第一章 22
杉原との面会の後から、利沙は変わった。
今までのやり気のない態度から、なんにでも積極的になった。
勉強だけでなく、リハビリにも意欲的に取り組んで、その成果か、歩く姿も安定感が戻ってきた。
利沙の評判も徐々に上向いてきていた。
そうなると面白くない者もいた。
それが、利沙と同室のリーダー格の子だ。
いじめても手ごたえがなく、おまけに人気がある。
入っていた時とは、人柄が変わったように明るくなった。
すると、いじめていた仲間が、利沙の側につき今度は、立場が反対になった。
だからといって、利沙がいじめたわけではなかったが、おもしろくなかった。
何かと利沙と対立し、もめる事が増えていった。
利沙も、始めは気にしなかったが、だんだんとエスカレートしていくうちに無視できなくて、ついに殴り合いの大喧嘩にまで発展した。
原因なんて些細な事で、その子のタオルが床に落ちた時、タイミング悪く、利沙の足が乗って、踏んでしまった。
もちろんわざとではないし、すぐに足をどけて謝りもした。
でも、相手はわざと踏んだと思いこみ、今までの不満も爆発した。
掴みかかってきたのを、利沙は押しのけ跳ね飛ばした。
それが頭にきて、やりかえす。それをまた受け流そうとした。
そんな事が繰り返えされ、お互いに手や足が出てしまい、仲裁に入った刑務官に、利沙の振り上げた手が当たり、相手も利沙も一週間、個室の反省室に入る事になった。
反省を促す為のものだが、模範生になっていた利沙にとって、これは出院期日に大きな影響を及ぼした。
この時点で、入所後二ヶ月が経過しており、後一ヶ月ほどで出られたかもしれないのに。
喧嘩の後、初めての面会で、
「利沙も、やる時はやるんだな。俺は驚いた」
杉原は、本当にびっくりしたように話した。
「……まあね。」
「利沙がそんな事が出来るほど元気になったって、証明したようなものだ。
ただ、これくらいにしろよ。繰り返すと、ここから出られなくなる」
「分かってる、言われたよ。しばらくは、まだ無理だって」
「……そうか。でも、ここの方が、リハビリ頑張りそうだもんな。ここにいる間にもう少し、歩けるようになるといいな」
「大丈夫だよ。それは頑張って、大分歩けてるんだよ」
「そうか。良かった。……それより、前に預かった書類だが、本当にいいのか?
弁護士が言ってたぞ、家族を捨てるのかって」
「いいよ。あれで。……もう、煩わされずにすむから」
「そうか。……とにかく、もう少し頑張れ。俺も応援してるから」
「ありがとう」
その日、杉原は半ば納得できずに利沙を見送った。
それは、利沙の出した書類についてだった。書類とは、親との縁を切るぞといった内容で、両親から要請があったものだ。
「本当にいいのか? このままで、それに。……」
利沙の家族は、結局一度も、利沙に会いに来ていない。
事件が起こってから、一度もだ。このまま会う事なく、家族との縁を切る事になるなんていいのだろうか?
杉原は、いくら考えても、納得がいく答えが見つからなかった。
利沙は、事件の事について聞かれるたびに、こう答えていた。
「私が油断したから。断る事さえ出来ていたら、こんな風にはならなかった」
では、なぜ、利沙が元ハッカーだったという事実が漏れたのか、
「私が油断したから」
何度質問しても、この答えしか返ってこない。
このような事件を起こさせないためにどうしたらいいのか、それには、
「自分が、ハッカーだとバレなければいい」
それは、その通りで、ハッキングできる環境でなければ、こんな風に事件に巻き込まれない。
巻き込まれても、事件にまでは発展しない。
しかし、こちら側がいくら注意しても起こってしまう事もある。
今回なぜ事件にまで発展したのか?
それを解く手がかりは、逮捕され起訴された三人の被告の証言。
インターネットの掲示板に、高校生に凄腕のハッカーがいると書き込まれていたもの。
その書き込みは誰がしたのか。
そして、なぜ、ハッカーが利沙だと教えたのか。
そこを見逃すと、同じような事件が利沙を襲う事になる。
杉原は、その鍵を握る人物の特定に成功していた。
しかし、利沙にその事は告げていなかった。
なぜなら、そこに触れようとすると、極端に嫌がった。
利沙には心当たりがあったという事でないか? 探す時の参考になった。
世間が休日のある日、杉原は利沙に面会にやって来た。
家族思いの杉原にしては珍しく、日曜日などに非番が重なると、子ども達を連れて遊びに行ったりもするが、今日はどうしても、利沙に会わなければならなかった。
利沙が、刑務官に連れられて面会室にやって来た。
その時には、杉原しか座っていなかった。
「こんにちは。珍しいですね、休日の家族サービスはどうしたの?」
「こんにちは。いいだろ、そんな事気にするな」
「ふぅん。いいけど」
「それより、聞きたい事があってな。いいか?」
「なんだ仕事か。いいよ、何?」
「すまんな。ちょっと、確認したい事が出来たんだ。利沙の事がネットに乗った時の事。それを聞きたい」
「……そんな事、今更いいよ」
「良くない。それが分からないと、また同じように誘拐されて犯罪につながる事になる。
それだけは避けたい。
その為には、きっかけをはっきりさせておく必要があるんだ。お前が出てくる前に」
「いい。しなくていいって言ったらいいの」
利沙は、椅子に座っているが、少しずつ興奮してきていた。
刑務官も注目している。杉原は続けた。
「利沙が、ハッカーって知ってる人間はいるか?」
「そんなの、同級生ならみんな知ってるよ。春の事があるもの。……だけど関係ないよ」
「そうか?」
「そうだよ」
「だが、ハッカーが存在していて、
そのハッカーが高校生で、
その高校生が友延利沙で、
その友延が、お前だって事。
これを全部繋げるだけの仲介役がいないと、この事件は始まらない。だろう?」
利沙は、何も言わず聞いているが、落ち着きはなくなっていた。
「利沙。本当の事を言うと、もっと早くに言っておくべきだったかもしれない。
俺達は、利沙が、自分から事件に関わったのではないと思って、調査を始めた。
まずはネットの掲示板、それと同時に、お前が男達の車に乗りこんだ所を調べてみた。
何か出てくるんじゃないかと思いながら」
そこまで言って、利沙が立ち上がり、
「もういい。聞きたくない」




