表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花が咲く 第一部 ~その時見た夢~   作者: かなた 美琴
第三章  過去との遭遇
57/93

第三章  5

                3

 ある平日の昼間。三光園の食堂にあるパソコンの前に、一人座っている子がいた。


 さっきから見ている限り、悪戦苦闘しているのが分かる。

 それを後ろから、ずっと見ている影があった。


「何してるの? それに、なんであんたがここにいるのかな?」


「……そっちこそ、なんでここにお前がいるんだよ。友延、利沙?」


 振り向いた男の子が、声を掛けた子に呼びかけた。


(たちばな)こそ、何をしてるの? しかも、さっきから非効率的な事してるよね?」


 利沙は、橘がさっきから悪戦苦闘しているパソコンを覗き込んだ。

 からかうように。


「利沙。友延利沙。なんでここにいるんだ? しかも今頃、学校はどうしたんだよ?」


 改めて驚いた橘は、慌てていた。


「橘こそ、学校は? もしかして、ずる休みしたの?」

「違うよ。テスト休み。俺達の所は少しずれてるから、今日がそうなんだよ。

 だけど、利沙は、……何してんだよ。それにこんな所で?」


「何も。学校は行ってないし、知ってるでしょ? やめたんだよ。

 それにここ、今、お世話になってるの」


「学校の事なんか知ってるよ。

 そうじゃなくて、今は、いや、そんな事が言いたいんじゃなくて。

 ああぁ、もう……。

 お前がいきなりいなくなるから、いや、違う。

 そうじゃない……」


「何、言ってんの? 

 さっきから、何してるのかと思えば、パソコンの調整してたの? 

 これ、システムファイル覗いてるんでしょう。

 どうして?」


「ああ、これか。

 これ調子が悪いから、見てくれって頼まれたんだよ。

 でも、これってお前がしたらいいんじゃないか? 

 ここにいるんなら、俺をわざわざ呼びつけなくても」


「ああ、それはない」

 利沙は、あっさり言った。


「なんで?」

 橘は、不思議そうに聞いた。


「なんでって、私、ここのパソコン触れないから」


 ますます、橘は分からなくなった。


「コンピューターのプロがいて、使えるとはいえ、なぜ高校生の俺が呼ばれるのか、理由が分からないな。 

 触ってなくても、直す事くらいできるだろう?」


 橘の言う事も、一理ある。


「うぅん。そうなんだけど、人のものには手を付けられないからね。色々あって」

「ふぅん。まあいいけど、ややこしそうだな?」


 橘は、気のない返事をした。

 それに対して利沙は、


「何してるの。そんなに難しい。どこで困ってるの?」


 橘の顔の横から覗き込んだ。

 橘は、とっさに少し離れた。

 びっくりした。


「なんだよ。いきなり。そんなに見るなよ?」


 橘は画面を手で隠した。

 その慌てぶりが面白くて、利沙はからかうように、


「なんで、見せてくれないの?」

 何度も、橘の左右から無理に覗こうと試みた。



 その光景を見た職員がいたが、後になってこう言った。


「まるで、普通に子どもが、じゃれあっているようにしか見えなかった。

 いつもなら構えた印象がある利沙が、

 その辺りにいる、普通に家から学校に通って、同級生と話す光景と変わりなかった。

 あの時だけは、利沙が普通の子に見えた。

 普通って言うか、いつもの、周りに気を遣って、

 わざと物分かりのいい子を振舞っている感じは、全くなかった」


 その職員は、声を掛けようとは思わなかった。

 利沙があまりに自然で、その雰囲気を壊したくないと思ったからだ。


 利沙と橘のやり取りは、利沙の勝ちで終った。


「ほら、こんな事で躓いてるの? 

 なんだ、手こずってるように見えたけど。

 大した事ないじゃない?」


「うるさいな、俺はこれでも頑張ってるんだよ。

 ……だから言ったろ? お前がしろって」


「うるさいって。何? せっかく手伝ってあげようと思ってるのに。その言い方」

 橘は、利沙に対して本気で怒っていた。


「なんだと? 手伝うって言うなら、もう少し早く言えよ。

 そしたら、こんな事で時間とられなかったのに」


「何? 手伝って欲しいなら、早く言えばいいじゃない」


「言わせなかっただろ? そういう事。

 使っちゃいけないみたいに言ってたくせに」


 そこまで言って、二人ともほぼ同時に吹き出した。


「何、言ってんだろうな? 俺達二人して」

「本当。おかしい、おかしくて笑いが止まらない」


 そのうち、利沙が、

「じゃあ、どこを困ってるの? 手伝うから」


 橘も、素直に、というか、待ってましたと、ばかりに、


「ここ。ここが分からない。

 こっちは出来たんだけど、どうもこれが分からない。

 利沙には、分かるか?」


 利沙は、与えられた資料とパソコンの画面を見比べて、


「これって、基本にちょっと毛が生えたくらいだよ。

 大丈夫、橘でも出来る。言う通りやってみて」


 利沙は、橘に指示を与えながら、時々画面を見た。


「……ここまで行くと、もうあと少し、この画面でおかしい所見つけてみて」


 橘が画面に見入るが、表情は芳しくない。


「分からないな、どこが? って、どこもおかしくないぞ」

「そっか、じゃあ、十三行目四番目のつづりを確認してみて」


 利沙は、たいして画面を見ずに指示をするが、

「利沙は、分かってんのかよ? さっきから全然見てないだろ。

 俺と向かい合わせに座ってよ。

 ……どこもない、変なところはない。つづりも合ってる」


 利沙は、余裕で、

「分かってるわ。大丈夫、落ち着いて見て。

 つづりにRが出てくるけど、二番目のRは小文字じゃなくて、大文字になってるかを見て欲しいんだけど」


 橘は、もう一度見直して、ハッとした。


「……小文字だ。大文字じゃない。でも、なんで分かった? 

 こんなの普通じゃ見つけられないだろ?」


 利沙は、なんでもないように、

「それより、さっさと変更する。その後、まだやる事あるんだから」


 急かされた橘は、慌ててキーボードに向かった。

 その後も利沙の指示に従い、入力して、一段落すると、


「でも、やっぱり利沙ってすげぇなあ」


「何言ってんの?」

 橘の、恐れ入ったという言い方に、利沙はあっさり返した。


「だって、あれだけの事、俺だけだったら、絶対終らない。

 なのにこんなに早く、しかも画面なんてほとんど見ないで、……口で言うだけだろ?」


「そんな事ないよ。

 橘がちゃんとできるから、これだけの時間しかかからなかったんじゃない。

 橘のお手柄よ」


「でも、本当に利沙は凄いよ。何が悪いとかトラブル見ただけで分かるのか?」

 橘は、興味深そうに聞いてきた。


「まあね。だって、私これを専門にしてるんだよ? 

 分からないと仕事にならないでしょう?」


「ふぅん。そういうもんか? 俺には分からないよ。

 一人でやってたらシステム全部見てたかも。それでも出来たかどうか……。

 助かったよ、利沙がいてくれて、……ありがとう」

 利沙は、それには答えず、


「でも、何でここに橘がいるの? 学校は休みとしても、どうしてここなの?」


「あれ、言ってなかった。俺の姉貴がここで仕事してるんだよ。

 その関係で、パソコン診てくれるかって? 

 バイト代出してくれるって言うから来たんだよ。まさかこんなにややこしいとは、思わなかったけど」


 利沙は、少し考え込んで、

「……ここに橘って先生、いなかったけど?」


「ああ、それ違う。姉貴結婚して苗字変わってるから。

 咲島(さきしま)って言うんだ。咲島礼子(れいこ)。知ってる?」


「知ってるよ。礼子先生。橘のお姉さん、だったんだ?

 知らなかった。そうか、……」


「なんだよ? 何が言いたい? ……なんとなく想像はつくけど」


「似てなぁい。ぜんっぜん、似てない。本当に礼子先生の弟なの? 

 信じられない。礼子先生美人なのに、橘が弟? 似てない」


「……分かってるよ。みんな同じ反応するから。

 でも、姉貴だよ。年は少し離れてるけど」


「ふうん。そう、ちょっとコンプレックス持ってたんだ。お姉さんに? 

 ……大丈夫。お姉さんは凄くきれいだし、優しいし、人気者だし。

 でも、橘も優しいじゃない。貴重な休み使って、ここまで来てあげるなんて。

 なかなか出来ないよ。……そっかぁ、礼子先生と兄弟だったんだ。そうか」


 利沙は、何度も頷くように呟いた。

 それを見て橘は、

 橘は、少し照れくさそうに、話題を変えた。


「それより、学校なんでやめたんだ? 

 何か事件に巻き込まれたって聞いたけど。

 それって、俺達に……学校に迷惑かけるとか、それが理由か? 

 先生達は何も教えてくれないし、おまけに、利沙が少年院に入ったらしいって噂は流れるし。

 ……本当はどうなんだよ」


 利沙は、戸惑った。

 まさかこんな所で、元同級生に会うなんて事、ましてや、話をするなんて事考えてなかった。


「利沙。ごめん、なんか俺、嫌な事言ったか。だったらごめん。

 でも、俺だけじゃない。みんな、利沙を待ってたんだ。

 帰ってくるって。

 だから、……なんでやめたんだ。それが聞きたい」


 橘の真摯な問いに、利沙もごまかす事はやめた。


「ごめん。私は、凄いやつなんかじゃない。私はみんなを裏切ったんだから」

 利沙の言い様に、橘は戸惑った。


「何、何の事だ。もしかして、宝石店強盗の事?」


 今度は、利沙が、ハッとした。


 その利沙の表情を見て、橘は続けた。

「いや、はっきりしてたわけじゃない。

 ただ、利沙がいなくなった時期と重なるのはこの事件くらいで。

 しかも、俺達は利沙の力を知ってた。

 だから、もしかしたら、警備システムをごっそり盗む何て事できるのは? って考えて。

 ……そんな風にみんな思ってたんだ」


 利沙は、静かに話し始めた。


「……あの日は、ちょうど文化祭の前日だった。

 犯人グループに連れて行かれて手伝わされた。

 ハッキングなんてするつもりなかったけど、結果として、私が事件の大半を請け負う事になってた。

 ……保護観察中に起した事件だったし、ハッキングした事も事実だしね。

 それに、捜査員に言われたわ。


 ……ハッキングしてる時は、楽しかっただろう? って」


 利沙は、言葉に詰まった。

 橘は、何も言わず聞いていたが、


「それで、ハッキングしてる時楽しかったのか?」


「さあ、よく覚えてない。必死だったし。

 でも、釈明も出来なかった。

 本当は楽しんでたかもしれない、って思ってね。

 だって、脅されて怖かったのか、ハッキングを楽しんでたのか、区別がつかなくて。

 もしかしたらって、そうしたら、もう、……外には出られなかった」


「少年院に入ってたって言うのは、本当の事だったんだ」

 橘は、はっきりと言って、

「ごめん。でも……」


「いいって。本当の事だから。

 そうなると、もう、学校やみんなには迷惑かけたくなくて退学って方法を選んだの。

 間違ったとは思ってないけど、結果として、約束を破ってしまって、ごめんなさい」


 利沙は素直に謝った。


「そっか、色々あったんだ。

 でも、退学してから、もう一年以上なるよな?

 ずっとこんな所にいるのか、家には帰らないの?」


 橘は、何も気にせず軽く言った。


「こんな所って、その言い方はないよ。橘のお姉さんもここで働いてるのに」

 利沙は、すかさず諭すように言った。


「ああ、そういう意味じゃなくて。

 だって、ここって親がいない子が暮らす所だろう。

 利沙には、ちゃんと親がいるのに、変じゃないか?」


 橘の意見は理にかなっているが、


「ここは、……色々よ。親がいても、一緒に暮らせない子もいるの。

 理由は様々。

 私の場合は、……親と離れたかったし、親もそれに賛成してくれたから、ここにいる」


 橘は少し考えてから、

「……大変だったんだ。

 ごめん、なんか俺、人の事こんなにずけずけ聞くやつだと思わなかった。

 ……自分が怖いな?」


「興味、持ってくれたって事でしょう? 嬉しいよ。

 とっくの昔の事。忘れてくれてもいいのに、気にしてくれて、……ありがとう」


 利沙は、橘の顔をまっすぐに見て言った。

「昔ね? まあいい。元気そうだし、なんか足は大変そうだけど、理由は聞かない。

 これ以上おせっかいをするつもりはないから。

 それより、相談」


 橘は、意味ありげな表情を作った。


「何。その顔、何か企んでるでしょう?」


「おっ、分かる? さすが。で、さあ。もう一度だけでいいから、学校でパソコン教室してくれよ。

 あの後、って、利沙が夏に俺達にしてくれたパソコン教室の後。

 冬休みにも今度は違うクラスでする事になってただろ? 

 なのに、利沙が退学して一回もなし。

 だから、利沙がやめた後。凄く大変だったんだよ」


「橘。言ってる事が良く分からないんだけど、少し落ち着いてよ」 


 橘は、息を整えてから、

「……利沙が、一年の夏休みに俺達に開いてくれたパソコン教室。

 あれ、凄く良かった。

 あのおかげで、成績上がったやつ、俺だけじゃない。

 それにパソコン検定だって合格できた。

 あの時受けたやつほとんど受かったんだ。

 それで、冬休みとかにもやるって言ってたろ? だけど、出来ずにいるよな? 

 受けたがってるやつ多いし、文句だって言われる。お前達はいいよなって。

 それに、利沙は、今学校行ってないんだし。

 ちょこっと来て、受けたいやつに、パソコン教室また開いて欲しいんだよ。

 いいアイデアだと思わないか?」


 キラキラとした目つきで橘は言ってきたが、利沙は冷静に、


「無理よ。言ったでしょう? 私は迷惑かけたくないって。

 私が口を出せば角が立つ。第一、学校に行く気になれないし」


「それって、逃げるのか? 何か言われるかもって。

 いいじゃないか、そんなのほっとけば、それより、利沙の才能生かそうぜ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ