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それこそが精霊術師の本質です

「っ……」


 緊張のせいで乾き切ったノドから、ステラは声を絞り出す。


「精霊の強制消滅は禁じられています! そんなことをしたら……」


 三級精霊術師でもしっている、基礎的な知識だ。


「そう。人の手で精霊を消滅させれば、自然の摂理が狂い、予期せぬ大災禍が発生する。通常ならば」


 テラダさんはぽつぽつと言葉を並べていく。


「だがこの精霊には、居場所がない」


 拘束された隕石の化身が、ギリリと顔を歪ませるのがステラにはわかった。


「本来はこの地上にいないはずの存在だ。消滅させても、他の精霊たちに影響が連鎖していくことはない」


 大地の精霊術師のテラダさんがいうのなら、そうなのだろう。


(だけど……)


 では精霊を消滅させた精霊術師は、どうなってしまうのか。

 伝承では、精霊の怒りと災いを一身に引き受けて、悲惨な最期をとげたとある。


「……事態が終息した後、町の復興作業や近隣の精霊局への状況報告などを考慮した場合……」


 いつもどおりの無表情で、淡々と発言する。

 テラダさんの声は少しかすれていて、手はかすかに震えていた。


「最高責任者が残っていた方が、対応が楽だと……思われます」




 重苦しい空気を払しょくするかのように、オーガスト局長はあくまでも陽気な態度で答えた。


「テラダくんはひどい奴じゃな。事務仕事が苦手なワシに、厄介な事後処理を押しつけようとしちょる」


 ステラは何もいえなかった。

 自分のちっぽけな実力では、何一つ貢献できないように思えた。


 本物のヒーローならきっと、パパッと解決してしまえるのに。

 勇気と意志さえあれば、どんなことだって可能にできるのに。


 精霊の強制消滅ができるのは、それなりの腕を持つ精霊術師だけだ。

 未熟なステラにはどうすることもできないし、冒険者の悪役さんにだって手出しができない領域の話。

 問題を解決できるのは、優れた精霊術師だけ。


「なぁに、心配は無用! ワシに任せておれば良い」


「いけません」


「これほどの晴れ舞台はそうそうないぞ。稀代の精霊術師とうたわれたワシにこそ、ふさわしいと思わんかね?」


「……ダメです」


 朴訥なテラダさんの言葉から、だんだんと彼の感情がにじみ出してくる。


「オーガスト局長。あなたはまさに唯一無二の存在だ。だからこそ、あなたがいなくなれば、精霊局全体にとって多大な損失となります。……得られる効果が同じなら、より少ないロスで済む方が良いでしょう。俺ぐらいの凡百の中堅術師なんて、探せばいくらでもいるでしょうから」


「テラダくん!」


 局長は一瞬だけその瞳に憤怒をのぞかせた。

 が、すぐに軽妙な突風が怒りを吹き消す。


「テラダくん。まぁーったく、君の話はややこしいぞ。うむ。ここは一つ、わかりやすく歳の順ということで手を打たんか?」 


「局長。あなたのそういうところが、俺は大嫌いでしたよ」


「……」


「その圧倒的な実力も、現場での機転も、周りに人をひきつける快活さも……。俺が持ち得ないものをあなたはたくさん持っていて……、憧れだったけれど、妬ましかった。あなたは燦然と照りつける太陽のような人でした」


 ふいにテラダさんがほほ笑んだ。

 くちびるの端が少しだけ上がっただけの、かすかな笑み。


「……なんて。日陰者の木偶の坊が、最期に少しだけ本心を明かしてみました」


 杖を持つテラダさんの手に、力がこめられる。

 大地の精霊たちが一斉にどよめく。明確な声としては聞こえないものの、気配としてステラに伝わってきた。

 悪役さんも何かを感じとったのか、深刻な面持ちで二人の精霊術師に視線をむけている。


(テラダさん……!)


「冷静に考えれば、これが一番妥当な選択ですから……」




 その瞬間、膨大な力が広場に集束し、とどろいた。


「きゃっ」


「ぅおっ!?」


『……ッ!』


 荒れ狂う業火の渦の中、小柄な老人が凛として立っていた。

 吹きすさぶ風が火の粉を散らす。

 緋色の炎をものともせずに、オーガスト局長は朗々と笑う。


「フハーッ、ハハハハッ!! 重畳、重畳! ワシ、絶好調!!」


「局長!? あなたは俺の話を聞いてたんですか!?」


「ちゃんと聞いておったさ。じゃが、耳を傾けることと同意することは違かろう?」


 炎が火柱となって上がる。

 これだけの猛火を出しているのに広場全体が火の海にならないのは、オーガスト局長の制御能力の高さの証しでもある。


「うむ、ワシは強い! この力は、ワシの望む未来を切り開くために使う! 天才を失う損害? 凡百の中堅術師? 少ないロスで済めば良い? ええいっ、後に他の誰がなんといおうとしったことか! 今この場にいもしない奴が、安全な場所から無責任に投げつける言葉など、ちり紙に包んでゴミ箱に捨てておけ! 後世の者がどれだけワシをけなそうとかまやせんわいっ。ワシは、ワシが愛した者たちを全力で守るだけじゃ!」


 豪快に。

 こともなげに。

 太陽みたいに笑ってのける。


「……局長」


「えー? なんじゃー? 声が小さくて、よく聞こえん」


「ダメです……。局長は……、いなくなっては……いけない人ですから……」


「ふん。男の美学というものを全然わかっとらんのう、テラダくん。ここはどう見てもワシが一花咲かせる流れじゃろうが!」


 後先考えずに突っ走っていくオーガスト局長と、それをとめるテラダさんというのは、いつもの精霊局のおなじみの風景だ。

 だけどいつもとは決定的に違っていて。


(オーガスト局長が、死んじゃうかもしれない)


 テラダさんの呼吸が乱れて、肩がわななく。

 これまでほとんどの感情を秘めてきた顔に、隠しきれない悲痛が浮かぶ。

 滅多に弱音を吐くことのないノドからは、今は嗚咽がこぼれていた。


「ふふ。何も泣くことはなかろうに。やはり君は普段がしっかりしている分、予想外の事態に直面すると弱いなぁ」


「……すぐに見栄をはりたがるのは……、局長の悪いクセなんですよ……」


「すまないね。君の頭を子供みたいになでてやりたいところじゃが、あいにくワシは背が低くて君は背が高い。その上今は杖から手が放せんのでな」


 あのテラダさんが、泣いていた。

 オーガスト局長がいなくなる。

 そんな結末は。


(私だって、嫌だよ!!)




「わ……、私が!」


 未熟で稚拙な、三級精霊術師にできること。


「私がその精霊と話して、説得します」


 暴走する精霊の鎮静化。

 これが実現できれば、そもそも強制消滅という禁じ手を使わなくて済む。

 精霊も人間も、誰も犠牲になることもない、実に理想的な解決法。成功さえすれば。


「ステラ? それは本気でいっておるのか?」


 オーガスト局長は、けげんな顔で問い返した。


「はい。声が……、声が聞こえたんです」


 たしかにあの精霊の声が聞こえたのだ。

 それはステラへの敵意に満ちた声だったけれど。


 緊張のせいで、自分の顔が赤くなっているのを感じる。必死にふりしぼった声は、妙に甲高くなっていた。

 足だってガクガクしている。

 マーシャが作ってくれたせっかくの衣装も、逃げ回っている間に、ところどころ汚れてしまった。


「なあステラ、その話し合いが上手くいくって確信はあるのか? 一時の気持ちの盛り上がりで行動する冒険者は早死にするってのが、この業界の常識だが」


 悪役さんの指摘は、あくまでもシビアだ。


「成功する確信なんて、ないよ」


 絶対に成功させなくてはいけないのに、確実にいく保証なんてどこにもなくて、それでもやるしかないことがある。


「よりによって最後の手段が、化け物との話し合いか」


 冒険者の世界なら、きっと鼻で笑われてしまうようなことなのだろうけど。


「お願いします、局長。チャンスを……、ください」


 今のステラの格好はどう見たって、たよれるヒーローという感じではない。

 それでも、声を張り上げる。


「私にチャンスをください!」


 とても怖い。けれど、誰にも届かなかった精霊の声が、ステラには聞こえたのだ。


『笑ワセル。オマエ ゴトキ ニ、イッタイ 何ガ デキル?』


 真っ向から、むき出しの悪意をぶつけられる。

 それだけでひるみそうになるけれど。

 逃げ出したくなる気持ちを抑えて、ステラはその憎悪を受けとめる。


(この精霊の声が聞こえるのは、私だけ)


 単に憎しみの言葉を吐き出すなら、もっと無差別でもかまわないはずだ。


(そこに何かきっと、意味があるはずなんだ)


 この状況を打開できる糸口が。


(問題を解決できるのは、優れた精霊術師だけ……!)


 精霊術師の素質とは、内包する力の強弱だっただろうか?

 それも判断の一つだが、もっと本質的なことがある。

 精霊の声に耳を傾け、心を交信させて、絆と縁を作ること。


「私は、ロートルディ精霊局所属の精霊術師のステラ」


 敵意を隠すことのない月眼に、ステラは揺るぎない視線をむける。


「あなたの声をもっと聞かせてほしい」

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