第一章 12
午前六時。警察に、あるメールが届いた。
「ファッションビルの宝石店二店舗に強盗が入った。警備システムに異状はないが一度確認を。
また、犯人は、以前に自動車修理工場だった建物の二階にいる。」
ただ、これは、普通にメールが届いたのではなく、本来公開されていない一部の人間にしか知らされていないものだった。
しかも、不正に侵入されていた。
これを受けて、警察の担当部署の人達が動き出し、午前七時には、宝石店に侵入者があり、多くの貴金属類が盗まれていた事が判明し、監視カメラには異状が見られなかった事も明らかになった。
そこで、警察が犯人の確保に、利沙のいる建物に向かっていた。
その頃、犯人達は、うとうとと眠り始めていた。
夜中の疲れが出たのか、興奮しすぎたのか、その両方かはともかく、油断していた事にかわりはない。
利沙は、警察が来ているかどうかは知らないまでも、ここを抜け出す方法を試していたが、手も足もきつく縛られていて、起き上がる事さえままならず、少しずつ床をずれるようにしてしか動けなかった。
そして、もう少しで部屋の半分くらいになったかなというところで、外から話し声らしいのが聞こえてきた。
窓の方へ近づいて起き上がろうとした時、近くにあった、ゴミ箱を倒してしまい、大きな音を立ててしまった。
「……? う? んっ!」
シンが目を覚まして、見回してから、利沙が逃げようとしている事に気づき、
「おいっ。どこに行くつもりだ」
と、利沙の腕をつかみ、引き戻そうとして外の音に気がついた。
「おいっ。お前、何かしたか?」
窓の外を見ると、人が遠巻きにこちらを伺っているのがわかり、慌ててタカシとユウを起こした。
「なにがあった? いったいどうなってんだ?」
「なんで、ここがばれるんだ?」
三人とも何がどうなって、どうしたらいいか分からずとまどっていた。
利沙は、この隙を突こうとして、ゴミ箱を思い切りくくられた足で蹴り飛ばした。
すると、大きな音が部屋中のみならず、外にも聞こえた。
その音で外の人達も騒然となった。
「何をする。お前が何かしたのか? あいつらなんなんだよ? なんで、ここが分かったんだ?」
利沙を揺さぶって聞くものの、口を塞がれた利沙には何も話せず、首を細かく何度も振った。
それが余計に三人を苛立たせた。
外も違う意味で、慌しくなった。
実際ここに容疑者がいるのかどうかさえ分からず来たもので、確認しようとしたところに、物音がした。
より慎重に進めていく事になった。
捜査員の人数が増やされ、それぞれが建物の周囲を取り囲むように、配置された。
「配置いいですか? よければ、各責任者、作戦の最終確認します。A班正面待機。B班突入。C班裏突入。D班裏待機。E班正面逃走ルート待機。F班裏逃走ルート待機。でお願いします。再度確認します。A班……」
捜査員の規模とすれば、大きいのかもしれない。
容疑者の人数が不明なため、被害額から考えて相当数がいると思われていたためで、被害額は二店舗で、三億円を越えていた。
だからこそ、これだけの人数をかけている。
それほど規模が大きいという事になる。
この状況を冷静になれないのは、タカシ、シン、ユウの三人。
慌てていたが、タカシが突然何かに思い当たった。
三人は、話し込んで一様に納得していた。
それでも、誰も落ち着いてなどいられなかった。
どうにかして逃げ出したいが、ここからどうしたらいいか全く考えられなかった。
そんな事をしているうちに、状況は刻々と変わっていった。
ユウが窓の外を見ると、捜査員がすぐそこまで来ているのが分かった。
「やばいって。もうそこまで来てるよ。ど、どうする?」
「落ち着け。あいつ連れて来い、人質にして逃げよう。多分、それで、何とかなるんじゃないか?」
タカシの言葉にシンも頷いて、ユウとシンの二人で利沙を引きずってきた。
タカシは部屋の一番奥に四人で固まり、窓から外の様子を伺いながら、待っていた。
何かが動くその時を。
時間が長く感じられた。が、突然スピーカーから
「立てこもっている者達に告ぐ、すぐにそこから出て来なさい。出て来れば、危害など加えない。それでも出てこなければそこへ突入する。繰り返す。いつまでそこにいるつもりだ? すぐ出て来なさい」
「うるさい。こっちには、人質がいる。俺等を逃がしてくれたら。人質を解放する」
タカシが大声でどなった。
「人質。……確認は、どうなっている?」
無線で答えが返ってきた。
「置いてあった車に血痕を発見。人質の物かもしれません。座席の下にロープが固定されており、縛った後があります」
「人質と関係があるかも知れません。引き続き検証お願いします」
今の段階で、本当に人質がいるのかは以前不明。
容疑者の偽装工作、という事も視野に入れておく必要がある。
確認するにも人質の事を考えると、慎重にならざるを得なくなり、時間をかければ人質に危険がおよぶかもしれない。
そこで、専門スタッフの要請をしたが、その時間がもどかしく感じられた。
そんな状況の中に、警察署内にある捜査本部より連絡が入った。
「対策本部より現場へ連絡あり。人質に関して情報あり。人質に関して情報あり」
「どういう事ですか。本部。人質は、いるという事ですか?」
「本部より、署宛のメールの差出人に覚えあり、該当者の特定に成功しました。多分、人質になっている本人からのものと思われる」
「人質が自分でメールを送ってきたという事ですか?」
現場は、躊躇した。
人質がメールを送ってくるとは、携帯電話からのものか。
それなら、一度だけというのはどういった事か。
何度か繰り返されるか、一度送ってからそれがばれて携帯を取りあげられたのか。
それなら、危害を加えられている可能性があり、車の血痕との関係が認められる。
「本部より、メールの差出人は、ハッカーです。一度は耳にした事があると思いますが、ハッカーの名は、フラワーポット。ハッカーは、フラワーポットです。この事件に関わりがあるものと思われます」




