表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/93

第一章 8

 ちょうど利沙が車へ押し込まれた時に戻る。


 学校から出た利沙は、知らない男から声をかけられ、何度も逃げようと試みたが、結局捕まってしまった。

 そして、男の仲間の運転する車に押し込んで連れ去られてしまった。


 その車の中で、

「……おとなしくしてろ」

 利沙は、両手を後ろで、両足もロープで縛られて、口はガムテープで塞がれていた。


 車はワンボックスタイプで、後部座席に押し込まれるように倒れていた。

 窓にはカーテンらしき布が掛けてあり、外を見る事が出来なかった。

 車には、全部で三人の男がいた。一人が運転手、一人が利沙を連れてきて、もう一人は、助手席でなにやら、パソコンをいじっているらしい。


「怪我したくなければ、俺等の言う事を聞け。分かってるよな?」

 そんな状態で車はしばらく進み、大きな駐車場の端の方で止まった。


 ここは、大きなショッピングモールの駐車場らしく、家族連れや学生達の声が聞こえてきた。

 利沙は、外に気づいてもらおうとガタガタと暴れてみたが、ずいぶん遠くに離れているらしく、なかなか気づいてもらない。


 そのうち、

「動くな。変な事したらただじゃおかない。そんな事より、してもらいたい事がある」

 と、一台のノートパソコンを出してきた。


 利沙を座らせてから、

「これから、このパソコンを使って、宝石店にハッキングしてもらう。警備を役に立たなくして俺等が夜に入れるようにしてくれればいい。それくらい訳ないよな。凄腕のハッカーさん?」

 と、強引な事を言って来た。


 利沙は話そうとしたが、口を塞がれたままなので、うごうごとしか聞こえず、

「テープはがすが、叫ぶなよ。これがあるからな」

 ナイフをちらつかせながら、男がテープをはずした。


 ビリッ。と、はがすと利沙の口のまわりは、少し赤くなった。

 痛みもあったが、そんな事に構う事なく、


「そんな事できる訳がないでしょう」

 利沙は、抑え目の声で言った。


「出来るはずだよな? サイバーフォースでさえ捕まえられないんだろ? 情報はちゃんとあるんだよ」

「そんな事出来ない」

「いいから、やるんだよ」

「嫌だ」

 男と利沙の会話を聞いていた。


 助手席の男が、

「シン、いい加減にしろ。俺と変われ、俺がさせるから。……ユウは、周り見てろよ。何かあれば知らせろ」

「タカシ。俺に出来る」

「いいから、俺に任せろ」

 そんなやり取りの後、タカシと呼ばれた男が、


「俺は、パソコンの事は分かるつもりだ。だから、言ってやる。出来るんだよ。知ってて出来ない振りしてるだろ?」

「……だったら、自分ですればいい。私なんかにやらせなくても」

「出来ればするさ。俺には無理だ。ハッキングをした事はない。理屈は分かっても、そう簡単じゃない。でも、ハッカーとして警察に認められているんなら、出来るだろ?」

「そんな事出来るわけないでしょ。出来るんだったら、もう他の人がしてるはずだし、……私には、出来ない。だから、帰して。他人にこの事は絶対に話さないから。」

 利沙が、言ってはみたものの、

「他にやろうとしたのがいたんだよ。ただ、うまくいかなかった。警備システムさえクリアすればなんとかなるんだよ」

「そんな事知らない。誰にも話さないから帰して。お願い」

「だめだ。やってもらう」


「……なんで、私なの? 私はあなた達を知らない。なんで?」

「そんな事、どうでもいい。とにかく、やってもらう。手の紐はほどいてやる。いいか、逃げ出そうとか変な事考えるなよ。警察とかに連絡する事は許さない。余計な事は一切するな。パソコンに怪しい事をすれば知らせるように設定してある。もちろんその設定を変えようとしたらそれも、分かるようにしてある。そんな事してみろ、ただじゃおかない」

 と、ナイフを目の前へ見せた。


 利沙は声を出せずにいた。

 その様子を見て、

「分かったみたいだな。とにかく早くするんだ。いいな?」


 利沙は、今は何も出来ない事を悟った。

 どうにかして逃げ出す方法を探し出すしかなかった。


 その為には、時間がいると思った。

「……わ、わかった。でも、すぐには、ムリ。……警備システムに侵入するには、準備がいる。……ここには、ハッキングするために必要なツールがない。構築しなおすには時間がいる」

「どれくらい(時間が)かかる?」

 タカシが話しかけてきた。

「……分からない。半日か、一日か」

「それは、長すぎる。さっさとしろよ」

 シンが、くってかかった。


「無理よ。……そんな簡単にできるもんじゃない。そっちだって、それを知っているから、自分でしないんでしょ。どんなに急いでも、……時間がいる。それが無理なら、やめたほうがいい。して見つかるより、ましでしょ?」

 利沙は、少し強気に言った。


 開き直ったように見せるしかない。

 今は、相手の要求に従う振りをする事にした。


 いつか隙ができるかもしれない。

 そうしたら……、もしかしたら……、逃げられるかもしれない。


 様子を見るより他は、今はない。


「すぐには、始められない、通信環境の整った場所に移ってほしい。ここは、良くない」

なんて言ってしまってから、内心どうしようかと、焦っていた。

「……やっとする気になったな。いいだろ。それは、準備してある」

 この言葉に、利沙は驚いた。


 とりあえず何とかしたくて、困らせてやりたくて言ったのに、準備してあるって?

 利沙には、予定外だった。


「これから、移動する」

 そう言いながら、また手を後ろでくくられてしまい、口には、テープを貼られた。

 抵抗してはみたが、やっぱり無駄だった。


「余計な事するなよ」

 威圧するようにナイフを利沙に見せた。


 利沙は、言われるままにおとなしくするより仕方なかった。

 車は、ショッピングモールの駐車場を出て、街の中を走って行き工場地帯に差し掛かり、工場へと入って行った。


 工場といっても、今でも稼動していそうな雰囲気があった。

 建物の横の搬入路を進むと砂利道に出た。そこは、駐車場のようになっていた。


 車が止まった。

 ドアを開けると、プレハブのような二階建ての建物が見えた。


 車から降りたユウは、建物の方へ歩いていき、シンが荷物を持ってその後に続いた。

 タカシは、利沙に向き合い足を縛っていたロープをほどきながら、


「着いた。ここで必要なものはそろっている。逃げようとするなよ。こっちは、言う事さえ聞いてくれたら、何もするつもりは、ない。……いいな?」

 ロープをほどき終わったタカシの手には、ナイフが握られていた。

 それを改めて、利沙の前に突き出した。


 利沙はそれを見て、頷く事しかできなかった。

 そこに、一度建物に行ったシンが車に帰ってきた。

 そして、タカシとシンの二人で利沙の両側に立ち、利沙が逃げないように三人並んで建物に向かって歩き出した。

 利沙の両手は縛られ、口も塞がれたままだった。

 車から建物まで五メートルほどだったが、利沙には、とても遠く、そして近くもあった。


 利沙は両腕をつかまれて、強引に連れていかれた。

 その時、偶然利沙が足元の砂利に足を取られてバランスを崩し、突然の事にシンとタカシの二人の手が一瞬はなれた。

 利沙は、その隙にバランスを崩しながらも、二人を振り払って、逃げようと搬入路から道の方へ、走って行った。


 この時、利沙はわざと足を取られた振りをして、二人から逃げ切るつもりだった。

 しかし、両手を縛られたままでは、バランスが取れず早く走れなかった。


 振り払われたとはいえ、シンとタカシの二人もすぐに体勢を整えて、利沙を追いかけた。

 すぐに、利沙に追いついたのは、シンだったが、その後すぐタカシも追いついた。


「なんて事するんだ。逃げるなって言ったよな?」


 息を荒らしてタカシは声を殺して叫ぶように言った。

 そして、平手が利沙の顔に翻った。

 利沙は、体を砂利道に投げ出された。


 改めてつかまった利沙は、二人に強引に連れて行かれた。


 狭い入口を入ると、半畳ほどで二階への階段があり、躊躇していると、

「さっさと行けよ」

 シンのせかす声と、後ろからつかんだ利沙の腕を前へ押すタカシの腕を感じた。


 嫌々二階への階段を上がり、入ったのは事務所のようになっている二十畳くらいの広さの部屋だった。

 中ほどが衝立で仕切られていた。ちょうど、長方形の短い辺の角にドアがある。


 利沙は、タカシに後ろを押されその部屋へ入った。

 入ったかと思ったとたん、タカシが後ろから突き飛ばし利沙の体を、床に押し投げた。


 利沙は、その勢いのまま、床に左の肩からうつぶせてしまった。

 その上をシンとユウが押さえつけた。

 利沙は、その一瞬に何が起こったか対処できずにいたが、左肩の痛みだけは現実を訴えていた。


 そんな利沙に対して、タカシが今まで以上に冷たい視線と声で、怒りをあらわにして、

「……逃げるなって言っただろ?」

 と、言うのが早いか、利沙の右のふくらはぎをいきなりの熱さが襲った。


 熱さ、と利沙は感じてはいたが、実際はタカシが利沙の右ふくらはぎにナイフを突き立てた痛みを、熱さと勘違いしたものだった。

 それ程、タカシは怒っていた事になる。


 利沙は、突然の事に声も出せず(口を塞がれているので、出せたとしてもうめき声だろうが)にいた。

 目の前に利沙の血の着いたナイフを突き出されて、初めて状況がはっきりと分かった。


 熱さが痛みに変わるのにそれ程時間はかからなかった。

 そして、右足に伝う温かい血の感触さえ、はっきりと伝わってきた。

 利沙の表情は、徐々に苦悶へと変わっていった。


 しかし、利沙のその視線の先には、先ほどまでの表情とは変わった、タカシのにやけた顔があった。


「はっ。分かったか。逃げようなんてするからだ。お前に選択肢なんてないんだよ。俺等の言う通りにしてればいいんだ。いいな?」


 タカシは、勝ち誇ったように言い、シンとユウに部屋の一番奥、即席のパソコン机の前に利沙を連れてくるように指示した。


 タカシは、三人の中でリーダーであり、年は二十五歳。

 シンとユウは、その幼馴染で年は二十三歳。


 この三人別々の会社に就職はしたが、仕事にそれ程やりがいも感じず毎日が面白くなかった時に、たまたま再会し酒の席で盛り上がっていた。

 タカシがこれもたまたま、あるサイトにあった掲示板で見つけた事がきっかけで、こんな事を考えたらしい。


 この工場もつい最近まで、車の整備場だった。

 が、経営不振で倒産し、元の持ち主は夜逃げ同然に逃げ出した。

 しかも、タカシの勤める会社の子会社で、タカシもよくここには出入りしていた。

 だからこそ、ここについて必要以上に知識があり、こんな事に、使わせてもらっていう訳だ。

 もちろん、無断で。


 最初は誰も、本気でこんな事は考えていなかった。

 でも、何度も会って、会社や世間、果ては彼女が出来ない事まで話しているうちに、腹いせも兼ねて何かやってやろうと思っていた。


 そこに、ネットで見たハッカーの情報に、実現できそうな気がし始め、こんな事になっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ