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第二章 22

「君は、以前に宝石強盗に絡んでいるよね?」


 来たぞ。やっぱりそこか。


 利沙は内心ドキドキした。


「それから、少年院に入ってて、つい最近出てきたばかりだった。

 間違っていたらすまない。私はそう聞いている」


「間違っていません。その通りです」


 利沙によどみはない。覚悟は決めた。

 何でも来いだ。


「それなら、一人で外に出る事は禁止されていたはずだが、どうして外に出たのかな。

 先生が戻ると、君はいなかったそうじゃないか?」


「昨日の午後。……昨日は午後になって急に雨が降ってきたでしょう? 

 それで、先生もいないし、洗濯物を取り込んでいたんです」


「洗濯物は、外に干してあるのか?」

「はい。二階のベランダに」


 芳野は、納得がいかない表情で、


「私が聞いてるのは、どうして外に出たのかなんだが?」


「だから、洗濯物を取り込んでいたら、洗濯物が、風で外まで飛ばされたので、

 それを取りに出ただけです」


「……? 

 だから、私は外に出かけた理由が、知りたいんだ。

 洗濯物を取り込んでその後どうしたんだ」


 さすがの芳野も疲れてきた。


 どうも話が繋がらない。


「だから、そこから覚えてなくて。

 確かに外に出たところまでは覚えてるんだけど、そこから何も分からなくて。

 気がついたら、あいつらのいる、倉庫みたいな所だった」


 芳野と富田は目を見張った。


 なぜならこの話が本当なら、この子は誘拐された可能性が高いからだ。

 二人は慎重に聞き始めた。


「では、君は誘拐されたかもしれないんだね?」


「かも、っていうかそうだと思う」


 呆れた。

 今までそんな事考えなかった。


 男達と待ち合わせていたのかと思ったが、なんと、誘拐事件だったとは。

 そうすると、新たな疑問が沸いてきた。


「確か、五人の男は、君を知っていたと言ったね?」

「はい」


「君は、本当に知らなかった?」

「もちろんです。あんなの会った事もない」


「おかしいね。

 少なくとも、メールのやり取りはしていたんじゃないかな?」


 そう言うと、一枚の紙を取り出した。

 そこには、何通かのメールの内容が記されていた。


「これは、君が使っているパソコンから出てきたものだ。印刷してきた。

 見てごらん、ここにサトルという男とのメールがある。

 今回君は、あのホームを出たくてサトルという男に協力を頼んだんじゃないかね?」


 利沙は、驚いた。

 何の事か分からない。


「君がさっき言った、マサノブだったかな? 

 あれはサトルという子をかばうための嘘か、サトルという子の仲間かな?」


 利沙は益々分からない。

 サトル? メール? 仲間? 何が起こっている。何が?


 利沙は相当焦った。

 まるで聞いた事のない、見た事のないメール。


「友延さん。聞いてるか? 

 私達は君達の間で、トラブルが起こっているんじゃないかと思ってここに来ている。

 だから正直に話してくれれば、君を守る事も出来るんだよ」


「冗談じゃない。あいつらと仲間? 

 メールだって? 

 そんなの知らない。見た事もない。

 いい加減な事言わないで。

 私はあんなやつら、何も知らない」


 利沙は一気に話したので、息が切れた。

 しかも全身がギリギリと痛んだ。


 その顔を見た芳野は、

「先生を呼ぼうか?」

 と、言ってくれたが、利沙は断った。


 早く誤解を解きたかった。

 あの卑劣な奴らと同類と思われると考えただけでも鳥肌が立つ。


「私は、昨日、倉庫で初めてあいつらを見た。

 それ以前に会った事も、もちろんメールを見た事もない」


「では、君のパソコンを使って、君以外に、サトルという子とメールをしていた事になるね?

 君のパソコンは、君以外にも使えたの? 

 その人物がサトルとメールを交わしていたというのか?」


「私のは誰にも触らせていない。

 それに私以外に、パソコンは起動できない」


「だったら、誰かが君に気づかれないように、パソコンを使ったのかな?」


「だから、私以外に触られたら、次に私が触った時に気づきます……?」 


 そこまで言って、思い当たった。


 利沙は、洗濯物を取り入れようと、パソコンを起動したままにしていた。


 すぐに戻ってくると思って、メモリーだけ抜いてそのままにしていたのだ。


 もし、それを使われたのなら、いや、そうしたらホームの人間という事になる? 

 それはない。と思う。


「では、誰が、こんなメールを」


「もういい。もういいよ、そんな事。

 それよりあいつらの事捕まえるの。それとも捕まえないの?」


 利沙はやけになっていた。

 何がなんだか分からなかった。


 だって、思い当たるのは夕実だ。


 他にパソコンに触れた人間がいない。

 私が出た後、起動されたままのパソコンで何かしたとしたら、夕実しかいない。


 子ども達も先生も出かけていた。

 他の子なら、一人でホームにいる事が無い、誰かが触っていれば、誰かが気づく。


 だとしたら? 


 夕実しかいない。

 あの日風邪をひいたと言って、学校を休んでいた、夕実しか。


 だけど、夕実がそこまでするとは、考えたくなかった。


「捕まえたいよ。だけど協力してくれないと」

「協力って、何?」


「君は、彼らとどんな話をした。

 君が友延利沙で、ハッカーだったと知ってたのか?」


「知ってた。去年の宝石店の事も」

「だとしたら、彼らは君に、何かしろと言ってきたんじゃないか?」


「……言ったよ」

 利沙は、躊躇した。

 やはり言い辛い。


「何をしろと言われた。したのか。しなかったのか?」


「…………」


「言ってくれないと、何も伝わらんぞ」


 何かある。

 そう感じた芳野は、引き下がらなかった。


「お金がほしいと、言ってた」


「お金、ね。それで、何をどうしろと言われたんだ?」


 利沙は話が出来なかった。

 自分に不利になる。

 覚悟を決めたはずなのに、それが揺らいだ。


 そこに畳み掛けるように、


「ハッキングをするように言われたか?」

 芳野は言いにくい事をはっきりと言った。


「しかも、したんじゃないか? 今度も同じか? それともどこか別の?」


「……やりたくてやったんじゃない。やらされたんだ」


 芳野の言葉につい乗ってしまった。

 利沙は口にしてから、


 しまった。


 と、後悔した。

 芳野はそれを聞いて、ため息をついた。


「ハッキングしたのか? 

 やりたくなくて、なんでやったんだ? 

 脅されたか? 

 で、何をしたのか、具体的に教えてもらおうか」


 利沙は、もう取り返しは出来なかった。自分から認めた。


「私のメモリーを取り上げられた。

 お金がほしいから、銀行の口座にお金を振り込めと言われたの。

 振込先はどこからでもいいからと、通帳を渡されてそこに入れろって。一億円集めろって」


 芳野は自分のポケットから、透明の小さな袋に入ったメモリーを取り出した。

 利沙が保護された時、唯一持っていたものだった。


「メモリーってこれか? しかも一億。また高額だな? それで、集めたのか、一億?」


 芳野は呆れた。

 子どもの考える事か、これが。


 利沙は首を横に振りながら、

「ううん。集めてない」


「それで、こんな怪我を負わされたのか? 

 でも、変だな。ハッキングしたんだろ。

 お金を振り込まないなら、ハッキングする必要はないんじゃないか?」


「メモリーを取り返したかった。大事なものだし」


「これか、君のポケットに入っていた。

 大事なものなら、取り上げられるだろ、こんな状態になったんなら、抵抗も出来なかっただろう?」


「これ、他人には起動できないようになってる。

 ただの写真ファイルだよ。

 だけど本当はそこに、新しく開発中のソフトのプログラムが入ってるの。

 これが公開されたら、……困る、クライアント(依頼先)に何て言っていいか。

 だから、これだけは取られたくなった。

 たとえ開けなくても、時間をかけてきたのに、失うわけにはいかなかった」


 利沙は、いかにも悔しそうに言った。


「そうか、そういう事か? 

 それで、なんでわざわざハッキングしたんだ。

 した振りだけして、終わらせればよかったのに」


 利沙は、自分が何をしたか説明した。

 通帳が同一住所地のものからで、額面だけが一億と記載されるようにした事を。


「だって、すぐに引き出しに行くって言ったから。

 何とか時間稼ぎをするつもりだった。

 人に迷惑かけたくなかったし、同じ家なら何とかなるかなって思って。

 ……その後、ばれる前に、逃げ出したかったの。でも……間に合わなかった」


 その言葉を聞いて、すぐに警察に連絡をいれ、銀行に確認を取った。


「しかし、その通帳が本人の物なら、すぐに解決するよ。

 なにせ、自分だと認めたようなものだからね。


 しかし、勇気があるね? 

 男五人だろう。怖くなかったか?」


 その言葉を聞いて、利沙の頬を涙が伝った。

 本人も驚いたが、止まらなかった。


 それを見た芳野は、

「そうか、怖かったよね? 良く頑張った。

 もう心配いらない。もう、誰も君を傷つけたりしない。

 もう大丈夫だ」


 芳野は、利沙の手を握りしばらくさすっていた。

 そのうち、利沙は緊張感から解放されたのか、眠っていた。


 その顔は、どこにでもいそうな少女の顔だった。


 芳野は側にあったティッシュで、利沙の顔に残っていた涙を拭った。

 そして、部屋を出ると、


「さあ、これからだぞ」

 と、刑事二人が勢い良く外に向かって歩いていた。



 警察では、利沙の供述に基づいて銀行にあたったが、ハッカーに侵入された事はない。

 との返事が返ってきたので、改めて、口座の確認を依頼したところ、ハッキングにあった事実を認めた。


 通帳に記載されていた住所に確認のため刑事が行くと、

 住人がいて、子どもがマサノブで、事件に関わった事を認めた。


 そのためすぐに身柄を確保し、警察署で話を聞くうち、他の四人も判明した。

 次々に警察署に連れて来られて話を聞いていた。


 警察では観念したのか五人とも、素直に話していた。


 しかし、供述の内容が利沙の話したものと違っていた。

 五人は話を合わせているのか、利沙が嘘をついているのか?


 まず、一つ目は、利沙から連絡が来ていた。

 日時の指定があった事。二つ目は自分から車に乗った事。

 理由はホームから出たいと思っていた事。

 ハッキングは利沙が提案した事。

 最後は勝手に手を切ろうとして、もめた事。

 仕方なく利沙を山に捨てた事。


 どれをとっても、利沙と内容が食い違う。

 五人の内容は細かいところまで合っていた。

 よほど打合せたのか、それとも本当の事なのか。


 問題は、この五人の内一人、リキトの父親は、市議会の議員だった。

 父親の権力か、凄腕の弁護士が、五人の少年側に付き、捜査の邪魔をした。

 リキト自身は手を出していない、ただ、見ていただけだと言った。


 問題はもう一つ。

 銀行から被害届が出された事だった。

 これは、銀行にも建前はある。

 もしもの時の保険もかけてあるが、警察に被害届けを出す事が必須だったからだ。

 利沙自身、保護観察処分中で、少年院から出てきてまだ、十八日目の事件だった。


 しかも、パソコンのメール。

 どう見ても、利沙には不利なものばかりが揃っていた。


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