表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/93

第二章 5

「でも、足、怪我してるんだ? そう見えなかったけど」

 奈月が利沙の足を見ながら、智代もつられたように言った。


「怪我って、骨折してるの?」


 利沙は、改めて、二人に向き直って、


「話す前に、ランドセル、下ろしたら?」

 そう言われて、二人は顔を見合わせて、

「あっ。そうだった」

 慌しく自分の机に置いて、利沙の前に座った。利沙は、いすに座ったまま、


「……怪我っていっても、骨折したわけじゃないの。

 ……ちょっと、神経を傷つけてうまく足を動かせないの」

 と、右足を二人の前に出して、


「触られても、感覚がないの。足をついても力も入らない。だから、杖がないと歩く事もできないんだ」

 そう言うと、智代が、


「ちょっとって、事故? 交通事故とか」


「…………」

 その質問に、利沙は答えられなかった。


 まさか、事件に巻き込まれて、犯人にナイフを刺されましたなんて、答えられるはずもなく、


「まあ……、そんなところかな」

 と、何とか言えた。


「いいんじゃない。そんな事」

 奈月の一言で、

「そうだね、理由が何でも、杖を使うって事だもんね」

 智代も、あっさりと応じた。

「ありがとう」

 利沙は、それしか言えなかった。


「だって。言いたくない事の、ひとつくらい誰にでもあるでしょう?」

 奈月が大人びて見えた。


「奈月、言ってない事があったんだ。なに? どんな事があるの?」

「うるさい。智代こそ、色々あるでしょう?」

 二人の他愛無いやり取りを聞きながら、


「どっちが年上か分からないね」


 利沙が、ため息混じりに言うと、智代が突然、


「あっ。利沙って、何年生? 何歳?」


「そうだ、聞いてなかった。高校生くらいだよね?」

 智代の声の後を引き継いで奈月が聞いた。


「十六歳。学校は行ってないから。行ってたとしたら、高校二年かな」


 それを受けて、

「高二か、夕実(ゆみ)と一緒だね。……学校行かなくていいの? いいなあ」

 智代が、本当にうらやましそうに言うと、奈月は冷静に聞いてきた。


「学校行ってないって、どうして? 高校行かなかったの?」

「ぜんぜん行ってなかったわけじゃなくて、去年、やめたから。

 ……夕実って?」


「夕実は、この部屋で一番年長の東城高二年。

 ……ええっ。高校中退したの。せっかく受験して合格したのに? 信じられない」


 いきなり会話に入ってきたのは、いつの間にか帰ってきた中学生の女の子だった。


里美(さとみ)。いきなり、びっくりした」

 奈月が振り向いて声をかけると、


「ごめんごめん。びっくりした?」

 利沙があっけにとられていると、


「私、里美。中学三年。よろしく」

「はじめまして。利沙です。よろしく」


 里美は、自分の机にカバンを置いてから、強引に二人の小学生の間を割って入り、


「はじめまして。高校中退したって事は、受験合格したんでしょ。なんでやめるの? 

 もったいないじゃない。なんで?」


 里美は自分のペースで話を進めていた。

 利沙は、勢いにちょっと戸惑った。


「……まあ。色々ありまして」


「今年二年で、去年やめたって事は、一年の途中でやめたって事でしょう? 

 それって、入学してすぐやめたって事? やっぱり、なにか合わないとかあるって事?

 せっかく受かったのに、なんでやめちゃうの?」


「すぐってわけじゃないけど。……ねえ。何を興奮してるの、里美?」


 利沙は、里美とは正反対に、落ち着いた口調で言うと、


「だって、私、受験生だよ? 

 高校行くのにどれだけ勉強すればいいのか、考えただけでもうんざりしてるのに。

 それを、あっさりやめられるって、それはすごいよ。受験勉強だってしたんでしょう?」


「そうか。ごめんね。確かに言われる通り」


「でしょう? ……もしかして勉強難しくてついていけなかったとか。赤点取ったとか。なの?」


 里美は、自分の興味のまま聞いてくる。

 利沙も仕方なく相手をする事にした。


 どこにでもいる。何でも知っておかないと気のすまない人は。


「そんな事ないよ。赤点取った事はないから」

 そんな話を聞いていた智代は、


「赤点って何?」

 と、小声で誰とはなしに聞いた。


「赤点っていうのは、テストで悪い点を取ったかって事よ。

 決められた点数が取れなかったら、赤点って言われるの」

「そうなんだ。ありがとう」

 利沙は、里美の相手をしながら、智代に答えた。


「そうなんだ。あっ。学校どこ? 私、知ってる所?」


「それは、分からないけど。……教えたくない」

 不満そうに、


「なんで? じゃあ。公立? それとも私立?」

「公立」


「いいなあ。私も公立ねらいだけど、なかなかたいへんだよ。私は第一志望東城高だけど」


「すごいじゃない。あそこのレベルは、たいしたもんだよ。がんばれ」


「ありがとう。でも、あそこなら、ここから自転車で通えるから決めたの。

 実力はまだまだぜんぜんだから。

 ……だから聞いたの。受験して入った学校、なんで簡単にやめられるの?」


「簡単ではなかったけど、色々あるの。色々」


「ふーん。受験勉強した?」

 里美は、覗くように話し掛け、利沙も、それに答えるように、


「した、かな? あまり頑張った気はしないけど」


「いいなあ。しなくて行けるんだ。成績良かったんだ。内申書とか、気になる事多いしな」


「……とにかく、私にできる事なら何でも手伝うから、頑張って」


「話、ごまかそうとしてるでしょ? やっぱり成績良かったんだ? きっといい学校いったんだろうなあ」

「だから、なんなの? ずいぶん突っかかってくるのね」


 すると、高校生の夕実が帰ってきて、


「最近、成績下がってきてるんだよね?」


「……おかえりなさい。はじめまして。利沙です。よろしく」

「ただいま。私は、夕実。よろしく」


 夕実もカバンを置くと、利沙の前に自分のいすを引っ張ってきて座った。


「高校二年。利沙も?」

「ごめん。学校は去年やめた。行ってたら、同じ二年」


「そっか。学校どこだったの?」


「あんまり言いたくない。そっちは、東城高?」

「そう。頑張ってるでしょ。ここから、……大学行けるとは思ってないけど。

 でもね、一応頑張ろうかなって」


「大学、行かないの? 東城高なら行けるでしょ?」


「成績はね。でも、お金かかるし、やっぱり考えるよ」

「……そうか、大変なんだ」


「そう。でも、高校中退するって、勇気あるね? 私は無理、なんとしても卒業だけはしたい。

 それより、言いたくないような学校なの?

 あっ、もしかして岩井尾高? あそこならやめたくなるかも」


「違うよ。さすがにあそこには行ってない」


 岩井尾高とは、成績のみならず、素行の問題としても悪い方で有名な学校だった。


「じゃあ、どこ。教えてくれてもいいでしょ?」

 夕実は、しつこく聞いてきて、体をくっつけて来た。


「聞きたいの。どっちかというと、東城より上じゃないとは思うけど。で、どこ?」


「……言うまで、聞くの?」

「そのつもり。だって、やっと入った学校、一年も行かないなんて。……やっぱり、知りたい」


 夕実は、面白いものでも見るように、側を離れない様子で、利沙は仕方なく、


「西城高」

 小さい声で言うと。

「西城? なんで、すごい所行ってて、やめるかなあ? もったいないよ」


「……あんまり言いたくなかったんだけど」

「なんで、あそこ行ってたなんて。中退か、もったいない。なんでやめたの? 

 西城高ってIT関連の企業の就職率、めちゃくちゃ高いでしょう。

 進学率だってそれなりにあったよね?」


「そうだね」

「そうだよ。……でも、やめちゃったんだ?」


「そういう事。もういい? この話したくない」

「わかった」


「ありがとう。それより、何か用があったんじゃないの? それ」

 夕実は、手にプリントを持っていた。


「そうだった、香先生に渡さなきゃいけないんだ。行ってくる」


「いってらっしゃい」

 そう言って夕実を送った。


 里美は二人の会話をずっと聞いていた。話が終わると、自分の机にむかって勉強を始めた。

 少しショックを受けたようだった。


 目指す東城高はレベルも競争率も高い。

 自分の実力以上に頑張らないと、ちょっと難しい。


 西城高でも、今のままでは入れない。

 なのに、そこをやめてきた本人を前に、平然とできるだけの心は、持っていなかった。


 小学生達は、いつの間にかいなくなっていた。

 自習室に宿題をしに行ったらしい。


 利沙は、自分の机に向き直り、改めて情報収集を続けた。


 そして、いつの間にか利沙の周りに人だかりが出来ていた。


 利沙は、それになかなか気づかなかった。

 集中していた事もあったが、時間が惜しかった。とにかく、気が急いていた。


 時間だけが過ぎていた。


 日が傾き、部屋の中は夕焼けに染まっていた。

 その頃には、子ども達も宿題を終わらせて、手伝いや、当番に忙しく動いていた。


 そんな時に、香先生の声が、


「ごはんですよぅ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ