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意志疎通は現在発展途上です

 事態が終息してすぐ、疲れ果てたステラは泥のような深い眠りに落ちた。

 そのままずっと眠りの世界で遊んでいたかったが、朝というものは容赦なくやってくる。


「うう……。まだ寝たりないよ……」


 あれこれ不満を垂れつつ、結局は起きる。

 ステラにはいくべき場所と、待っている人たちがいるから。


「ふあ〜」


 目をこすり、背伸びして、部屋にさしこむ朝日を浴びる。


「朝がきたんだなあ」


 朝の日ざし。

 それは希望であって。それは義務であって。

 受け取り方は人間次第だけれど、そんなことには関係なく太陽は昇る。


「おはよう。よく眠れた?」


 ステラは新しい同居者に声をかける。

 その声に応えるかのように、部屋の片隅、光の届かない暗がりから、影のような何かがにじみ出す。


「ミーティア」


『……』


 それが精霊の名だ。

 いつまでも隕石の精霊、と呼ぶのは味気がないとステラが命名した。


『……オハヨウ』


 この町で、また新しいステラの一日がはじまる。




 ロートルディの町を元の状態に戻すのは大変だった。

 町を染め上げた黒く不気味な影のようなもの。

 これを除去するのは、とても根気のいる作業だ。


 屋根の上で悪役さんがほえる。


「このジュクジュクしたシミみたいなもんは、どーやったら落ちるんでしょーか? 朝日が出てくるまでは、おどろおどろしい暗黒オーラが立ち昇っておりましたが? というか、人間が触っても平気なもんなのでしょーか? ワタクシ命しらずの勇敢な冒険者とはいえ、掃除すんのに多大な勇気がいるんですけど」


 いつもの服の上に、三角頭巾とゴム手袋で武装を固めた悪役さんが、屋根の上でブラシを振り回す。


『……』


 隕石の精霊ミーティアは、ステラにむかってささやいた。

 ミーティアのたどたどしい言葉を聞き取り、通訳する。


「えーと。結論からいうと、その黒いものは気合をこめて掃除すれば落ちます。はい、文句をいわずに頑張って掃除しましょう」


「どういう理屈だ!」


 即座にツッコミが入る。


「ミーティアがいうには、それは宇宙の闇に孤独や不安や憎悪を混ぜて凝縮したエネルギーなんだって。だから光で相殺されるし、人間のポジティブな感情をぶつけてやれば中和ができちゃう」


 町で暴れていた時のミーティアはそういうものをまき散らしていたのだ。


「はあ、孤独ねえ。それって、人の手で落ちるもんなのか?」


 バンダナとエプロンを装着したステラは、石畳をひたすらモップでこする。

 その手を休めずに返事をした。


「放っておかれるよりは、ずっと早く」


 ミーティアは細長い腕を伸ばし、昨日の自分がつけた黒いシミに直接触れて、闇と孤独を分解していた。




 精霊局は精霊局で、仕事に追われていた。

 二人の優秀な精霊術師が、書類の山を前に黙々と働いている。


「ワシ、もう書類書くの嫌だ。外に遊びにいきたい……」


「ふてくされているヒマがあったら、手を動かしてください」


 オーガスト局長とテラダさんは、どちらも欠けることなく二人そろって面倒な事後処理に追われることになった。

 今回の出来事について、精霊局の本部へ報告書を提出せねばならず、またロートルディの町からは事件の説明を求められた。


「はー、もうヘトヘト。ちょっと休憩ね。ワシ、肩こっちゃった」


「……」


 ジトっとした目で、テラダさんが冷ややかな視線をむける。

 それを跳ね返すような局長の笑み。


「なんなんですか。急にニヤけて」


「ううん。別に。昨日はもうその場のノリと勢いで、うおーっ、ワシの命を犠牲にするぞーっ、どりゃーっ! って感じだったんだけど。今日になってみたら、ちと考えが変わってな。あー、ワシ生きてて良かったなーって思っただけ」


「局長……」


「うむ! だからこそ! この老い先短い老人が、生命のすばらしさを謳歌するため! ちょっとばかり外を散歩して、こじゃれた珈琲館カフェーで一息ついたとて、バチは当たらんじゃろう?」


 テラダさんのため息。

 その視線が時計の針へとむけられる。

 ずいぶん長い間、机に座りっぱなしだったことに気づく。

 食事もロクにとっていない。


「休憩を取るなら、あくまでも作業能率を上げるための気分転換だという自覚を忘れないでください。……どうぞ」


「ひゃっほー! ……オホン。どうもすまんね、テラダくん。では、いってくるよ」


 遊びに飛び出す子供のような顔つきで、しかし身支度は紳士の風采で、オーガスト局長は出かける準備。

 帽子を片手に、もう片手でドアノブに触れながら、局長がふりむく。


「テラダくん。こうしてまた精霊局ですごすいつもの明日をむかえられて、ワシは本当にうれしく思っているよ」


「……」


 滅多なことでは感情を見せるものではない、という価値観のもとで育った素朴で武骨な青年は、ただ一度、ハッキリとうなづいた。




『……』


 ミーティアの手がピタリととまる。

 何か考えごとをするかのような沈黙。


(ミーティア?)


 その顔つきは人形のように無表情だったが、見る者に悲哀を感じさせる。

 声をかけようとして、ステラは言葉に詰まった。

 それほど、このはるか遠くの星からやってきた精霊は、悲しげなたたずまいをしていた。


 だがこの男はそんな感傷を許さない!


「コルァーッ! そっこのお前ぅえぇええっ、さぼってんじゃねえ! キビキビ動きやがれ! この俺がっ、こうして額に汗し身を粉にして労働しているというのに! ギシャアァアーッ!!」


 屋根の上から、悪役さんの目が厳しく光る。

 人一倍働くのが嫌だからこそ、同じ仕事をしている他の奴らが手を抜くことが許せない!

 悪役さんはそういう男だ!!


「ゴルァアアーッ! ピルゥラァアアーッッツ!!」


 突然、一つの家の窓がガラリと開いたかと思うと、ザマス眼鏡をかけた神経質そうな女性が顔を出した。


「なんなのですか? その奇怪な声、とても耳障りです。お黙りなさい」


「……サーセンした。気ぃつけます」


 ミーティアに話しかけるなら、屋根の上の変人がしおらしくしている今がチャンスだ。


「どうかした?」


 モップを手にしたステラが近づく。


『……コレ ガ、オワッタラ……。ワタシ ハ、ドウスルノカ……ト、カンガエタ。デモ……』


 暴走の後始末が終われば、次には日常がやってくる。


『何モ……。何モ、思イツカナカッタ。ワタシ ノ、コレカラ、何モ ナイ』


「うーん」


 まだしばらくはこの労働は終わりそうにない。

 それでもいずれ、いつもどおりの毎日が町に戻ってくる。

 ステラは再びその流れに乗るだけだ。

 だが、何とも関わらずにひっそりと長い歳月を送ってきた精霊が、そうやすやすと町の流れに順応できるとも思えない。


「少しずつ見つけていけば良いよ。好きな場所とか、やりたいこととか、ほしいものとか」


 悩んだ挙句、そんな月並みな言葉しか出てこなかった。


「高い場所が好き。ゴロゴロ楽しくすごしたい。最低限の責務と労働で、食いっぱぐれることがないていどの金がほしい」


「悪役さんはちょっと黙ってようね」




 一日の仕事を終えて、家へと帰る。


「そういえば、ミーティアって何か食べるの?」


 精霊の食事形態は様々だ。

 まったく何も食べないで平気な者もいれば、食べもののエッセンスを摂取しなければ存在を維持できない者もいる。

 特に後者の要素が強まった精霊は、血肉を持つ実体を手に入れ、生きもののように子孫を残す。彼らのことは、一般的に妖精族の末裔と呼ばれている。深い森に住まうというエルフも、岩山に暮らすドワーフも、緑肌の害獣として悪名高いゴブリンでさえも。


「何か食べられそうなもの、あるかな?」


 帰りがけにお店で買った食べものをガサゴソとテーブルに広げる。

 今日はとても自炊などする気力がなかったので、簡単に食事を済ますつもりだ。


「これは私が好きなパン屋さんのベーグル。あと、売れ残ってたサンドイッチ。中身はハムと卵だよー」


『コレ ガ、ニンゲン ノ タベモノ……』


 ミーティアは食卓を覗きこみ関心をしめしたが、結局この時は何も手をつけなかった。

 その後も、食事の後片付けをするステラの様子を少し離れたところから、じっと見つめていた。


(なんだろう? 人間の生活にまだ慣れてないのかな?)


 日常の雑事を終わらせ、眠る前の自由な一時。

 ステラは甘いココアを作った。

 くたびれた体も、温かなココアを飲めば元気が出てくる。疲労を貯めこんだ体に、優しい甘さがしみわたる。

 小さなコンペイトウを入れて飲むのが、ステラの中ではマイブームだ。


「……」


 この特別な形をした砂糖の結晶を見ると、ステラはシャイニー・セレスタのことを思い出す。

 可愛くて、でも頼りになるコンペイトウみたいな女の子になりたくて、ステラはこの数ヶ月奮闘していた。


(……間接的な原因とはいえ、光を使ったショーが精霊暴走の引き金となった以上、これまでどおりとはいかないよね)


 精霊局はロートルディの町だけにあるわけではない。

 本部や他の町の精霊局からの目がある。

 しかし、オーガスト局長は各地の精霊術師たちと強いコネクションと幅広い交友関係を築き上げているし、テラダさんは不利な状況でも被害を最小限にする手腕を持っている。


(一番甘い見とおしで、当面ヒーローショーは活動の自粛ってとこかな)


 甘いココアを飲みながら、ステラは今後の動向について考える。

 ふと、ミーティアが音もなく近づいてきた。


『コレ ハ?』


 可愛い小瓶に入られたコンペイトウの粒を手でしめす。


「コンペイトウ。面白い形をしてるよね。星に似てるでしょ」


 実際の星は岩石や氷の塊だったり、ガスでおおわれているのだと、偉い学者が解明したけれど。

 少なくとも人が肉眼で観察する星は、光が拡散してこういう形に見える。


「人間は昔から、星に色んな思いをいだいてきたんだね」


 憧憬、希望、神秘の象徴。

 今、ステラのとなりに、その化身がいる。


「星に似せたコンペイトウでも、人を幸せにできるんだ。本物の夜空の星なら、きっともっとすごいことができるよ」


 ステラは、ミーティアに数粒のコンペイトウを手渡した。

 こぼしてしまわないように、リボンのような腕で小さなコンペイトウを大切そうに抱えている。


『ステラ』


「なぁに?」


 名前を呼ばれたので、ステラはミーティアを見つめた。

 それまでは視線を合わせると、すぐに目をそらされてしまっていたのだが、今のミーティアは目をそらしはしなかった。


『ワタシ ノ コレカラ……、ミツケタ』


 要領を得ない、不明瞭な意志伝達。


『コトバ……、ヨク ワカラナイ。ニンゲン ノ、コトバ……。ワタシ、コトバ ヲ ミツケル』


 それでも話をせかすことなく、ミーティアの話にステラは耳を傾ける。

 ミーティアが何かを一生懸命伝えようとしているのは、精霊術師でなくてもわかる。


『ワタシ ノ 中 ニ、アル ココロ。ソレ ヲ 表ス コトバ ヲ サガス』


 ミーティアが、どんな思いをかかえているのかわからない。

 ミーティアが、それを表す言葉を見つけるまでは。


 光の三級精霊術師と、隕石の精霊。

 まだ発展途上の二人のコミュニケーション。


 ステラは、ほほ笑みながらうなづく。


「うん。待ってる」

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