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警戒、警報、警告です

 同じ演目のローテーションだけでは、人々の興味をひき続けるのは難しい。

 ステラたちは、新しい脚本を作るためのアイディアを随時考えていた。


「光をメインに取り上げたショーがしてみたいです!」


 ある日、ステラがこんな提案を出した。

 以前なら、こんな風に積極的な発言などしなかっただろう。

 何かのアイディアを思いついたとしても、自分の実力不足だとか色んな事情のせいで、なかなか思惑どおりに進まない。


 だがステラは、今や空想を現実にするだけの力を身につけた。

 それは不思議な国からやってきた、メルヘンチックな妖精さんから与えられた、ステキで無敵な力なんかじゃない。

 毎朝のランニングだとか、テレや恥を捨てて人前でハッキリとしゃべる練習とか、地道に続けているストレッチとか、精霊術の基礎訓練によるものだ。


「光の精霊で? あまり防災に関する教訓にはなりそうもないが」


 テラダさんの質問。淡々とした素っ気ないいい方だったが、疑問であっても否定ではない。

 それでも前のステラは、すぐに弱気になって自分の意見を引っこめたものだった。

 相手からの賛同を得られないと、自分の考えをとおすこともできない。そんな少女だった。


 ステラは、「やっぱり、無理ですよねー……」とも「別になんでもありません。ちょっといってみただけです」ともいわなかった。

 

「はい。今度は少し趣向を変えまして、楽しく星座を覚えようって企画をやってみたいんです」


 子供のための天文講座。

 たしかに精霊局の仕事とはやや外れるが、自然に関心をむけるのは有意義で教育的な内容だといえる。


「フハーッ、ハハハハッ! やはりヒーローたる者は、燦然と輝くべきじゃな!」


 オーガスト局長がノリノリで喰いついてきた。

 年甲斐もなく、格好良いポーズをシュピーンと決めている。


「スポットライトでも後光でもかまわん! じゃんじゃんキンキラキンにライトアップして、ゴージャスに見せるんじゃ!! 良い宣伝になること間違いなしじゃよ!!」


「きょ、局長? やりすぎると、悪い意味でも話題になってしまうんじゃないでしょうか〜?」


「……そうやってすぐに見えをはりたがるのは、局長の悪いクセですね」


 ため息まじりにテラダさんがぼやく。


「光か。そりゃ面白いことができそうだぜ」


 部屋の隅にいた悪役さんも会話の流れに加わる。


「光ってのは、ものを照らすだけが能じゃない。使い方次第によっちゃあ、目の錯覚を利用して、ありもしないものをあるように見せかけることだってできる。ま、光の精霊術師なら、当然しってることだろうけどな」


 現実的なテラダさんが、問題点を指摘する。


「いつものように、日中の野外ステージで星座の勉強会を実行するのは不可能では? そうなると、別の場所を探す必要性がある」


 そうなのだ。

 日中の屋外では、よほど強い光を出さないと太陽にまぎれて何も見えなくなってしまう。


「それは、たしかに……。そうですね。遮光性の高い屋内じゃないと、プラネタリウムのショーは難しいですね」


 これまでの公演はいつも野外でおこなってきた。

 火や風の精霊の力を使うには、外の方が都合が良い。

 そして何より、場所の確保が安くて楽なのだ。


 局長が部屋の隅に視線をむける。


「おい。役者の卵。どこか良い劇場を紹介せんか」


 赤い瞳が、さも面倒そうに見返した。


「勘弁してくれよ。ありゃ俺のウソだよ」


 彼は役者の卵ではない。

 真夜中に鳴くニワトリという不名誉な二つ名を持つ冒険者だ。


「う〜ん。困りました」


 そもそも、ロートルディの町には立派な劇場なんてない。何しろ、そう大きくはない町だ。

 怪しげな通りでは美女による歌やダンスを見せる飲食店もあるにはある。

 が、まさかそんな場所で精霊局の子供むけヒーローショーを演じるわけにもいかない。


「いつも使っている野外ステージが」


 テラダさんが口を開いた。


「夕方以降の時間帯でも使用可能か。管理者に問い合わせてみます」


「なるほど! 夜なら、精霊の出す光が目立ちますね」


 良いアイディアに思えた。

 時間と天候次第では、本物の星を使った解説ができるかもしれない。


「真面目な勉強会も悪くはないが、イルミネーションみたいにしても面白そうじゃのう」


「それは子供たちが喜びそうですね〜!」


 普段の街灯を灯す地道な仕事とは一味違う、光を使った視覚の娯楽。


(たまには実用一辺倒じゃなくて、そうやって人を楽しませるために力を使うのも良いよね)


 隅っこのひねくれ者が、うんざりした顔でつぶやいた。


「どぅぇえ〜……。イルミネーションって、あのピカピカするやつかよ。家族連れだの、カップルだのが、道端にキャーキャー集まって騒ぐんだよな。ったく、寒い中だってのに、よぉくあんなに群れるもんだぜ」


 冬の空気のようにひんやりした口調で、ステラはいい返す。


「寒くても見物客が集まるのは、それだけみんなが楽しみにしてるってことだよ」


 楽しくてタメになる。

 見ている人をワクワクさせる。

 そういうショーをやるのだ。


 シャイニー・セレスタとして。

 光の精霊術師として。


(よしっ!)


 やる気がわいてきた。




 話の根幹さえ決まってしまえば、その後の展開は迅速に進む。

 何度かショー作りをこなしてきたので、段取りもスムーズだ。


 天体ショーの初公演の日は、新月の晩で空は晴れていた。

 空の星たちが月明かりにかき消されることなく、よく見えるようにと。

 月明かりがないので、普段は見えない小さな星も、ささやかに輝くことができる。


「良い子のみんな、こんばんは!」


 普段は悪役が先に登場するヒーローショーだが、今回は逆だ。


「今日は星座を紹介していくよ」


 裏方の風精が奏でる音楽に合わせて、シャイニー・セレスタが光を灯していく。 

 実際の夜空に出ていない星は、光精の光で擬似的に再現してみせる。

 有名な冬の星座のいくつかが、ステージの上に浮かび上がる。

 頭上を見上げれば、本物の星がまたたいているのだが、人々の目は光精の明かりに釘づけだ。


「わあ〜、キレイ」


「お星さま!」


 観客席から、温かな驚きの声。


(えへへ。やっぱり今日まで頑張ってきて良かったな)




 ステラが演じるシャイニー・セレスタが、ちょうど主要な星座を紹介し終えたところだった。



「!」


 シャイニー・セレスタが振るう杖が、その動きを突然とめた。


(町の明かりが、次々に消えている!?)


 町の北側の遠ざかるトカゲ通りから、どんどん闇がこちらにせまっていくる。

 ものすごいスピードで、あらゆる光が闇にのまれていく。


 これはショーの演出などではない。ようやく異変に気づいた町の人々が、不安なざわめきを上げる。


(え? な、何……?)


 何が起きたのか理解できず、ステラはどうして良いのかわからなくなる。


 闇はどんどん近づいてくる。


(……っ!)


 恐怖のあまり、ステラは自分から目を閉じる。

 そして、ついにはステラたちがいる広場までが闇に包まれた。


 恐る恐ると目を開ける。

 辺り一面が、真っ暗だ。


「何なの、これ……?」


 光の精霊戦士は、ただ舞台の上で一人硬直する。




「ステラ! しゃっきりせんかい!」


「っ!」


 局長の声で我に返る。


 裏方で風の精霊を操っていたはずの局長が、今はステージの上にいた。

 頭上を見上げても、星明かりさえも見えない深い闇。

 局長は手探りでここまできたのだろう。

 いつの間にこんなに近くにきていたのかさえ気づかないほど、ステラは呆然としていたらしい。


(ああ。何かとんでもないことが起きて……。今晩のショーはもう成り立たないんだな)


 事態が把握できないものの、ステラの思考の一部は冷静で。そんなどこかズレた思考をめぐらせる。


「街の明かりが消えておるな。ためしにここで光の精霊を呼び出してみい」


「あっ……。はい!」


 不幸中の幸い。

 ステージの上でも、ステラは精霊術師の杖を持っていた。

 もちろん小道具などではなく、れっきとした本物だ。


「光精! 姿を見せて!」


 ステラが緊張しながら呼びかけると、いくつもの光の玉がおぼろげに浮かび上がった。


「で、出ました!」


「よし。それで避難経路までの光の道しるべを作れ。……といいたいところじゃが」


 オーガスト局長が、苦々しくうなった。


「この騒動の原因がつかめん。よって、どこが安全地帯かもわからんのだ」


「そんな……」


 オーガスト局長は真剣な表情で思案してから、ステラに指示を出した。


「この暗闇は人の心を不安にさせるな。一ヶ所だけに明かりがあると、そこに人々が殺到する危険がある。ステラ、なるべくたくさんの光精を呼び出して、広範囲に散らしておくんじゃ」


「はい!」


 ステラはいわれたとおりに精霊を呼び出した。

 何をしたら良いかもわからない時、指示を出してくれる人がいるのは頼もしい。

 普段の子供っぽい言動せいでつい忘れがちだが、オーガスト局長は熟練の天才精霊術師なのだ。


「先ほど風精に伝言を頼み、騎士団を含む町の主要な機関と連絡はとったが、どこも混乱しておるようだ。精霊局で待機しているテラダくんからの応答もない」


 たいていの災害時に、避難場所となるのが公園広場だ。

 ステラたちがいる野外ステージは、その広大な公園の一部だ。

 だから通常なら、この場にいる観客たちは移動する必要はない。ないのだが……。


「よう。やっぱり明かりがあるのは便利だな、っと」


 悪役さんがひょっこりと舞台に上がってきた。


「はいはーい。ご報告しやーす」


 服のソデをひらひらさせながら、悪役さんは自分が見たことを教えてくれた。


「ナゾの影はこの公園をぐわっと包囲してから、包みこんだ。まるで威圧するみたいに、ずいぶんともったいつけてな。なかなか芝居がかった良い動きだったぜ」


 悪役さんは、ずっと影の動きを観察していたらしい。

 自分のいる場所が闇にのまれるその瞬間を目をそらさずに。


 とても怖くて、ステラは目をつぶっていたというのに。


「よく見ておったな」


「冒険者ってもんは、洞察力が命にかかわる商売ですんでー」


「威圧。もったいつけて。芝居がかった。ふむ。あたかも意志を持つかのように動きよるわ」


 この闇に意志があるとするのなら、それは……。


「精霊の仕業、ですか?」


「じゃろうな」


 その日は、新月の晩だった。

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