第二章 19
夕実は、さっきからじっと利沙のする事を見ていた。
「利沙ってすごいね。何してるか分からないくらいだね」
「そう? かもね。時間無いからね」
「でも、ハッキングって犯罪でしょう。大丈夫?」
「でも、……ないでしょうね。
いいわ、とにかく、今をどうにかしないとね。
悪いけど、あまりそういう事言わないで。
気が散るし、……躊躇しちゃうわ」
「……うん」
夕実は、それから何も言えなかった。
利沙は悪いと思いながらも罪を犯している。
私のために、利沙はハッキングしているんだ。
そう思うと、夕実は何も言えなかった。
「入れたよ。で、どうするって?」
「早いな。まだ十分も経ってないだろう」
男達が、利沙の周りに集まってきた。
中にはコウイチもいた。
「この口座に金を移してくれ。一億だぞ、一億」
マサノブが急かした。
「急かされても、出来る事は限られてるの」
そう言いながら、キーを打つと、口座の中に勢い良く金額が増えていった。
どんどん増えていく残高に、男達は興奮していた。
そして、その金額が予定の一億近くになった時、利沙は、
「そろそろ、終るよ」
利沙が、終了の作業にかかろうとすると、
「もう少し、もらおうぜ、このまま」
「冗談でしょう。早く抜けないと、捕まる。ここまで」
そう言うと、マサノブが、
「いいから、続けるんだよ」
利沙は反発した。
「逃げる。このままだと本当に、やばい」
利沙のきっぱりと言い切った声に最後は、マサノブが負けた。
「分かった」
利沙は、一気に終らせた。
まだ、警備システムに見つかっていない。
ただ、なんとか間に合った。と、思う。
逃げ出している最中にパトロールの時間に重なったらしく、もしかしたら、見つかったか?
でも利沙には、自信があった。上手く逃げ切れた、と。
利沙は、最後の後始末にかかった。
すると、
「おい。何してる。おい?」
コウイチが、その作業を止めようとすると、
「最後の確認。口座と金額とね」
利沙がその最後の作業にかかっている間。
男達は、
「もう、下ろしに行ってもいいか?」
と、確認してきた。利沙は、
「いいけど、一度に下ろせる金額には限度があるから、それを守らないと疑われるよ。」
「分かった」
そう言うと、カツヤとコウイチは、勇んで走って行った。
残ったのは、サトル、コウイチ、マサノブ、と夕実、作業中の利沙だけだった。
そこで、利沙が作業を終えると、マサノブが指示をして、利沙の手をサトルに後ろで縛らせた。
そこに、お金を下ろしてきた二人が、行く時よりも興奮して帰ってきた。
「やった。やったぞ。五十万下ろしてきた。すげえよ。これ」
持って来た現金と通帳をマサノブに渡し、男五人は、興奮の中にいた。
男たちが現金に群がっている間。
利沙と、夕実は静かに話していた。
「夕実、いい、これからここから出る方法なんだけど」
「出るの。どうやって?」
夕実も乗ってきた。
「一つだけ約束して、ここを出たら、まっすぐホームまで帰るの」
「分かった、それで先生に助けを求めるのね、出来るわ。二人だから」
「違う。何とかして夕実、あなただけでも逃げて。
ホームに帰っても絶対にここでの事を話してはだめ。絶対に」
夕実は不思議そうに、
「どうして、一人って、利沙はどうするの?」
「落ち着いて。声が大きい。私にいい考えがある」
夕実は、つい声が大きくなっていた。
「ごめん。でも、どうして私だけなの?」
「それなんだけど、ここを二人で逃げられたとしても、私はホームには帰らない。
ごめん。理由は特別だけど、ハッキングした事に変わりない。」
「なんで、利沙は悪くない。ハッキングなんて無理やりやらされたんだよ」
「それでも、私はホームには戻らない。
理由はどうあれ、こんなことしてただで済むとは思えない。
それに、たとえホームに戻っても、……もう一緒にはいられないと思う」
夕実は、不思議そうに、
「どうして?
利沙は悪くない。こんな事したくてしてるわけじゃない。
きっと分かってくれるよ。私もちゃんと言うから。
私が変な事考えたから、こんな事になったんだって、ちゃんと言うから」
「いいから、それより、夕実は自分の事考えて。
夕実こそ悪くないよ。こんな事に巻き込まれたんだから。
この事に関して、絶対に誰にも何も言っちゃだめ。
いい、夕実はまだ何にも不利なものはないの、夕実の言う事ならみんな信じてくれる。
だから、こんな事に関わって、夕実の将来に傷をつける事ない。
優等生の夕実は、ずっとそのままでいて欲しい。
最初は色々あって大変かもしれないけど、こんな事に関わったという過去は必要がない」
「だけど、利沙はどうするの?」
「私は、なんとかなるわ。……本当は、すぐにでも逃げ出したい」
「だったら、一緒に行きましょう? ね」
「違う。ここからだけじゃない。みんなから。もう、警察とか、……関わりたくない」
「どうして? だって、わざとじゃないのに」
「ありがとう。でも、信じてくれないのよね。
(少年)院から出て、すぐハッキングしたら、さすがに疑われるでしょう?
それに対抗するのは結構大変なんだよね」
利沙が疲れた表情で言うと、
「言えばいいでしょう? 信じてくれるまで」
「……とにかく、あなたは逃げてホームに戻るの。
いい考えがあるって言ったでしょう」
「でも……」
「いいから、私に任せて。いい?」
夕実は、やっと頷いた。
それを見て利沙は、
「ちょっと、来て。話があるの」
その声で、男達はドヤドヤとお互いに楽しそうにしてやって来た。
手には現金を持ったまま。
「どうした。何か用か?」
「何か、じゃない。帰してよ。やる事やった。もうする事もないし、言われた通りにしたでしょう?」
「冗談じゃない。これを外で話されちゃたまらない。帰すわけにはいかないだろう」
「そんな事する訳ないでしょう。私だってリスクを犯した。誰かに言える立場じゃない」
それに対して、カツヤが、
「それもそうか。そうだよな。確かに」
「そうよ」
なんとなく、解放されそうな雰囲気だったが、マサノブが、
「待てよ。そんな事分かるもんか。
そう言って、このまま警察に行くんじゃないか。被害者ぶって」
「大丈夫。私、警察嫌いだし、今日の事は、なかなかばれないと思うから、疑われないよ。
誰にも言わないから。帰して」
疑いの目で見られたまま、利沙は、新たな提案をした。
「だったら、夕実だけでも解放して。
夕実だって後ろめたいところもあるし、私を人質にしておけば、夕実だって警察に行けないでしょう?
今日、ここに来ている事は誰にも言ってないって。
それに、二人もいなくなったら、ホームから警察に連絡されるかもしれない。
そうなったら、ここに来るのを夕実が誰かに見られていたら。そのリスクが高くなる。だから……」
「分かった。それもそうだ。一人だけ解放する。でも、誰にも何も話すな。
もし話して、俺達の事がばれたら、残ってる方を俺達の好きにする。いいな?」
かなりの脅し文句だが、夕実には覿面だった。
「……分かった」
夕実は、静かに言った。
「解いてやれ」
夕実の手と足を縛っていた紐をサトルが解き、夕実は自由になった。
そして、
「ここの事、絶対話すなよ。こいつがどうなっても知らないぞ」
最後の一言は、特に強い口調だった。
夕実は倉庫を出ると、おびえながらも一目散に走って行った。
その後、ホームに帰った夕実は、風邪がぶり返した事にして、ベッドに潜り込んだ。
その日から次の日まで、ずっと。誰とも口を利かなかった。
何か話すと、全部話してしまいそうで怖かった。
ベッドにもぐった夕実を、気遣ってくれる香先生さえ、煩わしかった。
夕実は、約束通り、誰にも何も話さなかった。




