精霊局はマイナーな存在です
鐘の音が響く。広場の時計塔が、ロートルディの町の人々に時をしらせる。
ステラの仕事のはじまりだ。
「この季節は、やんなっちゃう」
お気に入りのマグカップに入ったホットココアをこくっと飲みほす。
「すぐに夕方になるし」
金色の小さなスプーンで、底にたまったココアのかたまりをすくい取る。
「外は寒いし」
イスにかけていたコートを着こむ。ボタンは首まできっちりしめておく。
デザインよりも、防寒性重視の帽子と手袋を装着。
実用的な服装だけど、ちっとも可愛くない。全体的にダサダサでもっさりだ。
「着ぶくれしちゃって、かっこう悪いし」
精霊局のドアを開ける。
「うー、寒い!」
冬の太陽は、すぐに隠れてしまう。完全に日が暮れる前に、仕事を済まさなければ。
軽くため息をついて、ステラはこがらしの吹く中にふみ出した。
「いってきまーす」
精霊の力をかりて、ロートルディの町を夜の闇から守る。
それがロートルディ精霊局所属、三級精霊術師ステラの仕事だ。
もっとも、実際にやることといったら、街灯に明かりを灯していくだけ。
ロートルディの町の要所には、精霊の力に反応するオーブが設置されている。
ステラは杖で指示して、オーブを光らせる。
それを続ける。
(そんな地味な仕事なわけで……)
この世界には精霊の力が満ちている。火の精霊、水の精霊、風の精霊、土の精霊……。もっとたくさんの精霊が存在している。数え上げればきりがない。
精霊たちと交流して、その力をかりる者。彼らは精霊術師と呼ばれていた。ステラもその中の一人だ。
人と精霊の仲を取り持つのが、その役目だ。
精霊はいつでも人間の味方というわけではない。強力な自然の力は、人間にとって危険にもなりえる。暴走する精霊をしずめることも、精霊術師に期待される役割だ。
たった一人の精霊術師が、この世の全ての精霊と友好的にコミュニケーションができるわけではない。
人同士にも相性があるのと同じことだ。
どんな精霊と調和できるかは、術者の性格や心の状態による。
ステラが特に親しいのは、光の精霊だ。
セミロングのステラの髪は、ほのかな星明かりを思わせる淡い金色だ。
(光の精霊使い。名前だけなら、これぞ王道! って感じだよね……)
ステラが使う光の力。
光のように真っ直ぐな正義感を持っているから?
堂々として華やかで、目立つことが好きだから?
どっちもはずれ。
(……正解は、暗闇が怖いから)
そんな臆病な理由で、ステラは光を求める。
キラキラした光のイメージとは大違い。
そんな自分が、自分でもちょっぴり情けない。
いつまでも自己嫌悪に浸っているわけにはいかない。
日暮れは刻一刻とせまっているのだ。
ステラはゆったりと杖をふり、歌うように精霊に呼びかける。
「灯れ、灯れ。夜が明けるまで、光で照らして」
精霊のオーブが、ぽわんとかがやいた。
「……」
ステラは辺りの様子に注意を配りながら、手早く仕事を進めていく。
町の主要なストリートのうち、遠ざかるトカゲ通りはちょっぴり不気味で物騒な場所だ。
ステラはいつもこの通りから先に明かりを灯すことにしている。
(こういう場所にこそ、明るい光が必要なんです)
と、気弱で臆病なステラは常々思っている。
こうしてロートルディの町に、光精の輝きが満ちていく。
(確認OK。問題なし、と)
問題はない。
いつもと同じ、くり返し。
なんのトラブルもない。
(それは良いことなんだけど……)
単調すぎる毎日に、少し飽き飽きしていた。
張り合いというものがない、乾いた日々。
「おかしいなぁ……。小さい頃は、あんなに一人前の精霊術師になりたかったはずなのに」
精霊術師になることと、夜空の星を手に入れることが、幼いステラの夢だった。
そのうち一つは、こうしてちゃんと叶ったわけだが。
このままで良いのか、とか。
自分の仕事の意味は、とか。
最近のステラは、ついそんなことばかり考えてしまう。
「はあ……。真剣に考えるだけ、ずもーんと落ちこむだけだよね。お菓子でも食べて忘れちゃおうっと」
全てのオーブに明かりを灯し、精霊局へ戻ったころには、ステラの体はすっかりこごえ、気持ちはしずみ切っていた。
ブルーなのは、ステラだけではなかった。
精霊局のえらい人、オーガスト局長が、しょぼくれた顔でため息をついていた。
「何かあったんですか?」
局長本人ではなく、ステラはそばにいたテラダさんにこそっとたずねてみる。
異変を察知したら、まず信頼と堅実のテラダさんから状況を聞いておく。ロートルディの精霊局に勤めて、まもなく二年。ステラが学んだ処世術の一つである。
テラダさん。口数は少ないけれど、まじめでしっかりした精霊術師の先輩だ。東の果ての島国の民の血が流れるらしい。どことなくエキゾチックで、ミステリアスな雰囲気がただよう。
背が高く、あまり笑うことのない彼は、いっしょにいるとプレッシャーを感じる。無愛想で素っ気ないが、別にテラダさんは怒っているわけではない。
そのことがわかるまで、ステラはいつもビクビクしながらテラダさんに話しかけていた。
大地そのものみたいに落ち着いた声で、テラダさんが答えた。
「……今、局長は、嫉妬と怒りの炎で焼かれている」
オーガスト局長は、とても優秀な精霊術師だ。けれども、炎の爆発力と風のほんぽうさを合わせ持った、非常にはたメイワクな性格のおじいさんでもある。
すっかり諦観した表情で、テラダさんがつぶやいた。
「すぐ見栄をはりたがるのは、局長の悪いくせだ」
「嫉妬? 見栄? どういうことですか?」
オーガスト局長は歳のわりに子供っぽく、いじっぱりで負けず嫌いという、どうしようもないところがある。
(でもいったい、誰と何を張り合ってるんだろう?)
ステラは首をかしげた。
「ぬぐうぅー! ぐぉおおー! ワシはくやしい! くやしいぞっ!」
局長が、ほえた。
話したいことがあるのに、誰も話しかけてくれない時に、局長はこんな風に大きな声で独り言をいうのだ。
実に困ったおじいさんだ。
「ど、どうしましたか?」
ずっとムシするわけにもいかず、ステラはオーガスト局長に声をかける。
「おお! 聞いてくれるか、ステラ!」
局長がずずいっと接近し、その分だけステラがじりりっと後退した。
「我が精霊局はロートルディの町のため、尽力しておる。町の住人が快適な生活を送るには、ワシらの働きが必要不可欠じゃ! そうであろう?」
「は、はいっ!」
勢いにおされて、あいづちを打つ。
局長のテンションは大げさだが、いっていることにはステラも同意できた。
ステラの仕事は街灯に明かりを灯すこと。
他の局員たちも、様々な仕事をしている。
天候を予測したり、川の流れを調整したり、火事を消しとめたりと。
精霊局は、影ながら町の暮らしをささえているのだ。
「日々の地道な安全管理! 有事の際には、迅速かつ的確に災害に対処せねばならん! 精霊局は、そんな重大な任務を背負っておる。おるというのに……」
オーガスト局長の手がぷるぷるふるえた。
「その働きが正当に評価されておらんではないかーっ! 町のヒーローはいつだって、騎士団や魔法使い連合、冒険者の奴らじゃ!」
怒り爆発。
「あー。やっぱり騎士団は格好良いですからね」
ピカピカのヨロイを身につけて、さっそうと馬を乗りこなす。
こうして騎士団は、ロートルディの町の治安を守っている。
「魔法使い連合は画期的な発明をして、よく話題になってますし」
学問と研究にいそしむ彼らは、便利な道具や技術を見つけ出す。
その魔法が失敗して、トラブルを起こすこともまれにあるのだが。
それでも多くの人たちが、魔法使いたちの深い知識と専門的な技術には一目置いている。
「冒険者は色んな人がいて、ウソか本当かわからない英雄譚が飛びかってますよね」
冒険者たちは、報酬次第であらゆる依頼をこなす、なんでも屋さん。
聞こえてくるウワサでは、古代の遺跡から宝物を発掘したり、ドラゴンを退治しただとか。
脚色された武勇伝は、どこまで本当なのかわからない。実際は地味できびしい世界らしい。
「この前、一人の幸運な冒険者が、巨大な銀のかたまりを発見して大金持ち! なんて大さわぎしてましたよね」
「おのれぃ! 精霊局だってそれぐらいめずらしい出来事が起きれば、町中の話題をかっさらってやるものを」
でもこの話にはオチがある。
「だけど、きちんと鑑定したところ、見た目がキラキラしたただの石だった。って、ガッカリな結果だったじゃないですか」
「銀ではなく、鉄とニッケルが主成分だったらしい」
テラダさんがぽつりと小声で口をはさんだ。
「その石……、少し気になる」
ステラにとって、石の成分などどうでも良かった。
大切なのは、この話から読み取れるごくシンプルな教訓だ。
「つまり! そう簡単に、ラッキーが転がってくるわけがないんです!」
局長にいい聞かせるように、ビシッと宣言する。
「うむ。ステラのいうとおりじゃ」
局長がうんうんと、うなづく。
「幸運を待つのではなく、自らの手でチャンスをつかみ取れ! ということじゃな! その心意気や良し!」
「そうで……! う、ぇえ?」
ラッキーはそう簡単にやってくるものじゃない。
そういってあきらめさせるはずが、逆にオーガスト局長の闘志に火をつけてしまったらしい。
「とにかく他の機関ばかりが目立ちよって! この町を影からささえておるのは、精霊局だというに! ずるい! 悔しい! 納得できんぞ!」
「わ、私に怒られても困りますー……」
「はっ! これはすまんかったな」
「でも……。たしかにロートルディの町での精霊局の印象って、うすいですよね」
ステラは少しだけうなだれた。
局長ほど派手に目立ちたいわけではないが、ステラも少しは精霊局の仕事を町の人たちにしってもらいたいとは思っている。
「精霊局が話題になるのは、失態をおかした時ぐらいのものだ」
皮肉と自嘲をふくませて、テラダさんがぼそっとつけたす。
「当たり前だと思われているのかもしれませんね」
「なるほどのう。精霊術師と精霊の働きは、あって当然のものとして受け入れられ、町の者からはずぇんぜんっ感謝されることはない。ということか」
オーガスト局長が、しきりにうなづく。
整ったヒゲを何度もなでている。
何度も、何度も。
摩擦熱で発火するのではないかと思うほどに。
(あ、これは危険なサインかも)
ステラは身がまえた。
「よぉおし! これから一切の仕事を放棄してやるわーいっ! さすれば町の奴ばらめも、精霊局がいかに大切な存在だったか、身にしみて理解することじゃろう!」
「ダメですよ! そんなことしたら、町はパニックです!」
「フハーッ、ハハハハッ!! 愚民どもよ! 思いしるが良いわー!」
「魔王がっ! ここに魔王がいますよー!」
勇者でもないステラは、それでも必死に説得して、暴走する局長のとんでもない思いつきをやめさせたのだった。