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第一章 16

 杉原が出て行った後、一人病室に残された利沙は、ベッドに改めて横になり、杉原の態度に違和感を覚えていた。


 思い当たったのは、杉原の持ってきた荷物の事だった。


 利沙は知っていた。

 母親が自分のために進んで何かをしてくれる事などない事を。


 だから、この荷物は、杉原が強引に母親に言って作らせたものだろうという事を。


 だけど、それを口にする事は、出来なかった。

 なぜなら、無理やりでも何でも、母親が自分のために、荷造りをしてくれた事が嬉しかった。

 本当に嬉しかった。だから、その事には触れたくなかった。


 利沙の家は、両親と兄が一人の四人家族。


 父親は商社に勤めていて製品開発部の部長で、いわゆる中間管理職だ。

 帰りはいつも遅く、家の事は母親が一手に引き受けていた。母親はそのためか、いつもピリピリしていた。


 何かあっても夫婦で話し合う事もあまりなかった。

 世の中は育児に頑張る父親が出現する中、友延家に関しては、そんな事どこ吹く風といった風潮だ。


 兄とは、三年の年の差があり、今年大学に入学し、法律の勉強をしていた。

 いわゆる、司法試験を受験するために、勉強にいそしんでいた。


 母親にとって自慢の息子で、他の事は目に入らないほど、手をかけていた。

 だから、兄が家にいる時の母は、事の他、ピリピリしていたのだ。


 そんな兄は、妹の利沙の事が大好きで、何かあると母親の目を盗んでは、二人で過ごしていた。

 しかし、母親にとってその光景は気に入らず、利沙に冷たく当たった。


 母親は息子に溺愛している。


 そして、娘には嫉妬していた。


 父親は、その事も知っていたが、それを話題にさえしようとしなかった。

 家の中の事に興味を持たず、職場と家の往復で疲れていた。


 利沙は、そんな家族でも大好きだった。


 母親は自分を気にしない分、好きに出来た。

 父親も連休には遊んでくれる。

 兄とは仲がいい。

 居心地がそれなりに良かったから……。


 あの事件が、起こるまでは。


 あの事件とは、利沙が中学二年の時に、ハッカーだと発覚した事件だ。


 事件について触れる前に、事件が起こるまでに何があったのか。

 それに触れたい。


 利沙が小学校六年生の時、中学生の兄が、誕生日プレゼントに新しいパソコンをもらった。

 それまで兄が使っていたパソコンを、利沙が譲り受けた。それが、利沙が初めて自分のパソコンを持つ事になった時だ。

 これは、元々父親が使っていたものだから、新しいものではなかったが、利沙は、とても喜んだ。


 パソコンは、学校で授業の時に使うか、兄のパソコンを少し借りるくらいしか使った事はなかった。

 しかし、基本的な使い方はもう知っていた。


 七月の誕生日に兄がパソコンをもらう事を知ってから、家族にパソコンを譲ってほしいと言って、いらなくなったパソコンをもらう事になっていたから、とても待ち遠しかった。


 パソコンをもらった利沙は、それから毎日パソコンに向かっていた。

 朝も早く起きて、学校から帰ってくると食事の時間も惜しいほど、パソコンにのめり込んだ。


 それには、家族もあきれるほどだった。

 パソコンにのめり込めばのめり込むほど、利沙は自分の技術を試したくなっていた。


 学校でも、

「うまいな~」

 と、友達だけでなく先生からも言われるほどだった。


 六年生にもかかわらず、簡単なプログラムは入力できるほどになって、コンピューターグラフィクス(CG)を製作し友達に見せていた。


 十月には誕生日の子に、CGで作った動画映像をプレゼントして喜んでもらった。


 だから、余計にパソコンに夢中になっていった。


 その頃には、すでにハッキングに興味を持っており、始めたのも時期が重なる。


 しかも、ハッキングに選んだ所が、官公庁のコンピューターだった。

 始めはホームページを覗く程度だったが、色々な記録などを見ているうち、公にされない文書の存在に気づいた。

 それを見たくて、官公庁、大手の有名企業のコンピューターに侵入するようになった。


 もちろん知った事を口外する事もなかったし、第一ハッキングしているなんて誰にも、家族にも話してはいなかった。


 利沙のコンピューターへの侵入の仕方は、基本的に保守的で、侵入された事にも気づかれない様な、守り一方。


 見つかりそうになると、警備システムに捕まる前に逃げ出していた。

 だから、たとえシステムに侵入が見つかっても、利沙と特定された事は一度もなかった。


 色々なコンピューターに侵入するうちに、高性能なパソコンが欲しくなった。

 しかし、両親に頼むわけもいかず、どうにかしてお金を手に入れたいと思った。

 かといって、小学生がアルバイトをするわけにはいかないし。


 そこで考えたのが、企業のコンピューターに侵入してきた技術で、防衛システムのアイデアをお金に変える方法。


 オークションで、テクニックを売りに出してみたところ、意外なほどの値がつき、すぐに新しいパソコンを購入するだけの資金が出来た。

 幸い、両親には新しいパソコンには、気づかれなかった。

 古いパソコンもずっと置いてあったからだが、押入れに隠していた事も幸いした。


 そのうち、もっと安定的に収入が欲しくなり、中学校に入ってからはサーバーの経営に手を出した。

 顧客からの使用料金で定期的に収入ができ、パソコンの機能向上に役立っていた。


 これが、ハッカーとして利沙が警察に捕まる要因になった。


 その頃、パソコンを使った犯罪が目に付くようになり、警察が犯罪に使われたサーバーの特定をしていたところ、結構多くの違法サーバーが摘発の対象になった。


 その一つが利沙のものだった。


 前にも書いたが、この時サーバーの特定はされたが、まだ誰が使っているまでには至っていなかった。


 警察は、サーバーに使われたコンピューターの記録の回収と、管理者からの事情聴取など、いくつかの目的があった。

 サーバーの設置されている住所から、一般住宅である事は分かっていたので、管理者が出かけていく可能性を考慮、早朝からの摘発になった。

 サーバーの電源は常に入ったままになっている事を確認し、捜査員が家の玄関に向かった。


 庭にはマリーゴールドやコスモスが、今を盛りに咲き誇っていた。


 この時、早朝六時三十分。利沙が中学二年の九月の事だった。


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