第一章 4
そこまできて、杉原が、
「ここで、そんな事をしそうな人物に心当たりありませんか? もしかしたら、生徒でというわけではありませんが?」
そう言うと、先生達は、驚いた顔を見合わせた。
「先生の中の誰かって事ですか? ……そ、そんな」
杉原は、
「先生と決まっているわけでは。では、昨日、このパソコンを午後一時前後に使用した可能性のある人に、心当たりはありませんか?」
すると、
「午後一時と言うと、お昼休みですね。お昼休みは、確か……」
「教頭先生、お昼休みは、この部屋をニュース部が貸しきっているはずですが?」
住田先生が、教頭先生のあとをひきついだ。
「そうか、ニュース部でしたか。しかし、ニュース部の部員が、そんな事をするとは、考えられない」
それを聞いて、利沙が、
「でも、これは、先生じゃないよ。……たぶんだけど」
「どうしてだ?」
杉原が聞いた。その言葉に他の三人も同調した。
「なんでって。ここのパソコンは、誰でも使えるけど、使用者番号が必要なの。それを入力しないと起動しないの。それにこれは、生徒に割り当てられているものだし、だから、これを昼休みにあけたのは、三年生でしょ? ただ、この番号を先生が使ったにしても、ニュース部に見られるはずだし、先生が平日の昼休みに毎日あけるのも変でしょう」
その言葉に、四人が口をそろえた。
「毎日、だって?」
ちょっとびっくりしたのは、利沙だった。
「そう。気づかなかった? このパソコンからだけではなく、この部屋のパソコンに履歴が残っているし、でも、一人でしたとは、考えにくいんだよね。これは」
「どういう事だ? それは、何人かでやっていたかもしれないのか?」
杉原は重ねて聞いた。
「あくまで、可能性の問題ですよ。このログ(入力履歴)を見る限り、一人と考えると無理があります」
そう言って、パソコン室にある数台のパソコンが、ほぼ同時に起動し、似たような画面を映し出した。
「これが、似たような目的で使用されたと思われるものです。ただ、すべてが同時に動いていたのではなく、たぶん、三人から多くても四人くらいが同時にしていたのかな? 分担していたとも思われます。ただ、窓口、というか、リーダーはこのパソコンを、使っていた人でしょう」
四人とも驚いた。
しかし、先生達と捜査員の間で、驚いた内容には、大きな隔たりがあった。
その中で、杉原が、まず口を開いた。
「グループ犯罪って事か?」
「でも、お遊び程度ですよ。時間かけても、これしか出来ないなんて、興味本意で始めたんでしょう? ほっといても進展しませんよ。大丈夫。まだ、引き返せるレベルです」
利沙が、弁護してきた。
先生達の疑問は、まだ解決されていない。
「なぜ、そんな事が分かるんですか? しかも、一年生の友延さんが、なぜここにいるのですか?」
教頭先生が話した途端、部屋の中が静まり返った。
誰も話さなくなった。そんな中、利沙が大きなため息とともに、
「……あぁ。もういいよ。先生には、何も話してなかったですね?」
杉原が、
「……そうか。てっきり、学校には知らされてると思っていた」
「いいよ。こうなったらいい機会だし、話します。……私、」
「……私達は、利沙に迷惑をかけるつもりはないから。私達から先生に、話しておくから、利沙は、教室に戻っていいよ」
杉原は、慌てて利沙の話を遮った。それでも、
「もういいよ。いつかは、話さなくても、ばれる時は来ると思うし。今が、その時」
利沙は一息ついて、続けた。
「先生。私、ハッカーだったんです。中学二年の時、補導されました。だから、杉原さん達が、ここに来て、私と話をしたのもそのためです。このハッカーが私だと思ったんですよ。……今まで、黙っててすみません」
先生達は、絶句した。「なんだって?」 と、いった顔をしている。
杉原は、すまなそうな顔をしていた。
そんな時に、突然ドアが開いた。
ドアが開いて入って来たのは、この部屋で活動するニュース部のメンバー達だった。ちょうど、今日の全ての授業が終わり、放課後の部活動が始まっていた。
ニュース部の面々は、先客がいた事に驚いた。そして、
「すみません」
と、言って出て行こうとした。その後姿に杉原が声をかけた。
「いいよ。ちょうど良かった。少し聞きたい事があったんだ」
それを見て、利沙が呼び止めた。
「杉原さん、ちょっと待って。まだ、それは早いよ。先生から話してもらおうよ。こんなド素人に、杉原さんが話す事ない」
そんなやり取りを、見るとはなしに聞いていた先生達が動いた。先生達が、ニュース部の部員に話を聞こうとしていた。利沙は、その後ろで、捜査員の前に立ち、
「杉原さん、真鍋さん、今はもういいよ。あとは、先生に任せようよ」
何の事か分からずニュース部部員は、驚いている。ニュース部の部員は全部で、十五人。その全員がそろったところで、パソコン室のドアが再び閉じられた。
ニュース部とは、本来は、学校内でのニュースを取り上げて、新聞の発行を主に行なっている。
色々な事を毎日探し回り、必要な情報を生徒に発信していく。とても、やりがいのある活動をしていた。
はずだった。
なのに、今は先生と真剣に話している。
教頭先生が、
「君達の活動を、いつも感心していた。よく働いてくれていると思っている。ところで、活動の具体的な内容を教えてもらいたい。いつどんな事をしているのか」
それに対して部長の三年生で広瀬という生徒が、少しずつ話し始めた。
全く納得して話したというより、しぶしぶといった感じがした。しかも、ハッキングに対しての警戒感も伺えなかった。
「僕達は、……一日かけてニュースになりそうな事案を探して、そうして集めたそれを放課後のこの時間に話し合います。その内容で新聞を作成しています。」
約五分かけた説明は、やっと終わった。
その後、住田先生が質問しようとしているところへ、ニュース部の顧問である、高野先生が入って来た。
「遅くなりました。あの、何かあったんでしょうか? 急な事で良く分からないのですが、」それを住田先生が制止し、
「高野先生、詳しくは後で話します。今は、聞いていて下さい。では、広瀬君、お昼休みに、この部屋を使う事があるよね。その時は、具体的に何をしているのか、教えてもらえるかな」
その答えは明確だった。
「新聞の原案を作っています」
住田先生は、続けて、
「パソコンは、使いますか?」
その答えも明確だった。
「もちろん、使います。それが、メインですから」
その答えを待って、杉原が、
「昨日の昼休みもしたの?」
部外者からの質問に、一瞬戸惑ったが、
「ええ。もちろん」
と、だけ答えた。
「でも、なんでこんな事を聞かれるんですか?」
納得できません。
と、でも言いたそうに、広瀬は言った。
そんな態度を見た杉原は、乗り出そうとして、利沙に止められた。利沙は小声で、
「もうちょっと待って」
伝えると、杉原も座った。それを見て、住田先生は、
「パソコンで何してるんだったかな? 新聞作りだけ、なの?」
と、繰り返すと、広瀬も苛立ってきているのが、良く分かった。
苛立たせて本当の事を話させようというのが、先生の作戦。どうも、それが成功しそうな気配。
「いったい、なんなんですか? さっきから言ってるじゃないですか。新聞を作ってるって」
広瀬が興奮して立ち上がった。
その時、利沙の声がした。
「出来た!」
ニュース部の部員達と先生が話している場所から、一番遠い位置にあるパソコンの前から聞こえた。
みんなが一斉に声のした方へ、目を向けた。その隣には、杉原がいる。
「ここは、放課後ニュース部が借りています。何してるんですか?」
と、広瀬が声を出した。
「もう、さぐり合い、……やめません?」
利沙が、数枚のプリントを持って、みんなの前にやって来た。
「お互い、何かある。って思いながら話すのって、疲れませんか? もう、さぐり合いやめましょう。時間ももったいないし」
周りを見回しながら言うと、利沙の目に、当惑の表情のニュース部員と苛立っている広瀬の顔と、困り果てた先生の顔が、ほぼ同時に映った。
そこで、一つため息をついてから、
「もう分かってるでしょ? さっさと白状したらどう。ドキドキしながら聞いてる人もいるだろうし、何より、何でこんな事聞かれるか、あんた達の方が良く分かってるでしょ?」
と、手に持っていたプリントを、
「はい、これ。見て」
配り始めてから、
「これに、見覚えある人多いでしょ。基本二・三年生だろうけど。一年生はこれに関わってはいないよね? だって、これ始めたのって、今年の二月からだし、その時一年生はまだ入学してきてない。パソコンの扱いに慣れてない一年生は、危険だと思ったのかも知れないけど。二・三年生だけの時だけじゃなく、一年生のいる時もしてるから、もしかしたら、一年生でも気づいていた人もいたかもしれない。でも、言えなかった」
利沙は、手際よく準備を整え、本題に入った。
「ここにいる、見かけない人はね、警察官で、サイバー犯罪のスペシャリストなんだよ。そこまで言えば、さすがに何の事か分かるでしょう?」
この一言で、何人かの顔色がなくなった。しかも、落ち着きなくざわついた。