第二章 4
利沙は、その後ある場所に連絡を取り、パソコンの手配をした。
それからしばらくして、パソコンが周辺機器と共に届けられた。
パソコンの使用に関しては、事前に許可を得ていた事もあり、特に問題視される事はなかった。
それを、子ども達が帰ってくるまでのわずかの間に自分の机にセットした。
この施設で個人的にパソコンを持っているのは、利沙だけで、理由は通信教育に必要だという事にしている。
その方が、子どもには受け入れられやすいだろう、と考えたからだ。これは、小立先生の提案だった。
ここにあるパソコンは、自習室に二台あるが、個人用ではなく、
子ども達みんなが消灯までなら、いつでも使って良い事になっていた。
インターネットも使えた。
あえて個人用のパソコンを持つ事に、子どもなら異議を唱えるだろう事を見越して、通信教育などと言い訳を考えた。
もちろん、ハッキングをするためではない。
利沙は、わずかの間にパソコンの起動に取り掛かった。
預かったパソコンを使いやすいように設定していたのだが、これは単独で何でもできるようにしていた。
その後は、今までパソコンを触っていなかった間の情報などの、確認を行っていた。
そうしているうちに、子ども達の帰ってくる時間になったのか、階下が騒がしくなっていた。
騒がしくなったと思ったら、階段を慌しく駆け上がってくる足音が、いくつか近づいてきた。
ガラッ。
入り口の戸が、派手な音を立てて開き、
「静かにしなさい」
の、香先生の声と
「ごめんなさい」
の、子ども達の声が交錯した。
その声に気づいた利沙は、ゆっくりと入り口に目をやった。
すると、興味深そうに見る、小学生がいた。男の子と二人の女の子、合計三人の顔が覗いていた。
「お帰りなさい。学校終わったの?」
利沙は、振り向くと笑顔で迎え、
「うん。ただいま」
「ただいま」
「……ただいま」
三人が口々に応じた。
「おかえり。荷物置いたら?」
利沙が軽い口調で言うと、戸惑った顔が、
「うん。あの……」
と、みっつの顔を見合わせていた。利沙は、
「ごめん。まだ、自己紹介してなかったよね」
そう言うと、三人は少しほっとした顔をした。
「はじめまして。私は友延利沙といいます。今日からここに住む事になりました。よろしくお願いします」
利沙はそう言って軽く頭を下げ、再び上げた顔は、笑顔いっぱいだった。
その笑顔につられたのか、子ども達三人の顔も笑みがこぼれていた。
「こんにちは。みんなの名前教えてくれる」
それを合図にしたのか、一気に空気が和んで、
「ぼく。俊一。二年生。みんなに、しゅん。って、よばれてるんだ」
「私は、四年。智代」
二人が興奮しながら話すのを見ながら、控えめに、
「私は、奈月。六年生。よろしく」
控えめと言うか、用心深い印象を受けた。利沙は、
「よろしく。私の事は、りさ、って呼んでください」
そう言うと、俊一が、
「りさ、って。じゃあ、りさおねえちゃん。って、よんだらいい?」
俊一の言葉に、利沙は少し戸惑った。
「おねえちゃん、か?
私、自分が妹だから、そんな風に呼ばれた事ないからかな、なんとなく、くすぐったいな」
「なんで。なんでくすぐったいの? ぼく、くすぐってないよ」
ボカッ。
「いてっ。なにするんだよ。智代、いたいだろ」
俊一が智代に頭を小突かれ、むきになってやり返そうとして、かわされた。
「しゅんの、ば~か。ほんとにくすぐったいんじゃないの」
「じゃあ。どういうことだよ? 分かんないだろ。ちゃんと教えろよ」
「だから、……えぇと、それは……。ねえ、どう言ったらいいの? 奈月ちゃん」
「えっ。それは……」
急にふられた奈月が困っていると、
「うれしい。って、事よ」
利沙は、笑顔で答えた。俊一は、そう聞いて、
「なんで、うれしいの?」
「私は、兄、お兄ちゃんがいるけど、妹も、弟もいないから。おねえちゃんって呼ばれた事がなかったから、初めて呼ばれて、嬉しかったの。……分かってくれるかな?」
「……う~ん。おねえちゃんって呼ばれると、うれしいの?」
俊一は、納得するまではいかないまでも。少しは理解しようとがんばっていた。
「じゃあ。ぼく、利沙おねえちゃん、って呼ぶね」
満面の笑顔でそう言うと、利沙の返事を待たずに、
「利沙おねえちゃん。また後でね。これから宿題するんだ」
そう言って、自分の部屋の方へかけて行った。その後姿を見て、
「忙しそうね、俊君」
利沙は、おかしそうにそう言った。
そう思っていると、また、足音がして、俊一がもう一度やってきた。
ランドセルは下ろしたらしいが、
「ねえ、利沙おねえちゃん。足悪いの?」
「えっ?」
俊一の言葉に、奈月と智代が、反応した。
「どうして?」
奈月の言葉に、俊一は、
「だって、あそこに杖があるよ。あれって、足が悪い人が使うものでしょう?」
と、指差した先は、利沙の机にかけてある杖があった。奈月は、
「ほんと。しゅん、よく見えたね?」
「うん。ぼくには見えたよ。みんなは背が高いから見えなかったんだよ。低くていい時もあるんだね」
ちょうど奈月と智代の所からだと、利沙の体の向こう側になって見えなかった。
俊一は聞き忘れたと思って、慌ててかばんを置いた後、また利沙の所に聞きに来た。
「ねえ、なんで杖があるの? 利沙お姉ちゃんが使ってるの?」
「そうよ。足を怪我してるから杖を使ってるの」
利沙は、落ち着いて丁寧に伝えた。
「じゃあ、階段とか大丈夫? 降りられる?
前に駅でおばあちゃんが困ってた事があったから、大丈夫かなあって思ったんだ」
「ありがとう。大丈夫だと思うよ。ただ、降りるのは難しいかな。
慣れてくれば大丈夫。でも、……ありがとう。気にしてくれてたのね。俊君優しいね」
俊一は、少し照れながら、
「……だったら、ぼく、階段手伝ってあげるよ。ぼく、力持ちだから」
「ありがとう。でも、練習しないといけないから、頑張ってみるね」
「……ぼく、応援するね。がんばれって」
そう言うと、自分の部屋に帰って行った。
「あきれた。言う事言ったら、もう行っちゃった」
智代が言うと、
「俊は、いつも、ああだけどね」
奈月もあきれたように言った。




