第三章 20
利沙は、高台にある公園のベンチに座って、町を見下ろしていた。
その公園は、町を一望できる高台にあり、
公園自体は四角いのに、半円形になるように植物が植えられていた。
ちょうど半円の直線部分が開放されて、そこから見晴らせるようになっていた。
そこには、一定間隔でベンチが置かれていて、一つおきに背もたれのないベンチがあった。
利沙はその背もたれのないベンチに、町を見下ろすように座っていた。
利沙の隣には、小さな男の子が、利沙に寄り添うように座っていて、何か話しているように見えた。
その影響もあり、捜査員が利沙を確認してからも、何もできずにじっと見ているしかなく、
唯一できる動きといえば、利沙に気づかれないように、公園から、一般人を引き上げさせる。
それくらいしかなかった。
一般人を退避させたところに、柿平と蓮堂の二人が合流した。
利沙が周りに人がいなくなったと、気づいている様子はなく、目の前の景色をただ見ていた。
どんな顔をしているのか、捜査員からその表情は見えなかった。
利沙に気づかれないように、一般人がいなくなった公園には、
利沙と一定の間隔をあけて、半円を描きながら、捜査員が配置された。
利沙の周囲を囲うのに、時間はかからなかった。
さすが訓練された捜査員だと思わせた。
捜査員の作った規制線のテープに沿って、近所の人達、野次馬がざわざわと集まり始めていた。
その雑音の音量が増していく中、柿平は、早く状況を打開するため、手を講じていた。
それは、利沙の隣にいる子どもの家族を探していた。
子どもが誰なのか?
どうして利沙と一緒にいるのか?
知り合いか、全くの偶然でここにいたのか?
それとも利沙が無理やり連れてきて、強引に隣に座らせているのか?
その事情が掴めていなかった。
一人の捜査員が、少年の祖父と名乗る男を連れてきた。
その祖父の話によると、少年の名は、健太五歳。
公園に来ていた時、健太がジュースを欲しがったので、財布を取りに帰っていた。
少し前にベンチに座っていた利沙が、健太の転がしたボールを拾ってくれて、愛想良く相手をしてくれた。
そのため、祖父は健太を一人残して家に財布を取りに帰った。と、いうのだ。
ところが、その間に公園で騒ぎが起こっていると近所の人に聞き、慌てて公園までやって来た。
捜査員に自分が祖父であると告げ、すぐに健太を迎えに行こうとしたが、捜査員に止められた。
祖父の目の前で展開される光景に、全く落ち着いてなどいられず、捜査員に詰め寄っていた。
そして、つい、
「けんた!」
と、声をかけてしまった。
その声が届いたのか、健太が振り向いた。
「おじいちゃ~ん」
元気よくそう言った顔が、一瞬固まった。
「おじいちゃん、どうしたの? なにがあったの?」
ベンチから立ち上がって、横に飛び出して話す健太に、祖父は何を言ったらいいのか分からず、
「大丈夫か。何もされなかったか?」
公園の端から、大きな声で叫ぶ祖父に、健太は、
「なに、ボクなにもされてなんかないよ。どうしたの? ジュースかってくれた?」
はしゃいだ声に、
「ああ、ジュースなら健太の好きなのを買ってやる。だから、お巡りさんの言う事を聞きなさい。いいね、健太」
動揺した祖父の声が、公園に響いた。
利沙は、健太と祖父のやり取りをベンチに座ったまま、背中に聞いていた。
健太は、祖父にうなずいて見せた。
それを確認すると、柿平が、
「健太君。そのまま、一人でこっちに歩いておいで。ボールは後で持ってきてあげるから。
そのまま、すぐにこっちにおいで」
「わかった。ボク、おねえちゃんにバイバイしてからいくね」
そう言って、もう一度ベンチに戻ろうとした。
「いいから、バイバイは後でできる。今は、こっちにくるんだ」
柿平はすぐに健太に言うと、それを聞いていた利沙が、
「健太君。すぐに、おじいちゃんのところに行きなさい」
そう言って、健太に話すと、健太はうなずいて、
「うん。じゃあね、バイバイおねえちゃん」
「バイバイ、健太君」
利沙は、あいかわらず、ベンチに座ったまま、捜査員には背を向けたままだった。
健太は、無事に祖父の元へと戻った。
笑顔いっぱいの健太だが、おじいちゃんの腕の中でも、笑顔いっぱいだった。
まあ、何が起こっているのか全く知らないのだから、無理もないが。
とにかく、捜査員達の懸念材料が一つ減った。
しかし、まだ重要なのが残っている。
柿平が捜査員に命じて調べさせたのは、利沙が、携帯電話を持っているかどうか。
そこだった。
健太に聞いたところ、携帯電話で何か話していたらしい。
何かをしでかすかも、しないのかも分からなかった。
もう、してしまった後かどうかも。
しかし、いつまでも手をこまねいている訳にもいかず、
柿平は、利沙の包囲網を少し狭めるように指示を出した。
利沙は相変わらず、背を向けたままで、こっちに表情も読ませない。
利沙が、捜査員に囲まれていると気づいているはずで、それでも行動を起こさないとは。
柿平にとっては、不気味だった。
ただ、早急に解決したかった。
利沙に余計な面倒をかけさせないために。
「友延。もう分かってるだろう?
どこにも逃げ場はない。我々と一緒に来てもらおう。
いいか、何かしても、君のためにはならない」
利沙は反応しなかった。
それでも、柿平は続けた。
「友延、言う通りにしてくれれば、何もしない。
無視や抵抗するなら、こちらも容赦しない。
気づいていると思うが、君の周りには、大勢の捜査員がいる。
それと、持っている携帯電話を操作するのは許さない。
携帯電話を操作しようとしただけで、発砲する」
「携帯って、これ?」
利沙は、平然と携帯電話を右手で持って、
頭の上で振って見せた後、すぐに手元に戻した。
利沙が振って見せた携帯電話は、二つ折りの物で、開いてあった。
すぐにでも操作できるようになっている。
それを利沙の近くにいた捜査員が確認し、柿平に伝えられると、
「友延、その携帯何もせずに、捜査員に渡せ。
そうすれば発砲はしない。
ただし、さっきも言ったが操作しようとしただけで、発砲する」
利沙は、少ししてから、
「何を怖がっているの? 私は何も危ない物なんて持ってないのに。
そんなに大勢で危ない物持って」
利沙は、後ろを向かずに静かに話した。
確かに、利沙は危ない物は何も持っていない。
それに引き換え、利沙を取り囲んでいる捜査員全員が拳銃を構えている。
さも、それが当然のように。
それはなぜか。
それは、利沙がハッカーという事実。
それも最強のハッカー。
ブラックリストの最上位に位置するハッカー。
しかも、ついさっきまで、正体不明とされていたハッカー。
スピースだった。




