何かお忘れではありませんか?
ステラの初舞台は大ヒット! 町の話題を一挙独占!
……とまではいかないが、ショーは大きな失敗もなく終わった。まあ、それなりに成功した方だ。
ストーリー自体は、いたって単純なものだ。
まずダスト・トレイルが現れて、トラブルを巻き起こす。彼にそそのかされて、精霊は自然のルールや人間との調和からはずれてしまう。
そんなトラブルをシャイニー・セレスタが颯爽と解決。ダスト・トレイルはどこかへ逃げ、混乱は去り、自然と人間の絆は無事にたもたれた!
はい、めでたしめでたし。
そこでは誰も死なず、悪いのは悪役一人のせいで、最後には全て丸く収まる。
悪役さんの演技力が、このショーを支えている。
彼が登場すると、観客を一気に物語の世界に引きこんでしまう。
ヒーローショーのお決まりの流れとして、舞台に最初に現れるのは、主人公ではなく悪役なのだ。
ダスト・トレイルが、ステージの上に真っ暗闇をまき散らす。
闇がなければ、光は輝けないものだから。
都合の良く設定された悪事をシャイニー・セレスタは見事な手腕で治めてみせる。
精霊術を使った舞台効果は、子供だけでなく大人までも感嘆させた。
「テラダくん。ワシはもっと思いっ切りドカーンといきたんんじゃが。とびっきりビュワーンでも良いぞ」
「ダメです。安全な威力でお願いします」
オーガスト局長があやつる火と風の演出は、戦いにリアルな緊張感をあたえた。
そして忘れてはいけないのは、精霊局をアピールすること。
精霊がどんな存在なのかを伝えたり、それにどう関わっていくかをお芝居の中で問いかけていく。
さまざまな自然現象をわかりやすく解説したりもする。
モットーは、楽しくて知識が身につくステージだ。
今日は関係者全員が精霊局の一室に集まって、ミーティングをしていた。悪役さんとマーシャの姿もある。
「やっぱり精霊術はお客さんからうけてますよ! 盛り上がりが違います!」
「フハーッ、ハハハハッ! そうじゃろう、そうじゃろう! 当然の結果じゃな」
やはり精霊術を用いた派手な演出が、多くの人の目を引いた。
「……上辺だけでなく、内容も評価されていますよ。ちゃんと」
調子に乗った局長の笑い声をあしらって、テラダさんが静かに紙の束を机の上に置く。
「簡単なアンケートを実施したところ、このような集計結果が出ました。子供たちだけでなく保護者層からの支持がかなりあります。防災教育として価値のある取り組みだと評価されています」
「ふむふむ。なるほどな」
局長から順番に自分のところへ回ってきた資料に、ステラは目をとおした。
「へえ〜。こうやって具体的に数字で表されると、やる気が出てきますね」
もちろんアンケートの数字は、ステラによって良い結果ばかりを告げるものではない。
けれど、正しく計られた数値は現状をしる手助けになる。
問題点がわかれば、それに対処することもたやすくなるというものだ。
「私は裏方で様子を見ていたのだけれど、観客席の小さな女の子が、目をキラキラさせてステージを見ていたのが印象的だったわ」
マーシャがうっとりとため息をついた。
その女の子が顔を輝かせて見ていたのは、ステージの上だけの理想のヒロイン。
シャイニー・セレスタを演じているのはステラだが、その衣装を作ったマーシャとしても誇らしいことだった。
「俺の調査では、大きなお友だちからの反応はイマイチだったな。スカートの中にフリルみたいな布がいっぱいついててパンツが見えない、まったく色気がない、とグチをこぼしてたぞ。それに、今さら魔法少女かよ、という冷めた意見もちらほらと」
室内にいた発言者以外の全員の冷たい視線が、たった一人に集中する。
「そういう意見もあるって情報を提供してやっただけなのに」
悪役さんは弁明するように肩をすくめた。
それからダボダボの袖をオーガスト局長とテラダさんにむけて振り回す。
「だいっ、たいっ! お前らだってロクなもんじゃねえだろうが! 職場で一番若い娘に魔法少女役をやらせてるくせに! 自分たちだけ硬派ぶってんじゃねえぞ!」
「ワシはもう少し若かったら、自分がレッド役で精霊戦隊がやりたかったんじゃもん! でも寄る年波には勝てなくて、若い精霊術師に活躍の場をゆずってやったんじゃ!」
「あー。局長そういうの好きそうですよね」
「精霊局のアピールキャラとして魔法少女モノを選んだのには、明確な理由がある」
テラダさんはいつもの冷静な口調で、悪役さんの非難に反論する。
「戦隊モノは、人数を確保する必要がある。戦隊としての形をなすには五人か、最低でも三人はほしいところだ。だがそれだけの人件費を捻出することは厳しく、ショーに参加する役者の数が増えれば増えるだけ、日程を調整して練習をすることが困難になる」
しゃべっている間、テラダさんはずっと愛用の算盤をはじいていた。
その手つきは休むこともなく、一切の迷いもよどみもない。
「他の選択肢として、着ぐるみなどを用いたマスコットキャラクターが考えられる。しかし着ぐるみというものは、意外と値が張る高級品だ。そして中に入った状態では動きが制限される。精霊術を使うことも考慮すると、動きづらい格好は避けたい」
テラダさんが話し終えたところで、マーシャがちょっとした疑問を投げかける。
「今思いついたのだけれど、精霊そのものを呼び出してマスコット化するのはダメだったのかしら?」
「それは……」
テラダさんは、すまなそうな表情で沈黙した。
「あのねっ、マーシャちゃん!」
彼女の耳に、ステラは気まずい思いでささやく。
「テラダさんは……、地属性の人だから……、ね?」
「まあっ!」
マーシャは全てを察したかのように口をつぐむ。
そう。あの地属性なのだ。
精霊局の本部から長年発行されている精霊術師御用達の雑誌でも、地属性精霊および精霊術師が表紙を飾ったことは一度もないという、伝統と格式ある堂々の不人気の座を譲らない。あの地属性なのである。
そんな大地の精霊をマスコットにできるはずがなかった。
大地の精霊術師であるテラダさん本人も地味……、顔立ち自体はそれなりに整ってはいるが、どことなくパッとしな……、落ち着いた空気をまとった人だ。そして本来の年齢よりも老け……、年上に見える。
「……以上の観点から、光の精霊術師のヒロインが適任だと結論を出した。特に人数の規則がなく、着ぐるみよりは動きやすく、そして何より……、地属性と違って華やかだ……」
「ああっ、テラダさん! 落ちこまないでください!」
「そ、そうじゃよっ! テラダくんの能力はとても優秀で堅実だ。精霊局にとって、すばらしく貢献してくれておるぞ!」
冒険者稼業を営む悪役さんも、ステラと局長に混じって声をかける。
「空を飛んでいる相手には基本的に当たらないよなっ! 実体のない敵にも無力だよなっ! イェーイ! マジだっせぇ〜」
「ええいっ、コラ! 追い打ちをかけるでない!」
会議が終わるまで、テラダさんはいつもよりもっと無口になってしまい、必要最低限の発言しかしなかった。
(空気が重い!)
室内にだけ、かなりの重力が発生したかのような錯覚におちいるステラだった。
精霊局の防災ショーも、何度か続けている内にそこそこ軌道に乗りはじめた。
いつも同じ内容では飽きられてしまう。
新しい演目を考え出したり、ショーのために精霊術の訓練にいそしむことになった。
火の猿チャルカマカクをはじめとする、普段なら性質の違いから絶対に直接会うことがなかっただろう精霊たちとも交流が産まれた。
ステージに力を注ぎすぎて本来の業務がおろそかになる、というような本末転倒の事態は起きない。
その辺りはオーガスト局長もテラダさんも心得ている。当然ステラもだ。
そんな風に、ステラの日常はすぎていく。
多忙を極めたが、ステラにとっては充実した疲労感だった。
「ふんふふ〜ん」
鼻歌など歌いながら、ココアを作ってお気に入りのマグカップにそそぐ。
ステラが上機嫌なのは、実際に精霊局のショーが町の人の意識を変えたからだ。
テラダさんが集計したデータによると、野外パーティやキャンプなどで子供が火傷を負う件数が例年よりも減っているらしい。
オーガスト局長がいうには、以前は騎士団や魔法使い連合の影に隠れがちだった精霊局の働きがクローズアップされるようになった。
マーシャはステラの努力を素直にほめて、その活躍を喜んだ。
悪役さんは一言「こりゃあ俺のおかげだ」といった。彼がそうやって威張るのは、良い傾向だ。ショーが上手くいっていなければ、悪役さんはきっと「そりゃあお前らのせいだ」というに違いない。
「お月さまがキレイに見えるね〜」
ステラは相棒の小さな光球に話しかけた。
窓辺で空を見上げながら、ゆったりした気持ちでココアを一口すする。
光球は気弱そうにふるふると動き、チカチカと貧相な点滅で応えた。
「あー、そうだね。月明かりが強すぎて、満月の晩だと小さな星は見えにくくなっちゃうね」
ステラは部屋の窓から、しばらく夜空を見上げていた。
昔からそうして星々を眺めるのが好きな子供だった。
「……」
ステラが一番好きなのは、昼に燃える太陽でも、夜を照らす月でもなく、無数にまたたく小さな星々だ。
名前もわからないほどの、目では見えないほどの、星。
小さな頃の夢は、星を手に入れることだった。
「これで一応、夢をかなえたことになるのかな?」
ポケットの中から、マーシャが作ってくれた髪飾りを取り出す。結び目の真ん中の部分に、金の星がついている可愛らしいリボンだ。
シャイニー・セレスタを演じるための小物だが、マーシャが個人的にプレゼントしてくれたものでもあるので、こうして普段も持ち歩いている。
ステラにしてみれば、ちょっとしたお守りのつもりだ。
「さーて! そろそろ寝なくちゃ。明日も早起きして練習しないと!」
寝る支度をして、天体の天蓋が描かれたベッドで眠る。
「ふあ……。お休みなさい……」
ステラは精霊術師の本分を忘れてはいなかった。
けれど忙しい日々を送る内に、最初に彼女を決意させたあの小さなトラブルのことは、すっかり頭から抜け落ちていた。
ロートルディの町の十番目のストリート、遠ざかるトカゲ通り。
そこで無残に破壊された、精霊のオーブ。
あれ以来、精霊のオーブは壊されなかった。
しかし問題は解決してしない。
誰がなんのためにそんなことをしたのか、精霊局では推測の手掛かりさえつかめていないのだから。
実際の精霊局の仕事は、舞台の筋書きほど上手くは進展しないのだ。




