうになる。

 が、ステラの心はすぐに平常運転へと切り替わる。移行はとてもスムーズだ。


「もう! 私の部屋に居候しておいて、自分は一人ぼっちだなんて嘆くとは……、ミーティアも良い根性してるね〜。うりゃ!」


 たわむれるように、異形の精霊の体を軽く叩く。

 チラリと顔をのぞかせた精霊の孤独を平凡な日常というシーンで包みこんでしまう。うやむやにしてしまう。

 ごまかしでしかないことは、ステラもよくわかっていた。


(こういう時、何か立派なことや感動的なことがいえれば良いのにな)


 それがいえないステラは、ただいつもどおりの表情で、問題を日常風景の中へと丸めこむのだ。




 朝がくれば、一日のはじまりで、ステラの起きる時間になる。

 この日も太陽は無遅刻無欠席を守り、日の出の時刻きっかりに顔を出した。

 ステラももぞもぞと動き出して、朝食を用意する。

 太陽と同じぐらい規則正しい生活だった。


 今日のメニューは、具だくさんのマフィンサンドとフルーツサラダだ。


「美味しい?」


 何気なく聞いた質問だった。


『……』


 ミーティアは深く考えこんだ。

 自分の中から、ゆっくりと答えを探すように。


『オイシイ』


 精霊はハッキリと答えた。


『自分 ノ タメ ニ、料理 ヲ ツクッテ クレル 人 ガ、イル。ソレ ハ、トテモ シアワセ ナ コト』

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