第一章 23
「……知ってたんだな? だから、俺達に何聞かれても、知らない、としか言わなかった」
利沙は、ますます興奮してきて、刑務官に押さえられるほどだった。
「あの日あの時間あの曜日。同じタイミングを狙って聞き込みをすすめた。
すると、目撃者が大勢いた。その全員が答えてくれた。
お前が無理やり車に押し込まれたと。
でも、その後ろで、手を振る高校生がいて、誰も事件だと思わなかった。
その子は、お前を指差して、男達に向かって頷いてもいたそうだ。
その子がいなかったら、警察に知らせるつもりでいたそうだが」
「もういい。もう帰って。もう会わない」
利沙は、刑務官に押さえられながらも、抵抗し暴れていた。
刑務官が助けを呼び、もう一人の刑務官になだめられても落ち着きそうになく、面会終了となりそうだったが、杉原が捜査に、どうしても必要だという説明がされ、そのまま続行になった。
「お前が庇おうとしているのは、誰なのかは知ってる。でも、それが本当に庇っている事になるのか?
違うだろう。ただ、追い詰めてるだけだと思わないか?」
「追い詰める? 追い詰めてるのはそっちでしょう。
その子に会ったんでしょ? そうして追い詰めたんでしょ?
あんた達が聞きに行かなかったら、今頃はとうに忘れて普通に過ごしてるよ!」
利沙は、ますます興奮していた。
「本当にそうかな? 事件は起きるし、利沙は退学するし。本当に後悔しないと思うか? 会う事もなく、謝る事も出来ず、誰にも相談できずに悩んでるとは思わないか?」
「思わない。後悔するように追い詰めたのは、あんた達だ」
利沙は、刑務官の手を払いのけようとして、
「落ち着きなさい。そうしないと、また、反省室行きになりますよ」
その言葉で、利沙も少しだけ落ち着いてきた。
刑務官も手を放し、利沙を椅子に座らせた。
「利沙、会って欲しい人がいる」
利沙が答えないでいると、杉原は一人の少女を連れてきた。
「……久しぶり、友延さん」
「……久しぶり。小井野さん」
「やっぱり、知ってたんだな? 俺、じゃまなら席はずすから」
「いて下さい。……友延さんが良かったら」
「いいよ。それよりごめん。こんな所まで来させてしまって、本当にごめん」
利沙が、先に謝った。
「そんな、あの」
小井野は、明らかに動揺していた。
「利沙。何で彼女がここに来たか分かるか? 勇気出してここまで来た。それを考えろ」
「無理やり連れてきて、そんなに言うならもういいよ。会ったんだし」
利沙が立ち上がろうとして、刑務官に止められた。
「聞きなさい。あなたの為にもなるから」
「いいです。もう。終わりにして下さい」
その態度を見て、杉原がある思いに行き当たった。
「利沙、お前、彼女のためとか言いながら、彼女の事をずっと許せないでいたのか?
だから会わないように、会って謝られるのが嫌だったのか?」
「違う!」
利沙は、今までで一番激しく反応した。
立ち上がり、刑務官の制止を振り切って、突き飛ばしてしまった。
「あっ」
と、言う間に押さえられた。
突き飛ばされた刑務官はすぐに立ち上がり、
「最後まで、話を聞きなさい。いいですね?」
「……はい」
利沙は、改めて椅子に座りなおした。
杉原の言葉に抵抗する利沙と、素直に言う事を聞く利沙がいた。
この様子を見ていた小井野は、あっけに取られるのと、もしかしたら自分のせいで、ここにいなければならないのかと思うと、ショックだった。
「利沙。話していいか?」
利沙は頷き、
「……いいよ。聞かないと、ここから出してもらえないみたいだし」
「ありがとう」
ところが、小井野だけは話せなかった。
「どうした?」
「びっくりしたんでしょ。普通はないもん、こんなの。……ここじゃ普通なのに」
「まあいい。利沙は、彼女が関わっている事を知ってたのか? 知ってたとしたら、いつ分かった?」
「知ってたというより、なんとなくそうかな位。はっきり分かったのは、今、会ったからだよ」
「そうか」
「でも、そんなの関係ない。杉原さん達が声かけなければ、小井野さんも思い出さなかったでしょ。
なんで、わざわざ掘り返したりするの? そっとしておいてあげればいいのに」
「違うの。……ずっと言いたかった。友延さんに会って言いたかったの。
今日もお願いしたのは私の方なの」
小井野が、一気にまくし立てるように言って、利沙に向いて言った。
「ごめんなさい。ずっと、謝りたかった。……私なの。
ネットの掲示板に書き込んだのも、男達と連絡とって、友延さんを紹介したのも、全部私なの。
……まさかこんな事になるなんて、思ってなくて、でも……」
「…………」
「……うらやましくて、悔しくて。……だって友延さんって、入学してきた時は、普通で、私と一緒だと思っていたのに。なのに……」
「何の事? よく分からないんだけど」
小井野は、もう一度整理しなおして、落ち着いて話始めた。
「私って、特に頭がいいわけでも悪いわけでもなくて、普通で。
何か特技があるわけでもなくて、目立つ事もなくて、そうしたら、私と似たような人を見つけて、それが友延さんで、少し安心してたのに。
……なのに、友延さんは、ハッカーだったって。
そしたら、いきなり、クラスのヒーローみたいになるし、パソコンは上手いし。
もう私とは全然違うし。すごくうらやましくて。
つい、ネットの掲示板に「知り合いにハッカーがいる」って書き込んだら、
みんなが返事をくれて、すごいねって。
……私を褒めてくれた気がして。
その中でも、たくさん書いてくれて。
パソコンに詳しいなら、勉強したいから紹介してくれないかって言われて、
最初は断ってたんだけど、何回も言われて、勉強ならいいかなって。
あの日、校門の前で紹介するからって。
その時、おかしいなとは思ったんだけど、……すごく親切だったから、すぐ落ち着くと。
……だから、落ちてたカバンを友延さんの家まで届けたの」
「……そうだったんだ。入学した時は、とにかく目立たない様にしてたから。
……そうかぁ。ごめんね。私全然気づいてなかった。
でも、それって、ちゃんと見てくれてたって事でしょ?
なんか、うれしいなぁ。それに、小井野さんは、何にも悪くないよ。ね、杉原さん?」
「ああ。君は悪くない。ずっと言ってたろ。そうだって。
利沙だってもう何とも思ってないだろうし、なぁ?」
「そうよ。私は、気にしてなかったから。色々あり過ぎて……。それに、もう終わった事でしょ」
「でも、友延さんはここにいるし、学校はやめちゃうし。私どうしたらいいか分からなくて」
困惑の表情でいる小井野に対して、
「学校は、多分この事がなくてもやめてたと思うよ。それに、ここの事は仕方ないよ。
小井野さんは、自分の事を頑張って。……これからもっと難しくなるよ勉強」
「利沙は、勉強嫌いだもんな。気にするな、勉強しなくてすむのが嬉しいんだから」
「なんて事言うかな。そんな事ありませんよ。とにかく、この事はもう終わり。
これからの事考えていきましょう。って」
「そういう事。じゃぁ。送っていくから。利沙もう少しだ。頑張れよ」
「うん。じゃぁね。あっ、送り狼にならないでね。小井野さん気をつけて」
「誰がだ」
杉原は利沙を、一度睨むように見た。
利沙が出て行く後姿を見て、
「友延さん、いつまでここにいるんですか?」
「いつかなぁ。まだ、はっきりしてないんだ。決まったら教えようか?……会えないと思うが」
「はい。……でも、会えないって?」
「ああ、いいんだ。じゃ、利沙がいいよって言ったらね」
「はい、お願いします」




