第三章 3
「復讐って言うのは、どういう事かな? 確か、拓巳は」
「こいつのせいで、俺の親父は死んだんだ。フラワーポットが余計な事しやがった、そのせいで……」
拓巳は立ち上がり、悔しそうに拳を握って、利沙を睨みつけた。
その視線を無視して、利沙は話し出した。
「拓巳って、確か水城拓巳だよね。
もしかしたら、拓巳のお父さんって、水城拓弥。
だとしたら、お父さんは識越産業に勤めていた。
経理課の課長で、不正経理が明るみに出て、退職に追い込まれ、後日、自殺した。
自殺してから事件には関わっていない事が判明。
以後、家族には識越産業が、功労金という名目で資金援助を行っていたはず」
利沙の説明を、大人しく聞いていた拓巳は、
「罪の意識か? 自分のした事で死人が出て、焦ったんだろう? だから、そんな事まで調べたんだ!」
利沙に絡むように言い、立ち上がって近づいて行った。
それに気づいた職員が止めるまもなく、利沙に拳を振り上げた。
利沙は逃げようとせずこう告げた。
「だから、何? お父さんが自殺して、それを私のせいにする事は簡単。
だけど私は悪くない。識越産業が全て悪いの。
会社が保身のために、お父さんのクビを切った。
私がしなくてもいずれは気づく、警察だって。
ただ、時期が早まっただけでしょう?
それに振り回されたくなければ、強くなればいいいじゃない。
お父さんのように会社の駒のようになりたくなければ……」
利沙は、拓巳の拳をそのまま受けた。
大きく後ろに投げ出され床に倒れた、その上に馬乗りになった拓巳は、
もう一度拳を振り上げて、動きが止まった。
振り上げた手を止められたのもあるが、泣いていた。
男の子がこんな泣き方をするのを、利沙は初めて見た。
全身を震わせながら、泣いていた。
大粒の涙が次々と流れていた。
利沙は、驚いた。
そして、真剣に、
「そんなに悔しかったんだ。拓巳? ……でも、私は謝らない」
拓巳は、職員により椅子に座らされた。
机にうつぶせて、拳を机に打ち付けた。
何度も何度も。
利沙も、椅子に改めて座った。
口が少し切れていたが、それは手で拭っただけだった。
利沙の顔には、何箇所かあざができ少し腫れていた。
冷やすようにと、氷の入った袋を準備してくれたが、断った。
先生達は、それぞれに声をかけ、有二は、
「俺、もう行っていいですか? もう用ないし、ハッキングも、もう、しません。
なんか、ハッキングって思ったより奥が深そうで、もう止めておきます。迷惑かけてすみませんでした」
そう言って、先生と一緒に会議室を出て行った。
有二は、今後のパソコンの使用を制限された。
会議室の利沙と拓巳は直接話す事はなかったが、先生を通して訴えたのは拓巳だった。
「俺は、ずっと知りたかった。
なんで企業なんかの告発をするんだろうって?
お金にうるさい奴か、ヒーローになりたがってる大人かと思ってた。
なのに、こんな子どもが、思いつきでやりやがって。
俺の家族は、こんな子どもに振りまわらされた。
なんで、……なんで親父の会社なんだよ?」
拳を握ったまま、やっとそれだけ口にした。
それを聞いた利沙は、
「私は、どこかの企業を決めて侵入したわけじゃない。
公開されてる経理情報に、不自然な所だけを気づいた時に調べた。
そういう所って意外に多くて、悪質な所を優先してた。
識越産業は、社員が毎月積み立てた会費を、会長以下、幹部が賄賂に使っていた。
それを、業績が不振だとか、経費がかかったとか適当に理由をつけて、社員に還元せず、
利益は自分達のポケットに入れてた。
その事を発見して、会長やその幹部にメールを送った。
でも、全く相手にしなかった、それだけならまだ良かった。
それどころか、私が脅迫したと思われて、買収してきた。
……でも、どこでも大体は、同じように買収の話はでるけどね。
情報を買い取るって言うんだよ? それも、莫大な額。
多分その金の出所も似たようなもんだろうけど……」
そこにいる全員が、一斉に利沙を見た。
「それって、どういう事。脅迫って?」
利沙は呆れ気味に。
「? 私はそんな話に乗ってませんよ、いくらなんでも。
第一、ゆすってたわけじゃないし、お金で解決しようとした人が、多かったって話ですから。
……本当に買収の話、一度も受けてませんから」
みんなの視線を冷たく感じながらも、何とか説明した。
反応ははっきりしないが、利沙は構わずに話を続けた。
「それに、こんな話がしたいわけじゃなくて。
……識越産業は、功労金として毎年お金を払っていたはず。子ども達が学校を卒業するまで」
「そんなもん、すぐになくなった。兄貴は大学を辞めて働いた。
母親は無理が原因で働けなくなった。だから収入もなくて生活できなくなった。
それから、妹は親戚に引き取られて、俺はここにいる。
お前のせいで、俺達は無茶苦茶にされた。俺達はお前の気まぐれで」
拓巳は立ち上がって、利沙を睨んだ。
「そう、あの会社、そんな事だったんだ。
……一度は潰してやろうかって思ったけど、償うっていうから見逃したのに。
そうだったんだ。
だったら、今からでも、何かしようか? 出来なくは無いよ」
利沙は、表情を崩さず、拓巳に向かって話した。
それに慌てたのは、先生達だった。
「何を言ってる。それはしなくていい事だ」
「そんな事ない。だって識越産業は嘘をついた。貰える分を貰うだけ。
だったら問題ない。
だって、自分の会社の社員と、その家族の救済は、会社に責任がある」
利沙は本気だった。
利沙は立ち上がり、出て行ったかと思うと、自分の部屋からパソコンを持ってきた。
「何をするつもりだ。利沙、やめなさい」
利沙は、手を止めず、
「大丈夫。違法な事は何もしないから。
……まだ、この時間なら、識越産業のメインコンピューターは動いてる。
もしかしたら、幹部もいるかも」
「何をするつもりだ? 一体、はっきり言ってからでないと、何もさせない」
園長先生が利沙からパソコンを奪った。
「大丈夫ですよ。ホームページにアクセスして、問い合わせに繋ぐだけです」
園長は、しぶしぶパソコンを返した。
利沙は、識越産業のホームページを開き、問い合わせをクリックした。
その後、何か打ち込んだかと思うと、
「これで、何らかの結果がでると思います」
利沙は何も言わず、ただ一言。
「もう、この話は終わり。多分、少しくらいなら……変化があるかも」
その後、利沙は部屋に戻った。
その時の園長は、利沙が何をしているのか、ずっと見ていた。
そして、止めようとしたが、出来なかった。
あまりにも利沙の動きに隙がなかった事もあるが、内容に共感していた事もあった。
この事件の後、拓巳と利沙が話をする事も、視線を合わせる事もなかったが、
それ以外は、普通に過ごしていた。
月曜日になり、事態は動いた。
三光園に、識越産業の幹部の人間が訪ねてきた。拓巳に用があった。
拓巳が学校から帰ってくると、幹部との面会があった。
そこで何がどう話されたのかはわからない。
ただ、それからの拓巳は、人が変わったように、前向きになった。
なんにでも積極的で、勉強の成績も上がった。
進学も早々に決まった。第一志望に合格が出来たのも、拓巳の脅威の追い上げがあったからだ。
そして、拓巳のお兄さんも大学への復学が認められたが、本人は断ったという。
しかし、親子四人一緒に暮らせるようになり、一月の末に拓巳は退所して行った。
今まで以上の笑顔と、明るい声を置いて。
そういえば、あの時、利沙は何をしたのだろうか?
あれから事態が変わっていた。
この時の事を、佐根園長は、こう振り返っている。
「不思議な事が起こった。
でも、これにはちゃんと理由がある。
私はそれを目の前で見た。
それは、決して、全てが正しいわけではないが、間違ってるとは思わない」
識越産業の問い合わせに、ある土曜日。
こんなメールが届いた。
~識越産業の皆様~
お久しぶりです。
しばらくお話をさせてもらっていませんでしたが、あいかわらずの様子、恐れ入ります。
体質に変化なく。
いつも通りの業績を維持できるなんて、素晴らしい。
しかし、その影は、やはりいつもの様子が伺えます。
しかも、以前にお約束くださいました件。
あなた方の被害を一番受けたであろう方々への、手厚い保証は、いかがなものでしょう。
お粗末。
私には、その言葉以外に思いつきません。
故・水城拓弥様の家族に対して、あなた方は、見捨てる以外に何もしていない。
出来ないならともかく、出来るのにしていない。
この事は、私が以前に聞いていた内容とは、全く違う。
水城家に対して、あなた方の責任の取り方を検討いただきたい。
その方法について、少々提案があります。
1、水城家の復活。
2、水城家の人達が揃って生活できる環境の提供。家がないので、そこをよろしく。
ローンはなしで。
3、水城家の長男の大学への復帰。これは、貴社の資金力で。
4、水城家の次男、長女の教育費を大学卒業まで面倒みる事。
5、母親の治療の費用。
これは貴社により早々に資金援助が打ち切られなければ、体調を崩す事はなかったはず。
6、以上により、収入の確保がしっかり出来るまでの保証。
どうですか、ざっとこのレベルならば、貴社にはどうって事ないはず。ですよね。
次男については、三光園という児童福祉施設にいる。
長女は親戚宅に預けられているもよう。
私には、詳しく情報を提供してくれる方がいる。
これからも、水城家以外の人についても、もらえる事になっている。
楽しみだ。
一体どんな情報をもたらせてくれるのか。
貴社について、私の仕事は終っていない事が分かってしまいましたね。
~フラワーポットより~




