第一章 3
黙々と歩いているその雰囲気は、一種の異様な感じを漂わせている。
当然と言えば当然なのだが、不安そうなのは二人の先生だけで、疑われているはずの利沙は、どこか飄々としていた。
パソコンを見せれば、自分はしていない事の証明になる。
捜査員達はひそひそと小声で話していた。そうこうしているうちにパソコン室の前までやって来た。
住田先生が、鍵を開けて入って行った。
「どうぞ、ここがパソコン室です。昨日の授業で使用したのもこちらです」
ぞろぞろと後を四人がついて入った。
「利沙。君が昨日使ったのは、このうちのどれ?」
と、言いながら、杉原は真鍋に目配せをした。どうも先ほどここに来るまでに打ち合わせていたらしい。
真鍋は、パソコンに記されている番号を見て廻っていたが、ある一つのパソコンの前で止まり、そのパソコンを調べ始めた。
杉原は、それを見てから、利沙に話しかけた。利沙は、一つのパソコンを指差し、
「これだよ」
と、利沙の指したのは、真鍋の調べているものとは違っていた。利沙は指差しながらそこへ行こうと歩き出した。
「いいよ、利沙。こっちで調べるから。これだな?」
杉原は、利沙が指差したパソコンの前に座った。起動すると、パソコンを調べ始めた。
利沙と先生達は、それを見ていた。しばらくして、真鍋が、
「ありました。これですね」
その声で、部屋にいた全員がそのパソコンの前に集まった。
「あったって。やっぱりここか。印字して」
杉原の声で、プリンターが動き出した。出てきたプリントを手にして杉原は、利沙の元にやって来て、
「これ」
と、手渡した。利沙はそれを見るや、
「こんなもの。……こんなものと私が?」
いきなり怒り出し、興奮して言い放った。
「冗談でしょ? こんなものと一緒にされたなんて! ……悪い冗談にも程がある」
そう言って、杉原に渡されたプリントを押し付けた。すると、冷静な声で、
「だから、関係があるか確認してると言ったろ。別に利沙を疑ってないって。関係ないならそれでいい。少し、落ち着け」
と、肩に手を置こうとした、その手を右手で払いのけ、こう続けた。左手には、メモリーが握られており、
「関係ないよ。確かめて」
利沙は、メモリーを渡した。それを見て、杉原は、
「セキュリティは? トラップしかけてない?」
「してるよ。当然でしょ。解除の仕方教えるから」
「いいよ。自分で開いて。この二台のパソコン以外で開いて」
と、少しおびえた声で、利沙のメモリーをつき返した。
「そんなに警戒しなくても、噛み付いたりしないよ。おっかしいの」
利沙は、楽しそうにそう言って、少し離れたパソコンを起動した。
「そんなの分からないだろ? お前には、色々されてるから。信じられん」
「ふふっ。そんなもんかな~? でも、納得したわけじゃないよ。人を疑うにも程がある、あの程度と私を一緒にするなんて。……ショックだよ」
利沙に、少し余裕がでてきた。
杉原が、調べていたパソコンで、
「利沙が使ったのは、確かに十時前後だね。間違いない?」
「そうだって言ったでしょ。でも、良く分かったね? さすがだねぇ」
ちょっとばかにしたように利沙が返すと、
「頑張ったんだよ。それよりこっち来いって。ここだろ、使ったの。この使用履歴の空白部分」
利沙が画面を覗き込んで、
「そうそう、よく分かりました。よかったねぇ。出来るようになったんだ? すごぉ~い」
「大人をからかうんじゃない。それより、メモリーは、開いた?」
冷静に受け流した杉原は、利沙の操作しているパソコンの画面を覘きながら言い、利沙と交代した。
「これか。ふぅん。ちゃんと高校生してるじゃないか。えらいなぁ。うん、えらいえらい」
「思いっきり、ばかにしてるでしょ?」
「お互い様だろ。これで、あいこ、あいこ。だろ? これ以上つっかかるな。いいな?」
「…………」
「返事は? 返事」
「はぁい」
「でも、さすがだな。このファイル、すごいな」
その声を聞いて、利沙は慌てて画面を覘いた。
「そこまで見ていいとは言ってない。企業秘密に手をつけないで」
利沙は、パソコンを強制的に奪い取った。
「もういいでしょう? 疑いも晴れたし、もう行っていい?」
「いいよ、って言いたいところだが……」
メモリーの処理を済ませ、パソコンを終了させていた利沙の手が一瞬止まり、
「まだ? 疑い晴れたら、行っていいって言ってなかった? 嘘つきだねぇ」
「違う。聞きたい事があるんだ」
「だから、私は聞かれた事に答えたよ。もう、いいでしょ?」
「その事じゃなく、これに、心当たりないか聞きたい」
と、言いながら、利沙が激怒した例のプリントをパラパラ振っていた。
それを見た利沙が何か言おうとしたその時、
「勘違いするなよ。心当たりといっても、利沙がしたかどうかではなく、これを打った人物に心当たりがないかと思ってるんだが、知らないか?」
「誰がしたかって事? 知るわけないでしょう。してた事も知らないのに」
そこまで言って、利沙は、ある事に思い当たった。
「……まさか、私が指示したとか、相談にでものったとでも思ってんの? それこそ心外。私が関わってんなら、もっとうまくやらせるよ。こんな、ド素人のハッカーのまねしようとしてる奴なんかと一緒にしないで」
利沙は、また表情が硬くなった。それを見て、固唾を飲んで見守っていた先生達が、痺れを切らして話し始めた。
「あの、状況が良く飲み込めないので、説明して頂けないでしょうか?」
それに対して答えたのは、利沙だった。
利沙は、先生達を真鍋のいるパソコンの前まで連れて行き、
「真鍋さん、今、少しいいですか? 例のログ(入力りれき)見させてもらっても?」
すると、真鍋は座っていた椅子ごと横にずれてくれてから、
「いいよ。ただし、データーを消すんじゃないぞ。約束だよ」
「分かってます。捜査の邪魔はしません。ありがとう。……でも、真鍋さんの口癖変わらないね? 約束だよ。って言われると、素直に、はい。って返事しちゃうもんね。何も悪い事出来ないよね。それに比べて、杉原さんだ と、つい、反抗しなくちゃいけない気になるのは、なんでかなぁ? おんなじ事言われても全然違うんだよね」
「そうかな? 利沙は、気づいてないだけで、素直だよ。俺にはそう見える。杉原には、甘えてるんだろ? どこまでなら許してくれるか、試しているように思う。……ほら、これだよ」
「そう? まあ、そういう事にしますか。……では、お借りします」
利沙は、データーを前にして、
「先生、今回この人達(杉原・真鍋両捜査員)は、誰かがこのパソコンから、ある企業のコンピューターに侵入しようとしたのではないか、って思っているんです。しかも、その企業から被害届を出されたものだから、捜査も早く進んでる。でも、実際には、侵入を成功させてない、それどころか、入り口までなんとかたどり着いたものの、そこで、警備システムに捕まった。でも、それに気づかず動けなくなった。たぶん、そこで初めて、これはやばい。と、強制的に電源を落とし、逃げ切れたと勘違いした。しかし、その時にはすでに、ここの情報を捕まれた後だった。ってところかな?」
そこまで話して、利沙は一息ついた。先生達は、言葉を失った様子で、
「このパソコンから、侵入って?」
「それっていうのは、ハッキングした? ……ハッカーがここに、この学校にいるという事か?」
「さすが、教頭先生。その通り。でも、正しくは、ハッカーになりたいと思ってる人って事。ハッカーになりきれない、もしかしたら、憧れ、みたいに思っているのかも?」
そう言うと、先生達は少し考えてから、困惑の表情を浮かべた。
しばらくして、住田先生が、パソコンの画面を見ながら、
「その証拠が、これですか?」
「……本当に? ……ハッカーですか?」