第一章 6
「私がハッキングで捕まるわけないでしょう。捕まったのは、別件。あの時は、正直、びっくりした。私、小遣い稼ぎにサーバーを運営してたんだよね。結構、いい収入だったんだけど、その一部が不正に使われてるとかで、ガサいれ(家宅捜索)されたんだよ。いきなり、警察官が入ってきたと思ったら、サーバーに使ってたハードーディスクをごっそり持って行かれるは、話が聞きたいとかで警察には連れて行かれるは。あの時は、本当にびっくりした」
「ちょっと待った。それは、こっちだよ。サーバーの摘発に行ったのに、行って見れば、子ども部屋だろ。民家だとは聞いてたが、まさか、中学生がサーバー管理してると思うか? てっきり年長者の誰かだと思うだろ? それが、まさか、親に内緒でこっそりパソコンしてた中学生だと気づいた時、正直、困ったんだよ。本当は」
杉原が、身振り付で話し出した。
「あの時は、あるサーバーが不正使用されている事を掴んで、それも、このサーバー良く出来てたんだよ。そこだと特定するのにもかなりの時間がかかって、摘発には、気を遣ったよ、もし、摘発する前にサーバーを閉じられてもいけないし、最悪の場合、本人だったりする事もあるので、気を遣った。しかも、民家って事は、親が管理者になっている事もあるし、その時は、子どもを驚かさないようにとか、考える事ばっかりだったのに」
利沙が口を挟んだ。
「で、私だったわけだ?」
「そうなんだよ。パソコンのある場所を聞いたら、子ども部屋だったんだよ。でも、行って見て、こいつだ。とは思ったよ。でも、まさか、そのパソコンから、ハッキングのログが出てきた時は、唖然とした。サーバーから、そっちの事件はすぐに解決できたのに。ここで、新しいものが出てきたんだよ。正直、冗談だろ? って感じだった。まず、全てのログを調べて、それに対して、被害届どころか、侵入された事にも気づいていない。そんなのばかり、どうにか事件になったけど、あれは、今までの中で、一番厄介だった。それが、中学二年だったっていうんだからな。子どものものだと思えないほど完成されていた。不思議なのは、誰のまねでもない方法を取っていた事だった。これが、大人とか専門家なら、まだ考えられなくはないけど、……なかなか受け入れられなかったよ」
利沙も、頷きながら、
「私だって、まさかばれるとは思ってなかった。ハードディスクを調べられるなんて、全然考えてなかったから、ログを残したままだったんだよね。本当、……油断した。一年以上ばれた事なかったから。あれから、サーバーでの小遣い稼ぎはやめた。欲張らなきゃ良かったんだよね?」
と、反省した様子もなくあっさり言ったので、杉原は、
「あきれた。まだ、懲りてなさそうだな? そもそも、ハッキングしてた、その事が悪い事なんだよ」
「……ああ。そうか、そこに気づかなかった。そうだよね、ハッキングが悪いんだよね?」
利沙は、ふざけた感じで返した。それに対して、
「いい加減にしろ。大人をからかうな。」
その言葉に、さすがの利沙も応えた様子で、
「ごめんなさい。」
と、笑顔で答えた。
それを見ていたのは、ニュース部の部員達と先生達だった。それぞれの表情は、複雑だった。
部員達にしてみればハッカーになった気でいたのに、そうではなかった事、それをまざまざと見せつけられるは、すごい技術を見せられるは。ショックの色は、隠せなかった。
先生達にしてみても、元、とはいえ、ハッカーが校内にいるとは、信じがたかった。
確かに、校内から、ハッキングしようとしていたなんて、認めたくない事実なのもしかたない。
とにかく、問題が山積みになっている。
ニュース部員の話も終わり、やはり、二・三年生が、ハッキングに関わっていた事。
一年生もその事実を知っていた事。部員全員に口止めさせていた事。などが、表にでてきた。
今取れる処置として、ニュース部の活動休止。この期限は、今すぐには決定されず、職員会議にかけられる手筈になった。
部員一人一人の処置としては、特に行なわず、これも職員会議で決定される。
この判断次第で、ニュース部は無くなるかもしれない。
当人達には、想像もしなかった事態になったわけだが、自業自得。
残された問題は、元ハッカー・友延利沙に対する判断なのだが、事件が起きたのが入学前である事。
にもかかわらず、現在も保護観察中である事。
しかも、その理由がハッカーとして、優秀すぎるからだというから。
……困ったもんだ。
それに、在籍していた中学校からは、それに関する情報が何も得られていない。
などから、詳しい情報を得て判断を下すまで、自宅謹慎の処分とされた。
これについては、色々意見はあったらしいが、ひとまず、他の生徒への影響を考慮したとする判断らしい。
利沙に刺激されて、ハッカーが新しく生まれても困るという理由。
ハッカーだと発覚したのが、入学前なら迷わず不合格にしていたはず、しかし、一度入学させておいてやめさせるというのは、抵抗がある。
そのため、すぐには判断が下せない状況に陥っている。
高校にしてみれば中学校の教師が恨めしいわけ。
ツツジの花が咲くゴールデンウィーク前の、忙しい時期に起きたこの問題に、判断が下されたのは、ゴールデンウィークまであと二日という日だった。
ニュース部には、一ヶ月の活動休止。
結局、部員はお咎めなし。
理由は、事件として取り扱われなかったから。だそうだが、あれも、友延利沙の活躍があればこそ。
という事で、友延利沙についても、お咎めなし。
ただ、判断が下されるまでに、一週間の時間を要しているので、どちらにしても、友延利沙は、一週間謹慎していた事になる。
そして、学校を休んでいる間に、利沙を取り巻く環境が一変している。
そう、ニュース部の危機を救った、ヒーローになっていた。
今朝は、いつになく教室が落ち着きなくざわついていた。
理由は、一週間の謹慎を終えて久しぶりに、友延利沙が登校してくる日だから。
この中の誰もニュース部の起こした事件について、知らない者はいない。
だけど、それを口にしたりはしない。なんとなく、話し出すきっかけがなかっただけだった。
今日から登校して来た友延利沙は、一度職員室に寄っていた。
処分決定のついて経緯の説明を受けていた。
「おはようございます。」
「おはよう。友延さん。詳しく聞きました。今回は、ありがとう。君のおかげで何とか事件にならずにすんだそうだね? なのに、このような扱いをしてしまった。君の過去の事件についても調べさせてもらった。申し訳ないが、中学校にも確認をさせてもらったよ。そこで、君がどんなに頑張っていたのかを聞いた。補導された後の約半年、自宅謹慎していた、その後も勉強を頑張っていた事。君は、十分に反省した。そこを、私達は考慮して、処分は行なわない決定を下した。一週間の自宅謹慎については、出席扱いとさせてもらう。これからも、この学校で勉強を頑張って下さい」
校長先生から直接話があり、その後教室に行くように促された。
教室の前まで来た利沙は、ちょっとだけ、ためらって教室に入って行った。
そこには、利沙が来るのを、ずっと待っていた同級生達がいた。
「利沙。おはよう。待ってたんだよ。ずっと」
「おはよう」
利沙が、机に着く頃には利沙の周りは、同級生でいっぱいになっていた。
「どうしたの? みんなして」
利沙は不思議そうに言って周りを見ると、みんながにこにこしている。
「聞いたぜ。ニュース部事件。すげぇな。もっと聞かせてくれよ。具体的にどうやったんだよ?」
利沙は、不思議に思った。だって、さっき先生が、
「今度の事件は、関係した人以外には話してないから、安心して授業に集中してほしい」
とか、言ってたような気がしたのに。
現実は、全く逆のような気がして。
「なに? ニュース部事件って」
とぼけたように言ったら、
「先生から口止めでもされてるの? 大丈夫よ。ほとんど全部聞いたから」
と、友達の相田香波が、嬉しそうに話しかけた。
「大丈夫って。なんで知ってるの?」
「あれっ。知らなかった? ここにニュース部いるんだよ。しつこく聞いたら、やっと話したんだよ」
「…………」
「あっ。利沙、今、あきれたでしょ?」
相田香波は、笑いながら利沙に抱きついてきた。その時、利沙にだけ聞こえる声で、
「おかえり。心配してたんだよ」
と。
「うん。ただいま。ありがとう」
利沙は、それだけ返した。その時、始業のチャイムが鳴った。
それからは休み時間の度に、ニュース部事件について聞きたがる友達が途絶える事がなく、その対応に追われた。
しかし、そのうちニュース部事件の内容よりも、利沙のハッカーとしての過去に興味の対象は移っていった。
まるで、最初からそれが目的だったように……。
「いつ始めたんだ? ハッカーって、まさか知り合いにいるなんてすげぇよ。それも同級生とは。もう興奮ものだね」
周りは、はしゃいだ雰囲気に呑まれていた。しかし、それもゴールデンウィークがあけると、いつもの空気に戻っていた。
そんな事より、近くに迫ってきた定期テストへと、興味の対象が移っていたからだったが、利沙はほっとした。
定期テストも終わって、事件から一ヶ月後には、大きな騒ぎもなく、ニュース部の活動が再開された。
その頃の利沙は、普通の高校生生活を、特に問題なく過ごしていた。
テスト、友達とのたわいない会話、宿題に終われる日々、放課後の楽しい時間。
それらはずっとこのまま、卒業するまで続くと思われた。
ニュース部事件の後から少しずつ変化があった事に、もっと早く気づいていたら、もしかしたら、そうなっていたかも知れなかった。
でも、その事に利沙のみならず、学校関係者、警察関係者の誰も気づけなかった。
それは、インターネットの中で起こっていた。ある女子高生が掲示板に書き込んでいた内容から始まっていた。
その日は、ちょうど利沙が謹慎明けで初めて登校してきた、その日の夜だった。
それが、利沙だとは書かれてはいない、投稿者も匿名で書かれている。
でも、これが、利沙のこれからを大きく変えるなんて、誰が考えただろう。誰が望んだだろう。
「私の同級生は、ハッカーです」
まさか、こんな事がきっかけになるなんて……。