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花が咲く 第一部 ~その時見た夢~   作者: かなた 美琴
第三章  過去との遭遇
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第三章  4

               2


 一月終わりのある日曜日。


  三光園の会議室に、二人の人影があり、目的の人物が現れるのを待っていた。


 ‘コンッコンッコンッ’


  ドアをノックする音がした。


「どうぞ」

「失礼します」


 会釈をしてドアを開けて、待っていた人物がすっと入ってきた。

 ちょうど二人と向かい合わせになるところの椅子に座った。 


「お久しぶりです。小立先生」

「久しぶり、友延さん。元気そうだね?」


「はい。元気です。利沙でいいですよ。今更でしょう? 

 小立先生もお体どうですか? 無理されてるんじゃないですか。

 あっ、私がいた方が大変だったか?」


 利沙が冗談っぽく話すと、

「そうか? 利沙。そんな事ないよ。でも、ありがとう」


 小立先生は、まじめに応じた。

「えっ、なんで、お礼を言われるの?」


 利沙は、小立先生が言った「ありがとう」の意味が分からなかった。


「私は、君の役に立てたのかな? 短い時間でしかもあんな事になってしまった。

 なのに君はお礼を言ってくれる」


「そんな事気にしてたんですか? 小立先生は十分してくれました。

 だって、私を引き受けてくれたし、色々わがままも聞いてくれた。

 それって、私にとって凄い事なんですよ」


 利沙はまるで、「今日のご飯は美味しかった」とでも言うみたいに、あっさりと言った。


「そうか、そうだったか」

 小立先生は、ため息をつくように言い、利沙が答えた。

「そうですよ。先生は十分にしてくれました。ありがとうございました」


 利沙の言葉に、小立先生は、どう言っていいか戸惑った。

 それを見て取ったのか、


「先生。今日は、どんなご用なんですか? 確か話したい事があるって聞きましたが?」

 利沙は、軽い口調で聞くと、

「そうだ、利沙にどうしても、話しておきたい事があるんだよ」


 利沙は、その言葉を不思議に思った。

 もう、小立先生とは関係ないにも関わらず、わざわざ訪ねて来るなんて、理由が思い当たらなかった。


 ……たった一つを除いて。


「利沙。事件の事なんだが。全部聞いたよ、夕実が話してくれたんだ。すまなかった」


「なぁんだ。話しちゃったんだ。黙ってたら良かったのに」

 利沙は、呆れたように言うと、こう続けた。


 少しからかうように、

「やっぱり、黙ってるの辛かった。誰かに聞いて欲しくて、苦しかった。夕実?」


 もう一人の来客の夕実と呼ばれた少女に話しかけた。


「えっ? ……」


 夕実は、うつむいていたが、急に顔を上げた。

 するとそこには、利沙が微笑んでいた。


「図星でしょ。誰かに話したいって思っていたんでしょ?」


 その言葉に、小立先生が、

「私が、無理やり話させた。夕実は利沙と約束したからと、なかなか話してくれなかった。

 利沙がいなくなってから、夕実は人が変わってしまったのかと思うほど、人との付き合いをしなくなった。

 だから、事ある毎に夕実には声をかけたよ。

 困っている事、悩んでいる事を聞こうと頑張ったが、言ってくれなかった。

 だから、利沙が少年院から出たと知って、初めて話してくれた」


「そう、頑張ってたんだ。でも、話したら同じでしょう?」


 利沙の態度は変わらない。

 どちらか言うと、冷たく言った。


「約束なんて、関係ない。

 こういう事は、早いうちにちゃんと話してもらわないといけない事だ。

 夕実の事を考えての事らしいが、話さなければ、何も終らない事だってある」


「知ってますよ? だから、ずいぶん頑張れたんだな、って思いました。

 もっと早く話すと思ってたから」

    

「……すまなかった。私がもっと早くに気づいていれば、ここまでにはならなかったかもしれない。

 本当にすまなかった」


 小立先生は、利沙に頭を下げた。

 友実も、

「ごめんなさい、利沙。どうしても謝りたくて。無理を言って連れて来てもらったの」


 頭を下げた。

 泣いているようにも見えた。


 利沙は、

「大丈夫。そんなの気にしてないし、もうとっくに終った事でしょう。そんな事。

 ……それより、顔洗ってきたら。洗面所、廊下の突き当たりだよ」


 その言葉で、夕実は部屋を出て行った。

 利沙は、楽しんでいるかのような態度だった。


 夕実が出て行ったのを待って、

「利沙。君は、いったい何を考えていた?」

 小立先生は、疑うように利沙の方を見た。


「何も、ただ夕実が大変だったんだなあって。

 先生やみんなの中で嘘をつくのが、大変だったろうと思ったの」


 利沙は、楽しむように言うと、小立先生が少し興奮気味に、


「利沙、君。楽しんでいたのか? 

 夕実が悩んでいたのがそんなに楽しいのか。

 今まで、どんなに長かったか? 

 利沙に会いに来るのに、どれだけ勇気がいったか、考えてみてごらん。

 それでもそんな風に言えるのか?」


 利沙は、それでも態度を変えなかった。

 それどころか、

「だったら、来なくても良かったのに。

 別に、今更会ったところで何も変わらないでしょう。

 それに、夕実のためにここまで来たって事ですよね? 先生も大変ですね。……先生って言うのも」


 利沙のからかうような態度に、小立先生は、


「私は、利沙の顔を見に来たんだ。

 利沙の元気な顔を見たくて来たのに。その言い方は無いだろう?」


「それって、……。夕実の事が心配だったんでしょう? 

 これからの事もあるから、三年生になる前に、夕実に踏ん切りつけて欲しかったって言うのが、

 本音ですよね?」


「そんな事言っているんじゃない。私は、」


「でも、当たっていると思いますよ。無理しなくていいよ、先生。

 もう、私には責任がない。

 でも、夕実は違う、まだ手の中にいる。

 しかも優等生だし、良い所に進学させたい。こんな事で躓かせる事はできない。

 だから、夕実から聞いた事をどこにも話してない。

 多分、もう十分反省したって事にしたんでしょう? 


 ……まあ、そんな事どうでもいいけど」


 利沙は、興味のない言い方をした。

 それには小立先生も、


「利沙。せっかく来たのにそういう言い方は無いだろう? 

 利沙の事、どれだけ心配した事か、病院に行けば、身元確認して以降会えないと言われ、

 少年院では面会できなかった。

 ……あの、怪我だらけの利沙を見て以来、今日初めて会うのに、そういう言い方は無いだろう?」


 情けない。

 そう言いたそうな姿が、今の小立先生だった。

 それには、さすがに利沙も反省した。


「すみません。先生には確かにあの時が最後でしたね。本当にありがとうございました」

 利沙は、先生に対して頭を下げた。


「い、いや、別にそんなつもりで言ったんじゃない。

 ただ、本当に元気な姿が見たかった。だから、今、利沙に会えて、ほっとしてる。

 良かった、と本当にそう思っている。

 利沙の声も聞けたし」


「声って。もう怪我は治ってるんだし、話くらいできますよ」

 利沙は、いかにも楽しそうに言うと、


「利沙。聞いたんだ。 

 審理の途中から声が出なくなって、つい最近まで話が出来なかったそうだね?」


「……なんで? その事」

 利沙は、ショックを受けていた。

 声がでなかった事を知られていた事に。


「芳野という刑事さんが教えてくれたよ。

 そのために入所期間が延びたって。

 精神的なものが原因だと聞いてる。

 そうやってふざけた感じで話しているのも、話せなかった事が関係してるのか? 

 だったら気にしなくていい。この事を知ってるのは、私と香先生だけだ。

 夕実はもとより、子ども達の誰にも知らせていない。

 誰かに知られるのが、嫌だったのか? だったら安心していい。

 プライドを傷つけたのなら謝るよ。

 でも、利沙は、精一杯頑張っていたんだ、私はそう思う。

 悔しかっただろうなって? そう、思った。

 それに今は、それを乗り越えて、ちゃんと話をしてる。

 私は凄いと思うよ。利沙の事、誇りに思う」


「ふぅん。誇り、ね。……なんで、あんな事したのに、普通、反対に恥だと思うんじゃない?」

 利沙は、半分疑って聞いてみた。


 すると、小立先生は、

「夕実を庇うつもりだったかどうかは、私には分からない。

 それでも、夕実を無事に帰してくれた。

 しかも、審理中も夕実の事に触れなかった。

 もし、あの時夕実に捜査の手が及んでいたら、多分、夕実は耐えられなかったと思う。

 方法が正しかったかどうかと言われれば、利沙がすべて話さなかった事は、間違っていただろう。

 でも、結果として夕実にとって良かった。……本当にありがとう。感謝してる」


「感謝、ですか? 夕実だったら、耐えられなかったかもしれないから……? 

 私、そんなつもり全然なかったですよ。

 それに耐えられなかったかどうかなんて、聴取されてもないのに分かりませんよね? 

 そんな事より、先生は夕実が大学に行くのに邪魔な過去を作らなかった事に、ほっとしたんでしょう?」


 利沙は、軽い口調で真剣さは、全くなかった。


「利沙の言う通りかもしれない。でも、私達は真剣だよ」


「そうですか。さっきも言ったけど、もう終った事にしたいんでしょう。

 だったらそれでいいんじゃないですか? もう何も気にせず受験勉強して下さい。

 ……私はここにいる」


 利沙には、これ以上関わりたくない気持ちがあった。

 利沙は感じていた。


 「違う」と。


 自分と小立ホームの人達との気持ちに、接点が見当たらなかった。


 だからこそ、こういった事はもう終らせようと思った。


 そんな二人の会話をドアの外で聞いていたのが、夕実だった。

 話の内容に入っていけなくなった。

 取っ手に手を掛けたままでいた夕実に声を掛けたのは、ここの職員で、白波(しらなみ)先生だった。


「どうしたの、入らないの? さっきからここに立ってるよね。一緒に入ろうか?」

 そう言うと、夕実の返事を待たずにドアをノックした。


「失礼します。お連れしました。さあ、入って」

 夕実を連れて入ってきた。

 そして、利沙に近寄ってきて、耳打ちした。


「いい加減に、敵を増やすな。このままでは誤解を招く。素直になれ、いいな?」

 利沙の肩に手を置いて、ポンポンとたたいた。


「しらこ先生。それ、どういう意味ですか? 私は」

「しらこって、言うな」

 白波先生は、声を大きくして言った。


「だって、白波鼓太郎(こたろう)でしょう? 略してしらこ。

 上手い事言うなって、私、この呼び名好きだもん、しらこ先生。

 みんな呼んでるし、……そろそろ諦めたら」


「……とにかく。今は、せっかく来て下さってるんだ、ちゃんと話しなさい。

 もう会えないかもしれない。会えるかもしれない。

 でも、今ここで会っている事が大切なんだよ。利沙」


 利沙は、それには答えなかった。


「小立先生。わざわざお越しいただいて、本来ならこちらから伺うべきだったかもしれないのに。

 ありがとうございます」


 白波先生は、そう言って軽く頭を下げた。

 小立先生も立ち上がり頭を下げた。


「いいえ、私達の方が、一方的に用があったわけですから、お気になさらず」

 これを聞いていた利沙は、


「ほら、しらこ先生。今は、私に用があるんだって、ここはもういいから、出てってよ」

 白波先生の背中を押しながら追い出した。


「分かったから、出るよ。じゃあ、何か用があったら呼んで下さい」

「はいはい、分かりました」

 白波先生が出ると、利沙は、ドアを閉めた。


「これで、邪魔は無いね。小立先生、気になってたけど、パソコンどうなりました? 

 あれから何もしてないけど。でも、問題ないでしょう?」

「ああ。でも、利沙がいなくなってから、前ほどする事はないかな?」


「そうなんだ、ちゃんとフォローアップしてくれてるので、気にしなくていいのに。

 せっかく途中までは出来るようになってたのに」


 もったいない、そう言いたそうにしていた。


 小立先生は何かにひっかかった。

「フォローアップ。それはどういう事だ?」


「ああ、ただ私の後を引き継いでくれた人がいただろうから、そういう意味ですよ?」

「たしかに、来てくれる人はいたが、一週間に一度位か。そういう事か?」

「なんだ、ちゃんとしてくれてたんだ? 良かった。

 もし、邪魔になってるなら片付けてもらいますけど、どうします?」

「いや、そこは考えてなかった」


「そうですか? 大丈夫ですよ、置いたままで。

 もし、邪魔なら、来た人にそう伝えて、持って帰ってもらって下さい。……お手間をおかけします」

 利沙は、あっさり言うと、頭を下げた。


「いや、そうだな。もう利沙はいないわけだし、そろそろ返した方がいいのかも」

 小立先生は、少し考えながら、改めて口にした。


「小立先生のご判断におまかせします。よろしくお願いします」


 利沙と小立先生は、お互いに見合わせて微笑んだ。

 和んだ時間が過ぎていた。


「そうだ、俊一から年賀状が届いた。

 里親の家で楽しくしているみたいだ。クリスマスプレゼントをもらったと書いていた。

 お年玉をもらったら、それでおもちゃを買うそうだ。これがそうだ」


 小立先生は、俊一からきた年賀状を利沙に手渡した。

 利沙は、年賀状を手に取り、じっと見ていた。愛おしむように。


「……元気そうね。良かった。俊にはいっぱい教わった事がある。なのに、何もお返しできてない」


「元気そうだ、毎日学校にも通ってる。最初は、いじめられたらしい。

 でも、今では友達が、たくさん出来たそうだ、里親から連絡があった。

 困った時の相談は逐次受けてる。俊一なら大丈夫だ。

 それより、俊一に何を教えてもらったって?」


 小立先生は、伺うように聞いた。

 利沙は、それに淡々と答えた。


「子どもって、可能性が色々あるんだなって、それを伸ばすのに、何かをする必要はない。

 ただ、子どもの話を聞いてあげればいい。それを教えてくれた」


「可能性か。それはみんなにある。

 利沙にも、夕実にもだ。これから色々あるかもしれない。

 でも、それでも自分を信じろ、諦めるな……。


 そうだ、もう一つ言う事があった。

 香先生から頼まれた事があった。


 利沙に、お礼を言ってほしいと言われたんだった。」


「お礼? ですか。香先生から?」

 利沙が、不思議そうに言うと、


「ああ、利沙、お弁当ありがとう。

 いつもいつも朝早く起きて、みんなの分のお弁当作ってくれてただろ? 

 あれ、表向きは、香先生が作ってくれていたって事になってるが。

 本当は、利沙、君が作ってくれたんだろう? 

 みんな知ってたよ。誰も口にはしなかったが」


 小立先生は、明るく笑顔で言った。


「でも、どうして? 同じ材料使ってたのに」


「分かるさ。香先生とは、全然違う。

 同じ材料で、ここまできれいな弁当ができるとは、誰も思わなかった。

 だから、最初は、香先生、腕挙げたなって、そう思っていたんだが……。

 利沙がいなくなって、また元に戻ってね。

 そしたら、子ども達から、香先生にお願いがきてね。

 前のは利沙が作っているとは知らないから、前のがいいって。

 それで、香先生がばらしたんだ。


 本当は利沙が作ってくれてたって。


 それを聞いてみんなびっくりしてたよ。私も驚いた一人だ。

 だから、まあ、香先生と言わず、ホームのみんなからのお礼だ。

 本当にありがとう。香先生も助かったって、そう伝えてほしいって、頼まれたんだ。


 それに、その話の後から、キッチンに立ちたがる子が増えてね。

 利沙みたいに、料理上手になるんだって、今では食事当番が人気の的になってるよ。

 ……私からも言わせてくれ、本当にありがとう。


 いてくれた時間は短かったが、利沙が残してくれたものは、少なくない」

 小立先生は、その後も利沙と話を続けた。


 しばらく話し込んだ後、三人が会議室から出てきて、利沙は笑顔で二人を玄関まで見送っていた。


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