それですか? ニセモノなんですよ
ロートルディの町で開かれる定期市場。大都市ほどのにぎわいはないものの、そこそこの人はいる。
市場のそばには、広々とした公園がある。
町の南側に位置していて、一番目のいばるイタチ通りに近い。
(おお〜……。何度も練習してきたけれど、今日が本番だ)
公園の片隅にあるさびれた野外ステージ。
その裏側に臨時に建てられた小さなテントの中に、ステラはいた。
着替えなどの準備をおこなう控え室だ。
「緊張してるの?」
ステラの肩を優しく叩いたのはマーシャだ。
「らいじょーぶ! 緊張してにゃい!」
「ぷっ」
笑われてしまった。
けれどマーシャの笑顔はほがらかで、ステラの気持ちも明るくなった。
「さて、と。星のヒロインの衣装を着てみなくちゃね」
「うん!」
これまで練習は基本的に、汚れたりしても良い仮の服でおこなってきた。
マーシャが仕立てた服を実際に着たのは、ついこの間のとおし稽古でのことだ。
ステラは改めて本物のシャイニー・セレスタの衣装を見た。
その視線に気づき、マーシャが軽くうなづく。
「バレエ衣装の作りを参考にしてみたの。バレリーナの服ってすごいのよ。見た目の美しさと、動きやすさを両立する工夫がしてあるわ」
マーシャのいうとおり、華やかな見た目の印象とは裏腹に、完成した衣装はとても軽やかで丈夫だった。
そして衣装を身につけると、不思議と満ち足りた気持ちになれる。
「じゃあ着つけていくわね」
「はーい」
マーシャは、テキパキと衣装を着せていく。
「そしてもちろん、あなたの物語も織りこませてもらったわ」
コンペイトウのような女の子になりたいと、ステラはいった。
白とピンクをベースとした、かわいらしいミニスカートドレス。
縁取りやアクセントには、金糸が使われていて、とても華やかだ。
スカートにはチュールパニエをしこませて、ふんわりと広がらせている。
フリルつきのアンダースカートと、パステルカラーのタイツをはいているので温かい。アクションシーンもこれで安心。
「本で調べてみたけれど、コンペイトウって不思議なお菓子よね」
着つけが済んだ。
マーシャの手が、ステラの背中のファスナーをきゅっと閉めて、放れていった。
「コンペイトウって、人間が型にはめて作っているわけじゃないのね。砂糖の結晶が何日もかけて、自然にあの形へ育っていくそうよ。もっとも自然にといっても、砂糖が成長するための核が必要だったり、適切な環境を見きわめる職人の技で、色々と手助けされているわけだけど」
マーシャはふわりとほほ笑んだ。
「ありがとう、ステラ。この衣装を作るきっかけをくれて」
「え?」
お礼をいわれるなんて、ステラはこれっぽっちも思っていなかった。
「服作りは私にとって一番得意で好きなこと……」
「そうなんだ。自分にぴったりの仕事が見つけられたんだね」
「……そのはずなのに、本当のことをいうとなんだか毎日が味気なかった」
「好きなことをしてたのに?」
「だって、それは私の独りよがりでしかなかったんですもの」
ステラは思い出した。
あの仕立て屋は、とてもひっそりとした店構えで、注意深く見ていないとお店だと気づかない。
気づいた人がいたとしても、どことなく閉鎖的な印象で、入りにくい感じをただよわせている。
そこはマーシャのためだけの王国。
「自分のお店にいるはずなのに、世界中から迷子になった気分だった」
少しだけうつむいて、マーシャはすぐに顔を上げた。結ってある髪が子馬の尻尾みたいにはねる。マーシャの長い髪は、作業のジャマにならないようにきっちりとまとめられていた。
「この仕事ができて、本当にうれしかったの。この手が針と糸を動かしている間、私は仕立て屋として工房にいられたから」
「マーシャちゃん」
ステラはそっと手をさし出す。
二人は指先で触れ合うような握手をした。
マーシャの手は、細くてしなやかだったが、ところどころに仕事道具の痕跡があった。
「ふふ。私ったら気のきかない人間ね。これからあなたの舞台がはじまるのに、自分の話を長々として。ごめんなさいね」
そう笑ってごまかしてから、マーシャはちょっと芝居がかった口調になり、ステラに何かを手わたした。
「あなたに、星を」
「あ! 可愛いね」
星型の飾りがついた髪留めだった。ハリのある硬い生地でリボンが作られ、その中心にアンティークゴールドの星が静かに光っている。
ステラの髪の色に、よく似合いそうだ。
「すごくキレイだけど……。これって本物の金?」
「まさか。イミテーションよ。今つけてあげるわ」
マーシャはブラシを手にして、ステラの髪をまとめ上げ、高めの位置のサイドテールを作った。
そこに星の髪飾りをつける。
髪飾りをつけただけでも、グッと華やかさが上がった。シャイニー・セレスタの衣装とも調和がとれている。
これで、準備は整った。
架空で理想のヒロインが、現実世界に少しだけ登場するための準備が。
「それでは、精霊戦士シャイニー・セレスタ、いってきます!」
やや閑散とした客席にむかって、ほんわかしたお姉さんが呼びかけている。
「良い子の皆さ〜ん。今日は精霊局のヒーローショーに集まってくれてありがとう。こんにちは!」
色素が淡くふんわりとした髪と、柔和な顔つき。
おっとりとしたしゃべり方だが、不思議と声量があって聞き取りやすい。
清楚な人間の女性にしか見えないが、彼女は風の精霊なのだ。
「あれ〜? 元気なお声が聞こえませんね〜? もう一度、さんはい。こんにちはー!」
チビッ子を対象としたショーでの、司会のお姉さんのお決まりの応答だ。
(これって絶対に一度は聞き返さなじゃいけないっていう、ショーの鉄則でもあるのかなー?)
ステージから見えない場所で待機しながら、ステラはそんなことを考えてみた。
二回目は先ほどより大きな声が、ちらほらと子供たちから返ってきた。
義務感にかられた保護者たちのしらじらしく明るい作り声も混ざっている。
「は〜い、良くできました〜。今日はみんなに会うために、精霊戦士のシャイニー・セレスタがやってきてくました」
「しらなーい」
「誰それ?」
と、子供の声。
純粋ゆえの残酷さである。
(うぐっ! こんな幼少期から、的確に相手の心をえぐるヤジをナチュラルに飛ばすとは……! 子供ってあなどれない!)
だが、ヒーローはここでくじけない。
精霊戦士シャイニー・セレスタの本当の敵は、怪人ダスト・トレイルでも暴走精霊でもない。
精霊局の知名度不足だ。
「シャイニー・セレスタは強くて優しい女の子。町での安全で快適な生活のために、いつも影からささえているんですって。スゴイですね〜」
風精のお姉さんは、にこやかな笑顔を浮かべ大げさな身ぶりで拍手をしてみせた。
「んふ! んふふふっ! ……そぉんなの、ちぃっともすごぉくない」
軽薄で。
幼稚で。
でもどこかが決定的に歪んでいる。
一言のセリフに、それだけの要素がつめこまれていた。
「んっ、ふふー。こんにち、ふぁー」
悪役、登場。
ダボダボの袖を振り乱して、白髪赤眼の若者が不安定なリズムでスキップをしてやってきた。
ステージにおけるお約束の流れとして、最初に登場するのは正義のヒーローではない。トラブルメイカーの悪党なのだ。
「きゃ〜。あなたはいったい誰なの〜?」
お姉さん、声に緊迫感がない。演技力不足である。
だがこのセリフから、最低限こんなメッセージは伝わるはずだ。
お姉さんがその登場に驚いている。つまり、この人物は本来現れるべき者ではない。異質な存在だということが。
「ボクゥ? ボォクはダスト・トレイルだよぅ」
悪役さんはだらしないとぼけた口調は変えずに、キャラクター名だけはハッキリと発音した。
初めて耳にする固有名詞というものは、誰だって聞き取りづらいからだ。
「平和な町なんて、つまんなぁい!」
ダスト・トレイルは袖をパタパタさせた。
「決まりに縛られるのは、まっぴらごめん! みんなもきっと、そうだよねー?」
赤眼が客席を見回す。
ステラは気づいた。
子供たちの様子が、さっきまでと明らかに違う。
上の空で落ち着きのない素振りは、今はほとんど見られない。
集中している。何に? 悪役さんにだ。
「精霊の力を暴走させて、シッチャカメッチャカお祭りさわぎにしちゃおーっと!」
最前列の席に座っていた子供たちに絡んでから、ダスト・トレイルは軽快な足取りで消えていった。
「なんでもー、かんでもー、バラバラのメチャクチャに変えちゃうぞ!」
舞台の隅に退避していたお姉さんが、のん気な声で危険を告げる。
「わ〜。大変! いったいどうなってしまうのでしょ〜?」
どうもこうもない。物語の筋書きは、悪役の予告どおりに進行する。
「人間のためにアレコレソレドレコキ使われて、哀れな奴ぅ! お前は火だ! もっと自由に燃え上がれぇい!」
放浪の精霊術師ダスト・トレイルは火の精霊をそそのかし、キャンプの炎を台なしにする。
実際の炎の精霊チャルカマカクが姿を現した時には、どよめきに似た歓声が上がった。
チャルカマカクは恥ずかしがりも怖気づきもせず、粛々と自分に定められた劇の役を果たす。
(うんうん。ロートルディの町の普通の人がこういった形で精霊を見るのって、なかなかない機会だよね)
冒険者や魔法使い連盟ならば、実体化した精霊を見ることもあるだろう。
しかしごく普通の生活を送る人々の大半は、単なるエネルギー体としか精霊の存在を実感していない。
精霊の方も、わざわざ一般人にその姿をさらすこともなかった。
このステージで力を借りている精霊は、他にもいる。
音響や舞台効果も、それぞれの精霊が担当している。風の精霊の仲間には、音の波長を操れる者がいるからだ。
火花や白い煙を出すのは火の精霊たちの役割だ。
舞台裏の要員まで含めると、このような小規模のショーでも意外と人手がかかるものだ。
そこで精霊局では精霊術を駆使した。
オーガスト局長とテラダさんのツテで協力してくれている精霊がほとんどだ。火と風、そして大地の精霊が多い。
(私だって、精霊術師として貢献してるんだから)
ステラが呼び寄せた、小さな球状をした光の精霊もいる。
光精の役目は、色つきの光を出して視覚的な演出をすることだ。
たとえば実際に炎を出すのは危険なシーンでは、赤い波長の光でそれらしく見せる。
ロートルディの精霊局員には、あいにく水の精霊と親交が深い者がいない。そのため、水の代りに青い光を出すのだ。
「皆さ〜ん。こんな時はシャイニー・セレスタを呼んで、ダスト・トレイルの悪だくみを止めてもらいましょうね〜」
(ハッ! そろそろ私の出番だ……)
架空と幻想が渦巻くステージの上。
そこでは光は万能であり、ステラは英雄だった。
本物ではない、ニセモノとして。




