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第一章 18

 紅葉が山を彩る頃、その日は突然やってきた。


 パソコンが持っていかれて、もうすぐ二ヶ月が経とうとしていた十一月、学校から帰って来ると、見知らぬ靴が二人分あった。


 利沙は自分の部屋に荷物を置いた後、階段をおりて、リビングに怪しげな男の人がいるのが見えた。


「お母さん、ただいま。誰か来てるの?」


 リビングに入っていくと、明らかに動揺している母の顔が目に入った。


「どうし……」

 言いかけると、男達が利沙に近づき利沙の動きを遮った。


「友延利沙だね? 私達は警察だよ」


 と、言って一人が利沙の左の二の腕を強く掴んだ。

 これを見ていた母親は、

「なんて事してくれたの」


 と、両手で顔を覆い泣き崩れた。

 それを見て、利沙は自分の立場を理解した。

 でも、気づいた時は、時すでに遅し。逃げ道はどこにもなかった。


「フラワーポット。知ってるね?」


 利沙は、心の中で「やっぱり、ばれたか」と思った。


 利沙が答えずにいると、

「君が、フラワーポットだね? ハッキングを繰り返している。そうだね?」


 利沙は、なんだか声が出なかった。

 いや、出せなかった。

 本当はなにかしゃべりたいのにそれを声にする事が出来なかった。


「フラワーポットだね? 話したい事があるので、一緒に来てもらうよ」


 たたみ掛けるように捜査員は確認してくる。


 利沙は、何の抵抗も出来ず、捜査員に促されるまま、警察署に向かう車に乗せられた。

 それを母親は泣き崩れたまま見送るしかなかった。


 その後、家の中は静まり返ったまま、電気も点けられず、父親が帰ってきて初めて、夜になっている事に気づいたくらいだった。



 警察署に補導されていった利沙はというと、以前、家に来た指揮官の捜査員を前に、椅子に座っていた。


「久しぶりだね。利沙さんだったよね」


 指揮官、湯沢(ゆざわ)捜査員が話し始めた。

「あの時は、ずいぶん迷惑をかけてしまってすまなかった」


 やさしい口調で話してはいるが、視線は冷たく鋭かった。

 そんなところで、利沙はまだ一言も発していなかった。

 そこへ湯沢は続けた。


「あれから、心配していたんじゃないかと思ったんだが、どうかな? それともそんなに心配していなかった?」

 湯沢は、一息ついた。


「何度か、君の周りで調べさせてもらったが、それほど気にしていなかったようだね? それは、どうしてかな?

 もし、私が君の立場であったとしたら、ずっと落ち着かないと思うんだ。でも、君にはそれがない」

 

 そこまで言って、一呼吸おいてから口調が変わった。


「それは、我々に君のパソコンの解析は無理だと思っていたという事か? 我々もなめられたものだな!」


 強い口調で突き放すように話し睨みつけた。


 利沙は、逃げ場はないこの状況を理解している。

 守ってくれる人もいない。


 自分で切り抜けるしかない事も、理解しているつもりだ。


 だが、どうしていいかが分からない。どうしても気持ちが、ついていかない。

 足がすくみ、腰が砕けた感じがずっと続いている。


 それに、まさかあのプログラムをどこまで見られたのか、それが分からない以上、下手に動けないでいる。


「……聞いているのか? それにしても、ずいぶん余裕があるようだな。なら、これを見ても落ち着いていられるか?」


 机に置かれた何枚かの紙に、見た事のある記号、プログラムが並んでいた。

 そこには、利沙がフラワーポットというコードネームでハッキングしていた履歴が並んでいた。


 これを見て、利沙は一安心した。

 心配したものはない。つい、表情がゆるんでしまった。


「どうした、驚いたか? 我々をなめてもらっては困る。こっちは、これのプロなんだよ」


 湯沢は、利沙の緩んだ表情を、見逃していなかった。利沙は、一息ついてから、

「すごいですね。負けました。あれを解かれるとは思わなかった。……言われる通り、私がフラワーポットです。間違いありません。認めます」


 利沙が答えた後、湯沢がにやついて、


「では、これも君だね? フラワーポット」


 と、出されたものは、先ほどにはなかったハッキング先の履歴だった。


 利沙は、これを恐れていた。


 一番重要に保護しており、自分自身にしか見られないと思っていたからだった。


 しかし、今、目の前にあるのは、まさしくそれだった。


「これも、君がした事だ。認めるだろ?」


「…………」


「なんだ? どうした。認めるだろ? 

 これはフラワーポットのした事だ。それともこの事が解析されるとは思わなかったか?

 ……そうだろうな。確かに、これは一段とロックが厳しかった。

 そのため最初は存在すら分からなかったが、見つけた時は驚いたよ。

 ただ、これを中学生がしたものだとは信じられなかったが。これが事実だな」


 利沙はショックが隠せなかった。


 まさか、こんな後出しがあるなんて、……考えられなかった。


 先ほどまでの余裕は今の利沙にはなかった。

 そこたたみ掛けるようにして、


「フラワーポットか? もし君だけがフラワーポットだとすると、小学生の時からずっと続けていたんだね。たいしたもんだよ。

 特に、この最後に出したものは、我々には、考えたくないものだ。いったいなんでそんな事をした?」


 そう言って後出しの履歴を示した。


 そこには、日本の防衛システムの書き換えをしたものが書いてあった。

 全国の自衛隊の情報から警察や海上保安庁いたる、武器の詳しい配置などが確認できるようになっていた。


 何年か前から、官公庁を中心に不正経理や、談合の予定を実名で世間に公表するハッカー・フラワーポットの存在を確認していたが、なかなか尻尾を掴む事が出来ずにいた。


 当然ながら、サーバーの確認のために押収したパソコンから、こんなものが出てくるなんて考えていなかったので、捜査のプロも腰を抜かしかけたほどだった。


 だから、捜査をより慎重に進めていった。

 本当なら、とっくに捕まえていてもいいようなタイミングでも、身辺調査を重ねた。

 まさかこれだけの事を子ども一人でしたとは考えにくく、他に誰か関わっているのでは無いかと慎重に進めた。

 しかし、誰も捜査線上に浮かび上がらず、今回の補導につながった。


 フラワーポットに不正を暴かれた企業の中には、倒産に追い込まれたり、業績が悪化したりする所が多かった。


 しかし、不正だけでなく、業績の悪かった企業や会社の宣伝になった所もあり、そういった所は、業績がぐんぐん上がっていった。

 

 官公庁に至っては、風通しが良くなったと評判は良かった。


 例え、どんなに社会が反応しようが、フラワーポットがハッカーである事に代わりはなく、犯罪である事も間違いない。


 利沙は、今まさにその事実と真正面から向かい会っていた。

 まさか、こんな事で発覚するとは、全く考えていなかった。

 しかも、絶対見つかって欲しくなかった防衛システム攻略に対しても発覚してしまっては、どうしようもない。


「フラワーポット。……何でも完璧に出来るやつはいないんだ。

 君はまだ中学生だから分からないかもしれないが、人は、失敗や挫折を経験して成長していく。

 そこで、罪を犯した者は、その罪を償い反省しなくちゃいけないんだよ。

 その為にはまず、自分のした事を認めるところから始めようや。……分かるか?」


「…………」

 利沙は、何も答えず、


「今日からしばらく、家には帰れない。反省してもらうまで帰らせるわけにはいかない。

 あと、家にある君に関する物は、全て調べさせてもらう。

 必要なら、学校にも出向く、当然学校には今回の事を説明させてもらう」


 そう言われて、利沙は慌てた。

 学校にまでばれるとは思ってもみなかった。


「そんな、学校って。そんな……」


「仕方ないだろう? 学校に内緒に出来るような事件じゃないしな。捜査に必要な事だ。

 我々としても、大げさにするつもりはないが。結果として、そうなるかな?」


 利沙は、今になって自分のした事が、重大だと自覚した。

 そうして初めて、怖くなった。


 何が怖いのか分からないが、心の底から怖いと思った。


「……ごめんなさい」

 小さい声でやっと口にした。


「謝ればすむ事か。違うだろ? 

 それに、謝るならもっと早く謝れたんじゃないか。前に会った時に、自分から言えただろう?

 それどころか、こっちを馬鹿にして俺達に見つけられるわけはないと、高をくくっていたんだろう?

 違うか。どうなんだ」


 湯沢は少し興奮気味に、一気にわめいた。

 その側で利沙は、ごめんなさい。と繰り返すだけだった。

 

 その後は、補導されて一時的に保護する施設に預かる事になり、これからは、ここで事情聴取なり、聞き取りがなされた。


 容疑者が未成年である場合、比較的早期に処分が決定される可能性が高く、利沙の場合も一ヶ月ほどで、自宅へ帰れたが、保護観察処分がなされての事だ。


 家に帰った利沙は、状況が一変した。


 学校から決定された処分について問い合わせがあり、保護観察処分になった旨を伝えると、その後、学校からも対応が伝えられた。


 それは、二年生の間は学校に来なくても良い。というものだった。


 他の生徒への影響を考えての事らしい。

 三年生になったら、その時に改めて対応を検討するというものの、学校に行けるかは不明のままだった。


 家庭の中では、母親は利沙を避けるようになり、家族が利沙に関わるのも嫌がった。

 その為、利沙は孤立していった。


 幸い、三年生になった時には、登校の許可が出た。

 登校はするものの、職員室や指導室などでの自習だけだった。


 学校にいるのは二時間目から五時間目までと、登下校の時間をずらすといった対応をされていた。


 しかも、他の生徒との接触、課外活動など、学校行事への参加も禁止された。

 パソコンへ近づく事は、もちろん許されなかった。


 しかし、卒業する事も出来たし、何とか高校へも進学できた。


 これは、中学の先生の努力の賜物だった。


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