第三章 25
「今日、君を訪ねて三光園に行った。その時、君はどう思った?
確か、我々が入って行く時、ちらっとでも見てたんじゃないか。
その時どう思った?
それとも気づかなかったか?」
利沙は、少し考えてから、静かに話した。
「最初は、特に気にしてなかった。
来園者はいつも何人かは必ずある。
でも、雰囲気が大分違っていたし、何かがあるとは感じてた。というより、なんとなく。
あえて言うなら、嫌な予感っていうくらい」
「そうか、それで我々と話した後、なぜ逃げた?
逃げられると本当に思っていたのか?」
「まさか、逃げるなんて考えてなかった。気づいたら飛び出してた」
飄々と言う利沙に、
「そうは思えないな。初めて話していた途中でも、逃げただろ?」
「…………」
「どうした。逃げようとしたんだろ?」
「あの時は、自分でも驚いた。あんな風になるとは思ってなかったから」
「そうか、なら、どうしてすぐに帰って来なかった?
勢いで飛び出したなら、すぐに戻れただろう?
しかも、なんで公園なんだ?」
「……別に特にないけど」
「そうかな? さっき君の実家の捜査に行った捜査員から、報告があった。
あの公園に意味があったんだろう?
実家の裏庭から、あの公園が見えたそうだ。よく行ってたのか?
だから、あんな所まで行ったんだな、逃げだしてまで」
「行ったことなんてなかった。……一度も」
「じゃあ、なんで行ったんだ」
利沙は、話そうとしなかった。
「逃げる方法でも、考えに行ったのか?
あそこは高台で街を一望できる。あの高台の公園は、家の庭から見て知っていたわけだ」
「そんなの考えてない。ただ、……」
「ただ、なんだ? 理由があったんだろ。
俺達から逃げ出してまで、あの公園に行ったんだろ?
それとも、見つからないとでも思っていたのか」
「気がついたら、あそこにいた。あの公園に」
「自然に足が向くほどの場所か? 行ったこともないのに?」
「……行ってみたかったの。ずっと。子どもの時庭からずっと見てた。
季節ごとにきれいな花があそこから、飛び出してくるんじゃないかって思う程、
色鮮やかに咲き誇る花の公園に、ずっと行ってみたかった」
「だからって、何も今日じゃなくてもいいだろう。
もっと、早くに行けばいいんじゃないか?」
「……小さい頃、母が庭の手入れをしてるのを、ずっと横にいて見てた。
その時、高台の公園から花が一気に降ってくるんじゃないかって、話したことがあった。
母は、そうかもしれないから、降ってしまう前に一度行ってみようって言ってくれたの。
でも、その後兄の勉強が忙しくなって、連れて行ってもらえなかった。
それから行く機会がなくて、中学に入ってからは、自分も忙しくなって。
でも、公園は忘れてなかった。
そうしてるうちにハッキングしてるのがばれて、捕まった。
……それからは、保護者なしでの外出は禁止されたし、誰も連れて行って、くれなった。
ずっと行きたい。
あの公園から、ここ(実家)はどんな風に見えるんだろうって、ずっと考えてた。
公園は大きく見えた。
だったら、ここも大きく見えるんだろうか?
そんな風にばかり考えてた」
「だから、公園に行ったのか?」
「行ったんじゃない。言ったでしょう?
気がついたら、あそこだった。
柿平さん言ったよね。もう無理だって、帰って来られないって?
そう思ったら、もう、気持ちが止まらなかった」
「で、気づいたらあの公園に行ったと。そう言いたいんだな?」
「うん、……そう」
利沙は、静かに頷いた。柿平はため息一つついてから、
「……そうまでして行った、公園の印象はどうだった?
桜は、まだほとんど咲いてない。
お前の言う、降ってきそうなほどの花はなかったと思うが。
……家は見えたのか?」
「見えたよ。最初はどこにあるのか分からなくて、探したけど。でも、見つけた」
「大きく見えたか?」
「ううん、小さかった。思ってたより、……ずっとずっと小さかった。
でも見えた。今はもう手入れされてない庭だったけど。ちゃんと見つけた」
「そうか、よかったな。それで満足したのか?
それとも、家に行きたいと思わなかったのか?
俺達は、まず最初に実家を探しに行ったんだぞ」
「別に、それは思わなかった。……もう、あそこに私の居場所はない。
今更行って、迷惑かけようとは思わない」
利沙は、半ば開き直ったように、はっきりと口にした。
「まあいい。とにかくこれからはゆっくり話している暇はない。
近いうちにIIMCに報告すると決した」
「決定? だったらまだ連絡してない、間に合う?
取引しようよ。さっきも言ったけど、日本が欲しい情報なんでも手に入れるから。
引き渡さない方法も検討してほしい。
なんでもするから。偉い人もいるんでしょ? だったら……」
「無理だ。
スピースの被害に遭っている事実が存在する限り、日本も例外じゃない。
報告する義務がある」
「馬鹿正直に言う必要ないでしょ。
他の国は、躍起になってスピースを探してる。
それは何も引き渡すためじゃない。
自分の国に有利なように使うために。
……スピースを独占して、何をするのかは国によって多少の違いはあっても、見当くらい付く。
いい事を考えるはずがない。
戦争の駒になるくらいなら、日本ために働きたい。
日本は戦争に反論する筆頭に挙げられる国だもの。協力できると思うから」
その言葉を聞いて、柿平は、こう言った。
「スピースを隠した事実が、万が一でも洩れたら、
日本は一番に狙われるだろうな。間違いなく」
利沙は、言葉が続かなかった。
「でも、私は、戦争をなくしたい。
少なくとも、核戦争だけはしてほしくなくて、核ミサイルが発射されないように、ジャックしたの」
利沙は、考えながら話していたが、柿平は、冷静に、
「でも、それが余計に、戦争の危機にさらしてるかもしれないとは、考えなかったのか?」
利沙は、何も言えず、そのまま聞いていた。
その顔にあったのは、今まで見せた表情と違っていた。
「しばらくは、付き合ってもらうぞ」
柿平は、そう言って出て行った。
その日の取り調べは終了したが、翌日からも同じように繰り返し、尋問する相手が変わり、取り調べは続いた。




