第一章 7
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キンモクセイの甘い香りに包まれるかと思われる頃、高校生活も半年がたっていた。
体育祭も終わり、文化祭へ向けて学校中が盛り上がっていた。
一年生も始めての文化祭の準備を、放課後まで残っているクラスが多かった。
利沙のクラスもそのひとつで、一年C組は、お化け屋敷を担当していた。
とにかく、制作物が多く、しかも進んで協力する者が少なくて、時間はかかるし、作っているそばで遊びに興じている者はいるし、しぶしぶ作っていても文句ばかりで、手よりも口がよく動いていた。
本番まで残り三日に迫った頃、やっと、クラスが一つにまとまってきた。
どちらかと言うと、女子が男子をせかしながら、準備を進めていた。
「こっち持って。入り口に置くんだから」
「スタンバイは、ここ。早すぎてもお客さんおもしろくないでしょ」
などなど、進行係の支持の下、お化け係の準備も整っていった。
こんな調子だが、男子もその気になってきて、女子に注文つけたり、勝手にそこかしこで、脅かしてみたり、だんだんお化け屋敷らしくなっていった。
おおいに本番が期待できそうだった。
文化祭を翌日に控えた放課後、準備を整えてから、一年C組の生徒は学校をあとにした。
翌日の学校は、文化祭当日。
いつもはぎりぎりになって慌てて校門をくぐって来る生徒達も、この日ばかりは早朝から登校していた。
各自のクラスやクラブごとに最終確認を行なうために。
そして、実行委員会の開会宣言の後、盛大に始まった。
もちろん、一年C組の教室からもたくさんのお客さんの叫び声が聞こえてきた。
特に、女子の指導の下、練習の成果がここに来て、男子のやる気に拍車をかけており、評判は上々だった。
しかし、その中に友延利沙の姿はなかった。
当日登校して来ないため、担任が家に連絡を取り、家族から、体調不良により欠席するとの返事を受けた。
その事を聞いた同級生達は、前日まで元気に準備を行なっていたのに、当日休むなんて、一度は不思議に思ったが、準備や最終調整に追われ、いつの間にか忘れていた。
その友延利沙の担当していた所に誰が入るのかなど、やる事が多いのだ。
そうこうするうちに、あっという間に楽しい一日は過ぎていき、盛況のうちに文化祭は最後の一大イベント、校庭でのキャンプファイヤーが行なわれた。
全校生徒が大いに楽しんだ一日になった。
……そういえば、利沙は?
話は、文化祭の前日の夜に遡る。
利沙は、学校を出ようとしていた。その時校門の方から、
「友延さん。ちょっといい?」
声をかけてきたのは、同級生の小井野沙織だった。
「小井野さん。何? まだいたんだ。もう、帰ったと思ってた」
「うん。今から帰るところ、そしたら、あの人達に聞かれたの。友延さんを探してるって」
「どこ?」
「あそこの車の所」
そして、指差された方を見ると、男の人が一人いた。利沙には、見覚えがなかった。
「あの人、知り合い?」
「ううん。知らない人」
「そう。……あっ。わたし帰らないと。先に帰るね。バイバイ、また明日。気をつけてね」
「うん。バイバイ」
振り向いた時には小井野の姿は消えていた。
利沙は帰ったのだと思ったが、本当は、利沙からは見えない所で、様子を伺っていただけだった。
利沙は、家に帰ろうと男を無視して早足で歩き出した。
すると、男は駆けて来て、利沙の後ろから左の二の腕を掴みあげ、前に回り込みながら、
「ちょっと待った。話があるんだよね。友延利沙さん」
と、にやけた顔で話しかけてきた。
利沙は右手で男の手を引き放そうとしたがうまくいかず、右手も男に掴れてしまった。
それでも、利沙は振り払おうと手を掴れたまま暴れて、叫ぼうとすると、
「おっと。声を出さないほうが身のためだよ」
と、耳打ちしてきた。
利沙の腕から片方だけ離した。
その手には、ナイフが握られていて、利沙の体に押し当てられていた。
利沙は、体がすくみ、言葉を飲み込んだ。
そこへ、男は重ねて話しかけてきた。
「君、ハッカーだって? それも、凄腕だってね」
凄く嫌味な言い方だった。
利沙は驚きながらも睨みつけて、逃げ出そうと試みたが、無駄だった。
「俺達と、ちょっと一緒に来てもらうよ。用事があるんだ」
強引に車の方に引き込もうとした時、一瞬できた隙に、利沙は男の腕を引き剥がし逃げ出した。
持っていたかばんを男にたたきつけ、走り出した。が、すぐに男に捕まった。
「逃げようなんて、無駄だよ」
冷たく言ったかと思うと男の仲間が運転する車に押し込まれて、慌しく走り出して行った。
その光景を見ていた者がいた。小井野沙織だ。
しかし、小井野は、驚いた様子はあったものの、落ち着いていた。
利沙が連れて行かれた後を目で追った後、利沙が落としていたカバンを拾い上げ、帰って行った。
その表情は、微笑んでいるように見えた。
小井野沙織は、その後利沙のカバンを、利沙の家まで届け、こう告げている。
「友延さんから、友達の家に行くので持って行く様に頼まれました。ちょうど、ここの近くに用事があったので」
利沙の家族も、それに対して、
「わざわざ、ありがとう」
と、応じていた。
車で連れ去られた利沙はどうなったのか。
連れ去った男は誰なのか。
男達は利沙の事を知っていたのか。
そもそも何が起こっているのか。