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第一章 9

 シンとユウは、利沙の手のロープをほどき、体を抱え上げ歩かせようとした。が、足に傷がある利沙がすぐ歩けるはずもなく、利沙の両脇を抱えて時間をかけてやっと連れて行った。

 利沙は、その場に崩れ落ちるように床に倒れた。椅子に座るどころではない。


 それを見てタカシは、口を塞いでいたテープをはがして、

「さっさとしろよ。する事してから休むんだな。今は、寝る時じゃない」

 利沙は息をきらしながら、

「……できない。椅子に座ってなんて無理」

 そう言うと、タカシはシンに向かって、

「そこに準備してやれ。そのかわり、さっさと終わらせるんだ。いいな」

 シンは、やれやれといった感じで、パソコンを側にあった箱の上に置き、利沙の前に準備した。

「これでいいだろ」

 そっけなく言ってタカシのいる方へ行った。


 シンにしてみれば、予定外の事態に驚いて、まさか、タカシが本当に傷つけるとは思っていなかったから、とまどっていた。


 衝立の向こうで三人の話し声が聞こえてきた。でも、今の利沙にはそれを聞くだけの余裕はなく、足をさすりながら痛みに耐えていた。


 ふと、気づいてポケットからハンカチを取り出し、足の傷の上からしばった。その時、あまりの痛さから声が出たが、とっさに口を手で塞ぎうめく様な声になった。衝立の向こうにその声は届いてはいなかったらしく、誰も利沙を見に来なかった。利沙はほっとしながらも、傷の痛みと戦っていた。

 傷自体は、傷口こそ小さく見えるが、深そうだった。しかし、一つだけ幸いなのは、動脈を傷つけてはいなさそうだという事。出血が溢れる程ではない。

 だが、じわじわとした出血は続いているので、安心という訳ではないが、まだ差し迫って慌てる事はないだろう。と利沙は考えた。


 まずは、この状況をどう回避するか。すなわち、ここからどうやって逃げ出すのか。その為には何をしたらいいのか。冷静になれない頭で考えようとした。

 でも、何をしようとしても、足の痛みが邪魔をして、何を考えなければならないのかさえ分からなくなった。


 何も考えられない頭で、出来る事は限られている。利沙は恐怖と痛みの中で震えながら、周りを見回してみた。

 利沙のいる所から一番遠い対角線に出口があり、見つからずに逃げる事は出来そうにはない。窓はあるが、ここが二階で窓の下がどうなっているのか分からない間は、窓から逃げる事に抵抗がある。

 窓にはカーテンが掛けられており、床に座り込んだ利沙の目線では、外の状況を確かめる事はできなかった。窓から出た所で捕まっては、元も子もない。例え隙を突いたところで、この足では無理だ。そこまで考えて、しばらくは言う事を聞いておいた方が懸命だと思った。


 だからといって、すべて言う通りにすると犯罪に加担する事になる。それは避けたい。

 どこでその折り合いをつけるか、そこが問題だが、細かい事を考えるだけの余裕がない。利沙の中で落ち着こう、考えようと思えば思うほど、焦ってきた。


 もう、どうしたらいいか分からなくなった時、いきなり声がした。

「何してる。さっさとしろって言っただろ。何もしてないじゃないか」

 タカシの声が頭の上から覆いかぶさった。

 利沙の座っているそのちょうどまん前に、片足をついてかがみこみ、ナイフを右手に持って、左手でうつむいていた利沙の顔を自分の方へ上向かせた。ナイフをちらつかせながら……。


 利沙は、一瞬ですくみあがった。考える事に夢中になっていて、人が近づいて来ている事に気づかなかった。

 ナイフを向けられ、再び恐怖が込み上げてきた。

 知らないうちに利沙の体は小刻みに震えていた。


「何とか言ったらどうなんだよ?」

 タカシが畳み掛けるように言うと、横からシンが、

「こいつ震えてるぜ。おもしれぇ」

 それを見たユウは、

「このまま()っちまおうか。強盗するより簡単だろ?」

 それを聞いたシンは、乗り気な感じでいたが、それを制してタカシは、

「そんなのは、いつでも出来る。今しか出来ない事をやろうぜ。いいな?」


 頭の上でのやり取りに、より一層恐怖感は増していき、利沙はますます顔が青ざめてきた。

「聞いての通り、さっさと終わらせて次へいきたいんだよ。宝石店に俺等が見つからずに、入れるようにしてくれたらいい。簡単だろ? 警備の目を眩ませるくらい。ハッカーさん?」


 おびえながら利沙は、そのまま何も言えず黙っていた。

「聞こえてるよな? だったら、返事くらいしようぜ」

 タカシは持っているナイフを、利沙の左の頬に近づけた。利沙は少しだけ体を後ろに反らせると、タカシはその分以上に引き起こし、頬に当てていたナイフを耳の下辺りに移すと、

「舐めたまねするなよ? 俺等を甘く見るとどうなるか、もう分かってるよな?」

 と、一度右足の方へ視線を移してから、顔を睨みつけた。

「やれるよな? やってもらわないと困るんだよ」

 言いながら、タカシの右手は利沙の耳の下にあったナイフを首の方へずらしてから首筋を軽く押さえつけてずらし、タカシはナイフを利沙の体から離した。


 ナイフは今、利沙の目の前にある。

 ナイフが利沙の左側の首筋を伝う間、ナイフの通った通りに利沙の首から血の雫が垂れてきて、何か分からない電気でも走ったかのような恐怖が、利沙の全身を駆け巡った。

 完全にすくみ上がっていて、利沙は生きた心地がしなかった。


「分かったら、始めてもらおうか。何するか分かってるよな? 警備システムを乗っ取ってもらおう」

「……わかった」

 利沙には、そう言うのが精一杯だった。その言葉で、タカシは立ち上がり

「それでいいんだよ。始めからそうすれば、なにも痛い思いしなくてよかったのにな?」


 少し落ち着いた声で言った。それからユウ一人残して、タカシとシンは衝立の向こう側、テレビの前に消えた。

 今は、利沙とユウの二人がパソコンの前にいた。ユウは事務椅子をうしろ前に座り、利沙を見張って、

「始めてもらおうか。色々あったけど、これからが本番」

 冷たく言い放たれた言葉に、利沙は改めてぞっとした。


 利沙は、左足を抱えるようにして、右足はそのままひざを折ってパソコンの前に座り、首を流れる血を手で拭った。

 この状況では、何も考える余裕がなく、体中を駆け巡る恐怖と痛みに耐え、言う通りにするしか出来なかった。

 利沙は、パソコンを起動しプログラムを入力し始めた。が、いつものようにはいかず、何度も打ち直す作業を繰り返していた。思ったように進まず、時間だけがどんどん過ぎていった。

 その間に何度かタカシが覗いていたが、せかせるだけで特に何もしなかった。


 足の痛みは、思った以上に利沙から集中力を奪っていた。そんな中でもなかなか進まないまでも、少しずつでも完成に近づいていた。ハッキングツールの構築自体には、たいして時間はかからなかったと思ったが、ゆうに、いつもの二倍の時間を要していた。


 とにかく、今の利沙には、何かを考える余裕はなく、言われた事を、そのままするしかできなかった。

 利沙に自覚はないが、足の痛みと出血によって、利沙の体力は時間の経過とともに奪われていった。それは、状況の特殊性から、恐怖心が利沙自身の持つ理性や常識と判断力さえ奪っていた。


 この状況で、強要や命令されると、それに対して抵抗する事は不可能だった。だからこそ、利沙は警備システムに対して侵入する事を試みていた。

 利沙の仕事が遅くなっているとはいえ、他の人の早さからすればずっと早い。

 ツールを構築してから、警備システムへの侵入するまでにさほど時間はかからなかった。ただ、普段の利沙に比べれば、遠回りをした感じではあるが。

 システム自体には侵入してしまえば、後はたいした事はない。


 警備の方法を確認し、巡回時間、人数、監視カメラ映像の処理、目的の宝石店の場所とそこまでの経路、店内の様子、ロックシステムの確認 など。


 肝心なのは、それらの全てを誰にも気づかれずに乗っ取ってしまう事。


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